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何一つ成せなかった、哀れな女①
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壁も地面もむき出しの石で造られた牢獄の中は暗くて寒い。
辺りを照らす灯りもない、体を温める毛布もない。
凍える体を抱きしめながらジェーンは一人悪態をついた。
「なんでよ……なんでアタシがこんな目に遭わなきゃいけないのよ……!」
子供の頃からずっと大好きだった人と結婚したい。
ただそれだけのささやかな願いを叶えるために努力した。
これのどこが悪い。恋する乙女ならば誰でもやって当然の事なのに、どうして投獄されなければいけないのか。
こんな目に遭ってもジェーンは少しも反省しない。
自分の何が悪かったかなど考えもしない。
「全部あの女が悪いのよ! アタシからルイを奪ったあの女が!!」
全ての責任をフランチェスカに押し付け、自身の過ちからは目を背け続ける。
最愛の人であるルイからあそこまで拒絶されたというのに、その記憶すらなかったことにした。
物事を自分の都合よく変換する悪癖はセレスタンとよく似ている。
ある意味似た者同士だった彼等は、出会ってはいけない二人だった。
二人が出会いさえしなければ、二人はこのような目に遭っていない。
だが、その事実にさえ二人は気付かない。
「せっかくルイに見てもらおうとお洒落もしたのにこんなに汚されて……あんまりだわ」
あの夜に着ていた真新しいワンピースは泥と埃で汚れてしまった。
投獄されてから体も洗えない日々が続いているので化粧は崩れてドロドロだ。
「まあ、いいわ。ここから出たらまた新しい服を買えばいいのよ。これを換金すればワンピースどころかドレスなんて買えちゃうんじゃない?」
彼女のポケットにはセレスタンから渡されたブローチが入っている。
大粒のエメラルドが嵌められたそれはかなりの金銭価値があるはずだ。
売れば金貨何枚になるか……それを考えるとニヤニヤが止まらない。
「セレスタン様は浮気相手に渡す物だから返せって言ってたけど、手間賃としてアタシが貰ってもいいよね? というか、その浮気相手にこだわっているせいで落ちぶれたってのに理解していないとか馬鹿よね、あの人。そんな他人の男を奪うようなしょーもない女より王女を選んでいればよかったのよ。そうすればルイだっていつかアタシのものになったはずなのに……ほんっと最悪!」
死罪を宣告されたにも関わらず、ジェーンは都合よくその部分だけ忘れていた。
記憶を都合よく改竄する性質はいつだって彼女自身の首を絞めることを理解していない。
「はあ~……それにしても、いつルイは迎えに来てくれるのかしら?」
彼女の頭の中ではいつかルイが自分を迎えに来てくれることになっている。
あれだけ拒絶されたにも関わらず。
そんな彼女に現実を自覚させたのは意外な人物だった。
「は………? 何でアンタがここに?」
牢に訪れた人物は彼女もよく知る人物だった。
その人は呆れた表情を隠しもせず、ジェーンに向かって話しかける。
「……相変わらずだね、ジェーン。変わりないようで……」
「は!? アンタふざけているの? この状態のどこが”変わりない”なのよ! 馬鹿じゃないの!?」
「僕が言ったのは見た目の話じゃなくて、中身の話だよ。さっきから一人で『ルイ、早く迎えに来て……』と割と大きな声で呟いていたじゃないか? ルイ様が君を迎えにくるわけないのに……可哀想な頭は相変わらずのようだねって意味だよ」
「なんですって!? アンタ如きに何でそんな事言われなきゃなんないのよ、トム!!」
牢への訪問者、トムへと唾を飛ばし怒鳴りつけるジェーン。
歯をむき出しにして怒り狂う様は崩れた化粧も相まって非常に醜い。
トムは彼女から目を逸らし、ため息交じりに答えた。
「君に見下される筋合いはないよ。王女様に暴行魔を近づけた鬼畜外道の君如きにね」
「なっ……そ、それは……だって、あの女が……」
「あの女ってまさか王女様のことじゃないよね? 王族をそんな風に呼ぶことは不敬だって分からないはずないものね?」
「え? え……? 何、トム……何で急にそんな……」
ジェーンにとってトムは家来のような存在だった。
何を言っても怒らない。だから何を言っても構わないと思っていた存在。
そんな彼をいつも下に見ていたジェーンは、その急変した姿に恐れをなした。
辺りを照らす灯りもない、体を温める毛布もない。
凍える体を抱きしめながらジェーンは一人悪態をついた。
「なんでよ……なんでアタシがこんな目に遭わなきゃいけないのよ……!」
子供の頃からずっと大好きだった人と結婚したい。
ただそれだけのささやかな願いを叶えるために努力した。
これのどこが悪い。恋する乙女ならば誰でもやって当然の事なのに、どうして投獄されなければいけないのか。
こんな目に遭ってもジェーンは少しも反省しない。
自分の何が悪かったかなど考えもしない。
「全部あの女が悪いのよ! アタシからルイを奪ったあの女が!!」
全ての責任をフランチェスカに押し付け、自身の過ちからは目を背け続ける。
最愛の人であるルイからあそこまで拒絶されたというのに、その記憶すらなかったことにした。
物事を自分の都合よく変換する悪癖はセレスタンとよく似ている。
ある意味似た者同士だった彼等は、出会ってはいけない二人だった。
二人が出会いさえしなければ、二人はこのような目に遭っていない。
だが、その事実にさえ二人は気付かない。
「せっかくルイに見てもらおうとお洒落もしたのにこんなに汚されて……あんまりだわ」
あの夜に着ていた真新しいワンピースは泥と埃で汚れてしまった。
投獄されてから体も洗えない日々が続いているので化粧は崩れてドロドロだ。
「まあ、いいわ。ここから出たらまた新しい服を買えばいいのよ。これを換金すればワンピースどころかドレスなんて買えちゃうんじゃない?」
彼女のポケットにはセレスタンから渡されたブローチが入っている。
大粒のエメラルドが嵌められたそれはかなりの金銭価値があるはずだ。
売れば金貨何枚になるか……それを考えるとニヤニヤが止まらない。
「セレスタン様は浮気相手に渡す物だから返せって言ってたけど、手間賃としてアタシが貰ってもいいよね? というか、その浮気相手にこだわっているせいで落ちぶれたってのに理解していないとか馬鹿よね、あの人。そんな他人の男を奪うようなしょーもない女より王女を選んでいればよかったのよ。そうすればルイだっていつかアタシのものになったはずなのに……ほんっと最悪!」
死罪を宣告されたにも関わらず、ジェーンは都合よくその部分だけ忘れていた。
記憶を都合よく改竄する性質はいつだって彼女自身の首を絞めることを理解していない。
「はあ~……それにしても、いつルイは迎えに来てくれるのかしら?」
彼女の頭の中ではいつかルイが自分を迎えに来てくれることになっている。
あれだけ拒絶されたにも関わらず。
そんな彼女に現実を自覚させたのは意外な人物だった。
「は………? 何でアンタがここに?」
牢に訪れた人物は彼女もよく知る人物だった。
その人は呆れた表情を隠しもせず、ジェーンに向かって話しかける。
「……相変わらずだね、ジェーン。変わりないようで……」
「は!? アンタふざけているの? この状態のどこが”変わりない”なのよ! 馬鹿じゃないの!?」
「僕が言ったのは見た目の話じゃなくて、中身の話だよ。さっきから一人で『ルイ、早く迎えに来て……』と割と大きな声で呟いていたじゃないか? ルイ様が君を迎えにくるわけないのに……可哀想な頭は相変わらずのようだねって意味だよ」
「なんですって!? アンタ如きに何でそんな事言われなきゃなんないのよ、トム!!」
牢への訪問者、トムへと唾を飛ばし怒鳴りつけるジェーン。
歯をむき出しにして怒り狂う様は崩れた化粧も相まって非常に醜い。
トムは彼女から目を逸らし、ため息交じりに答えた。
「君に見下される筋合いはないよ。王女様に暴行魔を近づけた鬼畜外道の君如きにね」
「なっ……そ、それは……だって、あの女が……」
「あの女ってまさか王女様のことじゃないよね? 王族をそんな風に呼ぶことは不敬だって分からないはずないものね?」
「え? え……? 何、トム……何で急にそんな……」
ジェーンにとってトムは家来のような存在だった。
何を言っても怒らない。だから何を言っても構わないと思っていた存在。
そんな彼をいつも下に見ていたジェーンは、その急変した姿に恐れをなした。
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