王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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話し合いという名の脅迫①

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「お嬢様、旦那様よりこちらの書類をお預かりしております。本日中に目を通しておくように、とのことです」

「ありがとう、サラ。ところで、本日お父様はどちらに?」

「はい、旦那様は早朝よりサラマンドラ公爵閣下と共に王宮へと向かわれました」

「王宮へ……? まあ、お父様ったら……わたくしも連れて行ってほしかったわ」

 二人で共に向かうとなれば、例の件についての話し合いをするのだろう。
 自分にも関わる話なのだから一緒に連れて行ってほしかったのに、とアンゼリカは父親の行動に不満を覚えた。

「近頃の旦那様はお嬢様を避けておいでですからね……。この書類だって普段でしたら直接お嬢様をお呼びしてお渡しするでしょうに……」

「そうなのよ、お父様ったら最近露骨にわたくしを避けるのよね。何なのかしら?」

 ここ最近のグリフォン公爵は分かりやすいほど娘のアンゼリカと顔を合わせないようにしていた。食事やお茶の席にも何だかんだ理由をつけて同席しないほどに。

「それは……致し方ないかと。旦那様は他者の色恋沙汰を苦手とするようですし……」

「? それは知っているけど、それとわたくしを避けることと何の関係があるの?」

「え!? お嬢様自覚がなかったのですか? 新しい婚約が決まってからのお嬢様はわたくし共から見ても分かるほどに“恋する乙女”のお顔をしていらっしゃいますよ?」

「え? “恋する乙女”……? わたくしが?」

「ええ、それはもう大変可愛らしく美しい表情です。わたくし共使用人一同はお嬢様にそのような方が出来たことを大変喜ばしく思っておりますが……旦那様は他者のそういったお顔を見るとむず痒くなるそうで……」

 専属侍女のサラを含めグリフォン公爵家の使用人はアンゼリカが“恋”をしたことを大変喜ばしく思っていた。だが、当主であるグリフォン公爵は自分の娘のそういった顔を見ると体がむず痒くなるらしく、出来るだけ娘との接触を避けている。

「わたくし、そんな顔をしていたのね……。全く気付かなかったわ……」

「恋とはそういうものでございます。サラはお嬢様にそういう感情が芽生えましたこと、大変嬉しく思っております」

恥ずかしそうに頬を染めるアンゼリカは年相応の少女そのものだった。
いつも表情を崩さない主人がここまで愛らしい顔を見せるなんて、とサラは微笑ましい目を向ける。



 さて、グリフォン公爵家でこのような微笑ましいやり取りが繰り広げられている頃、王宮では非常に殺伐としたやり取りがされていた。

「この度は当家の娘が王太子殿下にいきなり“婚約破棄”を宣言されたようでして……。それについて陛下はご存じでいらっしゃいますか?」

 白々しく、そしてふてぶてしい態度で目上である国王に対してそう告げるグリフォン公爵。色恋沙汰には拒否反応を示す彼だが、それ以外に苦手なものなどない。

 国王に詰め寄ることなど彼にとっては造作もないこと。
 むしろイキイキとした姿を見せている。

 それに対してサラマンドラ公爵はグリフォン公爵の唯我独尊ぶりに呆気にとられ、詰め寄られている国王は冷や汗をかいていた。

「グ、グリフォン公爵……この度は愚息がご息女に大変失礼な真似を……。誠にすまなかった……」

通常、国王が臣下相手にここまでへりくだることはない。
いくら息子が馬鹿な真似をしたとはいえ、王族が臣下に簡単に頭を下げることは滅多にない。

だが、グリフォン公爵相手であればいくらでも下げる。むしろ頭を下げるくらいで許してもらえるのであればいくらでも下げる。

「いやいや、謝罪は結構ですよ。そう全てので……」

 グリフォン公爵は頭を下げてどうにかなる相手ではなかった。
 国王がここまでしているのだから……とはならないのがグリフォン公爵。
 彼の中には『王族がここまで頭を下げているのだから……』などという忖度は存在しない。

「あ、後処理……?」

 すこぶる嫌な予感しかしない言葉だ。
 ダラダラと冷や汗を流す国王に対し、グリフォン公爵は悪の親玉のようにニヤリと嗤う。

「既にということですよ。勿論王太子殿下有責でね。既に娘と殿下は婚約破棄が済んでおり、互いに婚約者がいない状態です。……ああ、失敬、娘は違いますね」

 今の物言いは絶対にわざとだろう、とサラマンドラ公爵はグリフォン公爵に胡乱な目を向ける。先日邸で話し合いをした際には彼がここまで意地の悪い性格をしていると分からなかった。

「婚約破棄の手続きが済んでいる、だと……? まだエドワードが婚約破棄を宣言しただけだぞ!? それに余は手続きが済んでいるなどと聞いておらん!」

「いえいえ、お忙しい陛下の手を煩わせるわけにはいかぬと、臣下であるわたくしめが全て済ませておきました。それを陛下のお耳に入れていないとは……はて、何か行き違いでもあったのでしょうかね?」

 うわ、こいつ絶対わざと国王の耳に入れないように画策したよ。

 サラマンドラ公爵はうっかりとその言葉を口に出してしまいそうになり、慌てて片手で口を塞いだ。そんなの聞かれてはこちらに火の粉が飛んできてしまう。

「グリフォン公爵! 王太子に婚約を破棄する権限などない! 彼奴がいくら婚約破棄を叫ぼうともそれは何の意味もないことだ!」

「……国王陛下、それを私の前で仰いますか。私の娘は殿によって貴族令嬢としての人生を奪われましたのに……。意味がないのであれば、娘はどうしてあのような目に……」

 何の権限もない王太子が勝手にしたこと、と押し通そうとした国王に対してサラマンドラ公爵が悲壮な声を出す。

「あ……い、いや……その、それは……」

「その通りですな、サラマンドラ公爵閣下。そもそも、権限を越えた行いを仕出かすとは……いかがなものでしょうか」

 権限を越えた行いギリギリを攻めているグリフォン公爵が言うことではない。
 国王はそう言いたかったが言えなかった。グリフォン公爵の言う通り、二度も“婚約破棄”を宣言するという馬鹿な行いをしたのは自分の息子だ。そして、何だかんだとそれを許してしまったのは……紛れもなく自分なのだから。
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