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夢は見るもんじゃねぇよ!
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古本屋のアルバイトを始めて、一ヶ月が経った。
就活の方は、大学のキャリア支援課に相談しに行き就職先を探している。
何をやりたいかなど聞かれるが、よくよく考えたら私なりの個性を活かせる仕事がいいのかもしれない。
小説を書くのも読むのも好きなので、その経験を生かして、私なりの視点で活かせる仕事がいいと思えたのだ。
今度こそは他人と比較せずに、私なりの仕事を見つけると私自身に言い聞かせている。
この思いにさせてくれたのは、このアルバイトのおかげもあると思う。
多数の本を見れて、個性溢れるお客様が来る。
お話を遠くから聞いて、自分の思っていたことと異なる話が聞ける。
ここ以外にもアルバイトをしてきたが、普通のアルバイトとは違って、いろんなものを吸収できる。
滅多にない経験だ。
一ヶ月経って、そのことに実感した。
古本屋『松岡』のアルバイトを勧めてくれた松岡さんには、今となっては感謝している。
私はアルバイトのやり方には慣れてきたが、お客様はくるみさんのお客様ばかり。
それより気がかりなのは、もう一人の従業員。
くるみさんと私とあと一人誰なのだろう。
松岡さんにそれを聞くと、いずれ来るからと言うだけ。
いずれとは、一体いつのことやら。
埃が被っていると思われる古本をパッパッと掃除をしていた。
すると
「こんにちは」
古本屋『松岡』のお客様では見たことが無い人が来店してきた。
「……」
「いらっしゃいませー!」
その人に声をかけた。
黒ぶちのメガネをかけていて、赤白の長袖を着ていた。
赤白のズボンはヨボヨボで膝には大きな穴が開いていた。
その恰好は、個性と捉えるべきだろうか。
銀髪で、誰かを睨みつけるような目をしている。
いまでも、襲われそうなくらい怖い。
身長は、約170センチくらいかな。
やや、松岡さんより身長は低いように思えた。
でも、私は絶対この人とは隣にいて街中を一緒には歩きたくないと思えた。
その人は、その場に立ち尽くして何もすることもなくこちらを見ていた。
「あ、あのなんでしょう?」
私は声をかけた瞬間、大股でこちらに向かってきた。
「ん」
その人は、何も言わずに私の首に近づき、匂いを嗅いでいた。
ギャ―、なになに! 変態―!
私はすぐさま変態に離れた。
「な、なんですか!」
変態はニッと笑い、ズガズガと居間まで足を運んだ。
「ちょ、ちょっと。あなた、何の用ですか? そっちに行かないで下さい」
私がそう言った時だった。
「ひよっち」
か細い声で誰かに話しかけていた。
今日は私と松岡さんしかいないはずだ。
「ん、なんだ。騒がしいな」
松岡さんは居間にいたので、ピヨを両手で抱きしめつつ胡坐をした状態で戸を開けて出てきた。
「ひよっち」
変態はひよっちと、松岡さんに向けて発した。
「あ、お前帰ってきたのか! なんか細くなったな、元気だったか?」
松岡さんの反応では、知り合いらしい。
ひよっちとは、松岡さんだったとは。
「ひよっちこそ、元気だった?」
「元気、元気! 毎日ピヨといるからな」
変態は松岡さんと親しいのか。
だから、ここに来たのかと納得できる。
「あ、そういえば。陽琉、紹介してなかったな」
床の上で胡坐をかいていた松岡さんは立ち上がり、私の方に来て言った。
変態は、遠目でジッと私の方を見ていた。
「こいつは、小林祥生(こばやし よしたか)。俺たちは、コバって呼んでる」
「……」
コバさんは何も言わずに、まだ私の方をジッと見ていた。
「お前、陽琉を襲うなよ! 首を嗅ぐ癖やめろよな、はあ―、女性はそういうのやなんだぞ!」
そ、そうよ。松岡さんの言う通り。
「だってよ、無理だよ。そんなの。だって、俺匂いフェチだし」
やっと口を発したと思ったら、はあ―? 匂いフェチ?
いやいや、もう変態じゃないか!
「あの―コバさんと松岡さんは?」
松岡さんは、いい忘れていたという顔をして、私に言ってきた。
「コバと俺は中学生からの仲で。この前も言ったように、こいつがもう一人の従業員だから」
え? この人が古本屋『松岡』の従業員?
いやいや、まさか。
でもコバさんも夢あるんだよね。
でも、そんなふうに見えないのは私だけ?
「こいつ、変なところあるけど。しっかりしているから。安心して、こいつに言ってね」
松岡さんは笑顔で言ってから、コバさんを残して奥の部屋に行った。
コバさんは初めて私に話しかけてきた。
「あんた、女子の友達いる?」
はい? と身を屈めながら私は彼に言った。
「いますけど」
私がそう言った瞬間、さっきのテンションとは違い、声のトーンが高くなっていた。
「え、マジで―! じゃあ俺に紹介してよ」
コバさんは満面な笑みをしていた。
「嫌です!」
私は真顔で拒否した。
眉を寄せて彼は、不満げな表情を浮かべていた。
「はあ? 何でだよ! 俺に、女子紹介するくらいいいだろう?」
この人は、分かっているのだろうか?
ただ単に、女性の匂いを嗅ぎたいだけということに。
または、自覚してるけどやめられないのか?
「あの言っておきますけど、もう狙い、分かってるんで」
狙い? ああと呟いた途端、私に言った。
「俺、匂いフェチだけど。女性には親しくなるまでやらない主義だから」
嘘つけぃ―! 今、私にやったではないか。
「ああ、でも、陽琉さんだっけ。陽琉さんは論外だから。覚えておいてね」
コバさんは私にそう言って靴を脱ぎ、松岡さんの所へ行ってしまった。
論外って。恋愛対象って意味か。
そんなの私も論外だわ。
ひとりになったので、誰にも分からないように舌打ちをした。
「陽琉―!」
後ろから声がした。
松岡さんとコバさんが居間から出てきた。
昨日来たくるみさんのお客様から、珍しく本を売ってくれたので、松岡さんが値段を付けてくれた本を棚に入れていた。
くるみさんのお客様は、一ヶ月に一回に来る予定だった。
だが週二回は私の計算では来ている。写真を撮るのではなく、ただ話をするだけだ。
これで、夢を叶えられるというのか。
「な、なんでしょうか?」
私は松岡さんの声に反応して聞いた。
「あのさ、陽琉。コバがね、陽琉が女性を紹介してくれないと嘆いてるんですがどうしたらいいだろう?」
知るか! そんなもん。
勝手にしてろと思ったが、心の声が聞こえないように平然とした声で言った。
「嫌それは仕方ないですよ。匂いフェチなんですから」
それを見ていたコバさんは、面白くなさそうに拗ねていた。
松岡さんは、腹を抱えて笑っていた。
「あはは。はあ、おもしれ―」
「なんですか?」
「こいつ、女性にそんなこと言われたことないんだよ。こんな服着てるけど、外見だけはいいからさ。いつも女性にモテるし。近くに接近されると喜ばれるんだよ。でも、陽琉は、違かったよね」
コバさんは居間で黙ったまま畳の上に座っていた。
「だから、こいつちょっと戸惑ってんだよ」
「そうだったんですか」
全然戸惑っているように見えないんですけど。
ってか、それでよく女性喜ぶなあ。
私には理解不能だ。
「でも、カメラマンという夢があるから。諦めないと思うよ。女性もカメラも」
カメラマン。
カメラマンになりたいのか。
女性については置いといて、やはり夢がある人がここで雇っているんだなと感じた。
「コバさんも夢があるんですね?」
松岡さんはうん? と少し間をおき返事をした。
「……そうだよ。ここは、夢がある人しかいないからね。夢を見るということは、大事だからね」
松岡さんは、ニコっと笑顔で言った。
「夢は、見るもんじゃねぇ―よ!」
コバさんは立ち上がり、透き通っていた声からいきなり雷が落ちたかのように声を荒げた。
「急になに言ってんだよ。夢は見るもんだろう。見て叶えるように努力するのが夢だろ? お前、前はそんなこと言わなかっただろ? どうした?」
「……ひよっちみたいに、簡単に夢を見られなくなったんだよ。生まれも育ちもいい人には分からないよ」
右手に拳を握りしめて、コバさんは下に俯いていた。
松岡さんは、黒目だけ左側を見て悲しい顔をしていた。
その目は、私が知っている目ではなく、哀れでもう思い出したくない目をしていた。
「あ、あの……」
この状況を見て、私は何かを発しなければならないと思ったその時であった。
「……だからなんだよ! お前、夢は他人のせいにしちゃダメじゃないか。俺は、俺自身で生きてる。だから、生まれも育ちも関係ないと思うが」
何かをしなければならないと思っていたら苦しそうに松岡さんらしくない言葉がコバさんに向けられた。
「……ゴメン。でも、夢は見るもんじゃないと思う。俺はもう分からねぇんだよ。夢を諦めてもう会社員でもなろうとか思うだよ」
私は松岡さんの隣にいて、様子を窺っていた。
深く深呼吸をして松岡さんはコバさんに話しかけた。
「……コバ。金銭面は、俺がなんとかするから大丈夫だぞ。そこを気にしてるのか? それか、なんかあっちであったのか?」
コバさんは、ハッと顔を上げて松岡さんを見た。
「……いや別にない。そんなことより、バイト代のお金はどっから出てくるんだ? お金はもしかして……あの人から貰ってんのか?」
「お前が気にすることじゃない。だから、金銭面は俺が払うから大丈夫だ。会社員になんてならなくても大丈夫だぞ!」
まだ右手で拳を握りしめてコバさんは下を俯いていた。
「そういう問題じゃない。ひよっちには、世話にかけぱっなしだし。大人として、問題だからだよ。もう一つのバイトは見つかったけど。俺は、夢はもう夢を見るのは御免だ。俺はもうわかんねぇよ!」
彼はそう言ってズボンのポケットに手を入れて出ていた。
「あいつなに考えてんの。わかんねぇ―帰って来てそうそう」
両手に頭を抱えて彼はしゃがみ込んだ。
「コバさんは元々ああいう性格なんですか」
「いや、もっと。明るかった。中学生は、秘密基地作ったりして、屋根に登ったりして。飛行機を作れるかっていう無謀なことをしてたよ」
なんて、無茶なことを。
男の人ってなんでそんなことするのかな?
まあ、子どもの頃はそんなもんか。
いや、でも仲良い男子とそんな遊びしてたっけ?
私が知らないだけか。
「それで、今は?」
ヨイショと立ち上がり彼は、一瞬私を見て言った。
「……分からない。一年会ってなかったからな。心境も変わるかもな。でもあいつが戻って来れるように、ここの従業員として、籍はおいてたんだ」
「……コバさんはその一年何をしてたんですか?」
「カメラの修行。カナダだっけな。一人でカメラの腕極めるって言って。それきり、帰って来なかった」
少し寂しそうな表情を浮かべて、強く瞼を閉じていた。
「……そうだったんですか」
瞼を開くと松岡さんは口を開いた。
「あ、悪い。仕事中だったよな。続けてくれ」
「……コバさんは、諦めてはないと思います」
私、何言ってんだ。
そんなこと思ってないくせに。
「……本当かな?」
私は、はいと答えた。
嬉しそうに松岡さんは微笑んでいた。
「そうだな、うん。心配することないよな。ありがとうな、陽琉」
そう言って腕を組みながら頷き、いつもは揃えていない靴を珍しく綺麗に揃えて奥の部屋に戻っていた。
その後ろ姿を見送って仕事に戻った。
数時間後
松岡さんと私しかいない古本屋に一本の電話が鳴った。
プルプル プルプル
それに気づいた松岡さんは、段差がない所でこけそうになりながらも慌てて靴を履いていた。
それから、会計場所の隣にあった電話機に出た。
ガシャ
「はい、古本屋『松岡』です。あ、先日はお世話になりました。あ、いえどうも。はい、あの件について。あ、え? 本当ですか。はい、ありがとうございます。はい、ではお伝えしておきます。失礼します」
ガチャと電話を切った。
彼は、満面な笑みで私に言ってきた。
「陽―琉。ちょっと来て」
彼は人差し指でちょいちょいとこっちへ来てアピールをしてきた。
私は、古本の整理をしていたので、駆け足で彼の所へ行き話しかけた。
「なんですか?」
「陽琉、よく聞いて。明後日までに陽琉が書きたい小説を書いてきて」
「はい? なんで明後日まで小説書かないといけないんですか?」
松岡さんは、よく聞いてくれましたという顔をして私に言った。
「俺のつてで、出版社がいてな。それで、陽琉について頼んでみたんだ。そしたら、そういうことでしたら、明後日伺いますので小説を少しでもいいので書き終えてくださいって」
「え、私の小説読んでもらえるんですか?」
「ああ。だから、これがチャンスだ。陽琉の客が来るようにこちらで考えてる。小説家は文才があるかないかだ。まずは、一人だけのお客様を設けた。明後日、来るのがその人だ。小説家になるためのコツなどいろんなことを教えてくれるだろう。どうだ? やってみないか?」
まだ小説家になりたいのかどうかさえ分からないのに、夢の実現の第一歩。
私には小説家として仕事をしていく上で、才能があるのだろうか。
自信がないし、才能がないのではないかと思えた。でも、挑戦してみたい。
「私に才能があるかどうか分かりませんが、やってみたいです」
「よし、決まった。じゃあ、明後日までに小説書いてきてね! よし、やった―、楽しみだな。あ、待って。俺、その日居ないんだ。はあ―、陽琉頑張ってね。はあ―もう。陽琉の晴れ舞台が見れないとは悔しい!」
ため息をついて彼は落胆していた。
「いや、そこまで落ち込まなくても……大丈夫ですから」
落ち込むことないだろう。
私の問題なのに。
「……まあ、陽琉。明後日、頑張れ! あの人は、陽琉と合うと思うしな。明後日か」
松岡さんはそう呟いて、壁に貼られてあるカレンダーを見て、何かを考えているようだった。
返事をしたはいいが、本当に叶えたい夢は叶えられるのか疑っていて、信じていなかった。
就活の方は、大学のキャリア支援課に相談しに行き就職先を探している。
何をやりたいかなど聞かれるが、よくよく考えたら私なりの個性を活かせる仕事がいいのかもしれない。
小説を書くのも読むのも好きなので、その経験を生かして、私なりの視点で活かせる仕事がいいと思えたのだ。
今度こそは他人と比較せずに、私なりの仕事を見つけると私自身に言い聞かせている。
この思いにさせてくれたのは、このアルバイトのおかげもあると思う。
多数の本を見れて、個性溢れるお客様が来る。
お話を遠くから聞いて、自分の思っていたことと異なる話が聞ける。
ここ以外にもアルバイトをしてきたが、普通のアルバイトとは違って、いろんなものを吸収できる。
滅多にない経験だ。
一ヶ月経って、そのことに実感した。
古本屋『松岡』のアルバイトを勧めてくれた松岡さんには、今となっては感謝している。
私はアルバイトのやり方には慣れてきたが、お客様はくるみさんのお客様ばかり。
それより気がかりなのは、もう一人の従業員。
くるみさんと私とあと一人誰なのだろう。
松岡さんにそれを聞くと、いずれ来るからと言うだけ。
いずれとは、一体いつのことやら。
埃が被っていると思われる古本をパッパッと掃除をしていた。
すると
「こんにちは」
古本屋『松岡』のお客様では見たことが無い人が来店してきた。
「……」
「いらっしゃいませー!」
その人に声をかけた。
黒ぶちのメガネをかけていて、赤白の長袖を着ていた。
赤白のズボンはヨボヨボで膝には大きな穴が開いていた。
その恰好は、個性と捉えるべきだろうか。
銀髪で、誰かを睨みつけるような目をしている。
いまでも、襲われそうなくらい怖い。
身長は、約170センチくらいかな。
やや、松岡さんより身長は低いように思えた。
でも、私は絶対この人とは隣にいて街中を一緒には歩きたくないと思えた。
その人は、その場に立ち尽くして何もすることもなくこちらを見ていた。
「あ、あのなんでしょう?」
私は声をかけた瞬間、大股でこちらに向かってきた。
「ん」
その人は、何も言わずに私の首に近づき、匂いを嗅いでいた。
ギャ―、なになに! 変態―!
私はすぐさま変態に離れた。
「な、なんですか!」
変態はニッと笑い、ズガズガと居間まで足を運んだ。
「ちょ、ちょっと。あなた、何の用ですか? そっちに行かないで下さい」
私がそう言った時だった。
「ひよっち」
か細い声で誰かに話しかけていた。
今日は私と松岡さんしかいないはずだ。
「ん、なんだ。騒がしいな」
松岡さんは居間にいたので、ピヨを両手で抱きしめつつ胡坐をした状態で戸を開けて出てきた。
「ひよっち」
変態はひよっちと、松岡さんに向けて発した。
「あ、お前帰ってきたのか! なんか細くなったな、元気だったか?」
松岡さんの反応では、知り合いらしい。
ひよっちとは、松岡さんだったとは。
「ひよっちこそ、元気だった?」
「元気、元気! 毎日ピヨといるからな」
変態は松岡さんと親しいのか。
だから、ここに来たのかと納得できる。
「あ、そういえば。陽琉、紹介してなかったな」
床の上で胡坐をかいていた松岡さんは立ち上がり、私の方に来て言った。
変態は、遠目でジッと私の方を見ていた。
「こいつは、小林祥生(こばやし よしたか)。俺たちは、コバって呼んでる」
「……」
コバさんは何も言わずに、まだ私の方をジッと見ていた。
「お前、陽琉を襲うなよ! 首を嗅ぐ癖やめろよな、はあ―、女性はそういうのやなんだぞ!」
そ、そうよ。松岡さんの言う通り。
「だってよ、無理だよ。そんなの。だって、俺匂いフェチだし」
やっと口を発したと思ったら、はあ―? 匂いフェチ?
いやいや、もう変態じゃないか!
「あの―コバさんと松岡さんは?」
松岡さんは、いい忘れていたという顔をして、私に言ってきた。
「コバと俺は中学生からの仲で。この前も言ったように、こいつがもう一人の従業員だから」
え? この人が古本屋『松岡』の従業員?
いやいや、まさか。
でもコバさんも夢あるんだよね。
でも、そんなふうに見えないのは私だけ?
「こいつ、変なところあるけど。しっかりしているから。安心して、こいつに言ってね」
松岡さんは笑顔で言ってから、コバさんを残して奥の部屋に行った。
コバさんは初めて私に話しかけてきた。
「あんた、女子の友達いる?」
はい? と身を屈めながら私は彼に言った。
「いますけど」
私がそう言った瞬間、さっきのテンションとは違い、声のトーンが高くなっていた。
「え、マジで―! じゃあ俺に紹介してよ」
コバさんは満面な笑みをしていた。
「嫌です!」
私は真顔で拒否した。
眉を寄せて彼は、不満げな表情を浮かべていた。
「はあ? 何でだよ! 俺に、女子紹介するくらいいいだろう?」
この人は、分かっているのだろうか?
ただ単に、女性の匂いを嗅ぎたいだけということに。
または、自覚してるけどやめられないのか?
「あの言っておきますけど、もう狙い、分かってるんで」
狙い? ああと呟いた途端、私に言った。
「俺、匂いフェチだけど。女性には親しくなるまでやらない主義だから」
嘘つけぃ―! 今、私にやったではないか。
「ああ、でも、陽琉さんだっけ。陽琉さんは論外だから。覚えておいてね」
コバさんは私にそう言って靴を脱ぎ、松岡さんの所へ行ってしまった。
論外って。恋愛対象って意味か。
そんなの私も論外だわ。
ひとりになったので、誰にも分からないように舌打ちをした。
「陽琉―!」
後ろから声がした。
松岡さんとコバさんが居間から出てきた。
昨日来たくるみさんのお客様から、珍しく本を売ってくれたので、松岡さんが値段を付けてくれた本を棚に入れていた。
くるみさんのお客様は、一ヶ月に一回に来る予定だった。
だが週二回は私の計算では来ている。写真を撮るのではなく、ただ話をするだけだ。
これで、夢を叶えられるというのか。
「な、なんでしょうか?」
私は松岡さんの声に反応して聞いた。
「あのさ、陽琉。コバがね、陽琉が女性を紹介してくれないと嘆いてるんですがどうしたらいいだろう?」
知るか! そんなもん。
勝手にしてろと思ったが、心の声が聞こえないように平然とした声で言った。
「嫌それは仕方ないですよ。匂いフェチなんですから」
それを見ていたコバさんは、面白くなさそうに拗ねていた。
松岡さんは、腹を抱えて笑っていた。
「あはは。はあ、おもしれ―」
「なんですか?」
「こいつ、女性にそんなこと言われたことないんだよ。こんな服着てるけど、外見だけはいいからさ。いつも女性にモテるし。近くに接近されると喜ばれるんだよ。でも、陽琉は、違かったよね」
コバさんは居間で黙ったまま畳の上に座っていた。
「だから、こいつちょっと戸惑ってんだよ」
「そうだったんですか」
全然戸惑っているように見えないんですけど。
ってか、それでよく女性喜ぶなあ。
私には理解不能だ。
「でも、カメラマンという夢があるから。諦めないと思うよ。女性もカメラも」
カメラマン。
カメラマンになりたいのか。
女性については置いといて、やはり夢がある人がここで雇っているんだなと感じた。
「コバさんも夢があるんですね?」
松岡さんはうん? と少し間をおき返事をした。
「……そうだよ。ここは、夢がある人しかいないからね。夢を見るということは、大事だからね」
松岡さんは、ニコっと笑顔で言った。
「夢は、見るもんじゃねぇ―よ!」
コバさんは立ち上がり、透き通っていた声からいきなり雷が落ちたかのように声を荒げた。
「急になに言ってんだよ。夢は見るもんだろう。見て叶えるように努力するのが夢だろ? お前、前はそんなこと言わなかっただろ? どうした?」
「……ひよっちみたいに、簡単に夢を見られなくなったんだよ。生まれも育ちもいい人には分からないよ」
右手に拳を握りしめて、コバさんは下に俯いていた。
松岡さんは、黒目だけ左側を見て悲しい顔をしていた。
その目は、私が知っている目ではなく、哀れでもう思い出したくない目をしていた。
「あ、あの……」
この状況を見て、私は何かを発しなければならないと思ったその時であった。
「……だからなんだよ! お前、夢は他人のせいにしちゃダメじゃないか。俺は、俺自身で生きてる。だから、生まれも育ちも関係ないと思うが」
何かをしなければならないと思っていたら苦しそうに松岡さんらしくない言葉がコバさんに向けられた。
「……ゴメン。でも、夢は見るもんじゃないと思う。俺はもう分からねぇんだよ。夢を諦めてもう会社員でもなろうとか思うだよ」
私は松岡さんの隣にいて、様子を窺っていた。
深く深呼吸をして松岡さんはコバさんに話しかけた。
「……コバ。金銭面は、俺がなんとかするから大丈夫だぞ。そこを気にしてるのか? それか、なんかあっちであったのか?」
コバさんは、ハッと顔を上げて松岡さんを見た。
「……いや別にない。そんなことより、バイト代のお金はどっから出てくるんだ? お金はもしかして……あの人から貰ってんのか?」
「お前が気にすることじゃない。だから、金銭面は俺が払うから大丈夫だ。会社員になんてならなくても大丈夫だぞ!」
まだ右手で拳を握りしめてコバさんは下を俯いていた。
「そういう問題じゃない。ひよっちには、世話にかけぱっなしだし。大人として、問題だからだよ。もう一つのバイトは見つかったけど。俺は、夢はもう夢を見るのは御免だ。俺はもうわかんねぇよ!」
彼はそう言ってズボンのポケットに手を入れて出ていた。
「あいつなに考えてんの。わかんねぇ―帰って来てそうそう」
両手に頭を抱えて彼はしゃがみ込んだ。
「コバさんは元々ああいう性格なんですか」
「いや、もっと。明るかった。中学生は、秘密基地作ったりして、屋根に登ったりして。飛行機を作れるかっていう無謀なことをしてたよ」
なんて、無茶なことを。
男の人ってなんでそんなことするのかな?
まあ、子どもの頃はそんなもんか。
いや、でも仲良い男子とそんな遊びしてたっけ?
私が知らないだけか。
「それで、今は?」
ヨイショと立ち上がり彼は、一瞬私を見て言った。
「……分からない。一年会ってなかったからな。心境も変わるかもな。でもあいつが戻って来れるように、ここの従業員として、籍はおいてたんだ」
「……コバさんはその一年何をしてたんですか?」
「カメラの修行。カナダだっけな。一人でカメラの腕極めるって言って。それきり、帰って来なかった」
少し寂しそうな表情を浮かべて、強く瞼を閉じていた。
「……そうだったんですか」
瞼を開くと松岡さんは口を開いた。
「あ、悪い。仕事中だったよな。続けてくれ」
「……コバさんは、諦めてはないと思います」
私、何言ってんだ。
そんなこと思ってないくせに。
「……本当かな?」
私は、はいと答えた。
嬉しそうに松岡さんは微笑んでいた。
「そうだな、うん。心配することないよな。ありがとうな、陽琉」
そう言って腕を組みながら頷き、いつもは揃えていない靴を珍しく綺麗に揃えて奥の部屋に戻っていた。
その後ろ姿を見送って仕事に戻った。
数時間後
松岡さんと私しかいない古本屋に一本の電話が鳴った。
プルプル プルプル
それに気づいた松岡さんは、段差がない所でこけそうになりながらも慌てて靴を履いていた。
それから、会計場所の隣にあった電話機に出た。
ガシャ
「はい、古本屋『松岡』です。あ、先日はお世話になりました。あ、いえどうも。はい、あの件について。あ、え? 本当ですか。はい、ありがとうございます。はい、ではお伝えしておきます。失礼します」
ガチャと電話を切った。
彼は、満面な笑みで私に言ってきた。
「陽―琉。ちょっと来て」
彼は人差し指でちょいちょいとこっちへ来てアピールをしてきた。
私は、古本の整理をしていたので、駆け足で彼の所へ行き話しかけた。
「なんですか?」
「陽琉、よく聞いて。明後日までに陽琉が書きたい小説を書いてきて」
「はい? なんで明後日まで小説書かないといけないんですか?」
松岡さんは、よく聞いてくれましたという顔をして私に言った。
「俺のつてで、出版社がいてな。それで、陽琉について頼んでみたんだ。そしたら、そういうことでしたら、明後日伺いますので小説を少しでもいいので書き終えてくださいって」
「え、私の小説読んでもらえるんですか?」
「ああ。だから、これがチャンスだ。陽琉の客が来るようにこちらで考えてる。小説家は文才があるかないかだ。まずは、一人だけのお客様を設けた。明後日、来るのがその人だ。小説家になるためのコツなどいろんなことを教えてくれるだろう。どうだ? やってみないか?」
まだ小説家になりたいのかどうかさえ分からないのに、夢の実現の第一歩。
私には小説家として仕事をしていく上で、才能があるのだろうか。
自信がないし、才能がないのではないかと思えた。でも、挑戦してみたい。
「私に才能があるかどうか分かりませんが、やってみたいです」
「よし、決まった。じゃあ、明後日までに小説書いてきてね! よし、やった―、楽しみだな。あ、待って。俺、その日居ないんだ。はあ―、陽琉頑張ってね。はあ―もう。陽琉の晴れ舞台が見れないとは悔しい!」
ため息をついて彼は落胆していた。
「いや、そこまで落ち込まなくても……大丈夫ですから」
落ち込むことないだろう。
私の問題なのに。
「……まあ、陽琉。明後日、頑張れ! あの人は、陽琉と合うと思うしな。明後日か」
松岡さんはそう呟いて、壁に貼られてあるカレンダーを見て、何かを考えているようだった。
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