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電話

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「楓先輩」
「・・・・・・」
「楓先輩!!」
「・・・・・・」
なんで返事してくれないの、さっきから不機嫌だ。
「みみ、黙れ。頭に響く」
急にデコピンをされ、よろめくと同時に先程名前を呼び合うことを口約束したことを思い出す。
「か、かっ、かえっ」
無理だ、どうしても。ふと、下を向くとそこにはフグ太郎がいた。もちろん動かない。
「あ…」
帰らないといけない、楓先輩にここまで言いそびれてしまったけれども。
「どうした」
「えと、楓先輩。私帰ります」
「泣きそうな顔してるのに?」
「そんな顔してなっ…」
その瞬間だった、楓先輩の匂いが顔いっぱいに広がって背中に違和感を感じたのは。
「えっ」
抱き締められてるのかと気付くまで、呆然と彼の腕の中の心地良さに酔っていた。反射的に手で押そうとしてしまったが、それさえ阻止された。
「俺の勘違いじゃなかったらなんだけど、安藤ちゃんさ俺の事好きでしょ」
「えっ、はっ、はい」
何だか涙が込み上げてきて視界がぼやけてきた。待ち望んでいた状況だったはず。嬉しいのに涙が止まらない。
「なら行かないでよ」
楓先輩は、私がはるくんに結んでもらった髪ゴムを片手で外した。
「かっ、楓せんぱ…?」
上を振り向くと、口付けが落ちてきた。初めてだった。楓先輩とキスするのは。
「泣かないで、みみ」
おでこにもキスを落とされ、また涙が溢れる。一体何が起こっているんだと思った。嬉しいけれども展開が急すぎてついていけない。それどころか、涙さえ止めることが出来なさそうだ。この後どうしたらいいんだろうなんて頭の中で冷静でいる自分と何が起こってるか分からずにただ、喜んでいる自分がいた。でも、私の中には既にはるくんが住んでいて彼への罪悪感が一気に湧き出て来た。本来なら嬉しいこのキスもはるくんの妻という今の私のこの状況を分かった上での事なのかと、何処にもぶつけられない怒りのような感情さえ湧いてきた。
「楓…」
初めてそう呼んだ時に、なにか私の中で失ったものと得たものがあった。
「やっと呼んだ、心配しないで。あくまで、この世界の安藤ちゃんじゃなくて過去の君が取られないように頑張るから」 
全部分かっているんだ。そう感じだ。私の瞳からまた涙が溢れる。
「車に戻ろっか、飲み物買ってくる」
そう言って元の助手席に戻り、目を閉じていた時だった。
スマホの画面が明るく光り、呼出音が鳴った。



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