魔王と姫君

空原 らいあ

文字の大きさ
32 / 41
第一章 ー魔王と出会い編ー

第30話 ―魔王と医者―

しおりを挟む
国王の用意した宴は立食式の会食だった。
魔王を称するラースの存在は一般の兵や国民に知られる訳にはいかないため、参加しているのは先程謁見の間にいた面子である。

…最も一番文句を付けていたリンドン大臣は欠席していた。


パーティー用の部屋では人数が少なすぎるため、王族が食事に使用する部屋を割り当てたのだがそれでも十分な広さがある。

長方形の部屋の中央に長机、その上に肉や果物を中心とした様々な料理が並んでいる。
内陸に位置するファーニア王国では魚料理は少な目だった。

ラース以外の参加者は時折酒を飲む以外は基本的に誰かと歓談している。
一応国王の目論見としてはラースを中心として親睦を深め、今後の付き合いを円滑にするつもりだったのだが……当のラースは誰とも喋らずひたすら料理と酒を口の中に放り込んでいた。
そこには礼儀やマナーという言葉は皆無である。
騎士であるミリアですら最低限のマナーを身につけているのだ。
ラースは飢えた獣のように貪り、その周囲には食べかすが飛び散っている。

その余りの光景に多くの者は近づけずにいる。
ミリアやフィリオナであればそれも気にしなかっただろうが、彼女達は彼女達で本日の主役である。
ラースに近寄れないと判断した他の人間が彼女達の方に行ったため、その相手をするので手が放せない。

最も誰も寄ってこなくてもラース自身は気にしないだろう。
珍しく彼の肩から降りているクロウもラースの傍らで葡萄などの果物を摘まんでいる。

…………………

「ふぃ~、食った食った」
しばらくして、パンパンと自分の腹を叩きながらラースは満足そうに息を漏らす。
クロウも満腹になったのか翼で器用に嘴を拭いている。

「ラース様、少々よろしいですかな?」

タイミングを見計らって声をかけてきたのはホーミン医師だった。
この初老の男性はラースがひたすら食べている間、何も言わず近づかずく訳でもなく、かといって離れすぎず、ラースに声をかけられる位置をずっと保っていた。

「お?なんだ、おっさん。オレ様に話しかけるなら隣に美女でも用意しとけ」
「それは失礼しました。何分初対面なもので些か気配りが足りませんでしたな」

ホーミンはあくまで下手に出る。
予めフィリオナにその人柄を聞いていなければ初対面でここまで綺麗に受け流せはしなかっただろう。

「改めて自己紹介させていただきます。ワタクシは医者のホーミンと申します。この度はラース様に娘共々御世話になりました。家族を代表して御礼を述べさせて戴きます」

実際にホーミン自身の助命を願い出たのはフィリオナであるし、彼の娘と孫を助けたのはミリア率いる親衛隊だ。
だが事の顛末を聞いたホーミンは誰よりラースに命を救われたと感じていた。
そもそもラースとフィリオナが出会ったあの晩にラースが現れていなければ自分は王族殺しの汚名を被り、一族郎党処刑されていてもおかしくないのだ。

「あー貴様がホーミンか。オレ様は男を助ける趣味はないからな、礼ならフィリオナかミリア辺りに言うんだな」

ラースは興味などまるでないのでホーミンの方に振り向くこともなく酒を仰ぐ。
高級なワインもお構いなしに瓶ごとラッパ飲みだ。
ホーミンから笑みが零れる。
ラースの反応が余りにフィリオナの言うとおりだったからだ。

「とにかくありがとうございました。体調など何かありましたら是非お訪ねください。誠心誠意診させてはいただきます」
「ふん、色気たっぷりの女医ならともかくヒゲのおっさんに診てもらう趣味はないわ」
「ホッホッホッ、そうですな。どうせ診てもらうなら女性が良いですな」
「ただの女ではダメだ。美女でなければ。知り合いにいないのか?」
「そうですなぁ……ラース様のお眼鏡に適いそうな女医はなかなか難しいですな」
「ちッ、使えんヤツめ」

普通なら憤慨ものの扱いであるが、ホーミンは笑顔で受け流す。
周囲の人間は、ラースのご機嫌伺いとこんな扱いを受けているホーミンがいつキレないかとハラハラしていた。

「……ん?そういえば貴様は王族付の医者だったな?」
「はい、そのとおりでございます。今後も続けていけるかは正直分かりませぬが…」
「ということは…見たのか?」

急に声を潜めたラースに周囲の人間が焦る。
ホーミン自身も何のことか解らず、一筋の汗が流れる。

「何を、でございましょうか」
「決まっているだろう。フィリオナだ。いや待て。この王宮内の人間を一通り見ている可能性があるのか?」
「えぇーと…」
「だとするとミリアのも見たのか!」
「……ラース様、一体何の話でございましょう」
「えぇーい!裸に決まっているだろう!フィリオナやミリアの裸を見たのかと聞いているッ!!」

…それはこの会食が始まってから一番大きな声だった。

無論、その声は他の者と談笑していたフィリオナやミリアの耳にも届き彼女等の動きを止めた。

一方でホーミンは安堵のため息を吐いていた。
医者にこの手の話を聞く男は多い。
誰々の胸はどうだった、体重はどのくらいだったか、老若男女問わずよく聞かれるのだ。
聞かれることの多い質問は当然あしらい方も心得ている。

「勿論、それがワタクシの職務ですので。男も女も関係なく診ております」
「ぬぅー……気に食わん」
「そう仰られましても……。それでしたらラース様も医師を目指してはいかがです?ワタクシも及ばずながら御助力致しますぞ」

おおよその男はここで引く。
興味はあっても職務にするつもりはないからだ。
これでダメなら追い討ちは元気過ぎる老婆の話だ。
色恋沙汰に年齢は関係ないとはいえ、しわくちゃの身体を診察しながら夜の話をする老婆。
僅かにでも想像力のある男なら間違いなく下心が萎える。
ラースはどちらだろうか?

ホーミンの悪戯心をよそにラースは思った以上に真剣に考えていた。

「医者……医者か。」
「ラース様?」

ここで本気になられても困る。
これはあくまで質問をかわすための方便なのだから。

「よし!わかった。医者になろう!ただしフィリオナとミリアが相手の時だけだ。他は貴様が診ろ」
「いや、それは……ラース様は医術をお持ちで?」
「持ってるわけがなかろう。だがオレ様の女を他の男に見せたり触らせたりさせたくない。だからオレ様が見る」

何故か大威張りである。

「なるほど、要するにラース様の嫉妬…独占欲ですな」
「当たり前だろう。あいつらはオレ様の女だからな」

ガッハッハと笑うラースにホーミンの笑い声が重なる。
ガッツリと聞こえていたフィリオナは顔を赤らめ、ミリアは頭を抱えていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...