魔王と姫君

空原 らいあ

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第一章 ー魔王と出会い編ー

第17話 ―大臣と逃亡―

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ルザードは焦っていた。
取引相手である白竜帝国の王族、ダザライ王子から催促の手紙が来たこと。
だというのに王女へ毒を飲ませることが出来ないでいること。
更には自分の引き出しに仕舞っていた密偵からの報告書がいつの間にか無くなっていたこと。

メイドが片付けたか?
有り得ない。
鍵付きの引き出しである。
そして鍵は自分が持っている1つしかない。
誰かが盗んだに違いない。

「一体誰が……いや、それどころではない」

幸い大臣とダザライ王子の名前が書かれている一番危険な手紙は手元に残っている。
盗まれた報告書は名前など書かれていないのだから最悪知らぬ存ぜぬで通すしかない。

「それよりこの手紙を処分しなければ」

ダザライ王子からの手紙は王族に薬を盛ったこれ以上ないほど証拠になる。
早急に処分しなくてはならない。

それからダザライ王子へ緊急事態であることを伝えなければならない。
密偵とやり取りする事ができるのは深夜だ。日没まではまだ時間がある。

「くそっ、なぜもう一歩だというのに」

部屋の入口の前で見張りをしている衛兵に火を持ってくるよう言いつける。
本来ならメイドなどに言い渡される雑務を命令された衛兵は戸惑いながらも火を探しに行った。

執務室に戻ったルザードは机に向かい、落ち着くために水差しを一杯分グラスに注ぐ。
それを一気に飲み干し、グラスをおいたその瞬間。

机の上に置いていた一枚の紙片が舞い上がった。
「な、なんだ!?」

5cm四方のその紙片は空中で錐揉みし、さらに細かい紙片へと姿を変えた。
机に広げられた書類の上に紙屑が散らばる。

「これは…まさか…」

今散り散りになった紙片は魔術具だった。
一方通行であるが離れた相手から文字を受け取る事が出来る受信機だ。
迅速な伝達が可能なため各国の軍でも採用されているものである。
送信者が魔術師であること、文字数の制限など制約は多いがそれ以上の価値があるものだ。

ルザードは時折これを一部の私兵との連絡用に利用している。
今回であればホーミン一家を拉致した者達の中に忍ばせた私兵である。

ホーミン一家の誘拐には金を払えばなんでもするならず者を使用した。
彼らだけでは下手を打つ可能性もあったため1人連絡役を付けたのだ。

その連絡に必要な道具が無くなった。
いや潰されたと思ったほうがよいだろう。

何かが起こり、こちらへの連絡手段は潰されたのだ。

ルザードは最早確信した。
確実に、自分に悪い展開が起こっている。

ホーミンの娘と孫はどうなったのだろう。
彼がこちらを裏切る事になればルザード自身も無事では済まない。

「いっそ白竜帝国に亡命するか…?」

フィリオナ王女という手土産も無しになるが今後のことを考えるとその方が安全かも知れない。
ルザードは他に何か証拠を残していないか確認を始めようとした時、突然部屋のドアが開かれた。
ドアの向こうに現れたのは鎧を着込んだ大きな男だった。

「これはルウ将軍。ノックも無しとは如何なされましたかな?」

突然のこの状況でも笑顔を作ることは忘れない。
相手が苦手な将軍であれば尚更だ。

ルウ将軍と呼ばれた大男はそんなルザードをまるで相手にせず部屋の入口を潜る。
褐色の肌に細目。
口周りには髭を伸ばしている。
髪は短く刈り込んであるのに対して髭の方が長い。
まだ三十代という若さで将軍まで上り詰めた彼は威厳を持つ面構えにするために髭を伸ばしている。

「あぁちょっと悪い噂を耳にしてな」
「ほほぅ。一体どの様な噂ですかな」
「信じがたい事ではあるのだが、ルザード大臣が王や王女に毒を盛っているというのだ。」
「そんなバカな…」

やはりあの報告書は誰かが盗んだのだ。
ルウ将軍の手の者か。
可能性はある。
元々ルザードとルウは仲が悪い。

質実剛健で物事を実直に推し進める彼と基本的に搦め手で勝負するルザードでは根本的に相性が悪いのだ。

「更にだな。その者がいうにはお主が敵国である白竜帝国と繋がっているというのだ」
「ほほぅ、それはまた随分と大した噂ですなぁ。そんな噂を流したとなれば不敬罪にも問われかねないだろうに…一体どなたですかな?そんな根も葉もない噂を流したのは」

将軍はルザード大臣の表情を確認し、溜め息を1つつく。
「貴殿には心当たりがないと?」
「勿論です。私にはそんな大それたことは出来ませんよ」
「…そうか。」

ルウ将軍はそれだけ呟くと再び部屋の入口を潜り去っていった。

一体何だったのか…。
相変わらず何を考えているかわからない男だ。

とはいえ、このタイミングで来たのだ。
それもわざわざあんな話をしに来たのだ。

何とかいつもの笑顔のままで切り抜けたが背中にはびっしょりと冷や汗をかいている。
ルウ将軍はすでに何かを掴んでいる可能性が高い。
ひょっとしたらこの部屋に忍び込んで盗みを働いたのも彼か彼の配下かもしれない。
だとすると次は彼に会うときは自分を捕まえに来るだろう。

他人から気付かれない魔王が存在するなど、ましてその魔王の仕業などと思いもしないルザードがそういう結論に達するのは当然のことだった。

「…急がねば」

……………………。
……………結局、ルザードは急ぎ身支度を整え白竜帝国への脱出を計るも城から抜ける直前で捕縛された。
その時、彼の顔にはいつもの張り付いた笑顔なかった。
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