鬼嫁物語

楠乃小玉

文字の大きさ
14 / 48

十四話 宗旨の違い

しおりを挟む
 織田信秀の死後、織田信長の指示のもと、葬儀が執り行われようとしたが、
 それに対して筆頭家老の林秀貞が異議を唱えた。

 織田信長は織田家の宗旨の通り、禅宗による葬儀を執り行おうとしたが、
 林秀貞が浄土宗による葬儀を執り行おうとしたのである。

 林秀貞いわく、「織田信秀様は天下をお取りになるはずのお方であった。
 来世ではこの秀貞とともに転生し、必ずや天下をお取になられる」
 ということであった。

 禅宗の宗旨では葬儀のあとに一喝を行い、魂が雲散霧消することとなる。
 つまり、禅宗の宗旨では転生はしないことになっている。
 林秀貞はそれを忌避したのだ。

 しかし、信長は「一生は一度しかないから一生なのだ、何度もやり直しが効くと思えば、
 人は懸命に生きようとしなくなる、そのような考えは害である」
 として、断固として禅宗での葬儀をすることを主張した。

 しかし、林秀貞は織田家の財務を握っており、葬儀費用を出そうとしない。

 怒った信長は「勝手にせよ」と言って、あとの葬儀は全部、林秀貞が
 取り仕切ることとなった。

 しかし、唯一、一人だけは禅宗の僧侶を入れることとした。
 これはいかにも、官僚らしい言い訳であった。

 九州から高名な禅僧が呼ばれたが、それ以外は浄土宗の僧侶で葬儀が取り仕切られた。

 自分の件が通らなかった信長は葬儀に参加しなかった。


 しかしである。

 葬儀が開始されると、信長は汚い平伏のままで葬儀場に現れ、
 抹香を掴んで信秀の位牌に投げつけ「喝」と大声で叫んだのだ。

 これが禅宗の流儀であり、これによって織田信秀の魂は雲散霧消したことになる。

 林秀貞の顔色は蒼白となり、信長と秀貞の関係は険悪となった。

 その場に居合わせた僧侶たちは口々に信長の悪口を言っていたが、
 一人九州より招かれた禅宗の僧侶だけは、大いに満足したようで、
 織田信長を褒めていた。

 禅宗の宗旨を貫こうとした織田信長の行為を高く評価したのである。
 

 佐久間信盛は織田信秀から織田信勝の守り役を仰せつかった身である。

 形式上は信勝とともに葬儀に出席したものの、
 葬儀の後からは、織田信長と林秀貞の確執を取り除くよう、
 奔走した。
 左京亮も、柴田勝家など身内筋に事を荒立てないよう説得にあたった。

 そうして奔走して家に帰ると、そこには鷺山殿が居た。

 「我が夫のため奔走していただき、ありがとうございます。心よりお礼もうしあげまする」

 そう言って鷺山殿は深々と頭をさげた。

 「何を仰せですか、家臣として当然のことでございます」

 左京亮はその場に平伏した。

 「つきましては、此度の御父上のご葬儀が無事に済みましたこと、夫と一緒に
 熱田様、氷上姉子様にお参りしたいと思います。ご一緒にいかがですか」

 「これはなんと光栄の至り、喜んで御供いたしまする」

 「それはよかったですわ」

 鷺山殿はニッコリと笑って供の者たちとともにその場を立ち去った。

 「ああ、なんと見目麗しい、気品がある。うちのかかあとは大違いじゃ」

 左京亮がその場にへたり込んだままほっこりして呟いた。

 そこをいきなり、尻を固い木の下駄でふみつけられる。

 「ぎゃあ」

 左京亮は思わず大声をあげた。

 「何を猫が踏まれたような声をあげているのです」

 多紀だった。

 「夫を踏むとは何事か」

 「鷺山殿のように気品が無くて悪うございましたわね」

 左京亮の額から油汗がながれた。

 「いやいや、そなたも、けっこう気品があるぞ、少なくとも顔はキレイだ」

 「ふん」

 多紀は冷ややかに眉をひそめ、その場を立ち去った。


 氷上姉子神社は熱田神宮の創祀以前に草薙剣を奉納していた場所で、

 熱田社は平地にあったが、氷上姉子神社は小高い丘の上にある。
 健脚の信長はスタスタと丘を登っていったが、鷺山殿は足が遅れた。

 信長はしばらく歩くと立ち止り、後ろを振り返り、
 鷺山殿が追いつくと、また歩き出した。

 すると、当然霧雨が降り出す。

 信長は眉をひそめ、鷺山殿を凝視する。

 「雨が降って来た、はやくこっちに来い」

 「申し訳ございませぬ」

 息を切らせながら鷺山殿は信長に走り寄る。

 信長は懐から布布巾を出し、開いて鷺山殿の頭にポンと乗せる。

 「そなたの頭が濡れるではないか」

 「いえ、わらわはよいのです、信長様のおぐしが」

  鷺山殿は慌てて頭から布巾を下ろし信長の頭に乗せようとする。

 その手を信長は乱暴にグイとひっぱる。

 「我はよいのだ、かまうな」

 「あ、はい」

 鷺山殿は顔を赤らめて下を向く。

 信長はもう一度、鷺山殿の手の内の布巾をとってポンと鷺山殿の頭にのせると
 スタスタと先にあるいて行った。

 それを、左京亮の横に居た多紀も茫然と立ち止ってみていた。

 多紀が立ち止まっているものだから、左京亮がだいぶ先まで行ってしまった。

 隣に多紀が居ないことに気づく左京亮。

 「おい、何をしておる、早く来い」

 「はい」

 多紀が素直に小走りで左京亮の所まで行く。

 しかし、またそこで立ち止まる。

 「何をしておる。殿に遅れてしまうではないか、行くぞ」

 「何か言うことはございませぬのか」

 「ない」

 そう言って左京亮はスタスタ先に行く。

 多紀は着物の裾をまくりあげて、足早に左京亮に走り寄ると、
 その両足の膝の裏にケリをいれた。

 「うはっ」

 左京亮は落ち葉の降り積もったフカフカの神社の参道に頭から崩れ落ちる。

 「な、なにをするか」

 左京亮が驚いて怒鳴るが多紀は眉間に深いシワを寄せて
 「ふん」
 と言ってその場を足場やに通り過ぎた。

 「ははは、いつも仲が良いなあ」

 道に転がっている横を佐久間信盛がニタニタ笑いながら通り過ぎる。
 その妻も口を着物の袖で隠し、笑いをこらえているようだった。

 「な、仲が良いわけではございませぬ」

 左京亮は叫んだ。

 

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...