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第一章 ー魔王と出会い編ー
第30話 ―魔王と医者―
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国王の用意した宴は立食式の会食だった。
魔王を称するラースの存在は一般の兵や国民に知られる訳にはいかないため、参加しているのは先程謁見の間にいた面子である。
…最も一番文句を付けていたリンドン大臣は欠席していた。
パーティー用の部屋では人数が少なすぎるため、王族が食事に使用する部屋を割り当てたのだがそれでも十分な広さがある。
長方形の部屋の中央に長机、その上に肉や果物を中心とした様々な料理が並んでいる。
内陸に位置するファーニア王国では魚料理は少な目だった。
ラース以外の参加者は時折酒を飲む以外は基本的に誰かと歓談している。
一応国王の目論見としてはラースを中心として親睦を深め、今後の付き合いを円滑にするつもりだったのだが……当のラースは誰とも喋らずひたすら料理と酒を口の中に放り込んでいた。
そこには礼儀やマナーという言葉は皆無である。
騎士であるミリアですら最低限のマナーを身につけているのだ。
ラースは飢えた獣のように貪り、その周囲には食べかすが飛び散っている。
その余りの光景に多くの者は近づけずにいる。
ミリアやフィリオナであればそれも気にしなかっただろうが、彼女達は彼女達で本日の主役である。
ラースに近寄れないと判断した他の人間が彼女達の方に行ったため、その相手をするので手が放せない。
最も誰も寄ってこなくてもラース自身は気にしないだろう。
珍しく彼の肩から降りているクロウもラースの傍らで葡萄などの果物を摘まんでいる。
…………………
「ふぃ~、食った食った」
しばらくして、パンパンと自分の腹を叩きながらラースは満足そうに息を漏らす。
クロウも満腹になったのか翼で器用に嘴を拭いている。
「ラース様、少々よろしいですかな?」
タイミングを見計らって声をかけてきたのはホーミン医師だった。
この初老の男性はラースがひたすら食べている間、何も言わず近づかずく訳でもなく、かといって離れすぎず、ラースに声をかけられる位置をずっと保っていた。
「お?なんだ、おっさん。オレ様に話しかけるなら隣に美女でも用意しとけ」
「それは失礼しました。何分初対面なもので些か気配りが足りませんでしたな」
ホーミンはあくまで下手に出る。
予めフィリオナにその人柄を聞いていなければ初対面でここまで綺麗に受け流せはしなかっただろう。
「改めて自己紹介させていただきます。ワタクシは医者のホーミンと申します。この度はラース様に娘共々御世話になりました。家族を代表して御礼を述べさせて戴きます」
実際にホーミン自身の助命を願い出たのはフィリオナであるし、彼の娘と孫を助けたのはミリア率いる親衛隊だ。
だが事の顛末を聞いたホーミンは誰よりラースに命を救われたと感じていた。
そもそもラースとフィリオナが出会ったあの晩にラースが現れていなければ自分は王族殺しの汚名を被り、一族郎党処刑されていてもおかしくないのだ。
「あー貴様がホーミンか。オレ様は男を助ける趣味はないからな、礼ならフィリオナかミリア辺りに言うんだな」
ラースは興味などまるでないのでホーミンの方に振り向くこともなく酒を仰ぐ。
高級なワインもお構いなしに瓶ごとラッパ飲みだ。
ホーミンから笑みが零れる。
ラースの反応が余りにフィリオナの言うとおりだったからだ。
「とにかくありがとうございました。体調など何かありましたら是非お訪ねください。誠心誠意診させてはいただきます」
「ふん、色気たっぷりの女医ならともかくヒゲのおっさんに診てもらう趣味はないわ」
「ホッホッホッ、そうですな。どうせ診てもらうなら女性が良いですな」
「ただの女ではダメだ。美女でなければ。知り合いにいないのか?」
「そうですなぁ……ラース様のお眼鏡に適いそうな女医はなかなか難しいですな」
「ちッ、使えんヤツめ」
普通なら憤慨ものの扱いであるが、ホーミンは笑顔で受け流す。
周囲の人間は、ラースのご機嫌伺いとこんな扱いを受けているホーミンがいつキレないかとハラハラしていた。
「……ん?そういえば貴様は王族付の医者だったな?」
「はい、そのとおりでございます。今後も続けていけるかは正直分かりませぬが…」
「ということは…見たのか?」
急に声を潜めたラースに周囲の人間が焦る。
ホーミン自身も何のことか解らず、一筋の汗が流れる。
「何を、でございましょうか」
「決まっているだろう。フィリオナだ。いや待て。この王宮内の人間を一通り見ている可能性があるのか?」
「えぇーと…」
「だとするとミリアのも見たのか!」
「……ラース様、一体何の話でございましょう」
「えぇーい!裸に決まっているだろう!フィリオナやミリアの裸を見たのかと聞いているッ!!」
…それはこの会食が始まってから一番大きな声だった。
無論、その声は他の者と談笑していたフィリオナやミリアの耳にも届き彼女等の動きを止めた。
一方でホーミンは安堵のため息を吐いていた。
医者にこの手の話を聞く男は多い。
誰々の胸はどうだった、体重はどのくらいだったか、老若男女問わずよく聞かれるのだ。
聞かれることの多い質問は当然あしらい方も心得ている。
「勿論、それがワタクシの職務ですので。男も女も関係なく診ております」
「ぬぅー……気に食わん」
「そう仰られましても……。それでしたらラース様も医師を目指してはいかがです?ワタクシも及ばずながら御助力致しますぞ」
おおよその男はここで引く。
興味はあっても職務にするつもりはないからだ。
これでダメなら追い討ちは元気過ぎる老婆の話だ。
色恋沙汰に年齢は関係ないとはいえ、しわくちゃの身体を診察しながら夜の話をする老婆。
僅かにでも想像力のある男なら間違いなく下心が萎える。
ラースはどちらだろうか?
ホーミンの悪戯心をよそにラースは思った以上に真剣に考えていた。
「医者……医者か。」
「ラース様?」
ここで本気になられても困る。
これはあくまで質問をかわすための方便なのだから。
「よし!わかった。医者になろう!ただしフィリオナとミリアが相手の時だけだ。他は貴様が診ろ」
「いや、それは……ラース様は医術をお持ちで?」
「持ってるわけがなかろう。だがオレ様の女を他の男に見せたり触らせたりさせたくない。だからオレ様が見る」
何故か大威張りである。
「なるほど、要するにラース様の嫉妬…独占欲ですな」
「当たり前だろう。あいつらはオレ様の女だからな」
ガッハッハと笑うラースにホーミンの笑い声が重なる。
ガッツリと聞こえていたフィリオナは顔を赤らめ、ミリアは頭を抱えていた。
魔王を称するラースの存在は一般の兵や国民に知られる訳にはいかないため、参加しているのは先程謁見の間にいた面子である。
…最も一番文句を付けていたリンドン大臣は欠席していた。
パーティー用の部屋では人数が少なすぎるため、王族が食事に使用する部屋を割り当てたのだがそれでも十分な広さがある。
長方形の部屋の中央に長机、その上に肉や果物を中心とした様々な料理が並んでいる。
内陸に位置するファーニア王国では魚料理は少な目だった。
ラース以外の参加者は時折酒を飲む以外は基本的に誰かと歓談している。
一応国王の目論見としてはラースを中心として親睦を深め、今後の付き合いを円滑にするつもりだったのだが……当のラースは誰とも喋らずひたすら料理と酒を口の中に放り込んでいた。
そこには礼儀やマナーという言葉は皆無である。
騎士であるミリアですら最低限のマナーを身につけているのだ。
ラースは飢えた獣のように貪り、その周囲には食べかすが飛び散っている。
その余りの光景に多くの者は近づけずにいる。
ミリアやフィリオナであればそれも気にしなかっただろうが、彼女達は彼女達で本日の主役である。
ラースに近寄れないと判断した他の人間が彼女達の方に行ったため、その相手をするので手が放せない。
最も誰も寄ってこなくてもラース自身は気にしないだろう。
珍しく彼の肩から降りているクロウもラースの傍らで葡萄などの果物を摘まんでいる。
…………………
「ふぃ~、食った食った」
しばらくして、パンパンと自分の腹を叩きながらラースは満足そうに息を漏らす。
クロウも満腹になったのか翼で器用に嘴を拭いている。
「ラース様、少々よろしいですかな?」
タイミングを見計らって声をかけてきたのはホーミン医師だった。
この初老の男性はラースがひたすら食べている間、何も言わず近づかずく訳でもなく、かといって離れすぎず、ラースに声をかけられる位置をずっと保っていた。
「お?なんだ、おっさん。オレ様に話しかけるなら隣に美女でも用意しとけ」
「それは失礼しました。何分初対面なもので些か気配りが足りませんでしたな」
ホーミンはあくまで下手に出る。
予めフィリオナにその人柄を聞いていなければ初対面でここまで綺麗に受け流せはしなかっただろう。
「改めて自己紹介させていただきます。ワタクシは医者のホーミンと申します。この度はラース様に娘共々御世話になりました。家族を代表して御礼を述べさせて戴きます」
実際にホーミン自身の助命を願い出たのはフィリオナであるし、彼の娘と孫を助けたのはミリア率いる親衛隊だ。
だが事の顛末を聞いたホーミンは誰よりラースに命を救われたと感じていた。
そもそもラースとフィリオナが出会ったあの晩にラースが現れていなければ自分は王族殺しの汚名を被り、一族郎党処刑されていてもおかしくないのだ。
「あー貴様がホーミンか。オレ様は男を助ける趣味はないからな、礼ならフィリオナかミリア辺りに言うんだな」
ラースは興味などまるでないのでホーミンの方に振り向くこともなく酒を仰ぐ。
高級なワインもお構いなしに瓶ごとラッパ飲みだ。
ホーミンから笑みが零れる。
ラースの反応が余りにフィリオナの言うとおりだったからだ。
「とにかくありがとうございました。体調など何かありましたら是非お訪ねください。誠心誠意診させてはいただきます」
「ふん、色気たっぷりの女医ならともかくヒゲのおっさんに診てもらう趣味はないわ」
「ホッホッホッ、そうですな。どうせ診てもらうなら女性が良いですな」
「ただの女ではダメだ。美女でなければ。知り合いにいないのか?」
「そうですなぁ……ラース様のお眼鏡に適いそうな女医はなかなか難しいですな」
「ちッ、使えんヤツめ」
普通なら憤慨ものの扱いであるが、ホーミンは笑顔で受け流す。
周囲の人間は、ラースのご機嫌伺いとこんな扱いを受けているホーミンがいつキレないかとハラハラしていた。
「……ん?そういえば貴様は王族付の医者だったな?」
「はい、そのとおりでございます。今後も続けていけるかは正直分かりませぬが…」
「ということは…見たのか?」
急に声を潜めたラースに周囲の人間が焦る。
ホーミン自身も何のことか解らず、一筋の汗が流れる。
「何を、でございましょうか」
「決まっているだろう。フィリオナだ。いや待て。この王宮内の人間を一通り見ている可能性があるのか?」
「えぇーと…」
「だとするとミリアのも見たのか!」
「……ラース様、一体何の話でございましょう」
「えぇーい!裸に決まっているだろう!フィリオナやミリアの裸を見たのかと聞いているッ!!」
…それはこの会食が始まってから一番大きな声だった。
無論、その声は他の者と談笑していたフィリオナやミリアの耳にも届き彼女等の動きを止めた。
一方でホーミンは安堵のため息を吐いていた。
医者にこの手の話を聞く男は多い。
誰々の胸はどうだった、体重はどのくらいだったか、老若男女問わずよく聞かれるのだ。
聞かれることの多い質問は当然あしらい方も心得ている。
「勿論、それがワタクシの職務ですので。男も女も関係なく診ております」
「ぬぅー……気に食わん」
「そう仰られましても……。それでしたらラース様も医師を目指してはいかがです?ワタクシも及ばずながら御助力致しますぞ」
おおよその男はここで引く。
興味はあっても職務にするつもりはないからだ。
これでダメなら追い討ちは元気過ぎる老婆の話だ。
色恋沙汰に年齢は関係ないとはいえ、しわくちゃの身体を診察しながら夜の話をする老婆。
僅かにでも想像力のある男なら間違いなく下心が萎える。
ラースはどちらだろうか?
ホーミンの悪戯心をよそにラースは思った以上に真剣に考えていた。
「医者……医者か。」
「ラース様?」
ここで本気になられても困る。
これはあくまで質問をかわすための方便なのだから。
「よし!わかった。医者になろう!ただしフィリオナとミリアが相手の時だけだ。他は貴様が診ろ」
「いや、それは……ラース様は医術をお持ちで?」
「持ってるわけがなかろう。だがオレ様の女を他の男に見せたり触らせたりさせたくない。だからオレ様が見る」
何故か大威張りである。
「なるほど、要するにラース様の嫉妬…独占欲ですな」
「当たり前だろう。あいつらはオレ様の女だからな」
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