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崩壊の兆し③
「ルイ! 会いたかったわ!」
重々しい空気が張り詰める部屋にいきなり場違いの浮かれた声が響く。
そこにいるデリックやルイはもちろんのこと、手掛かりがないかと部屋を探索していた騎士も一斉にジェーンの方向に目をやった。
「……なんだこの下女は? 使用人が仕える家の子息を呼び捨てにするとは無礼な……」
低く威圧の籠ったデリックの声に一同はぶるりと身を震わせる。
すぐに見張りの騎士がジェーンの頭を掴み無理やり下げた。
「もっ……申し訳ございません! 少々頭の足りない娘でして……!」
「痛っ!? ちょっと何すんのよ!」
「うるさい! いいからきちんと頭を下げろ!」
ぎゃあぎゃあと喚くジェーンも見てデリックは何かに気付いたような顔で口を開く。
「ああ、見ない顔だと思ったら、ルイと共にこの邸に移った者か。以前の邸では主人すら呼び捨てにすることを許されていたのかもしれないが、この公爵家では許されない。今度敬称無しで呼んだ場合はそれなりの罰を受けてもらうぞ」
デリックの言葉は警告というよりも、ほぼ命令に近い。
次にそれをすれば容赦はしないという意図を理解し、ジェーンは恐怖で身をすくませた。
「は、はい……。すみませんでした……」
本心では「アタシとルイの仲に敬称なんていらないでしょう!」と叫びたかったのに、デリックの迫力に圧されて素直に謝ることしかできなかった。
縋りつくような視線をルイに向けても、彼は冷たい目を向けるだけ。
(な、なんで……そんな目で見るの? アタシがこんな扱いされているっていうのに助けてくれないし、酷いよ……!)
身を焦がすほど愛しい人の冷たい態度にジェーンの心は抉られんばかりに傷ついた。
そんなジェーンの気持ちなどお構いなしにデリックは再び口を開く。
「お前達はセレスタンの見張りを担っていたな? なのに、いつアレが逃げたかは分からないと?」
見張りをしていて逃げられるなんて使えねえな、という意図を込めた言葉に騎士達は冷や汗を流した。
「も、申し訳ございません……。ずっと見張っておりましたが、部屋から出たような気配はまったく……」
嘘つけ、とジェーンは心の中で嘲笑う。
彼らは扉に閂をしているからと安心し、しょっちゅうサボっていたはずだ。
そんな有様だったからこそ何度もセレスタンを部屋から出せたし、戻る際も見つかることはなかった。
それなのに、どうして今こんなことになっているのだろう……。
「そもそも本当にセレスタンは部屋の中にいたのか? もっと前からいなかった、とも考えられる。なあ、ルイ?」
「ええ、義兄さん……。姫様の新居に現れたのが本当にセレスタン様だったとしたら、もうその時点からずっとこの部屋にいなかったかもしれませんね……」
二人の会話を耳にし、ジェーンは一瞬で血の気が引いた。
(え!? 何で王女様の新居に行ったことがバレてんの? しかもセレスタン様だってことまで……!)
変装までしたはずなのに、何故バレてしまったのだろうとジェーンはひどく焦った。
管理人にセレスタンの顔は見られていないはずだ。
なのにハッキリと知られてしまっているなんて……。
「いえ! セレスタン様は確かに昼の食事の際まではこの部屋におりました! ちゃんとお姿も確認しております! なあ、そうだよな!?」
焦った騎士に話を振られ、ジェーンも慌ててそれを肯定した。
「え、ええ……そうです。確かに昼の食事を運んだ際に姿を確認しております……」
「そう、そうです! お食事だって毎回きちんと召し上がられておりますし、この部屋にいたことは間違いありません! それにほら、この空のワインボトル、これはいつもセレスタン様が好んで飲まれている銘柄のものです!」
見張りの騎士は、何が何でもセレスタンが昼まではここにいたことを示したくて必死だ。
それもそうだろう。部屋の主がずっと不在だったなんてことになれば、彼らはとんだ間抜けだと証明しているようなもの。何日も空の部屋を見張ってきただなんて失笑ものだ。
「ん……? そのワインボトルは……」
「どうした、ルイ?」
見張りの騎士が掲げた空のワインボトルを見てルイが眉をしかめた。
まじまじとそれを眺め、ハッとしたようにデリックの方を向く。
「義兄さん、これはフランの新居に運ばれたものと同じです!」
「何!? それは本当か?」
「はい、このラベルに見覚えがあります……」
「そうか……。このワインはわざわざ隣国から仕入れているものなんだ。セレスタンだけでなく、父上も好んで飲んでいらっしゃるから、当家には結構な量の在庫がある。……それこそ何箱分もな。姫様の新居で見た空のワインボトルがこれと同じものだとして、それを何箱分も詰められるのなぞ当家くらいだ」
「ということは……やはり新居に現れたのはセレスタン様で間違いないと……」
「ああ、残念ながらそうだろう。どこかで違っていればいいと思っていたのだがな……」
二人の会話にジェーンの顔色が見る見るうちに青くなっていく。
(ちょっと待って……何でルイがそれを知っているの!? あれって王女様しか中を見ないんじゃなかったの? まさかルイも見たの? どうして! どうしてよ!?)
このままでは不味い。焦ったジェーンは咄嗟に口を開いた。
「あ、あの! 実はしばらく前から、変な女がこの辺をうろついていました!」
「は……? 女、だと?」
セレスタンに女の共犯者がいると聞いていたデリックは”女”という言葉に反応する。
その反応に気をよくしたジェーンはそのまま話を続けた。
「はい! 貴族っぽい服装の女性で……胸にエメラルドのブローチをつけていました!」
「何!? エメラルドのブローチを? ちなみにどんな外見をしていた?」
「が、外見ですか……? えーっと、顔を隠していてよく分からなかったのですが……多分若い女性だと思われます」
「若い女性? まさか……セレスタンの浮気相手か?」
デリックがその言葉を発した瞬間、ジェーンは心の中で歓声をあげる。
咄嗟にセレスタンの浮気相手である”アン”とやらに罪を擦り付けようと考え付いたのだが、思いのほか上手くいったようで助かった。
案の定デリックはすっかり共犯者がセレスタンの浮気相手だと思い込んでいるようで、ジェーンはほくそ笑む。
ルイが疑いの眼差しを自分に向けていることも気づかずに……。
重々しい空気が張り詰める部屋にいきなり場違いの浮かれた声が響く。
そこにいるデリックやルイはもちろんのこと、手掛かりがないかと部屋を探索していた騎士も一斉にジェーンの方向に目をやった。
「……なんだこの下女は? 使用人が仕える家の子息を呼び捨てにするとは無礼な……」
低く威圧の籠ったデリックの声に一同はぶるりと身を震わせる。
すぐに見張りの騎士がジェーンの頭を掴み無理やり下げた。
「もっ……申し訳ございません! 少々頭の足りない娘でして……!」
「痛っ!? ちょっと何すんのよ!」
「うるさい! いいからきちんと頭を下げろ!」
ぎゃあぎゃあと喚くジェーンも見てデリックは何かに気付いたような顔で口を開く。
「ああ、見ない顔だと思ったら、ルイと共にこの邸に移った者か。以前の邸では主人すら呼び捨てにすることを許されていたのかもしれないが、この公爵家では許されない。今度敬称無しで呼んだ場合はそれなりの罰を受けてもらうぞ」
デリックの言葉は警告というよりも、ほぼ命令に近い。
次にそれをすれば容赦はしないという意図を理解し、ジェーンは恐怖で身をすくませた。
「は、はい……。すみませんでした……」
本心では「アタシとルイの仲に敬称なんていらないでしょう!」と叫びたかったのに、デリックの迫力に圧されて素直に謝ることしかできなかった。
縋りつくような視線をルイに向けても、彼は冷たい目を向けるだけ。
(な、なんで……そんな目で見るの? アタシがこんな扱いされているっていうのに助けてくれないし、酷いよ……!)
身を焦がすほど愛しい人の冷たい態度にジェーンの心は抉られんばかりに傷ついた。
そんなジェーンの気持ちなどお構いなしにデリックは再び口を開く。
「お前達はセレスタンの見張りを担っていたな? なのに、いつアレが逃げたかは分からないと?」
見張りをしていて逃げられるなんて使えねえな、という意図を込めた言葉に騎士達は冷や汗を流した。
「も、申し訳ございません……。ずっと見張っておりましたが、部屋から出たような気配はまったく……」
嘘つけ、とジェーンは心の中で嘲笑う。
彼らは扉に閂をしているからと安心し、しょっちゅうサボっていたはずだ。
そんな有様だったからこそ何度もセレスタンを部屋から出せたし、戻る際も見つかることはなかった。
それなのに、どうして今こんなことになっているのだろう……。
「そもそも本当にセレスタンは部屋の中にいたのか? もっと前からいなかった、とも考えられる。なあ、ルイ?」
「ええ、義兄さん……。姫様の新居に現れたのが本当にセレスタン様だったとしたら、もうその時点からずっとこの部屋にいなかったかもしれませんね……」
二人の会話を耳にし、ジェーンは一瞬で血の気が引いた。
(え!? 何で王女様の新居に行ったことがバレてんの? しかもセレスタン様だってことまで……!)
変装までしたはずなのに、何故バレてしまったのだろうとジェーンはひどく焦った。
管理人にセレスタンの顔は見られていないはずだ。
なのにハッキリと知られてしまっているなんて……。
「いえ! セレスタン様は確かに昼の食事の際まではこの部屋におりました! ちゃんとお姿も確認しております! なあ、そうだよな!?」
焦った騎士に話を振られ、ジェーンも慌ててそれを肯定した。
「え、ええ……そうです。確かに昼の食事を運んだ際に姿を確認しております……」
「そう、そうです! お食事だって毎回きちんと召し上がられておりますし、この部屋にいたことは間違いありません! それにほら、この空のワインボトル、これはいつもセレスタン様が好んで飲まれている銘柄のものです!」
見張りの騎士は、何が何でもセレスタンが昼まではここにいたことを示したくて必死だ。
それもそうだろう。部屋の主がずっと不在だったなんてことになれば、彼らはとんだ間抜けだと証明しているようなもの。何日も空の部屋を見張ってきただなんて失笑ものだ。
「ん……? そのワインボトルは……」
「どうした、ルイ?」
見張りの騎士が掲げた空のワインボトルを見てルイが眉をしかめた。
まじまじとそれを眺め、ハッとしたようにデリックの方を向く。
「義兄さん、これはフランの新居に運ばれたものと同じです!」
「何!? それは本当か?」
「はい、このラベルに見覚えがあります……」
「そうか……。このワインはわざわざ隣国から仕入れているものなんだ。セレスタンだけでなく、父上も好んで飲んでいらっしゃるから、当家には結構な量の在庫がある。……それこそ何箱分もな。姫様の新居で見た空のワインボトルがこれと同じものだとして、それを何箱分も詰められるのなぞ当家くらいだ」
「ということは……やはり新居に現れたのはセレスタン様で間違いないと……」
「ああ、残念ながらそうだろう。どこかで違っていればいいと思っていたのだがな……」
二人の会話にジェーンの顔色が見る見るうちに青くなっていく。
(ちょっと待って……何でルイがそれを知っているの!? あれって王女様しか中を見ないんじゃなかったの? まさかルイも見たの? どうして! どうしてよ!?)
このままでは不味い。焦ったジェーンは咄嗟に口を開いた。
「あ、あの! 実はしばらく前から、変な女がこの辺をうろついていました!」
「は……? 女、だと?」
セレスタンに女の共犯者がいると聞いていたデリックは”女”という言葉に反応する。
その反応に気をよくしたジェーンはそのまま話を続けた。
「はい! 貴族っぽい服装の女性で……胸にエメラルドのブローチをつけていました!」
「何!? エメラルドのブローチを? ちなみにどんな外見をしていた?」
「が、外見ですか……? えーっと、顔を隠していてよく分からなかったのですが……多分若い女性だと思われます」
「若い女性? まさか……セレスタンの浮気相手か?」
デリックがその言葉を発した瞬間、ジェーンは心の中で歓声をあげる。
咄嗟にセレスタンの浮気相手である”アン”とやらに罪を擦り付けようと考え付いたのだが、思いのほか上手くいったようで助かった。
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