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美しい笑顔
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「ハウンド嬢の方が公子様よりも身分が上でしたらその“要望”は通ったかもしれません。ですが、現実は貴方の方が格上の身分。ならば貴方が出した『条件』を飲めなかった時点で結婚という契約は無しとなります。現時点で“要望”を通せる立場でないことを理解していないことは、はっきり言いまして貴族として致命的です。いずれにしても彼女は公爵夫人として相応しくない器だったということでしょう」
「貴族として……そうだな」
その時レイモンドは自分がとんだ思い違いをしていたことに気づいた。
妹を優先してしまった後ろめたさから考えもしなかったが、公爵夫人の座に就く女性とは、それに相応しき振る舞いができねばならないということを。
いくら『邸で妹の面倒を見る』という相手にとって嫌な事を告げてしまったとはいえ、それに対して『嫌だ』と喚くだけの女性に筆頭公爵家の夫人が務まるとは思えない。
現公爵夫人である自分の母が結婚前に父にその『条件』を告げられていたならばどう対応しただろう。おそらくは快諾し、義理の妹のために住居を整えたに違いない。
「彼女は公爵夫人となる器ではなかったな……」
人前で喚き、元婚約者の邸に侵入してその家の令嬢を害そうなどと企むような短絡的で情緒不安定な女性に筆頭公爵家の女主人は務まらなかった。アンゼリカのハッキリと言われ、それに初めて気づいた。
「お優しいところはミラージュ様と似ていらっしゃるのですね。それは好ましいと思います」
「えっ…………!?」
アンゼリカに「好ましい」と言われ、レイモンドの心臓が跳ね上がった。
それと同時に顔が熱くなるが分かる。
「ですが、もう少し冷徹になってくださいませんと、ミラージュ様をお守りできるか心配になります。今日だって、凶器を持ったハウンド嬢がミラージュ様を見つけたらどうなっていたと思います?」
「あ……いや、それは身を挺してでもミラージュを守るつもりだった」
「公子様まで無駄に傷ついてどうしますか。素人の令嬢一人、騎士に命じて制圧すればよろしいのですよ」
「それはそうだが……未婚の令嬢を騎士に触れさせるわけには……」
「ハウンド嬢の将来を心配するのは結構ですが、凶器を持って公爵邸に侵入してきた時点で彼女の未来は無くなったのも同然です。そんな気を遣う必要はありません」
ぐうの音も出ないとは正にこういうことを言うのだろう。
全てアンゼリカの言う通りだった。
「……君の言っていることは全て正しいな。正しさに囚われる必要はない、と言ってはくれたが、君の発言を正しいと思わざるを得ないよ。私が間違っていた……。妹を本気で守りたいのなら、こんな中途半端な対応をしていては駄目だな……。それと、言いそびれてしまったが、妹を守ってくれてありがとう」
レイモンドが頭を下げると、アンゼリカは抑揚のない声で「いいえ」と答える。
「ミラージュ様はわたくしの大切な人ですもの。お守りするのは当然のこと」
頭を上げたレイモンドが目にしたのは、自然な笑みを浮かべたアンゼリカの可憐な表情。それは花が綻ぶように美しかった。
ああ、ミラージュは彼女にこんな顔をさせるのか。
それを思うとレイモンドの胸にずきりとした痛みと、ミラージュに対しての羨望が広がる。
「ところで、君はどうしてあのようにナイフを巧みに扱えたんだ?」
レイモンドは思わず話題を変えてしまった。
彼女がどうしてあんな風にナイフを扱えるのかは気になって聞こうと思っていた事ではあるが、それを知りたいというよりもそれ以上その笑顔を見ていたくなかった。
自分以外の誰かを想って浮かべる美しい笑顔を。
「貴族として……そうだな」
その時レイモンドは自分がとんだ思い違いをしていたことに気づいた。
妹を優先してしまった後ろめたさから考えもしなかったが、公爵夫人の座に就く女性とは、それに相応しき振る舞いができねばならないということを。
いくら『邸で妹の面倒を見る』という相手にとって嫌な事を告げてしまったとはいえ、それに対して『嫌だ』と喚くだけの女性に筆頭公爵家の夫人が務まるとは思えない。
現公爵夫人である自分の母が結婚前に父にその『条件』を告げられていたならばどう対応しただろう。おそらくは快諾し、義理の妹のために住居を整えたに違いない。
「彼女は公爵夫人となる器ではなかったな……」
人前で喚き、元婚約者の邸に侵入してその家の令嬢を害そうなどと企むような短絡的で情緒不安定な女性に筆頭公爵家の女主人は務まらなかった。アンゼリカのハッキリと言われ、それに初めて気づいた。
「お優しいところはミラージュ様と似ていらっしゃるのですね。それは好ましいと思います」
「えっ…………!?」
アンゼリカに「好ましい」と言われ、レイモンドの心臓が跳ね上がった。
それと同時に顔が熱くなるが分かる。
「ですが、もう少し冷徹になってくださいませんと、ミラージュ様をお守りできるか心配になります。今日だって、凶器を持ったハウンド嬢がミラージュ様を見つけたらどうなっていたと思います?」
「あ……いや、それは身を挺してでもミラージュを守るつもりだった」
「公子様まで無駄に傷ついてどうしますか。素人の令嬢一人、騎士に命じて制圧すればよろしいのですよ」
「それはそうだが……未婚の令嬢を騎士に触れさせるわけには……」
「ハウンド嬢の将来を心配するのは結構ですが、凶器を持って公爵邸に侵入してきた時点で彼女の未来は無くなったのも同然です。そんな気を遣う必要はありません」
ぐうの音も出ないとは正にこういうことを言うのだろう。
全てアンゼリカの言う通りだった。
「……君の言っていることは全て正しいな。正しさに囚われる必要はない、と言ってはくれたが、君の発言を正しいと思わざるを得ないよ。私が間違っていた……。妹を本気で守りたいのなら、こんな中途半端な対応をしていては駄目だな……。それと、言いそびれてしまったが、妹を守ってくれてありがとう」
レイモンドが頭を下げると、アンゼリカは抑揚のない声で「いいえ」と答える。
「ミラージュ様はわたくしの大切な人ですもの。お守りするのは当然のこと」
頭を上げたレイモンドが目にしたのは、自然な笑みを浮かべたアンゼリカの可憐な表情。それは花が綻ぶように美しかった。
ああ、ミラージュは彼女にこんな顔をさせるのか。
それを思うとレイモンドの胸にずきりとした痛みと、ミラージュに対しての羨望が広がる。
「ところで、君はどうしてあのようにナイフを巧みに扱えたんだ?」
レイモンドは思わず話題を変えてしまった。
彼女がどうしてあんな風にナイフを扱えるのかは気になって聞こうと思っていた事ではあるが、それを知りたいというよりもそれ以上その笑顔を見ていたくなかった。
自分以外の誰かを想って浮かべる美しい笑顔を。
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