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部屋への違和感

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「うわ……暗いし、寒い。それに水溜まりもあって汚い……」

「うるさいな、文句ばかり言わずにさっさと歩け」

「うう、でも、服や靴が汚れちゃう……。アタシはこの入り口で待っていますから、セレスタン様だけ行っていくださいよ~」

 決行の日である週末の早朝、フランチェスカの新居にある隠し通路へと入ったジェーンとセレスタン。
 セレスタンは一度この通路を通っているため、中の様子がどんなものかは把握していた。
 だが初めて入ったジェーンは中の薄暗さと汚さに眉を顰め、進むことに躊躇する。

「馬鹿を言え、入り口になどいたら見つかってしまうだろうが。そうなれば全て台無しなんだぞ?」

「うう……分かりましたよ。行けばいいんでしょう、行けば……」

 ぶつぶつと文句を言いながらジェーンはセレスタンの後に続く。
 通路内の整備されていないデコボコの地面は新調した靴の表面を容赦なく削った。

(うわ~……歩きにくい。それにワンピースの裾が水溜まりに浸かってぐちゃぐちゃなんだけど……)

 二人がそれぞれ持つランタンの淡い光が通路内を照らし、むき出しの岩肌や蜘蛛の巣が目に映る。

「……なんか随分と薄気味悪い通路ですね。王女様が使うかもしれないんだから、もう少し綺麗にしてもいいのに……」

 ジェーンのそんな呟きにセレスタンは「そうだな」と適当な相槌を打つ。
 
 もう少し彼が聡い人物であったなら彼女の疑問で気が付いたはずだ。

 有事の際、素早く脱出する為の隠し通路の地面がこんなに歩きにくくなっているはずがないと。
 ましてや王女が使うものであれば、もっと丁寧に造りこむはずだと。

 それなのにこんな中途半端な造りになっているということは、使ということだ。
 地面も壁も舗装されておらず、明かりを灯す蠟燭すら設置されていない。そんな通路を王族の姫君に使わせるなど有り得ないと。

 それに違和感を覚えていればよかったのだ。

 そうすれば……これがだと気付けたのに。


「着いたぞ、ここを上れば寝室へと繋がる」

 セレスタンが言う通り、前方には石造りの階段が設置されていた。
 この階段を上がれば寝室に繋がる扉があるという。

「よし、では寝室に入ってみるか」

「え!? そんなことをして誰かに見つかったらどうするんです?」

「大丈夫だ。この時間ならまだ誰もいないだろう」

 ジェーンの制止を聞かず、セレスタンはさっさと階段を上って行ってしまう。
 彼女はそれにうんざりしながらついていった。


 階段の先は行き止まりになっており、その天井を押すと一部分が上に開く。
 そこをよじ登ると真新しい部屋へと辿り着いた。

「ここが王女様の寝室……」

 殺風景な白一色の壁紙に必要最低限の家具。
 王女の寝室にしてはやけに小ざっぱりしている。

「なんか……全然豪華じゃないですね。王女様の寝室っていうと、もっと可愛くて豪華なものだと思っていました……」

「あいつは地味な女だからな。きっと部屋も地味な方がいいのだろうよ」

「え……? 地味……?」

 セレスタンの発言にジェーンは首を傾げた。
 ヨーク公爵家へと訪れた王女は華やかな容姿に煌びやかな服と装飾品を身に着けていたと記憶している。

 どこかどう見ても地味とは程遠い。
 セレスタンは何をもって王女を地味だと貶しているのだろうとジェーンは不思議に思った。

「私との茶会ではいつも簡素な服に簡素な化粧、宝飾品すら身に着けていなかった。それだけ地味な女であれば寝室が地味な造りとなっているのもおかしくない」

 それを聞き、ジェーンは全てを悟った。

(ああ……女ってどうでもいい相手に会うとき、服装もどうでもよくなりがちよね。王女様ってセレスタン様のこと本当にどうでもよかったんだわ……)

 ジェーンが察したそれは事実だが、それで納得してしまったことは悪手である。

 王女の寝室がこんなに地味なはずはない。
 
 こんな、適当な造りであるはずがない。

 そう気付くべきだった。

「初夜をこんな地味で安っぽい寝室で行うのか……。まあ、あの女にはお似合いだな」

 謎の上から目線で無礼な発言をするセレスタンに、ジェーンは「そうですね」と気のない返事をする。
 別にセレスタンがどのような場所でどのような事をしようが、どうでもいいからだ。

「そろそろ扉の向こうに隠れましょうよ。人が来たら不味いですって……」

 ジェーンに促され、セレスタンは扉の向こうにある石段へと戻る。

 そんな二人の様子を水晶の置物だけがじっと眺めていた。
 
 
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