どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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四十四話 面倒くさい人々


 元実が孕石光尚のお屋敷の前を通り過ぎようとした時の事であった。

 「三河の小倅が」

 屋敷の中より怒鳴り声が聞こえた。
 はて、別に屋敷内でのいざこざであれば
 構えて対処する必要もないが三河の小倅という文言が気になった。

 「恐れ多くも三河の太守に対してなんたる無礼、
 いかな今川家ご重臣の家柄いえども言ってよい事と悪いことがありまするぞ」

 「言うて悪ければ何とする」

 元実は考えを巡らせた。
 たしか、孕石のお隣は三河岡崎城領主松平竹千代の屋敷である。

 竹千代が切られれば三河は麻の如く乱れる。

 「あいや待たれい」

 実元は孕石の屋敷に走り込んだ。

 そこでは孕石の息子の孕石元泰と三河武士が三名、
 それと童がにらみ合っていた。三河方がまさに刀を抜こうとしている。

 「待たれい待たれい、如何なされた。
 ここはならぬ堪忍するが堪忍でござる。
 双方ここで切りおうても何の得もあらず、
 まずは落ち着かれよ」

 元実は言いながら三河武士に目配せして刀から手を下ろすよう
 手振りをしながら手を伸ばした。
 その手を三河武士は勢いよくはねのけた。
 バチンと音がした。
 腑が煮えくりかえったがここが我慢のしどころである。
 怒ってはならぬ。

 「まず何があったかお聞きしたい」

 「そこな藤六めが殿を愚弄いたした」

 三河武士が叫んだ。

 「今川家の重臣を籐六と呼び捨てとは何事ぞ」

 「孕石殿、なにゆえ松平殿を愚弄なされたか、
 孕石殿ほどのご人徳の持ち主、理由なく人を嘲ることはなかろう」

 「そこな三河の小倅が勝手に我が屋敷に入りもうした。
 無礼千万故、叱っただけだ。これも躾でござる」

 元実は松平の小僧の方を見た。

 小僧はこちらを睨み付けて歯で爪を噛んでいる。

 これは態度がわるい。噛んだ爪をプッと下に吐き出した。

 「あ、汚い」

 元泰が叫んだ。

 「おのれ!岡崎城主を汚いと言うか」

 三河武士が叫ぶ。

 「何を、人の庭を汚しおって無礼者が」

 「二度も言うたな」

 いきり立った三河武士が一歩前に出る。

 「とにかく、ここはこの一宮元実にお預けいただきたい。
 孕石殿にも大変なご迷惑をおかけして真に申し訳ござらぬ」

 元実は元泰に深々と頭をさげた。

 「元実殿が謝ることではござらぬ」

 「そのお心使い痛み入ります。まことに感激のいたり、
 このご恩忘れませぬ。どうぞ、ここはお引きあれ、
 あとはこの元実が納めて外に出させますゆえ」

 「うむ、元実殿がそこまで仰せなら任せる」

 「さて、三河の方々」

 「そち、三河者を下がらせると言うたな、我らそちの家来ではないぞ」

 三河の田舎者が元実の目の近くまで目を近づけてきてすごむ。

 目に指を突っ込んでやりたい衝動をぐっとこらえ、
 実元は穏やかに笑った。

 「お待ちあれ、某はかつて岡崎城援軍のみぎり、
 松平広忠公の宴席に招かれた者でござる」

 実元がそう言うと三河者は目を見開いて三歩さがった。

 「ささ、なにとぞ外にお出ましあれ」

 実元が言うと三河者たちは小僧の手を引いて外に出た。

 小僧は無言で元実の向こうずねを思いっきり蹴った。

 元実は痛みをこらえる。

 何とか門の外に出すことができた。

 「何故他家の門内に入られたか、門の内は領土と同じ、一つ間違えば合戦になりまする」

 「黙れ」

 小僧が一喝した。

 実元は大きく深呼吸して己の感情を抑えた。

 「殿の鷹が籐六の家に入った故、捕らせて下さいと頼んだものの、
 断られたので黙って入ったのです。
 鷹さえ捕れば黙って帰るつもりでした」

 三河の家臣が釈明した。

 「それはお気の毒でしたな。
 されど黙って入られるのはよろしからず」

 「悪いと仰せあるならその責はすべて我ら家臣にあるものにて、
 この場で腹かっさばいてお詫びもうしあげまする」

 一人の三河者が上半身の着物を脱いだ。

 「某も」
 「拙者も」
 次々に三河者らが脱ぎ身になる。

 「いやいや、これは言葉が悪かった。
 そちらに非はござらぬゆえ、なにとぞ、
 穏やかに。今日の処はお引き取りくださりませ」

 何とかなだめて服を着させた。

 その時、これまで憮然としていた小僧が初めて笑顔を見せた。

 「その方、中々の心使いである。どうじゃ、我が家来にならぬか」

 「あいにく某は代々今川家の郎党にて松平の家来にはなりもうさぬ」

 「そうか、惜しいの、今家来になっておれば、
 我が天下を取りたるおりは老中にしてやろうと思っていたが
 それもこれまでじゃ、さらば」

 小僧は機嫌を直して帰っていった。
 粗暴粗略な三河者が天下を取るなぞ金輪際無いことであろう。
 その時はそう思った。

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