魔王と姫君

空原 らいあ

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第二章 ー魔女狩り編ー

第32話 -魔王と平穏-

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 …ファーニア王国から与えられた王都の屋敷に移って早二週間が経過していた。
王女フィリオナの守護騎士であるミリアと一緒に暮らし始めたラースは彼女のあちらこちらをなで回したり、風呂を覗いたりしながら日々平穏な生活を送っていた。

国王から与えられた屋敷はかなりの広さだった。
大きな吹き抜けのエントランス。
十数人は一度に集まれる食堂。
寝室だけで方角と場所を変えて3部屋あり、物置や客間を合わせるととても二人で暮らすサイズではない。
恐らく使用人を抱える貴族などが十分に暮らせるレベルだ。
そのため、ラースとミリアはそれぞれ寝室を1つずつと居間と食堂以外は殆ど使っておらず埃が溜まっている。

現在利用している部屋と居間や台所などの共有スペースについては周りのことに無頓着なラースに代わりミリアが面倒を見ている。

本人は「なぜ騎士である私が炊事から掃除まで面倒見なければならんのだ…」とボヤきながらも生来の真面目な性格からか今日も丁寧に掃除をしている。

ここ数日騎士らしいことは殆どしていない。
代わりにハウスメイドとしてのスキルは上がる一方である。

「ラース、いい加減メイドの一人でも雇ったらどうだ?
 正直私一人ではどんなに頑張ってもこの屋敷は手に余る。金ならあるだろう?」

ラースには既に数度に渡って王家からの給金が渡されている。
額も決して小さくない。
毎晩酒場を貸し切って宴会を開いても余る程だ。
この屋敷といい給金といいラースをこの国に留めておく為には大したことではないらしい。

「それなのだがな…」

ラースは、彼にしては珍しく眉をひそめ難しい顔を作る。

「確かに金はいくらかあるのだが、このままミリアにメイド服を着てもらう日が来るんじゃないかと思うと探す気がおきん」
「っ!今すぐ探しに行くぞ」

ミリアがラースの腕を掴んで外へと引きずりだした。

「探しに行くのは構わんがオレ様好みの可愛い娘でなければ雇わんぞ?」
「探してもみないと見つからないだろう!?私に騎士として活動できる時間を与えてくれ!」
「何を言っている。オレ様の傍にいることが今の貴様の使命だろうに。フィリオナの命令を忘れたのか?」
「解っている。解っているのだが…!」

ミリアは苦しそうな表情でかぶりを振る。
その余りの様子にクロウがラースに声をかける。

『…ラース様、どうやらミリア様は余程ストレスが溜まっているご様子です』
「…そのようだな。軟弱なやつめ」
そういうラースも流石に本人には聞こえないように声を抑えている。
仕方ない、とラースは大きくため息をついた。

「そこまで言うならメイドを雇ってやる。ただしオレ様好みでなければダメだ」
「あぁ…すまない。よろしく頼む」

ラースの提案にミリアは僅かながら笑みを浮かべた。

……メイドの真似事は彼女にとって余程のストレスだったのだろう。

憧れの守護騎士になり、しかし同時にこの男の面倒をみるよう言い渡され、やっていることと言えば炊事洗濯掃除である。
憧れた騎士の仕事とは程遠い。
それでもまだフィリオナの傍に居れるならメイド扱いでも耐えられただろうが相手は自称魔王様である。
彼女が嘆きたくなるのも無理はない。

「………で?」
「?」
「メイドというのはどこにいけば雇えるのだ?」
「……………………」

二人の間の空気が固まる。

ラースにそういった知識はない。
つい数週間前までただの村人だったのだ。
メイドなどコネもなければ縁もない。

この二週間でミリアもラースの、というより魔王ラースの誕生話を聞いていた。

住んでいた村を治めている領主の娘に夜這いをかけようとして失敗し、
追われ、死にかけるほどの怪我を負ったところにクロウが現れ、魔王の力を引き継いだと。

魔王にしてはヤケに庶民的な常識しか持っていない理由も納得だった。


またミリアにもそういった知識はない。
彼女は雇われる側だ。
傭兵や戦士、鍛治師などならギルドを訪ねればいいことを知っているがメイドというのは門外漢だ。
冒険者ギルドにメイドがいるだろうか?
…いそうにない。
商人ギルドならひょっとしたら見つかるかも知れないが彼らに余り借りは作りたくない。

沈黙を破ったのはラースの肩に止まるクロウだった。

『…ひとまず王城のフィリオナ様や宰相殿に訪ねてみてはいかがでしょうか?』

フィリオナの名前を聞いtミリアは一気に顔を明るくする。
「そうだな、城なら姫様も働いているメイド達に直接聞けばいいな」
「流石オレ様の従者だな」
ラースはウンウンと満足そうに頷いた。
『勿体なきお言葉です』

「…ラースは何もしていないだろう」
「いや、コイツはオレ様の下僕だ。つまりコイツの手柄はオレ様の手柄ということだ」
『その通りでございます』

ラースの言葉にクロウも満足そうにに頷くだけだった。



ーーーーーーーーーーーー

2人は城へとやってくる。

ラースは番兵に不審な目を向けられるが隣にいるミリアを確認するとすぐに胸に拳を当て敬礼を返される。

守護騎士という役職は一介の兵士が成り上がれる最大の権力であり名誉だ。
どの兵士達もミリアには最大限の敬礼を返す。

「ここの兵どもは面白いな。みんな同じ反応を返してくるとは…そういう訓練でもしているのか?」
「ラースのような格好の男が城にいたら誰だって怪訝な顔の一つもするものだ。
 だからもう少しまともな格好をしろと言ったんだ」

楽しそうなラースに対してミリアは眉を顰めている。
登城するにあたりミリアはいつもの鎧姿に着替えている。
一方ラースは上下も黒。さらに黒い外套を羽織っている。

本人曰わく「魔王といえば黒だろう!」とのことだ。
一応ラースよりは常識のあるクロウに意見を求めたが
「ラース様は私に気を使ってらっしゃるのではないでしょうか」
との回答だった。
確かに真っ黒な男がいたらその肩に黒い鳥が留まっていても些細なことである。
目立たない。
だがミリアからすれば彼はそんな事に気を使う性格の男ではないし、本人の言葉の方がよほど納得できる。

ここ数日で慣れてはきたがミリアの溜め息は増えるばかりだった。

「フィリオナ様、ミリアです。少々よろしいでしょうか」

フィリオナの居室前。
丁寧にノックをした後、ミリアが問い合わせるとすぐに「どうぞ」という返答が返ってくる。
「失礼します」
「…邪魔するぞ」

入室するラースの姿を確認するとフィリオナは嬉しそうに声を弾ませた。

「まぁラース様!ようこそ、いらっしゃいました」

ニコニコと自分の椅子を勧めるフィリオナにミリアは顔をしかめる。

フィリオナがラースを慕っている。
解ってはいるのだが、
自分の敬愛する王女が下品な男に懸想している事実はミリアの頭痛の種だった。

家臣としては、部屋の隅で表情を消し、ただ主人に追従するメイドの方が正解なのだろう。

「…それで本日はどうされたのですか?」
「あぁ、ミリアの奴が家事はヤダと駄々を捏ねるのでメイドの当てはないかと思ってな」
「ぐっ……」

普段なら反論するところだがメイドが欲しいと言い出したのは事実なのでミリアは黙り込む。
フィリオナは少し考えた後、
「そうですね…紹介することは出来なくはないのですが、正直ラース様には難しいかと……」
と告げる。
彼女にしては珍しく困り顔だった。
「なぜだ?」
「えぇ~と、その…」

理由は単純である。
ラースのセクハラが懸念されるからである。

ラースの好みに合わせると確実に見目麗しいメイドを雇うだろう。
だが、メイドはあくまでメイドである。
日常的なセクハラを許容したりはしないのだ。

王家などのように権力を持っているなら兎も角、公としては一般人に過ぎないラースに雇われた場合、セクハラがイヤで辞めていくメイドが後を絶たないだろう。
そうなるとそこに紹介したファーニア王家にとっても今後メイドの雇用がやりにくくなるのは明白だった。

「…まぁフィリオナがそう言うのであれば、そうなのかもしれんな」

返答に困っていたフィリオナに助けを出したのは他ならぬラースだった。
これがミリア相手なら絶対にしない対応だった。
フィリオナが慕っている余裕からなのかラースはフィリオナには比較的甘い対応をとっている。

「…ではどうする?まさか今更雇うの止めるなどと言わないだろうな?」
「そうだなぁ…どっかに美人でスタイルも器量もよいメイドが落ちていないか街で探すか」

…落ちている訳はないと思うが…

「あ!」

フィリオナが突然声をあげると机の上に散らかっていた書類を漁り始めた。

「お父様も復帰されましたので王宮の仕事もだいぶ落ち着いて着たんですけれども、王族として多くを学ぶために一部領内の苦情や嘆願を私の方に回していただいておりまして…」

そう言いながら一枚の羊皮紙をラースへと差し出す。

「その中の一枚に困っているメイドの依頼があったのです。自分の主人を助けて欲しいと」
「ほう」
「イマイチ話の内容が要領を得ないので後回しにしていたのですが、よろしければラース様とミリアでお話を聞いてあげていただけませんか?」
「…そのメイドは美人だったか?」
「可愛らしい方でしたよ」

にこやかに答えるフィリオナにラースはニヤリと口端を歪ませる。

「よかろう。まずは話を聞くだけ聞いてやる」
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