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他人のモノを奪った者の行く末③
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その日は朝から小雨が降り続ける生憎の天気だった。
こういう日は客足が悪い、と支配人は店のカウンターでつまらなそうに頬杖をつく。
窓越しに止まない雨を眺めていると、ふと店の扉が開き、一人の客が中へと入ってきた。
客は初めて見る顔だった。
みすぼらしい服装に、白髪が混じり所々頭皮が見える薄い髪、痩せこけて顔色も悪く、失礼だが金は持っていなそうだ。
もしかして冷やかしか、と訝しんだ支配人だが、客には変わりないので営業用の笑みを浮かべ元気に「いらっしゃいませ」と声をかけた。
娼館に来るのは初めてなのか、客は物珍し気にキョロキョロと店の中を見回す。そして支配人と目が合うと、信じられないような言葉を口にした。
「は? 身請け……ですか? アンを?」
身請けとは金を払って娼婦を引き取ること。
その値段は娼婦によって異なり、売れっ子ともなればかなりの額が必要となる。
だが、身請けというのは常連客が馴染みの娼婦を……という流れが通常だ。
しかもその店でも上位を占める娼婦が身請けされることが多く、下位の者を身請けというのはあまりない。
この客は今までこの店に来たことがない。つまりは一見客だ。
一言客が娼婦を身請け、というのは珍しく、しかも一度も客がついていない娼婦をというのは聞いたことがない。
何か裏があるのではと疑うのも当然で、支配人は訝し気にその客を見つめた。
そしてふと気づく、その客の違和感を。
見た目はひどくみすぼらしいのに、物腰がやけに優雅だ。
それと話す時だけこちらとしっかり目を合わせろところや、上から目線で交渉というよりは命令に近い口調から、およそこの客の正体に検討がつく。
(この男、薄汚い恰好をしているが貴族だ。いや、もしかすると元貴族か……?)
平民に変装しているのか、それともただ落ちぶれただけの貴族か。
真相は分からないが、あまりまともに相手をしたくない人種ではある。
「アンを身請けする、となりますと大体この位の金が必要になりますが……」
支配人が客に向かって指を二本上に立てる。
これは”金貨二枚”という意味だ。
「金の代わりにこれを持ってきたのだが……足りるだろうか?」
客が金貨の代わりに支配人に差し出したのは銀の懐中時計だ。
見事な細工と宝石があしらわれたソレは、とても目の前のみすぼらしい男がもつような物とは思えないほど上質な品。
正直、この懐中時計ならば金貨二枚どころか五枚分の価値はある。
十分身請けの金額に足りるのだが……
「うちはお釣りは渡せませんが、それでもよろしいですか?」
この国の娼館では、お釣りを渡すという習慣はない。
客はピッタリの金額を持参するというのが暗黙のルールだ。
それにそもそも物々交換のような真似も受け付けていない。
断ってもいいのだが、せっかく相手がお荷物を金を払って引き取ってくれるというのだから、出来れば引き受けたい。それにこの懐中時計ならば金貨三枚分こちらが得をすることになる。
「ああ、もちろんだ。換金出来る場所も知らないからな。それで足りるのなら釣りはいらない」
「後から釣りを、と言われても応じることはできませんがそれでもよろしいので?」
「構わない。それと今日このままアンヌマリー……いや、アンを連れ帰ってもいいか?」
支配人は客がアンの本名を知っていたことに首を傾げた。
(この貴族と思わしき客は、もしかするとアンの知己なのかもしれない)
昔の恋人だったか、はたまたアンに片思いをしていたのか。いずれにしてもこの客がアンに何かしらの想いを抱いていることは確かだ。
だとしてもそれは自分には関係のないことだ。そう考えた支配人はアンに身請け話をすべく、客に一言断ってその場を離れた。
*
「え? 私を身請け?」
「ああ、多分ありゃ貴族だな」
「貴族!? もしかしてセレスタン様が迎えに来てくれたの?」
身請け話をした途端、アンヌマリーは目を輝かせて喜んだ。
「セレスタン……? いや、名前は名乗っちゃいねえし、そいつかどうかは知らないな」
「いいえ、きっとセレスタン様よ! そうに決まっているわ! ああ、セレスタン様……必ず迎えに来てくれると信じていたわ!」
はしゃぐアンヌマリーを冷めた目で見つめ、支配人は「で、どうする?」とだけ尋ねる。
すると彼女は興奮した様子で「勿論お受けするわ!」と返す。
こうして、アンヌマリーの身請け話が纏まった。
身請けという吉事に相応しくない、鬱蒼とした天候の日に──。
こういう日は客足が悪い、と支配人は店のカウンターでつまらなそうに頬杖をつく。
窓越しに止まない雨を眺めていると、ふと店の扉が開き、一人の客が中へと入ってきた。
客は初めて見る顔だった。
みすぼらしい服装に、白髪が混じり所々頭皮が見える薄い髪、痩せこけて顔色も悪く、失礼だが金は持っていなそうだ。
もしかして冷やかしか、と訝しんだ支配人だが、客には変わりないので営業用の笑みを浮かべ元気に「いらっしゃいませ」と声をかけた。
娼館に来るのは初めてなのか、客は物珍し気にキョロキョロと店の中を見回す。そして支配人と目が合うと、信じられないような言葉を口にした。
「は? 身請け……ですか? アンを?」
身請けとは金を払って娼婦を引き取ること。
その値段は娼婦によって異なり、売れっ子ともなればかなりの額が必要となる。
だが、身請けというのは常連客が馴染みの娼婦を……という流れが通常だ。
しかもその店でも上位を占める娼婦が身請けされることが多く、下位の者を身請けというのはあまりない。
この客は今までこの店に来たことがない。つまりは一見客だ。
一言客が娼婦を身請け、というのは珍しく、しかも一度も客がついていない娼婦をというのは聞いたことがない。
何か裏があるのではと疑うのも当然で、支配人は訝し気にその客を見つめた。
そしてふと気づく、その客の違和感を。
見た目はひどくみすぼらしいのに、物腰がやけに優雅だ。
それと話す時だけこちらとしっかり目を合わせろところや、上から目線で交渉というよりは命令に近い口調から、およそこの客の正体に検討がつく。
(この男、薄汚い恰好をしているが貴族だ。いや、もしかすると元貴族か……?)
平民に変装しているのか、それともただ落ちぶれただけの貴族か。
真相は分からないが、あまりまともに相手をしたくない人種ではある。
「アンを身請けする、となりますと大体この位の金が必要になりますが……」
支配人が客に向かって指を二本上に立てる。
これは”金貨二枚”という意味だ。
「金の代わりにこれを持ってきたのだが……足りるだろうか?」
客が金貨の代わりに支配人に差し出したのは銀の懐中時計だ。
見事な細工と宝石があしらわれたソレは、とても目の前のみすぼらしい男がもつような物とは思えないほど上質な品。
正直、この懐中時計ならば金貨二枚どころか五枚分の価値はある。
十分身請けの金額に足りるのだが……
「うちはお釣りは渡せませんが、それでもよろしいですか?」
この国の娼館では、お釣りを渡すという習慣はない。
客はピッタリの金額を持参するというのが暗黙のルールだ。
それにそもそも物々交換のような真似も受け付けていない。
断ってもいいのだが、せっかく相手がお荷物を金を払って引き取ってくれるというのだから、出来れば引き受けたい。それにこの懐中時計ならば金貨三枚分こちらが得をすることになる。
「ああ、もちろんだ。換金出来る場所も知らないからな。それで足りるのなら釣りはいらない」
「後から釣りを、と言われても応じることはできませんがそれでもよろしいので?」
「構わない。それと今日このままアンヌマリー……いや、アンを連れ帰ってもいいか?」
支配人は客がアンの本名を知っていたことに首を傾げた。
(この貴族と思わしき客は、もしかするとアンの知己なのかもしれない)
昔の恋人だったか、はたまたアンに片思いをしていたのか。いずれにしてもこの客がアンに何かしらの想いを抱いていることは確かだ。
だとしてもそれは自分には関係のないことだ。そう考えた支配人はアンに身請け話をすべく、客に一言断ってその場を離れた。
*
「え? 私を身請け?」
「ああ、多分ありゃ貴族だな」
「貴族!? もしかしてセレスタン様が迎えに来てくれたの?」
身請け話をした途端、アンヌマリーは目を輝かせて喜んだ。
「セレスタン……? いや、名前は名乗っちゃいねえし、そいつかどうかは知らないな」
「いいえ、きっとセレスタン様よ! そうに決まっているわ! ああ、セレスタン様……必ず迎えに来てくれると信じていたわ!」
はしゃぐアンヌマリーを冷めた目で見つめ、支配人は「で、どうする?」とだけ尋ねる。
すると彼女は興奮した様子で「勿論お受けするわ!」と返す。
こうして、アンヌマリーの身請け話が纏まった。
身請けという吉事に相応しくない、鬱蒼とした天候の日に──。
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