私が貴方の花嫁? お断りします!

わらびもち

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再び教会へ

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(あら……? あれは……)

 教会に近づくと、入り口の前で若い女性が神父と話し込んでいた。
 女性は遠目でも分かるほど派手な服装をしており、神父にべったりとしなだれかかっている。

 このような誰が見ているとも分からない場所ではしたない。
 カロラインは眉をしかめてその光景を眺めていると、ふとその女性に既視感を覚えた。

 何だかその女性の顔、そして男にしなだれかかる様に見覚えがある。
 だが、どこで彼女を見たのか思い出せない。
 しばらくじっと眺めていると、その女性が振り向きカロラインと目が合う。
 その瞬間、彼女はニヤッと厭らしい笑みを浮かべた。

(………………? 何かしら?)

 彼女の嗤った意味が分からずキョトンとするカロライン。
 そんな彼女に気付いた神父が女性から離れ、こちらに向かってきた。

「レディ、お待ちしておりました」

 自分から離れてカロラインの方に向かっていったことに腹を立てたのか、派手な女性は物凄い形相でこちらを睨んできた。

 まあ、凄い顔。そうカロラインが呑気に眺めていると、女性が神父の腕を掴んで引き留める。

「ちょっと、ジョエル様! そんな女放っておけばいいじゃないですか!!」
 
 そんな女? 
 どこの誰だかは知らないが、初対面でそんな無礼な発言をされるいわれはない。
 文句の一つでも言おうと口を開くと、すぐに神父が間に入ってくれた。

「貴女にこちらのレディを”そんな女”呼ばわりする資格はありません! 用もないのですからさっさと帰りなさい!」

 怒りの籠った声に女はビクッと体を揺らした。
 まさか怒鳴られると思ってはいなかったのか、驚いて目に見る見る内に涙を滲ませる。

「そ、そんな……酷い! 私は、もっとジョエル様と仲良くしたかっただけなのに……!」

と必要以上に接触する気などありません。兄を伴わずに会いにくることも金輪際止めて頂きたい」

「あ、あの人よりも、私はジョエル様の方が……」

「……汚らわしい。僕は貴女のようなふしだらな女性を軽蔑します」

 冷徹な目で蔑まれ、女性は恐ろしくなりその場で固まった。
 神父はその隙を見てカロラインを促しすぐに教会の中へと入る。

「あの、神父様……先ほどの女性は?」

 先程の会話でただならぬ雰囲気を感じ取ったカロラインは遠慮がちにそう尋ねた。

「見苦しい所をお見せして申し訳ございません。先ほどの女性は兄の恋人なんです。兄と上手くいかないのか何なのかは知りませんが、近ごろああして僕に擦り寄り始めて……心底うんざりしているのですよ」

「まあ……そのようなことが……」

 疲れた様子でため息をついている彼を見るに本気で迷惑だと思っているのだろう。

「それでレディ、本日は何か用事があっていらしたのではないですか?」

「あ、はい、そうなのです。実は……」

 カロラインは神父に夢で見たことを告げた。
 そして、今あの山百合の花がどうしているかも尋ねる。

「そのような夢を見たのですね……。あの花は今、箱に入れて保管しております。毎日開けて中を確認しておりますが……水に差していないにも関わらず、枯れることも萎れることもない、この世の物とは思えぬ代物だと痛感しましたよ」

「枯れることも萎れることもないのですか……。あれから何日も経っていますのに……」

「ええ、何とも不気味ですよね。これは完全に僕の考えでしかないのですが……レディはもうあの花を見ることも触れることもしない方がいいと思います」

「え!? ですが……あれはわたくしが持ち込んだ厄介物で……」

 カロラインだって出来ればそうしたい。
 でも、自分が持ち込んだ厄介な代物に対して無責任になれというのは良心が痛む。
 それに、あの花を持ち主に返さないと花嫁になってしまうと夢でカロリーナから忠告された。
 何の根拠もないのだが、不思議とそれは本当だと本能が訴えかけてくる。

「そうだとしても、危険です。貴女がアレに触れた瞬間、その神を名乗る何者かが貴女を攫いに来てもおかしくないと思いませんか?」

 攫いに来る、と聞いてカロラインは顔を青褪めさせた。

(もし、あの男に攫われたら……カロリーナみたいな目にあってしまう……!)

 カロラインはカロリーナの末路を思い出してゾッとした。
 
 「実は、この話を懇意にしている方に話してみたんです。するとその方はとても興味を持って下さり、この花を直接見にいらしてくれることになりました。なので、よければレディもその場に同席しませんか? その方に相談してから花をどうするかを判断しても遅くはないのでは?」

「え? その方とは……?」

「はい、ピエール教皇猊下です」

「ええっ!? その方ってまさか……現王陛下の大叔父君ですか?」

「流石にご存じでしたか。はい、その通りです」

 ピエール教皇とは先々代の王の弟にあたる人物。
 若かりし頃に修道者となり、以降独身を貫きその一生を神に捧げるほど信仰心に篤いと聞く。

「そんな……元とはいえ王族の方にこのような話をして、よろしいのでしょうか?」

 修道者になったとはいえ、教皇は元王族。
 そんな雲の上ともいえる身分の人に相談などしていいものかとカロラインは戸惑った。

「ご安心ください、元王族とはいえ猊下はとても気さくな方です。それに……どうやらレディの話に何か思うところがあるようです」

「え? 思うところ、ですか……?」

「ええ。この話を聞いた時、猊下はひどく驚いた顔をされておりました。それにレディにも会ってみたいと仰っておりました。なので、レディさえよければ是非」

「教皇猊下がわたくしに……?」

 その時、カロラインの脳裏に夢で見た光景が不意によぎる。
 浮気性の王子と結婚したくないと泣いていた女性の姿。

 彼女が……カロリーナが婚約していた王子とは、まさか……。

「……そういうことでしたら、お言葉に甘えて同席させてください」

「よかった。それでは、猊下がいらっしゃる日取りなのですが……」

 神父から教皇が来る日を聞き、またその日に伺う旨を約束した。
 そしてカロラインが帰る際、神父は彼女にある物を手渡す。

「レディ、どうかこちらをお持ちになって下さい」

 彼が渡したそれは、美しい装飾の施された箱。
 中を開けるとそこには透明な水晶が入っていた。

「透明な水晶には魔除けの効果があります。気休めにしかなりませんが、これが少しでも貴女の身を守ってくれることを願って」

「そんな、ここまでして頂くわけにはいきません……!」

 大ぶりのそれはどう見ても高価な品。
 お世話になっている彼からこんな良い品を受け取るわけにはいかないと、カロラインはそれを拒んだ。

「いいえ、何かしないと僕が不安でたまらないのです。離れている間にレディの身に何かあったらと思うと辛い……。どうか、僕が安心を得る為だと思って受け取ってください」
 
 どうして彼は自分にここまでしてくれるのだろう。
 妻でも家族でもない自分に……。

「神父様……貴方は、どうしてここまで……」

「……今はまだ、その理由を話すことが出来ません。でもこれだけは覚えておいてください。僕は貴女のことを大切に思っていると……」
 
 真っ直ぐな瞳で見つめられ、カロラインは心臓を射貫かれたような感覚を覚える。
 元婚約者にすら抱いたことのないほどの強烈な感情。
 そしてあの青年に見つめられた時よりも、もっとずっと心を揺さぶられる。

「ありがとうございます……神父様」

 熱に浮かされたように、ふわふわと心ここにあらずといった状態でカロラインは帰路についた。

 その様子を物陰からずっと見ている者がいたことにも気づかずに……。
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