フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

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そんなつもりはなかった③

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「セレスタン様、言われた物を全て用意しました」

「そうか、なら早速新居へと向かおう。変装用の服は持ってきたか?」

「はい、ここにあります」

 ジェーンは持参した袋の中から、店で購入した男性用の服一式をセレスタンに渡す。
 彼はそれを受け取った瞬間、怪訝な顔を浮かべた。

「は? これは平民用の服じゃないか? こんな安っぽい服では王女の従者に見えないだろうが! どうして執事服を持ってこない!?」

「無茶言わないでくださいよ! そんなもんがそこら辺の店に売っているわけないでしょう!?」

「それなら我が家のものを持ってくればいいじゃないか! 全く気が利かない奴だな!」

「馬鹿な事言わないでください! ヨーク公爵家の家紋が付いた服なんて着ていったら一発でアタシ達の素性がバレるじゃないですか!? それじゃ変装した意味がないでしょう!」

 王女の従者が公爵家の使用人の服を着ているなんておかしいと思わないのか。
 そんな簡単なことも分からないセレスタンにジェーンはつくづく嫌気がさした。

 だいたいここまで準備させておいて労いの一つもかけないなんて、と不満も募る。

「なら仕方ない……。これで我慢してやるか」

 ぶつぶつと文句を言いながらもセレスタンはジェーンの用意した衣服に着替えた。
 無地の白シャツに若草色のベストとスラックスという平民の男性に多くみられる服装だが、顔だけは貴公子のセレスタンが着るとひどく不自然さが目立つ。

「なんか……似合わな過ぎて逆に目立つので、この帽子も被ってください」

 一応顔を隠すためにと用意した帽子を被せると、やっと不自然さが消えた。
 無駄に綺麗な顔さえ隠してしまえば、いかに貴公子といえどもそこら辺にいる男と変わらない。

「よし、じゃあ行きますか」

「ああ。警備の騎士はどうしている?」

「彼には煙草を渡しておきましたので、しばらくは戻りません。その間に行きましょう」

 ジェーンはセレスタンに渡された金で高級品である煙草を購入し、扉を守る騎士に差し入れと称して手渡した。
 渡された騎士は大喜びでそれを受け取り、弾む足取りで邸の外へとそれを吸いに向かっていった。

『ちょっと出てくるから! 話が終わったら扉の外に閂だけ掛けておいてくれよな!」

 欲望の為に己の職務を放棄する騎士の背中を軽蔑の目で眺め、彼が完全に外へと向かったことを確認したジェーンは急いでセレスタンの部屋へと入る。

「煙草は高級品ですし、きっとじっくり味わうために時間をかけて吸うでしょう。そして誰かに見つからないよう邸の裏門へと向かいました。なのでアタシ達は正門から出ましょう」

 こうしてジェーンはセレスタンを部屋から脱出させることに成功したのだった。
 


「ふう……久方ぶりの外の空気はよいものだな」

 部屋から出た後、ジェーンが用意した馬車に乗ったセレスタンは窓の外の景色を眺めながらそう呟いた。

「それで、新居はどの辺にあるんだ?」

「はい、ここからそう遠くない場所にあります」

「ふうん……なら、夜までには戻れそうだな」

「え!? もしかしてまた部屋に戻るんですか? せっかく脱出できたのに?」

「当然だ。他に泊まる場所もないからな」

「それは別に、宿にでも泊まれば……」

「庶民が泊まるような宿にか? そんなの御免だ」

 確かにこの辺の地域にある宿は平民向けのものばかりで、貴族が泊まるようなものではない。
 だけどそれくらい我慢すればいいものを……。

「一応聞きますけど、新居を探索するのは今回限りですよね……?」

 言わずとも脱出にはリスクがある。見張りの騎士に見つかるというリスクが。
 
 それを何度も繰り返すという、正気を失った行動はしないよな?

 セレスタンから「今回限りだ」という返答が来るだろうと期待を込めて問いかけたジェーンに、彼が発した言葉はそれを裏切るものだった。

「いや、分からない。目当てのモノが見つかるまで続ける予定だ」

 その言葉にジェーンは思わず天を仰いだ。

「いやいやいや、危険ですって! そんな何度も脱出なんて出来ませんよ!? だいたい何ですかその目当てのモノって!?」

「ああ、そういえば言ってなかったな。私が探すのは当主夫妻の寝室に必ずある”隠し扉”だ」

「はい……? 隠し扉?」

 セレスタンの話によると、貴族の当主夫妻が使用する寝室には必ず隠し扉が造られているらしい。
 有事の際にそこから脱出できるようにと、隠し扉を開けると外に繋がる通路が存在するとか。

「へえ、そんなものがあるなんて知りませんでした。ヨーク公爵家にもあるんですか?」

「ああ、勿論だ。昔、お祖母様に見せてもらったこともある」

「ふーん……そうなんですね」

 外と繋がっている扉が寝室にあるなんて怖くないか、と疑問に思ったジェーンだが、今はそれどころじゃない。

「せめて一回で見つけてくださいよ……。そう何度も脱出なんて出来ませんって!」

「そう喚くな。こればかりは運に任せるしかない」

 何で他人事みたいに言うんだよ!?
 
 ジェーンは怒りのあまりセレスタンの胸倉を掴みそうになってしまった。

「隠し扉さえ見つければ、後は”前泊り”の日に合わせてそこに隠れていればいいからな」

「はい? ”前泊り”? 何ですかそれ……?」

「知らないのか? ”前泊り”というのは、貴族が新居の完成前に一晩だけそこに宿泊することを言う。我が国の伝統的な習慣なんだぞ?」

「アタシも一応貴族ですけど……新居とか建てたことないんで知りませんでした。ところで、何でそんな習慣が?」

「それは邸に不具合がないか確かめるためだ。無ければそれで完成、有ればその部分を修正する。ちなみに修正は当主が満足がいくまで続ける」

「へー……」

 満足するまで修正し続けるなんて大変だし面倒だな。
 そんなことを考えていたジェーンだが、自分には関係ないかと考えるのを止めた。

「その部屋にフランチェスカが泊まり、夜一人になったところを狙って隠し扉から出て契りを交わす。そうすればフランチェスカはもう私と結婚するしかなくなるだろう」

「うん………?」

(女性が夜、一人になった隙を狙って……? 契りを交わすとか、耳障りのいい言葉で誤魔化しているけど……それってただの犯罪じゃない……?)

 セレスタンの発言に違和感を覚え、ジェーンはふと王女の立場を自分に置き換えて考えてみた。

 夜寝静まったところにいきなり男が現れ、成すすべもなく襲われる……。

 いや、怖い。普通に怖い。怖すぎる。

「あ、あのー……セレスタン様、それって女性にとってはかなりの恐怖だと思いますよ? 部屋に男が現れていきなり襲われるって……」

「私を暴漢みたいに言うんじゃない! ちゃんと甘く口説いてから事を進めるから安心しろ」

 それを聞いた瞬間、ジェーンはゾワッと背筋に悪寒が走った。

 暴漢に甘く口説かれたからって何なの? 
 ただ気持ち悪いだけじゃない!?
 というか、こいつが甘い口説き文句を吐くところなんて想像できない!

「セ……セレスタン様、やっぱり止めましょうよ……! こんなの駄目ですって……!」

「今更何だ? 言っておくがこれ以外方法はないし、私は止めるつもりはないぞ。お前だってルイと添い遂げたいのだろう?」

「それは……そうですけど、でも……」

「この機会を逃せばルイはフランチェスカの婿になってしまうのだぞ? 王女の婿はお前のような下女には手の届かない存在だ。それでもいいのか?」

「う……それは……」

 そんなの嫌だ。ルイが他の人のモノになるなんて耐えられない。
 でも……だからといって、このままこいつが王女を襲うのを見過ごしまえば、自分はどうなる?
 王女への暴行を加担した罪なんて……下手すれば死罪になるのではないだろうか。

 ジェーンは自分がとんでもないことをしようとしているのではないかと、今更ながら怖気づいた。

「ああ、そうだ。これを付けておけ」

「……は!? 何ですかこれは?」

 恐怖で俯くジェーンにセレスタンが差し出したのは、大粒のエメラルドが煌めく上等なブローチだった。

「それを着けておけば管理人もお前を王女の従者だと信じるだろう。フランチェスカの侍女は皆、このエメラルドのブローチを身に着けているからな」

「は、はあ……ありがとうございます」

 宝石の眩さに少しだけジェーンの心が和らいだ。
 こんな大粒の石をはめ込んだアクセサリーを身に着けるのは初めてだ。

「分かっているだろうが、お前と私はもう共犯だ。今更裏切ろうとしても無駄だぞ」

 その言葉はジェーンの和らいだ心を一瞬で打ち砕いた。

 共犯、という言葉にジェーンは再び己の行動に怖れを抱く。 

(違う……共犯だなんてそんな……。アタシは犯罪に手を染めるつもりなんてなかったのに……。王女を襲うだなんて……そんなつもりはなかったのに!!)

 後悔してももう戻れない。
 ここでセレスタンを裏切ったのなら、彼は必ず報復に出る。

 ジェーンが自分を逃がそうとした、なんてバラされたらもうおしまいだ。
 公爵家を追い出され、二度とルイに会えなくなってしまう……。

 こうなったのならもう、セレスタンが王女と結ばれるまで後には引けない。

 ジェーンは膝の上で強くこぶしを握り、このまま進む覚悟を決めた。
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