三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎

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晋編2 竹林七賢

阮咸1  人を気に掛ける

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山公舉阮咸為吏部郎,目曰:「清真寡欲,萬物不能移也。」(賞譽12)


阮籍げんせきの甥にして竹林七賢の一、阮咸。
かれは竹林七賢の最年長者、
山濤さんとうに見出され、人事部に推薦された。

この時の山濤の評価コメントは以下。

「清廉にして、欲が少ない。
 かれに変に取り入ろうとしても、
 かれがそれに応じることはないだろう」

もっとも、推薦は却下されたが。


さて、そんなかれが
一回誰かに入れあげるとどうなるか。


阮仲容先幸姑家鮮卑婢。及居母喪,姑當遠移,初云當留婢,既發,定將去。仲容借客驢箸重服自追之,累騎而返。曰:「人種不可失!」即遙集之母也。(任誕15)


阮咸、おばの召使いであった
鮮卑せんぴの娘をたいそう気に入っていた。

そんなおばが、阮咸の母の喪中に
遠くに引っ越すこととなった。

おば氏、阮咸が鮮卑の娘に
べた惚れなのを承知していた。
だから引っ越す際には、
彼女を残していく、と、
……たぶんリップサービスだよなこれ。

が、阮咸。本気にした。

リップサービスである以上、
当然引っ越しに当たっては鮮卑の娘も
一緒に引っ越すこととなる。

阮咸さん、そんなん知らんがなである。

母の葬儀に参列していた客の馬を借り、
喪服のままで馬を飛ばし、
おばに追い付くと、
鮮卑の娘を引き取った。
そして、二人して自宅に戻ってきた。

「おれの子を失うわけにはいかんのだ!」

そう、この鮮卑の女性こそが
あの阮孚げんふさんの母親なのです!

ってこれ、つまりこの段階で
孕んでたってことだよな?


 ○


阮咸
中原名士に長男の阮瞻げんせんが食い込み、兗州八伯に弟の阮孚が食い込んでくるとか、やべえなこの人の精子。いい仕事しすぎだろ。
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