獣血の刻印

小緑静子

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十二話 夜が更ける(1)*

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 寝台がふたりの重みでぎしりと軋む。
 それが合図だったかのように、ジヴァンが悠真はるまの脚衣に手をかけた。優しい手つきだった。赫物ジャルガンを素手で仕留めるほど強靭な腕力をもつというのに、まるで泡に触れるよう。
 気恥ずかしくて、直視できない。悠真は胸の上衣を握りしめた。
 白い素肌をさらした脚で、秘部を隠そうと膝を立てる。膨張する羞恥からの抵抗だった。
「思っていたより、軽い火傷だったみたいだな」
「ん……」
 ジヴァンの厚い手のひらが、悠真の左腿を撫でてくる。おもわず甘い声がもれた。
 昨晩の火傷はとっくに痛みが引いていた。そのため指摘されるまで、その存在を気にも留めていなかったと気づく。
「全然、痛くなかったから、そうかも」
「だろうな。痕にすらなっていない――」
 綺麗だ。
 そう、聞こえた気がした。
 鼓動が高く跳ね上がる。頭では火傷のことだと理解しているのに、心が混乱した。
 悠真は昔から自分の体が好きではない。どうしても、悠希ゆきとは同じになれない部分だったからだ。
 双子として生まれてきたのだから。
 同じでなくてはいけないのだから。
 そうして自分を律してきたのに、
 ――どうして、嬉しい、なんて……。
 悠希がどれだけ悠真を肯定してくれても、得られなかった身軽さを感じた。
 ジヴァンの権能が関係しているのだろうか。それとも満月がまた、悪戯に悠真の心情をかき乱しているのか。わからない。
 悠真はジヴァンから逃げるように、壁へと顔を逸らす。はじめての経験と感情に、恥ずかしさが増すばかりで、居たたまれなかった。
 幸い、洋燈ランプの火が小さいおかげで、室内は薄暗い。頬の熱っぽさが、ばれることはないだろう。
 静寂な室内で、耳が拾うのは自分の鼓動ばかり。そこに――ぐじゅり、と何かが潰れる音が響いた。
 異質な音へと視線を向ける。
 ジヴァンの拳から、透明な粘液があふれ出ていた。
「なに、それ」
無垢な果実イノプトゥス。普段は風呂の代わりや医療で使われる植物だ……表向きにはな」
 ジヴァンが悠真の片膝を掴み、軟弱な防壁をたやすく崩す。
「男同士では、ここに使う」
「う……っ」
 粘液を絡めた指先が、秘部に触れてきた。ぬるりとした感触。ゼリーのようで気持ち悪かったが、それは一瞬のことだった。
 皺をのばすよう丁寧に塗り込まれ、自然と腰がみもだえる。同時に自分の陰茎が揺れるさまが見えた。ひどくみだりがわしく、目にいたい。
 悠真は胸の上衣を、口元まで引き上げる。それらをなんとか視界から隠そうとした。
「あっ……あっ……」一本の指が秘部に問うよう、浅い抜き差しを繰り返してくる。「ああ……っ」気づけば二本。悠真の意思とは関係なく、深く、ゆっくりと誘い込んでしまった。
 痛みはないが、少し苦しい。
 浅く息づき、呼吸を整えようとした。しかし股のものを柔く握られ、うまくいかない。
「あ……っ、ジヴァ、ん……」
 悠真は男を止めようと手を伸ばす。
 空しい抵抗だった。
 前に与えられる刺激によって、思うように力が入らない。ジヴァンの手に指を沿えただけ。ふたりで悠真の陰茎を扱くような姿となった。揉まれ、擦られ。昨晩のように滾りだす熱に、脳が焼かれそうだ。
「動かすぞ」
 ジヴァンが窺うように、悠真の中を探りだした。
 筋張った指が秘部で律動する。波打つように、快楽が押し寄せた。
「あうっ……そ、こぉ……っ」
 一点を通過するたび、さらにそれは強くなる。「あっ、あっ、あっ」次第に律動の激しさが増していった。
 前と後ろを同時に攻められ、快楽の濁流に溺れそうになっていく。
 悠真は枕の端を掴み、頬をうずめた。
 気が飛びそうだった。
 そのため結合部の粘着音が、軽やかな水音に変化していたことに、気がつかなかった。
「も、い……く……っ」
 きつく目を瞑り、ジヴァンの手に精を解放する。
 腹を圧迫していた指も抜け、やっと、まともに息が吸える状態となった。
 茫然と壁を見つめ、息をつく。
 下腹部の疼きはいまだ収まらず、むしろ酷くなったようだ。
 そっと手で確かめる。
 少しだけ、腹が痩せた気がした。
「若いな」
 布で手を拭いながらジヴァンが呟く。
 その視線の先には、ふたたび頭をもたげようと張りだす、悠真のものが。
 悠真は顔がいっきに熱くなるのがわかった。横目で睨みつけ、無駄な抵抗と知りつつ、上衣の裾をぐっと引き伸ばす。すでに服は皺だらけだった。
 そんな悠真に「悪いことじゃない」とだけ返したジヴァンが、寝台の端から紙袋を持ち出した。そこから青い小瓶をひとつ転がす。
 どうやら無垢な果実の他にも、いろいろと買い付けてきたらしい。
 ジヴァンが淡々と店をまわる姿を想像する。
 おそらく彼は悠真を連れて歩くことを避けたかったのではないか。
 ふと、そんな考えが頭をよぎった。
 確かに。ふたりでそういう商品を買うのは気まずい。だがこの男に、そのような恥じらいがあるのだろうか。
 悠真は戸惑いつつ、ジヴァンを盗み見る。
 彼はなんの躊躇もなく、下衣をくつろげていた。そこから現れた陰茎を目にし、あまりの大きさに息をのむ。
 しかしその萎えている様子から、申し訳なくなり、悠真は眉尻をさげた。
 ジヴァンの反応は当然だと思う。
 お互いが好きでする行為ではない。
 必要に駆られて選択しただけ。
 悠真のように体の異変がないかぎり、ジヴァンにとっては不自由な状況なのだろう。
 そんな行き場のない感情から、ふと湧いた疑問が口を突く。
「ジヴァンは男と付き合ったこと、あるのか?」
 寝台が興味深げに、ぎっと軋む。
「こういう状況で訊く話じゃないな」男はかすかに笑うと、赤い瞳を悠真へ向けた。「特定の相手はいなかった――そういうおまえは、どうなんだ」
 ジヴァンが小瓶の栓を抜く。陽に灼けた砂のような、軽い香りが漂いだした。
 未練や思い出など残っていない、あっさりとした返答だった。逆に訊ねる声音は、どこか慎重で、けれど、悠然とした雰囲気をもつ。
 すでに悠真の答えを知っているだろうに。
 言葉として聞きたいようだった。
「……あんたが、はじめてだよ」
 ぶっきらぼうに言い放つ。
 鼻を鳴らすように顔をそむけたのは、なぜか胸がむず痒かったからだ。
 ジヴァンが微かに「そうか」とこぼす。そこには安堵したような穏やかさがあった。
 許しを得たように、悠真に身を寄せ、腰を当ててくる。秘部にひたりとのせられた彼の陰茎は、いまだ萎えたままだったが、わずかに滾りだしていた。
 そこに香油を一筋かけられる。
 印象よりも冷たい刺激に、脚がぴくりと跳ねた。
 とうとうするのだ、と緊張がはしる。
「ん……ん……」
 ジヴァンが緩やかに腰を動かしてくる。
 男の先が秘部に引っかかるたび、声がもれた。同時に下腹部の奥が、脈を打つように疼いてくる。
 まるでそこに、心臓があるかのように。
 寝台がジヴァンの動きに合わせて軋む。
 悠真は壁の薄さが気にかかった。声がもれれば誰かに悟られるかもしれない。
 悠真は口を堅く引き結び、両手で唇を押さえ込んだ。
 徐々にジヴァンのものが、固くなっていくのを感じる。
 彼も悠真と同じように、情欲が芽生えはじめたことに安堵した。
「んんん……っ?!」
 途端、男の陰茎がぬるりと窄まりに沈み込む。気が緩んだ肉穴に、うっかり落ちたような感覚だった。
 全身を快楽が突き抜ける。たまらず声をあげそうになり、頬に爪を立てた。
「大丈夫か?」
 ジヴァンが腰の動きをすぐさま止める。めずらしく声音に戸惑いがあった。本人も意図していなかったようだ。
 悠真は頷こうとし、
「ひ……っ」
 小さく悲鳴を上げた。
 秘部が呼吸するかのように、収縮を繰り返していた。
 ぐじゅり、ぐちゅ、ぢゅる――。
 香油と空気が混ざりあう。
 それはまるで咀嚼するような音だった。
「いやだ……」
 悠真は青ざめ、両手で視界を覆う。
「やっぱり、俺の体、おかしい」
 それでも事実を確かめようと、指のあいだから下腹部を覗き込む。
 外側はなんの変化もない。しかしその内側では、ジヴァンの陰茎を呑み込もうと、うごめいている。
 奥へ。奥へ。もっと奥へ。
 自分の体のはずなのに。
 別の誰かケダモノが、悠真の体を支配している。
 そう、震えた時。
「こっちをみろ」
 ジヴァンが悠真の片手を引いた。
「抵抗すればよけいに、つらくなる。まずは受け入れてみろ」
 眉間に皺を寄せた表情は、結合部の刺激に耐えているようだった。
「どう、やって」
 悠真は息も絶え絶えに問う。
 意識するほど全身が強張っていく。
「俺に集中しろ」
「しゅう、ちゅう……」
 うわ言のように繰り返す。
 するとジヴァンが悠真の下腹部に手を沿えた。
「あう……っ」
 わずかな力でも、腹の中は圧迫される。
 不意に中の陰茎を締め上げてしまい、悠真は声を震わせた。
 腹の奥に巣食うケダモノの鼓動より、猛々しく脈打つ存在。
 無視など、できるはずがなかった。
「すごい、な……っ」
「んあっ! あ……っ」
 ジヴァンが中へ強引に押し入ってくる。うごめく肉壁を服従させるかのようだった。
「そこっ……あっ」
 肉体が反発をみせれば、一際快楽をひろう一点を突き上げられる。それを何度も繰り返された。思考がとろけていく。分かれていた心と体が、ひとつになるようだった。
「いや……っ」
 指の腹で陰茎の先を撫でられる。甘い痛みに嬌声がもれた。
 敷布シーツを握りしめ、逃げようと腰をくねらせる。それがなぜか思うようにいかない。
 悠真は動けない焦りから、目蓋をあけた。
 いつのまにか自分の体勢が変わっていたことに気づいた。
 ジヴァンに腰を浮かされ、結合部が天井を向いていた。いまだ収縮を繰り返す肉穴がよく見え、けれど、男の動きによって引き起こされているかのよう。
 腹のケダモノはジヴァンに服従していた。
 悠真に覆い被さる男によって、揺さぶられるまま脚が宙を蹴る。
「奥へいれるぞ」
「う、んあっ」
 返事をするよりも早く、ジヴァンの先が突き進む。上衣を脱ぎ払った彼の褐色肌が、より近くなった。
「んんん……っ!」
 腹の奥が歓喜に震える。
 圧迫感よりも快楽が脳を穿うがつ。
 悠真は自制できない声を上げそうになった。
 すかさずジヴァンが、それを手で制す。
 悠真の声は彼の手のひらに溶けていった。
 ぽたり、と額に彼の汗が落ちてくる。
 昨晩とは違い、ジヴァンの匂いがした。
 麝香のような甘さや、香油のような軽さもない。
 焦熱を孕んだ命の香り。
 生きているものの香り。
 悠真を映す赤い瞳は、煽情せんじょうを宿し、燦然さんぜんと輝いている。
 なんて、美しいのだろう。

 ―― 我 ラ ノ 獣 ヨ ――。

 悠真は脚をジヴァンの腰に絡めた。両腕を彼の首へまわし、焦がれたように抱きつく。
 刹那、最奥で男を咥え込んだ。
「―――っっ!!」
 声にならない喜びを叫ぶ。
 全身が痙攣し、陰茎から白濁を飛ばす。
 腹の中でも男をきつく抱きしめた。
「……くっ」
 歯を食いしばった呻き声が聞こえる。
 同時に肉壁が濡れ、ひどく熱い。
 ジヴァンが放ったもので、悠真の神経は焼き切れたようだった。
 手足がずるりと寝台に落ちる。
 口元からジヴァンの手が離れ、湿度の高い空気が肺を満たしてきた。
 彼がなにか語りかけてくる。
 けれど、悠真はうまく聞き取れなかった。
「あ……」
 世界が激しく明滅する。
 音は遠のき、次第に無音となっていく。
 まるで宇宙に投げ出されたようだった。
 意識は星のように流れていく。
 そして――。
「ち、きゅう……」
 すべてが一瞬、赫光かっこうとなって砕けた。

***
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