異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜

一優璃 /Ninomae Yuuri

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二章

ダンジョン 

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模擬戦から数日が経った。
剣を振るたびに腕の筋肉が増えて重くなる。
アレンと模擬戦をしたあの日、負けた悔しさ。
けれど、初めて「戦えた」と思えた高揚感。
それは、体の奥に小さな炎のように灯り続けていた。

「そろそろダンジョンで実戦経験も積ませたほうがいいかもな」

 オルフェンさんの声に、レミーユがすぐに眉をひそめる。

「まだ早いわ。真白くんは訓練の段階をやっと終えたばかりなのよ」
「経験は机の上じゃ得られないからさ」

「行くか行かないかは真白次第だ。……でも行くなら、俺が前に立つ。勝手に死なれても癪だし」

アレンは淡々と言いながら視線だけこちらに向ける。

 オルフェンさんも腕を組み、ちらりと僕を見た。
 その瞳は真剣だけど、どこか優しさが滲んでいる。

「怖いなら無理にとは言わないよ。けど、いつかは通る道だ」

 魔物には大まかに初級・中級・上級と強さの階級がある。

 初級は小さく、武器さえあれば一般の人でも倒せる。
 けれど肉食で、人をためらいなく襲う習性がある。
 中級ともなると騎士団の出動が必要で、体格は僕の世界で言えばクマほどのものだ。
 人より大きいものが当たり前で、素人が対峙すれば運が悪いときは生きては帰れない。
 上級はさらに別格だ。
 大きさではなく純粋な強さで区分され、騎士団でも特に強いエリートでなければ討伐は難しい。

 また、魔物の中には魔力を持つものもいて、魔法を操る個体もいる。
 属性相性を知らなければ攻撃が通らないこともあるし、逆に一撃で倒される可能性だってある。

 そんな相手と、僕は本当に戦えるのか。
 怖さが喉の奥に張り付く。

魔物といっても魔導書でちょっと絵に載っているのをみたことがあるだけだ。
本物の魔獣を見たことがない。
あったこともない。
明らかに戦いにおいて経験不足が目立つ。

 怖いと思うけれど、前に進みたい気持ちのほうが強かった。
 戦えるようになりたい。
 そんな思いが僕の背中を押した。

「行かせてください。僕もちゃんと戦えるようになりたいです」

 はっきりと言葉にすると、不思議と迷いが消えた。

「真白くんがそういうなら、私は止めないわ。でも、無茶は絶対しないで」

レミーユは迷いつつも最終的に僕の意見を尊重してくれた。









 翌朝。
 朝靄の中を、僕たちはダンジョンへ向かった。
 王都の外れにある小規模な洞窟で、新人冒険者が初めて挑む場所らしい。
 とはいえ、魔物は出る。武器も戦う術もなければ、人間などただの獲物だ。

 洞窟の入口をくぐった途端、空気が変わった。
 草木の匂いは途切れ、代わりに湿った土と、どこか鉄のような匂いが鼻を刺す。
 足音だけが、薄暗い空間にやけに大きく響く。

 ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、吐く息がうっすら白い。
 進むほどに体温まで奪われていくようで、指先がじんと冷えて震え始める。

 胸の奥で、心臓がドクドクと暴れた。
 昨日はあんなに「大丈夫だ」と思っていたのに、足が勝手に重くなる。

「真白は俺の後ろについてこい」

 アレンが低い声でそう言い、剣を構えたまま先頭で周囲を警戒する。
 レミーユは淡い光の魔法を浮かべ、僕らの足元を照らしてくれる。
 オルフェンさんは最後尾で背後を見張り、いつでも動けるようにしていた。

 三人を見ていると、胸の奥がじんと熱くなる。
 さっきまで冷えきっていた指先が、少しだけ温かさを取り戻した気がした。

 ――ああ、そうか。
 僕がダンジョンに進もうと思えたのは、この三人がそばにいたからだ。

 洞窟の奥へ進むほど、闇が濃くなっていく。
足音が土を踏みしめるたび、鼓動がひとつ跳ねる。
 息を吸うたびに、冷たい空気が喉を刺す。
 (寒い。怖い。でも、立ち止まるわけにはいかない)

 そのとき、低い唸り声が響いた。
 風が揺れ、闇の奥で何かが蠢いた。
 暗闇に目が慣れてくると、それが生き物だとわかった。
 灰色の皮膚。血のように赤い目、牙、爪。
 なにより嗅いだことのない腐った匂いが一気に鼻を突く。


「出たな!」

 アレンが真っ先に駆け出した。
 剣が唸り、火花が散る。
 金属がぶつかりあう軋む音、レミーユの魔法が弾ける光、舞い上がる土煙。

 オルフェンさんの大剣が横薙ぎに走り、その隙を逃さぬようレミーユの魔法陣が淡く輝く。
 三人の動きは、息を呑むほど滑らかで、まるで訓練された舞のようだった。

 その戦いの最前線から、僕はただ離れた場所で立ち尽くすことしかできない。

 情けない。
 戦おうと決めたのは僕なのに、いざ魔物を前にした瞬間、怖くて何もできないなんて。

 魔物の咆哮が洞窟を震わせ、体の芯まで響く。
 生ぬるい血が地面に滴り落ちる音がした。鉄の、強烈な匂いに思わず鼻を手で覆う。
 目の前で、命が断たれていく。

 これが現実だ。
 これが、この世界で戦うということだ。

 胸が締めつけられる。
 足は棒のように固まり、息は浅く、喉の奥が冷たくなる。

「はっ…はっ…はっ…」

 このままじゃ過呼吸になる。
 落ち着け。
 ゆっくり吸って、ゆっくり吐け。
 頭では冷静な声が言うのに、身体はまるで別の意志を持っているみたいに震えてしまう。

「真白、下がれ!」

 アレンの声が洞窟に響いた。
 次の瞬間、大きな影が飛びかかってくる。
 爪が空気を裂き、まっすぐ僕に向かってくる。

 ーーーあ、やばい。

 その瞬間だけ、時間が奇妙にゆっくりになった。
 避けなきゃ死ぬ。
 わかっているのに、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。

 爪が僕に届く寸前、アレンの剣が閃いた。
 火花が散り、金属と爪がぶつかり合う音が耳を打つ。
 続けざまにオルフェンさんが飛び込み、魔物の身体を深く斬り裂いた。

 どす黒い血が弧を描き、僕の頬に飛び散った。
 温かい。

 目の前の光景が理解できた途端、胃の奥がぎゅっと逆流する。
 込み上げてくるものを抑えようと、必死に口を押さえて俯いた。

「真白!大丈夫か!」

 アレンの声が響く。
 僕は声を出せず、ただ小さく頷くことしかできなかった。
 視界の端では、さっきまで動いていた魔物の残骸が、まだ微かに痙攣している。

 息をしていたものが、目の前で命が尽きていく。
 皮膚に剣が突き刺さり、血しぶきが弧を描いた光景が、瞬きをするたびにフラッシュバックする。

 ——車のライト
——ブレーキの悲鳴
——伸ばした手
——赤く染まる視界

 突然、頭がズキッと痛んだ。
 あの時の音や匂いが、波のように押し寄せてくる。

 息がうまくできない。
 喉の奥がきゅっと締まる。
 もう嫌だ。思い出したくないのに、勝手に流れ込んでくる。


「真白!もう終わったのよ!」


「大丈夫だ。ちゃんと息をして。深呼吸はできるかい?」


 オルフェンさんの声がして、背中を優しくさすられる。
 その手の温かさで、ようやく現実に引き戻された。

 アレンが剣を収め、深く息を吐いている。

「……すみません、僕」
「誰だって最初はそうなる」
 
オルフェンさんの声は静かで、僕のことを気遣ってくれているのがわかる。

「無理しなくていいのよ。最初から完璧になんてできないわ」

何もできなかったのに、誰も僕を責めない。
さっきまで震えていた身体が、不思議と落ち着きを取り戻していった。





 帰り道、誰も口を開かなかった。
 夕陽が沈み、長い影が地面に落ちる。
 僕はただ、靴の先を見つめながら歩き続けた。
 何度も頭の中で、魔物の姿が浮かんでは消えていった。

 屋敷に戻ると、レミーユが言う。

「アレン、オルフェン。二人とも今日は血だらけになってたでしょう?お風呂、入ってきてね」

「助かる。正直、このまま寝たらシーツが真っ赤になるところだった……」

アレンは腕についた黒ずんだ血を見て眉をしかめた。

「私も服まで魔物の体液が染み込んでしまったよ」

オルフェンは静かにため息をつき、剣を壁に立てかけた。

二人はそれぞれタオルを手にして浴場へ向かっていった。
階段の向こうに消えていく背中が、どこか戦いの疲れを滲ませていた。


僕はまともに戦えなかったから無傷だし、二人ほど汚れているわけではないからそのまま長椅子に腰を下ろす。
すると、レミーユがそっと湯気の立つカップを差し出してくれた。

「怖かったでしょう」
「……うん。」

 カップを両手で包むと冷えた手に、ゆっくりと温度が戻ってくる。

「情けなくて悔しいです」

「怖くても大丈夫よ。私たちがついてるもの。今日だって、襲われそうになっていたけれど、大丈夫だったでしょう?」

 僕は小さく頷いて、力なく笑った。

「ありがとう、レミーユさん」

ーーーだけど、それじゃダメなんだよ

強い三人に守られてるだけじゃなくて、本当なら一緒に戦えていなければいけないのに。
僕はまだ、自分の命は自分で守ることができない未熟者だ。
勇者パーティーのメンバーって言っても名前だけ。
弱い自分が憎くてたまらない。

ベッドに横たわると、まぶたの裏で赤い光が揺れた。
あの魔物の唸り声。牙。爪。

 ——死にたくない。
 ——まだ、生きたい。

 その想いだけを胸に、僕は静かに目を閉じた。



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