東京ケモミミ学園

楠乃小玉

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十六話 

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「タヌはご主人様の味方でございますタヌ。信じてほしいタヌ。
 協力しないと殺すと、河童めに脅されて、いたしかたなくここに居るのですタヌ。
 河童はご主人様と良太様の仲を裂こうとしているのですタヌ。
 ゆるせないタヌ。今すぐ殺しましょうタヌ」

 「何っ」

 良太という言葉を聞くと籠釣瓶の表情がやにわに厳しくなった。

 水無月の手から刀を引き抜き、周囲を見回す。

 そして耳をすまし、状況を確認する。

「そこだっ!」

 籠釣瓶が叫び、素早く刀を横に振ると、
 そのあまりの素早さに対流が起り、真空が出来て林の木が切り倒され、
 そこに隠れていた八代師走の姿が露わになる。

 八代師走は逃げもせずその場に立っている。

 「無駄だ。鉄で水を切ることはできぬ」

 八代師走は言い放った。

 しかし、それでも籠釣瓶はかまわず八代師走に突進した。

 「おい、弥生、聞こえるか、お前が捕まえている人間を離してすぐに逃げろ、これは命令だ」

 八代師走が叫ぶ。

「お前の相手はこっちだっ!」

 奥坂長月が横合いから巨大な金棒を振り上げなが突進してくる。

 籠釣瓶は方向転換し、奥坂長月の前に進みざまに刀を上から下に素早く切り下ろした。

「ガハハハッ、無駄だ。鉄の体のこの奥坂長月は刃物では切れ……アガッ?」

 奥坂長月の体が斜めに傾く。

 そして、体の中心から綺麗に真っ二つに切れてスライドして倒れていった。

 ズシンと鈍い音がしてその場に土埃が舞った。

 籠釣瓶はそのまま八代師走に走り寄り、
 また刀を斜め上から袈裟懸けに切り下ろした。

 「だから無駄だと言っておろうが」

 刀は八代師走の体をすり抜けるが籠釣瓶はそのまま刃を止めることなく斜めに地面をこそぎえぐった。

 えぐられた土は上にはねあがり、
 宙を舞って八代師走の河童の頭の上にある皿の上にベチョリと音を立てて落ちた。

 その土が載ったまま、籠釣瓶は八代師走の頭の皿を叩き切る。

 「ギャッ」

 八代師走は短い叫び声を上げてその場に倒れた。

 「うっひょー前より強くなってる。オラ、わくわくしてきたぞ」

 仲間が次々と殺されているのにも関わらず、
 卯月は敵の強さに興奮し、その場で飛び跳ねた。

 籠釣瓶は卯月に突進してくる。

 「鋭い~剣もひとまたぎ、上坂卯月がやってくる」

 卯月は歌いながら飛び上がり、
 猛スピードで突進してきて突きを繰り出した籠釣瓶の刀をかわすと、
 両足で刀の横腹を挟み、刀の上に立って籠釣瓶を見下ろした。

 籠釣瓶は卯月を睨みながら刀の切っ先を素早く下に下げ、
 卯月のバランスを崩しにかかった。

「怖くなんかないんだよ~上坂卯月はトモダチさ」

 歌いながら卯月は後方宙返りして後ろに下がる。

 籠釣瓶は前に進んで何度も突きを繰り出し、
 卯月はそれをかわしながら後方に飛び退き、
 どんどん後ろに下がってゆく。自らは攻撃せず、
 逃げに徹している。これは、明かに武との距離をとり、
 武に戦闘の余波が及ばないようにとの計らいである。

「あいつ、余計な気使いやがって」

 思わず武はつぶやいた。

 すると籠釣瓶は一瞬だけ武の方に視線を移す。

 そして大きく刀を振りかぶり、卯月に切りつけた。

 卯月は大きく後ろに下がり、それと同時に籠釣瓶は武に向かって突進してくる。

「あっ!」

 卯月は声をあげ、両手から火炎を吹き上げて武の方に飛んできた。

 普通に走ったのでは、間に合わないと見切ったからだ。

 卯月は籠釣瓶よりも早く武の所に来て、
 武を自分の小脇にかかえてジャンプした。

 それに合わせて籠釣瓶もジャンプし、
 卯月に切りつける。卯月は武を抱えていないほうの手で火炎を噴射し、
 空中で軌道を変えてそれを避ける。

 素早いテンポで卯月と籠釣瓶はそれを繰り返した。

 武は気づいた。籠釣瓶はわざと手加減して刀を振るっている。

 ここで簡単に武を殺してしまえば、卯月は激怒して全力で火炎を噴射して籠釣瓶を焼き殺すだろう。

 籠釣瓶は足手まといの武をわざと生かし、
 卯月に火炎を噴射させつづけ、枯渇させて己の安全を確保した上で、
 武と卯月、両方を殺すつもりだ。

「卯月、手を離せ、ボクがいたら足手まといだ」

「ふふん、ヤダね」

 卯月はいたずらっぽく笑って武を離さない。

 武は自ら卯月の手を引きはがそうとしたが、
 力が強くて離れることができない。

 このままでは武も卯月も両方とも殺されてしまう。

 ならばいっそ、武だけ殺されて卯月が生き残れば良いと武は思った。

 武はいきなり卯月を抱きしめ、自分の唇を卯月の唇に押し当てようとした。

「!」

 驚いた卯月は慌てて顔を背けるが、
 武の唇が卯月の頬に触れる。それだけでも卯月の顔は真っ赤になり、
 手の握力がが緩む。武は空中で思いっきり卯月を突き飛ばし、
 籠釣瓶の方へ両手を広げて落ちてゆく。

「籠釣瓶、ぼくを殺せ!」

「武!」

 卯月は叫んだかと思うと両手から勢いよく火炎を噴射して武に追いつき武の体を抱きしめて、
 無防備に自分の背中を籠釣瓶に向けた。

「武、生きて」

 優しく微笑む卯月の目から小さな真珠のように玉となった涙が飛び散った。

 卯月は武を突き飛ばし、刀を向けた籠釣瓶の上へ落ちていく。

 ドスッ!

 鈍い音がした。

 刀は、明石霜月の体を貫いていた。

「あっ!」

 叫んだ卯月は体をひねって反転し、
 霜月の体に手足を付いて飛び跳ね、
 地面に落下寸前の武の下に滑り込んで、その体を庇った。

「うぐっ!」

 武が上から落下した反動で卯月は小さな声をあげた。

「卯月大丈夫かっ!何やってんだよ!」

「なあに、以前私の下敷きになって守ってくれた借りを返したまでじゃ。

 これで貸し借りなしだからな」

 卯月はさわやかに微笑んだ。

 明石霜月は体に刀を突き刺したまま、平然としている。

 刀は凍り付いて霜月の体に密着し、抜けない。

「刀は動かすから切れる。凍り付いて動かない刀は切れない」

 無表情で、つぶやくように霜月が言った。

「チイッ!」

 激しい怒りの形相で、刀に霜月が張り付いたままの状態で籠釣瓶は地上に着地し、
 必死で刀を振り回した。

 しかし、霜月は抜けない。

「もらった!」

 籠釣瓶は手に巨大な火の玉を作り、
 拳を振り上げて籠釣瓶に突進した。

 籠釣瓶は目を見張る。

「止めろ!」

 いきなり、良太が卯月の視界を遮った。

 卯月と籠釣瓶の間に割って入ったのだ。

 このままでは良太は火炎に巻き込まれ焼き殺されてしまう。

「良太さん!」

 籠釣瓶は刀を投げ捨て、良太を抱きしめて、
 卯月の前に自分の無防備な背中を晒す。

「うおおおおおっ!」

 叫びながら卯月は籠釣瓶の脳天に拳を振り下ろす。

 が、

 卯月は籠釣瓶の脳天の一寸先で手をとめた。

 籠釣瓶の後頭部の髪の毛の何本かがチリチリッと音を立てて焦げた。

「つまらぬわ、なぜ良太の体を貫いて刀で突きを食らわせてこなかったのじゃ。
 そうすればお前は確実に私に勝っていた。
 せっかく面白い座興だと思ったのに、ここまで容易く勝負を捨てられたのでは、
 戦う気力も失せたわ。
 ああ、退屈じゃ、退屈じゃ、
 つまらんから中野ブロードウエイにでも行ってロボコンの超合金でも探そう。
 お茶の水から中央線を使えば、中野まで結構早くいけるし」

 卯月はだらりと両手を下げ、籠釣瓶に背を向けた。
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