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元王太子の転落③
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「何だここは…………」
砦に着いたエドワードが初めに思ったことは『場所を間違えたのではないか』という疑いだった。
砦とは本来、外敵の攻撃を防ぐためにある建造物のことを指す。そして今は内戦の真っ只中だ。さぞかし殺伐とした空気が流れているのかと思いきや、まるでどこぞのお役所のような雰囲気が漂っていた。
「はいはい、陳情はこっちに並んでね! あー、そこ! 横入りは駄目だよ」
軍事施設であるはずの砦、無骨な造りの小さな城の入り口には沢山の人が長蛇の列を成している。列の周辺には武装した兵士が数人おり、横入り等の違反行為に注意を促していた。
「どういうことだ……? ここは今、内戦の最中にあるはずでは……」
「え? そんなのとっくに終わっていますよ?」
「はあ!? そんな馬鹿な! だってこの場所は何年も戦が続いていた場所だぞ?」
エドワードは一応王太子として国内の事情については学んでいた。
この場所は部族同士の争いがもう何年も続いており、王家が武力を介入しても一向に終わりを見せないと習った。なのに、どうしてそれが収束しているのか。
「……えーと、エドワード様はこの場所で起きていた内戦の原因を知っています?」
「は? 部族同士の争いだろう? 確かここに住むレフト族とライト族が長年に渡りいがみ合いを続けていたと習った」
「いや、そうではなくて、その部族間の争いが何故起きていたかですよ」
「は? 何故か……だと?」
首を傾げるエドワードに元従者は苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
この元王太子が知る国の内情は机上のものだけ。そこで実際に何が起きているかなど知ろうともしない。
「……ここはですね、水を巡って部族間の争いが起きていたのですよ。ほら、見えますか? あの河にある水です。あそこが唯一の水源なので、その利用を巡って戦にまで発展してしまったのです」
「あの河を……?」
元従者が指さした先には堤防に囲まれた大きな河があった。
見たところ水量もたっぷりで、向こう岸に渡る為の橋までかけてある。
レフト族もライト族も小規模の部族だったはず。それぞれが生活に使う水量は十分なように見えるが……。
「今見える河はアンゼリカお嬢様が治水工事をなさったからこそあの姿なのです。それより前は小さくてすぐ氾濫するような、一切整備されていないものでした。だからその少ない水を巡って争いが起きていたんですよ」
「なに!? アンゼリカが? 何故そんなことを……」
「さあ……お嬢様の御心までは分かりかねますが、彼等の間でお嬢様は女神の如く崇められていることは確かです。ですから、ここでアンゼリカお嬢様を少しでも悪く言えば殺されてもおかしくありません。ゆめゆめそれを忘れぬように」
呆気にとられるエドワードがふと周囲を見渡すと、何やら見知った顔の真新しい銅像が目に入った。
「おい……あれはもしや……」
「あ、気づきました? あれはアンゼリカお嬢様の銅像です。長年に渡る水不足から救ってくださったお嬢様を称え、感謝の気持ちを込めて建てられたものです」
銅像の台座部分には『我らの女神』という文字が二つ彫られていた。
一つはレフト族の文字、もう一つはライト族の文字。
「あの文字が見えますか? 二つの部族の文字が彫られています。つまりはそれぞれの部族にとってお嬢様は後世に伝えるほどの大恩ある御方だということです」
「……なんだそれは。王家だって長年に渡り武力を投入していたんだぞ? それに対しての恩義は無いと言うのか!?」
「いや……あるわけないじゃないですか。王家のやってきたことは何の解決にもなっていないのですから」
「は? どういう意味だ?」
「どうもこうも……水が欲しくて争っているのに、それをどうにかしようとせず武力介入でとりあえず凌いでいたんですよ? それでどうして感謝などできましょうか」
「なっ……!? 王家のやってきたことは無意味だと言うのか!?」
「うーん……彼等にとっては無意味ですけど、政治的には意味がありますね。とりあえず王家は内戦をどうにかしようとしていますよー、というアピール目的の」
「アピールだと!? そんなこと…父上がなさるはずがない!」
「いや~、国王陛下の本心は分かりませんが、部族にとっては自分達に争いを力で無理やり抑えつけられているだけですからね……。そんなことをするくらいなら水不足をどうにかしてほしかったでしょうよ」
絶句するエドワードに元従者はため息をついた。
こいつは王太子だったくせに何も分かっていないと。
「とはいえど、治水工事だけでも莫大な金がかかっておりますからね。王家は辺境の部族の為にそんな大金を出せないと判断したのでしょう。かといって放置しておくわけにもいかない。だから体面を保つためにあまり金がかからず兵を派遣するだけでいい武力介入をしたのでしょう。でも確かにアンゼリカお嬢様以外はこんな大規模な工事をやってしまおうなんて思わないでしょうね」
その言葉にエドワードはショックを受けた。
王家がそんな表面上のみの対応をしていたことに対してか、そのことを自分が知らなかったことに対してか、はたまた自分よりも年下の少女が後世に伝わるほどの偉業を成し遂げたことに対してか。多分、全てだろう。
「それでは現地の担当者のもとへ行きますよ。着いてきてください」
呆然とするエドワードに構うことなく元従者はその場から足早に歩いていく。
「あ、おい! ちょっと待て!」
こんな場所に一人置いていかれたらたまらないとばかりにエドワードは元従者の後を追いかけた。
「あそこにいる男性が現地の担当者です。今後、貴方の上司となる人ですので、そのつもりで接してください」
元従者が指さした先には髪を緩く垂らした長身の男がいた。
彼は数人の部族相手に何かを説明しているようで、身振り手振りでそれを伝えようとする様子がうかがえる。
「ラウルさん、ご無沙汰しております」
元従者がその長身の男に声をかけると、男は姿勢を正して深々と頭を下げた。
「あ、シオン様! お久しぶりです。いらっしゃると知っていればお迎えにあがりましたのに……申し訳ございません」
「いやいや、気にしないで下さい。こちらも予定より早く着いてしまったので。それよりも……もめているようですが大丈夫ですか?」
「お見苦しい所をお見せして申し訳ございません……。いまいち言葉が通じず困っております」
「彼等の言語は発音が独特ですからね。でも安心してください。その為にこちらの方を連れてきました。さ、エドワード様、彼等の言葉を通訳して下さい」
いきなり元従者はエドワードの方にいい笑顔を向け、長身の男が相手をしていた数人の部族の言葉を通訳しろと頼んできた。いや、頼むなんて生易しいものではない。元従者の圧を込めた言い方は実質命令に近い。
「は? なんで私がそんなことを……」
それでも素直に命令など聞くはずもないエドワードは案の定文句を垂れた。
それに対して元従者は凄みのある笑顔を向ける。
「それが貴方に与えられた役目だからです。王族だったから無駄に教養は高いでしょう? 国内で使われる言語については全て履修済みだとアンゼリカ様から聞いております。もちろん、レフト族とライト族の言語についても。ここにいる彼等はレフト族ですが……何を言っているか分かりますよね?」
有無を言わさない態度に気圧され、内心では「この私が下賤の者と言葉を交わすなど……」と不満を抱きつつ、レフト族との対話を試みた。
「……どうやら、河にゴミを流す輩がいて、それを何とかしてくれと言っているぞ」
「あー……そういうこと。分かりました、すぐに調査の者を向かわせますと伝えてください」
ぶつぶつと文句を言いながらもエドワードは数人のレフト族相手にそれを伝える。
すると彼等も納得したのか、うんうんと頷き一言だけ告げて帰っていった。
「彼等は何と言っておりましたか?」
「……頼んだぞ、と言っていた。貴様……この私を通訳係のように使いおって……」
「いや、だからその通訳係が貴方に課せられたお役目だと言っているでしょう? 確かに治水工事が終わって内戦も収束しましたけど、ハイそれで終わりではないんですよ。こういった問題ごとに介入せねばまた内戦が勃発しかねない。なのでこちらにいるラウルさんを筆頭に役人や兵士が数名この砦に配置されております。貴方の仕事はレフト族とライト族を相手にした通訳です。二つの部族の言語を話せる者としてここに派遣されたと考えてください」
「はあ!? 通訳? この私が?」
「そうです。ちなみに通訳したとしても貴方自身がその件について判断は決してしないでください。貴方にその権限はありませんから。判断はラウルさんの方でしますので、貴方がすることは通訳だけです。」
「……権限がないだと!? ふざけるなよ! この私を誰だと思っている!」
「廃嫡された元王太子ですね。間違った判断に、間違った対応、おまけに常識もないときた。そんな人間に誰がもめごとをどうするかについて相談するというのですか?」
「不敬な……! 私は王族だぞ!?」
「ああ、それここでは今後決して言わないでください。何もしてくれなかった王族に対して彼等は嫌な気分しか持っていませんので。ちなみに、嫌なら男娼になるしかないのですが……いかがなさいますか?」
そう脅されてしまうと何も言えない。下手な事を言って本当に男娼にされたら嫌だからだ。
「……………………分かった」
本当は分かっていないがこう言うしかない。
エドワードは渋々元従者の判断に従った。
砦に着いたエドワードが初めに思ったことは『場所を間違えたのではないか』という疑いだった。
砦とは本来、外敵の攻撃を防ぐためにある建造物のことを指す。そして今は内戦の真っ只中だ。さぞかし殺伐とした空気が流れているのかと思いきや、まるでどこぞのお役所のような雰囲気が漂っていた。
「はいはい、陳情はこっちに並んでね! あー、そこ! 横入りは駄目だよ」
軍事施設であるはずの砦、無骨な造りの小さな城の入り口には沢山の人が長蛇の列を成している。列の周辺には武装した兵士が数人おり、横入り等の違反行為に注意を促していた。
「どういうことだ……? ここは今、内戦の最中にあるはずでは……」
「え? そんなのとっくに終わっていますよ?」
「はあ!? そんな馬鹿な! だってこの場所は何年も戦が続いていた場所だぞ?」
エドワードは一応王太子として国内の事情については学んでいた。
この場所は部族同士の争いがもう何年も続いており、王家が武力を介入しても一向に終わりを見せないと習った。なのに、どうしてそれが収束しているのか。
「……えーと、エドワード様はこの場所で起きていた内戦の原因を知っています?」
「は? 部族同士の争いだろう? 確かここに住むレフト族とライト族が長年に渡りいがみ合いを続けていたと習った」
「いや、そうではなくて、その部族間の争いが何故起きていたかですよ」
「は? 何故か……だと?」
首を傾げるエドワードに元従者は苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
この元王太子が知る国の内情は机上のものだけ。そこで実際に何が起きているかなど知ろうともしない。
「……ここはですね、水を巡って部族間の争いが起きていたのですよ。ほら、見えますか? あの河にある水です。あそこが唯一の水源なので、その利用を巡って戦にまで発展してしまったのです」
「あの河を……?」
元従者が指さした先には堤防に囲まれた大きな河があった。
見たところ水量もたっぷりで、向こう岸に渡る為の橋までかけてある。
レフト族もライト族も小規模の部族だったはず。それぞれが生活に使う水量は十分なように見えるが……。
「今見える河はアンゼリカお嬢様が治水工事をなさったからこそあの姿なのです。それより前は小さくてすぐ氾濫するような、一切整備されていないものでした。だからその少ない水を巡って争いが起きていたんですよ」
「なに!? アンゼリカが? 何故そんなことを……」
「さあ……お嬢様の御心までは分かりかねますが、彼等の間でお嬢様は女神の如く崇められていることは確かです。ですから、ここでアンゼリカお嬢様を少しでも悪く言えば殺されてもおかしくありません。ゆめゆめそれを忘れぬように」
呆気にとられるエドワードがふと周囲を見渡すと、何やら見知った顔の真新しい銅像が目に入った。
「おい……あれはもしや……」
「あ、気づきました? あれはアンゼリカお嬢様の銅像です。長年に渡る水不足から救ってくださったお嬢様を称え、感謝の気持ちを込めて建てられたものです」
銅像の台座部分には『我らの女神』という文字が二つ彫られていた。
一つはレフト族の文字、もう一つはライト族の文字。
「あの文字が見えますか? 二つの部族の文字が彫られています。つまりはそれぞれの部族にとってお嬢様は後世に伝えるほどの大恩ある御方だということです」
「……なんだそれは。王家だって長年に渡り武力を投入していたんだぞ? それに対しての恩義は無いと言うのか!?」
「いや……あるわけないじゃないですか。王家のやってきたことは何の解決にもなっていないのですから」
「は? どういう意味だ?」
「どうもこうも……水が欲しくて争っているのに、それをどうにかしようとせず武力介入でとりあえず凌いでいたんですよ? それでどうして感謝などできましょうか」
「なっ……!? 王家のやってきたことは無意味だと言うのか!?」
「うーん……彼等にとっては無意味ですけど、政治的には意味がありますね。とりあえず王家は内戦をどうにかしようとしていますよー、というアピール目的の」
「アピールだと!? そんなこと…父上がなさるはずがない!」
「いや~、国王陛下の本心は分かりませんが、部族にとっては自分達に争いを力で無理やり抑えつけられているだけですからね……。そんなことをするくらいなら水不足をどうにかしてほしかったでしょうよ」
絶句するエドワードに元従者はため息をついた。
こいつは王太子だったくせに何も分かっていないと。
「とはいえど、治水工事だけでも莫大な金がかかっておりますからね。王家は辺境の部族の為にそんな大金を出せないと判断したのでしょう。かといって放置しておくわけにもいかない。だから体面を保つためにあまり金がかからず兵を派遣するだけでいい武力介入をしたのでしょう。でも確かにアンゼリカお嬢様以外はこんな大規模な工事をやってしまおうなんて思わないでしょうね」
その言葉にエドワードはショックを受けた。
王家がそんな表面上のみの対応をしていたことに対してか、そのことを自分が知らなかったことに対してか、はたまた自分よりも年下の少女が後世に伝わるほどの偉業を成し遂げたことに対してか。多分、全てだろう。
「それでは現地の担当者のもとへ行きますよ。着いてきてください」
呆然とするエドワードに構うことなく元従者はその場から足早に歩いていく。
「あ、おい! ちょっと待て!」
こんな場所に一人置いていかれたらたまらないとばかりにエドワードは元従者の後を追いかけた。
「あそこにいる男性が現地の担当者です。今後、貴方の上司となる人ですので、そのつもりで接してください」
元従者が指さした先には髪を緩く垂らした長身の男がいた。
彼は数人の部族相手に何かを説明しているようで、身振り手振りでそれを伝えようとする様子がうかがえる。
「ラウルさん、ご無沙汰しております」
元従者がその長身の男に声をかけると、男は姿勢を正して深々と頭を下げた。
「あ、シオン様! お久しぶりです。いらっしゃると知っていればお迎えにあがりましたのに……申し訳ございません」
「いやいや、気にしないで下さい。こちらも予定より早く着いてしまったので。それよりも……もめているようですが大丈夫ですか?」
「お見苦しい所をお見せして申し訳ございません……。いまいち言葉が通じず困っております」
「彼等の言語は発音が独特ですからね。でも安心してください。その為にこちらの方を連れてきました。さ、エドワード様、彼等の言葉を通訳して下さい」
いきなり元従者はエドワードの方にいい笑顔を向け、長身の男が相手をしていた数人の部族の言葉を通訳しろと頼んできた。いや、頼むなんて生易しいものではない。元従者の圧を込めた言い方は実質命令に近い。
「は? なんで私がそんなことを……」
それでも素直に命令など聞くはずもないエドワードは案の定文句を垂れた。
それに対して元従者は凄みのある笑顔を向ける。
「それが貴方に与えられた役目だからです。王族だったから無駄に教養は高いでしょう? 国内で使われる言語については全て履修済みだとアンゼリカ様から聞いております。もちろん、レフト族とライト族の言語についても。ここにいる彼等はレフト族ですが……何を言っているか分かりますよね?」
有無を言わさない態度に気圧され、内心では「この私が下賤の者と言葉を交わすなど……」と不満を抱きつつ、レフト族との対話を試みた。
「……どうやら、河にゴミを流す輩がいて、それを何とかしてくれと言っているぞ」
「あー……そういうこと。分かりました、すぐに調査の者を向かわせますと伝えてください」
ぶつぶつと文句を言いながらもエドワードは数人のレフト族相手にそれを伝える。
すると彼等も納得したのか、うんうんと頷き一言だけ告げて帰っていった。
「彼等は何と言っておりましたか?」
「……頼んだぞ、と言っていた。貴様……この私を通訳係のように使いおって……」
「いや、だからその通訳係が貴方に課せられたお役目だと言っているでしょう? 確かに治水工事が終わって内戦も収束しましたけど、ハイそれで終わりではないんですよ。こういった問題ごとに介入せねばまた内戦が勃発しかねない。なのでこちらにいるラウルさんを筆頭に役人や兵士が数名この砦に配置されております。貴方の仕事はレフト族とライト族を相手にした通訳です。二つの部族の言語を話せる者としてここに派遣されたと考えてください」
「はあ!? 通訳? この私が?」
「そうです。ちなみに通訳したとしても貴方自身がその件について判断は決してしないでください。貴方にその権限はありませんから。判断はラウルさんの方でしますので、貴方がすることは通訳だけです。」
「……権限がないだと!? ふざけるなよ! この私を誰だと思っている!」
「廃嫡された元王太子ですね。間違った判断に、間違った対応、おまけに常識もないときた。そんな人間に誰がもめごとをどうするかについて相談するというのですか?」
「不敬な……! 私は王族だぞ!?」
「ああ、それここでは今後決して言わないでください。何もしてくれなかった王族に対して彼等は嫌な気分しか持っていませんので。ちなみに、嫌なら男娼になるしかないのですが……いかがなさいますか?」
そう脅されてしまうと何も言えない。下手な事を言って本当に男娼にされたら嫌だからだ。
「……………………分かった」
本当は分かっていないがこう言うしかない。
エドワードは渋々元従者の判断に従った。
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