魔王と姫君

空原 らいあ

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第一章 ー魔王と出会い編ー

第20話 ―王女と開戦―

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3日後。
ファーニア王国軍はルウ将軍を筆頭とし、ダザライ王子の進路上にある最も王都に近い砦-ファーブル砦に集結していた。
集結したと言っても集まったのは元々王都にいたの守備兵と近くの国境線に位置する砦から集めた兵士達だ。
王都以外の付近の領主にも援軍の打診はしたものの時間的に厳しいだろう。

そうでなくとも周辺戦力を集めるために敵軍に国境線の突破を許してしまった。
だが、それでも王都に直接急襲されるより準備は出来ている。
兵力で言えば此方も白竜帝国軍と同数を揃えた。
砦の防備も含めればまず負けはしないだろう。

相手の援軍が無ければ、話ではあるが。

「…姫様、今からでも王都へ帰られませんか?」

いつの間にかフィリオナのすぐ横に立っていたのはファーニア王国の無口な将軍だった。
彼女は首を横に振る。

「いいえ、これは言うなれば私事に皆を巻き込んだ形ですもの。せめて結末は見届けなければ。…これは私の責務なのです」

…気丈な姫だな。とルウ将軍思う。
彼女の顔色は優れない。
生来丈夫でない体の上に、ルザードに毒を盛られ、その回復も待たないまま事の顛末を見届けるためだけにこうして前線に身をおくなど並大抵の胆力ではない。

「ですが絶対に無理はされぬようお願いします。敵国の軍が動いた以上これは単なる個人の争いではなく国と国との戦争なのです」
「わかっております」
「…時に姫様。入手されたという解毒剤はお飲みになられたのですか?」
「あれはお父様の所に置いてきました。今頃ホーミン先生の手でお父様に飲ませている筈です」

ラースが持ち帰った薬方はホーミン医師の手により鑑定され解毒剤であることが判明している。
ただし、量として1人分であるためフィリオナは自身より王である父親を優先していた。

「そうでしたか。確かに現状では王の復帰が急務ですな。素晴らしいご決断です。」
「フフ、ありがとう。」

無口な将軍が自分を気遣っていることがわかり、フィリオナは微笑む。
その笑顔は誰から見ても美しいのだが今はどこか儚げだ。

「…では、いって参ります」
「お願いします。私はここで皆さんの無事を祈らせて頂きます」
「…心強い限りです」

ルウ将軍は細目を僅かに光らせ戦場へと繰り出す。
すでに敵軍は目の前に迫っている。
あと30分もすれば開戦だろう。

「行くぞ!勇敢なるファーニア王国の兵達よ!我等が姫君を攫おうという不届き者共に天誅を下すぞっ!!」
「「「応っ!」」」

後に『ファーブル砦防衛戦』と呼ばれる白竜帝国とファーニア王国の戦いはこうして始まった。

ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー

戦陣を開いたのは弓兵による遠距離攻撃だ。
双方の矢が雨のように降り注ぎ、無防備なものから命を奪う。

次いで帝国軍の騎馬隊が砦前に陣をはったファーニア王国軍を蹴散らす。
そのままの勢いで帝国軍歩兵が陣を崩そうとするが、それは王国軍の長槍によって阻止された。

直接的なやりとりでは騎馬隊に押されてしまう歩兵に弓兵からの援護射撃が飛ぶ。
遠距離おいては砦を構えているファーニア王国軍が有利である。

戦いは一進一退を繰り返す。

それを部隊中央で眺めていたダザライ王子は興奮気味に叫んだ。
「おい、何をやっている!たかが弓矢如きに押されるんじゃない!」

斥候部隊から相手が砦で待ち構えていることは聞いていたが、自分の優秀な軍であれば何とかなると本気で思っていたダザライ王子は現状が大いに不満だった。

砦から飛んでくる矢のせいで歩兵が自分の思うように進まないのだ。
兵達からしても無理な突撃で命を落としたくはない。
何より無数の兵力ほ誇る帝国軍であってもここにいるのはダザライ王子の私兵であり簡単に兵力の補給ができる訳ではないのだ。
それはダザライ王子自身も理解している。
理解はしているのだが、納得はいかない。

「むむ…。仕方ない。近衛騎士団を前へ弓矢など弾き返せ」
「重装歩兵部隊、前へ!」

ダザライ王子の言葉に応じて彼の脇に立つ部隊長が号令を下す。
すると帝国軍の最前列が全身を覆う鎧で身を固めた騎士達に入れ替わった。

そしてゆっくりと王国軍に迫り、そして…激突。
王国軍の弓矢も剣や槍を弾き返し、全身鎧の騎士達は進む。

「む…いかんな」
その光景を上部から見ていたルウ将軍は押されている自軍のために動く。
「もう少し温存しておきたかったが仕方ないか…」
ルウ将軍は大きく息を吸い込み、大声と共に吐き出す。
「魔術師隊、前へ!目標は敵前衛の重歩兵部隊!殺す必要はない!転ばしてやれ!」
ルウ将軍の号令に従い、砦の見張り台の中に身を潜めていた魔術師達がその身を起こす。
そして唱え終えていた呪文を解き放つ。
「「ファイアウォール!」」

解き放たれた魔術は敵軍の中に爆発と共に火柱を作る。
今魔術師達が使っているのは目標地点に一定時間火柱を作る火属性の魔術である。
火柱は1メートル四方の小さめのものだが発生時に爆発とその衝撃波が発生する。
直撃すればそれなりにダメージを受けるだろうが、それ程精密な操作が出来るものではなく多くは相手を転ばす程度しか出来ない。

だが、ルウ将軍の目当ては正にそれだった。

重装備の全身鎧は確かに強固なのだが幾つか弱点がある。
1つは移動速度の低下。重さと全身を覆うという金属板のせいで関節の可動範囲が限られてしまうのだ。装備者がどんなに怪力を誇っていても物理的に無理なものは無理なのだ。

2つ目は兜による音の弊害である。頭もすっぽりと覆っているため、聞こえずらく発しにくい。だが金属であるため中に入り込んだ音は響く。例えば、爆発音などは平衡感覚を崩すにはもってこいだ。

そして3つ目。
前述のとおり関節各部の可動範囲が狭いということは一度体勢を崩すと建て直すのに時間がかかる。
戦場において数秒から十数秒の時間ロスは命に直結する。

これらを経験上知っていたルウ将軍は魔術師隊に爆発音と衝撃波が発生するこの魔術の使用を指示していた。

重装歩兵を転ばされ攻め手を失った戦場は再び一進一退の
膠着状態に陥ったのだった。

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