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私の居場所
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一昨日、松岡さんは小説家になりたいという私の夢を叶えてくれるお客様が来て下さるという。
来て下さるが、途中でもいいから小説は書いてくるようにと宿題を出された。
私にとって小説は、なくてはならない存在。
趣味以上になっている。
いわば、自分の鏡だ。
だからといって、書くのがうまいとは限らない。
小説を書くのが好きだが、私の小説でお金になるのかと疑問に思う。
自分に疑いつつも書いてみたが、これでいいのだろうか。
タイトルは、バス運転手。
内容は、バス運転手の物語。
内容を説明すると、新人のバス運転手が困難と立ち向かいながらも市民のためにバスを運転しようと奮闘する物語である。
なぜこの物語にしたかというと、父親がバスの運転手だからだ。
父親には私が小説を書くという旨を伝えて、バス運転手の話をしてくれた。
その話を面白おかしく、たまに真面目という感じで小説にした。
枚数は、三枚。
新人バス運転手の奮闘を途中まで描いた場面だ。
枚数は少ないと思うが中身も本物らしい内容になっている。
我ながら、出来はよいかと思われる。
お客様が来るのを椅子に座り待っていた。
座りながら原稿を片手に持ち、うんうんと頷いていた。
私以外に古本屋『松岡』にいなかった。
松岡さんは、出かけるというのでいない。
くるみさんは、後から来ると彼から言われている。
コバさんは、あれ以来姿を見せていない。
松岡さんは、何も言ってこないから彼は顔を見せていないみたいだ。
古本屋『松岡』は、ピヨもいないせいか穏やかに時間が流れていた。
テーブルに頬杖をつけて、原稿をしばらく見ていた。
ボーッと原稿を見つめていたら、外からダーンと物音がした。
何事だと私は椅子から立ち上がり外に出た。
「あちゃ、やってしまった」
「大丈夫ですか?」
その人は、男性であった。
「はぁ、はい」
さっきの音は、路地に自電車を止めようとしたら、手を離してしまって自電車が横たわってしまったようだ。
怪我をしていない様子からそのように思われる。
ダボダボなスーツ姿で暑いのか裾を肘下までに捲り上げていた。
眉間なシワや口に髭がモシャモシャとはえていた。
この人、もしかして出版社の方?
いや、普通のお客様が間違って来たということもあり得る。
私は身体を身構えた。
やはり、その人は近くでみても出版社の方には見えない。
男性は、横たわっている自電車を元に戻して壊れていないかを確認していた。
「自電車、無事みたいなんで……大丈夫です」
風邪なのか、ガラガラな声で男性は発した。
「……無事でよかったです」
私は自分のことのように安心して男性に言いかけたら
「ねぇ、パパ。まだ?」
うん? その男性の声の低さとは裏腹に、声が高かった。
「ごめんな、ちょっと待ってな。今からパパ仕事だから」
声が高いと思ったら、その人の後ろに隠れていたのは、女の子。
パパということはその人の娘―!
な、何故ここに。
「あ、すいません。わたくしは、こういう者です」
男性は、私に名刺を渡してきた。
私はその名刺を見た。
すると、株式会社BOY。
ここの会社って、あの有名なあの出版社だよね。
やはりこの男性は出版社の方だった。
この会社を見て、私が驚くのも無理もない。
今期新しくできた会社である。
新しく出る度、本の内容が今まで見てきた価値観とは違い、若者中心に話題沸騰なのだ。
一番人気なのが『若者』である。
単語としては、至って普通。
だが、その内容が衝撃的だ。
著者は若者の気持ちが分かっているのかというくらいに書かれていた。
私はコンビニで立ち読みしたくらいだが、パラパラと開いたところ、心を揺さぶるような言葉が書かれていた。
あなたは、目に見えていない世界をきちんと見ていますか? 見ていたら、それはあなたの世界のひとつです。
コンビニに行く前は、ある会社の面接をしていた。
面接が全然ダメだったため、それを見た瞬間、私は涙が零れ落ちそうになった。
ダメダメな面接は、最後の質問で起きた。
面接官が私に聞いてきたのは、特技はありませんかという単純な質問であった。
私は特技なんてなかったから。とっさに思い出したことを言った。
早口言葉。
昔から得意だったと思っていたので、特技として言ってみた。
だが片言で全然早口になっていなかった。
面接官一同。
真顔で私を見て、とても良かったです。では次の方どうぞと言い、私の面接は終わった。
とても良かったです。
ただのビジネスの褒め言葉に過ぎない。
その事もあり、あの言葉に目を奪われた。
だから、あの会社がきたのは偶然なのか?
まさか、そうなるように人生はなっているのか? とさえ思ったのだ。
松岡さんのつてだと言っていたけど、彼と会ってから私が会ったことない人ばかりに会っている。
考えて見たら、凄いことなのだ。
そう考えていたら、男性が話しかけてきた。
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「何回呼んでも返事なかったので」
男性は、心配そうに私を見つめて右手で頭を掻いていた。
女の子は寂しいのか男性に話しかけていた。
男性は、女の子の身長に合わせるかのように屈みこんで話をしていた。
ねぇ、この人誰?と。
男性は、れんかは知らなくてもいいのと答えていた。
女の子は、れんかという名前らしい。
男性はれんかちゃんとの話を終えて私を見てきた。
「……すいません。ちょっと昔を思い出していて」
「……そうですか。では……」
「はい」
私は男性の言葉を打ち消すように返事をして、ドアを開けテーブルまで案内した。
男性の言いたいことは、忙しい中、来てやったんだ、早く小説読ませろという事だろう。
男性とれんかちゃんが座ったのを見計らって、私は事前に用意していたペットボトルのお茶をコップに注いだ。
ゴボゴボとお茶を入れて、急いで男性とれんかちゃんの元へ運んだ。
「どうぞ」
私はそう言い、二人分のお茶をテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
男性は返事をして、ゴソゴソとカバンから何かを取り出していた。
れんかちゃんは男性の隣で、さっきは文句を言っていたが黙々とお茶を啜っていた。
私は男性に話しかけた。
「今日は、お忙しい中私のためにご足労頂きありがとうございます」
両膝にカバンを置いて何かを探していたので、私を上から見上げるように男性は言った。
「いえいえ、こちらこそ。あの松岡さんから誘われたのですから。もちろん断るわけないですよ」
男性はそう言い、私から目を逸らした。
私は、男性が言った言葉が頭から離れなかった。
その言葉が離れない中、私は笑顔で答えた。
それより本題に入らなくちゃいけない。
そう思った時
「本題に入りますね。小松陽琉さんでいいですよね?」
松岡さんから事前に聞いていたのだろう?
それを確認するように彼は聞いてきた。
「はい」
私はさっき程もらった名刺をまた見返した。
会社名で興奮して、男性の名前まで見る余裕がなかった。
見ると、田中宏輝と書かれていた。
「えーと、陽琉さん。松岡さんから聞いたと思いますが。小説書いてきましたか? 途中までいいので」
田中さんは、テーブルにペンとたくさんの資料が入っているファイルを出していた。
「これです」
テーブルに置かれていた私が書いた小説を見せた。
田中さんは、上下に肩のマッサージをしているのか肩を回していた。
「どれどれ?」
目を輝かせて、私の小説に手を通した。
れんかちゃんはパパ嬉しそうと足をバタバタさせて言っていた。
私はウズウズしていた。
「……」
田中さんは、私の小説を瞬きもせずに読んでくれた。
「ど、どうですか?」
私は彼に戸惑いつつも聞いた。
表情も変えずに田中さんは、頬杖をつき左手に原稿用紙を持っていた。
れんかちゃんは、つまらなそうに彼を見て何かを訴えているように見えた。
「……内容はいいですね。でも、何かが足りないですね。う―ん」
彼は右手に顎を持ち、考え込んでいた。
「何がダメだったでしょうか?」
私の言葉で彼は黒目だけ私の方を見てから、原稿用紙を文字一つひとつ丁寧に読んでいた。
「う―んと、内容は本当にいい。あまり、バス運転手っていうのは小説で書いたことないからね。その点についてはいいね。う―ん、なんだろう。なんかが足りないんだよ」
田中さんは、どうしたらいいのねと言ったら、ヒーローが登場するかのようにドアが開いた。
それを見ると、くるみさんだった。
私は彼女を見ていたら目が合った。
私は首だけお辞儀をした。
くるみさんは、私を無視して田中さんの元へ行ったのだ。
私はその行為に少し傷ついた。
「こんにちは」
くるみさんは、営業スマイルの笑顔で挨拶をした。
「あ、こんにちは。あなたはここの店員?」
「そうです。ゆっくりしていって下さい。子どもさんですか? かわいいですね」
原稿用紙から目を離して、田中さんはれんかちゃんを見て口角が上がっていた。
「はい、すいませんね。ここまで子ども連れてきて。シングルファザ―で子どもを見る人がいないもので。仕事場の時は子どもを見てくれる人がいるんですけどね。外に行くと、子どもと離れると心配なもので」
そう言い、彼はれんかちゃんの頭を撫でた。
れんかちゃんは髪が崩れると言い、コップを弄っていた。
「そうでしたか。ゆっくりしていって下さい」
営業スマイルをしてから、彼女は居間に消えていた。
彼女が消えると田中さんは私に聞いてきた。
「あの方は、モデルさんとかですか?」
「モデルを目指しているんですよ」
私がそう言うと、なるほどという顔をしてくるみさんがいる居間を直視していた。
「ゴホンゴホン。え―と、戻りますけど」
咳払いをしている彼はくるみさんの容姿にうつつを抜かして正気を失っていた。
だが自力で現実に戻ってきた彼は、原稿用紙に目を通して私に言った。
「はっきり言いますけど、これではダメです。松岡さんの見込み違いだったのかもしれません」
「な、何でですか?」
「さっきも言ったけど、バス運転手の心情は伝わってくる。でも、もっと辛いっていう気持ちがほしいんだよ。辛いのは分かるけど、何が辛いのか具体的な感情が足りないんだよ」
あー、やっぱり。私が書くといつもこうだ。
辛さが伝わらない。
「……」
「そういうことだから。俺があなたに教えることは何もない。あの松岡さんだから期待したんだけどね。俺は帰らせてもらうよ」
田中さんは立ち上がろうとしたので、私は彼が立ち上がる前にすかさず聞いた。
「では、私の小説はなかったことになりますか? 私の書いた原稿用紙だけは持っていってもらいますか」
私の必死な表情が彼に伝わったのだろう。
「……分かりました。原稿用紙だけは持っていきます。では」
「……また機会がありましたら、書いてきますから。その時はよろしくお願いします!」
田中さんは、苦笑いで私に微笑んだ。
そして、彼はれんかちゃんに声をかけた。
「れんか、行くよ」
「もういいの?」
「ああ、終わったから」
れんかちゃんは、私の目を逸らさずに見てきた。
「分かった」
その眼は、私を見透かしているような目をしていた。
「今日は、ありがとうございます」
私は田中さんに礼をした。
彼は私なんかに律儀に礼をしてくれた。
彼はれんかちゃんの耳元で何かを言っていた。
田中さんに言われたのかお姉ちゃん、バイバイとれんかちゃんは言って、彼に手を握られて親子で微笑みながら帰っていた。
私は外まで行き、自電車に乗っている親子の背中を見送り、古本屋『松岡』に戻った。
「はあ」
私はひとりため息をついた。
「ダメだったか」
居間に行って以降、出てこないと思ったら、彼女はお菓子を食べていたのか。
くるみさんはポリポリとビスケットを口に頬張り私に話しかけてきた。
「そうですね、ダメでした」
「まあ、次あるでしょ」
落ち込む私にくるみさんは、大丈夫、大丈夫とねぎらいの言葉をかけてくれた。
「……でも、何でですかね?」
「何が?」
「あの松岡さんだから、期待したんですけどねってどういうことですか?」
私はくるみさんに聞いた。
小さい顔がすごい引きつった顔つきになっていた。
聞かない方がいいことだったのか。
でも聞かないと分からないことだってある。
私だけ分からないのは違うのではないか。
「……あ―あれか。そんなこと言ってたの。ふ―ん、その件については知ってた方がいいかもね」
右手に抱えていたビスケットの袋を持ち、ビスケットをパクっと口に入れてから、私を見て言った。
「陽和はね。林総理大臣の息子なの」
えー! あの林総理大臣の息子!
あの人が? 私は目を泳がせた。
「無理もないわよね。陽和はその事については言わないからね。陽和はね、あの林総理大臣の息子だけど、色々事情があってねえ」
くるみさんは、これ言って大丈夫かな? と首を回してちらっと私を見た。
「教えて下さい。私だけ知らないのは嫌です」
まあ、そうよねと彼女はビスケットの袋を近くにあったゴミ箱に捨てた。
「陽和は総理大臣の息子だけど、養子なの。総理大臣の母親は、子どもがひとりも産まれなかったんだよ。それで、なんとしてでも子どもがほしかった総理大臣は、児童養護施設である兄弟を見つけたんだ」
「兄弟?」
「そうだよ。陽和以外に弟がいるんだ。でも兄弟で総理大臣の家に住むことになったんだけど、環境の変化が激しくてね。私が知っているのはここまでだけど。確実に言えるのは、ネコが原因で追い出されたって聞いたけど。後は、私は知らない」
そう言った後、くるみさんは一瞬悲しい顔をしていた。
「そうですか……か。今日の田中さんといい、つてがあると松岡さん言ってましたけどあれは林総理大臣の息子だからですか?」
あ―そこよねと彼女はそう言って、ニコリと笑顔で答えた。
「……そこは後々わかるよ。総理大臣の息子だからっていうわけじゃないと思うけど」
彼女はニヤリと意地悪な顔をしていた。
「わ、分かりました」
「まあ、分かればいい」
「そういえば、松岡さんからくるみさんが来るって言ってましたけど、今日はお客さん来ないはずですよね?」
頬を赤くして彼女は照れた顔をしていた。
「別にいいでしょ。たまに来たって。本当は、ここだって、特定の客だけじゃなかったんだけどね」
テーブルに置いてあったコップを片付けようと私はコップを持っていた。
くるみさんの予想していなかった言葉に驚き後ろを振り返った。
「え? どういうことですか」
「あ―そっか。そうよね。ここは、前にも言った通りに私たちの夢を叶えてくれるお客様しか来ないって言ったわよね。でも前は違かったの」
「いつくらいのことですか?」
私は彼女を見て言った。
「うーん、この店ができた時かな? お客様が、最初全然いなかったから。陽和は、ここが出来た時から従業員に夢を叶えさせたいというのがあってお客様には従業員の夢を手助けしてくれるような場所があったらいいなという願いがあったからね。その為に、ここは、だから、陽和も頑張ってくれたみたいなんだけど。その前に、従業員が少なくてここで働いてくれるひとを探していたの。その時に、店にあなたの諦めた夢を叶うから、一緒に働こうって、私どもの店にぜひ来てくれって看板に書いたの」
あ―、あの看板はそのことについて書かれていたのか。字が薄くなっていて分からなかったな。
「それでどうだったんですか?」
くるみさんは、首を振った。
「ダメだったの。全然来なかったの。それで誘ってきたのが……」
くるみさんが言いかけた途端
「うぃす。ひよっち、いるか?」
昨日松岡さんと喧嘩して黙って帰っていたコバさんだった。
「コバ、あんたどこ、行ってたの。陽和心配してたわよ」
コバさんは昨日と変わらず、変な服装であった。彼は猫背ぎみで挨拶をしていた。
「べ、別にいいだろう。俺の勝手だろ。お前には関係ない、別に」
コバさんはくるみさんに近づいて、フンと言うばかりに自信たっぷりであった。
「はあ、コバは……あ、陽琉。さっき、言ってたのがこいつのこと。全然従業員がいなかったから、陽和の親友が全くあてはまる人だったから従業員になったの。あのふたりは元々仲良いからね。ここはふたりでやってきたようなもんだと思うけど。こいつは、どう思ってんのか良くわからないけど……」
そうひっそりと彼女は言っていたが、コバさんに丸聞こえだ。
「……おい、くるみ。丸聞こえだぞ。こいつに、なに話してんだよ! こいつは知らなくてもいいんだよ、別に」
「そうやって女性には冷たいのね、最低―。でも、夢を叶える人はここの仕組みは知るべきでしょ。それより、コバは何しにきたの。今さら」
コバさんは、体をモジモジしながら目を逸らしつつ私たちに発した。
「ひ、ひよっちに、謝りにきたんだよ」
「謝りにきた? あなた達、もう会ってたの。 また、コバ怒鳴って陽和を怒らせたんでしょ」
彼は、身を狭めた。
「はい、そうです」
「はあ……あんた達は。何年間の付き合いだと思ってんの。大体は陽和が忘れてるから大丈夫だと思うけど……今日は陽和いないわよ」
「え? なんでだよ!」
「私にキラれても困るんですけど。まあ、じき帰ってくるでしょ。待ってたら」
「……いや、帰る」
「はあ? なんで待ってばいいでしょ。どうせ、陽和帰ってくるんだから」
くるみさんの意見が正しいと思ったので、私は彼に言った。
「あの―待ってればいいじゃないですか? その内来ますし」
「うるせぇよ。お前は、黙ってろよ」
そう言った時、私は言葉を発した。
「松岡さん」
くるみさんとコバさんは、後ろを振り返った。
「ひよっち」
「陽和」
くるみさんとコバさんは松岡さんの名前を呼んだ。
くるみさんとコバさんは向き合い話あっていたので、私は松岡さんがいることに気づいた。
私たちは玄関で言い争っていたので、松岡さんがいつからいたのか分からない。
「コバ。陽琉をそんなふうに言っていいのかな。ましてや、新人の子に? いいのかな?コバ」
松岡さんは、左手にはビ―ルらしきものとピヨに餌をやるためか餌のようなものが袋に入っていた。
「……ひよっち、昨日はゴメン。俺が悪かった。夢は見るもんじゃないなんて……でも、夢は叶いたい。現実厳しいかもしれない。外に出て放浪して気づいたんだ。俺はカメラのセンスないかもって。だから、反論した。ゴメン。俺は、カメラしかないんだよ。どんなに考えても、普通に働いていたら俺じゃない気がするんだよ。お金貰ってるけど、違うバイトもして貯めて、絶対にカメラマンになるから」
コバさんは、間をおかずに一気に言ったせいかはあはあと息を切らしていた。
「……コバの言っていることはわかった。前にも言ったけどお金は気にするな。違うバイトもしてもかまわない。絶対、カメラマンになるから、コバは大丈夫。頑張ろうぜ!」
そう言って松岡さんは笑顔で左手に持っている袋を上に上げて、飲むか? と言った。
コバさんは、コクリと首で頷いていた。
「でも、その前に陽琉に謝りな」
松岡さんは私を見て、ウィンクをしていた。
コバさんは、私の方向を向き直して、頭を掻いて照れているのか下を俯きつつ言った。
「……ゴメン。でもお前には関係ないからな」
「コバ―」
松岡さんは、コバさんの名前を言ってからがっかりしている様子であった。
くるみさんはコバさんの反応にすぐ応えて、コバさんの行為を楽しそうにケラケラ笑っていた。
「あはは、コバは、本当に女性には冷たすぎだろう。はあーおもしろ」
「うるせぇよ。早くビール呑もうぜ! ってか、俺の分、ちゃんとあるだろうな」
右足を床に叩きつけてコバさんは、ビールのポーズをしていた。
くるみさんは顔を上げて私たちを見下ろすようにして伺っていた。
「私の分もあるでしょうね? コバだけあるなんてヤダわよ」
「……お前ら。自分のことばっかり。陽琉も一緒に呑まないか?」
松岡さんは、コバさんとくるみさんの話を無視して私の方を見て言っていた。
コバさんとくるみさんは、私のことを見てきた。
「え、あ、え」
松岡さんは、私の様子を見て可笑しいと思ったのか、周りを見始めた。
「お前ら、陽琉を見るんじゃないよ。困ってんじゃないか」
「えー? 陽和、ズルイ。陽琉、ばっかり。私の彼氏なのに」
くるみさんは、甘い声で松岡さんの右腕をがっしりと掴んでいた。
「くるみ、俺はお前の彼氏になった覚えなんてないぞ」
くるみさんの彼氏は松岡さんじゃないの?
なんで、彼女は私に嘘を。私は彼女を見た。
彼女は私をチラリと見てから一切動揺せずになにか、私したかしらという表情をしていた。
私はその表情に、身体が硬直した。
私も女だけど、女って怖いとその時思った。
「それより、陽琉呑もう。せっかくのいい機会だ。全員の従業員がいるしな。お前らもいいだろ?」
松岡さんがそう言って、くるみさんとコバさんは顔を見て意思疎通を図ったのか。
「いいんじゃねぇ。別にいてもいなくても変わらないでしょ」
「コバ。はあ、全く。いいわよ。でもね、ビ―ル呑んで暴れないでね」
「それは、おまえだろ?」
「はあ? 私はそんなことしません!」
「ふ―ん、まあ別にいいけど」
くるみさんとコバさんは、なんだかんだ仲がいいのだな。
「よし、決まりだな。じゃあ陽琉行こうか」
松岡さんは私の手を引き、居間へと足を運んだ。彼の手は温かくて、私の心を癒してくれるようであった。
「な、なんですか」
「大丈夫か? 今日、ダメだったんだろう?すまない。俺のせいだ」
田中さんから連絡をもらったのだろう。
彼のせいじゃないのに申し訳ないことをしたなあと思った。
「いいえ。松岡さんのせいじゃありません。私がまだまだだからです。次頑張ります」
笑顔で私は言ったら、彼はニコっと笑顔で笑い返してくれた。
そしたら、無理しないで、頑張っていこうなと言ってから台所へ向かった。
「陽和。陽琉になんかしてないでしょうねぇ」
「ひよっちならやりそう」
ふたりがそう言いながら、戸が閉まっていた居間に入ってきた。
松岡さんは聞こえたのか、なんもないよと言い、ビールやつまみを袋から出していた。
私はこの日は、最高に楽しかった。
現実を忘れるくらいに。
コバさんの下手な歌。
みんなは、耳を塞ぎながらビ―ルを呑み続けていた。
すると、くるみさんは酔っ払ってきたのか、私のパンツを見ろ―と言いズボンを脱ぎ始めた。
幸い松岡さんが止めてくれた。
コバさんは脱げ脱げと笑っていた。
安らぐ居場所なんてないと思っていた。
でもここは、本当に私の居場所になったんだと思えた。
楽しそうな雰囲気の中、松岡さんは皆と離れひとりビールを呑んでいた。
松岡さんの様子がいつもと違う感じがして、気になってしょうがなかった。
来て下さるが、途中でもいいから小説は書いてくるようにと宿題を出された。
私にとって小説は、なくてはならない存在。
趣味以上になっている。
いわば、自分の鏡だ。
だからといって、書くのがうまいとは限らない。
小説を書くのが好きだが、私の小説でお金になるのかと疑問に思う。
自分に疑いつつも書いてみたが、これでいいのだろうか。
タイトルは、バス運転手。
内容は、バス運転手の物語。
内容を説明すると、新人のバス運転手が困難と立ち向かいながらも市民のためにバスを運転しようと奮闘する物語である。
なぜこの物語にしたかというと、父親がバスの運転手だからだ。
父親には私が小説を書くという旨を伝えて、バス運転手の話をしてくれた。
その話を面白おかしく、たまに真面目という感じで小説にした。
枚数は、三枚。
新人バス運転手の奮闘を途中まで描いた場面だ。
枚数は少ないと思うが中身も本物らしい内容になっている。
我ながら、出来はよいかと思われる。
お客様が来るのを椅子に座り待っていた。
座りながら原稿を片手に持ち、うんうんと頷いていた。
私以外に古本屋『松岡』にいなかった。
松岡さんは、出かけるというのでいない。
くるみさんは、後から来ると彼から言われている。
コバさんは、あれ以来姿を見せていない。
松岡さんは、何も言ってこないから彼は顔を見せていないみたいだ。
古本屋『松岡』は、ピヨもいないせいか穏やかに時間が流れていた。
テーブルに頬杖をつけて、原稿をしばらく見ていた。
ボーッと原稿を見つめていたら、外からダーンと物音がした。
何事だと私は椅子から立ち上がり外に出た。
「あちゃ、やってしまった」
「大丈夫ですか?」
その人は、男性であった。
「はぁ、はい」
さっきの音は、路地に自電車を止めようとしたら、手を離してしまって自電車が横たわってしまったようだ。
怪我をしていない様子からそのように思われる。
ダボダボなスーツ姿で暑いのか裾を肘下までに捲り上げていた。
眉間なシワや口に髭がモシャモシャとはえていた。
この人、もしかして出版社の方?
いや、普通のお客様が間違って来たということもあり得る。
私は身体を身構えた。
やはり、その人は近くでみても出版社の方には見えない。
男性は、横たわっている自電車を元に戻して壊れていないかを確認していた。
「自電車、無事みたいなんで……大丈夫です」
風邪なのか、ガラガラな声で男性は発した。
「……無事でよかったです」
私は自分のことのように安心して男性に言いかけたら
「ねぇ、パパ。まだ?」
うん? その男性の声の低さとは裏腹に、声が高かった。
「ごめんな、ちょっと待ってな。今からパパ仕事だから」
声が高いと思ったら、その人の後ろに隠れていたのは、女の子。
パパということはその人の娘―!
な、何故ここに。
「あ、すいません。わたくしは、こういう者です」
男性は、私に名刺を渡してきた。
私はその名刺を見た。
すると、株式会社BOY。
ここの会社って、あの有名なあの出版社だよね。
やはりこの男性は出版社の方だった。
この会社を見て、私が驚くのも無理もない。
今期新しくできた会社である。
新しく出る度、本の内容が今まで見てきた価値観とは違い、若者中心に話題沸騰なのだ。
一番人気なのが『若者』である。
単語としては、至って普通。
だが、その内容が衝撃的だ。
著者は若者の気持ちが分かっているのかというくらいに書かれていた。
私はコンビニで立ち読みしたくらいだが、パラパラと開いたところ、心を揺さぶるような言葉が書かれていた。
あなたは、目に見えていない世界をきちんと見ていますか? 見ていたら、それはあなたの世界のひとつです。
コンビニに行く前は、ある会社の面接をしていた。
面接が全然ダメだったため、それを見た瞬間、私は涙が零れ落ちそうになった。
ダメダメな面接は、最後の質問で起きた。
面接官が私に聞いてきたのは、特技はありませんかという単純な質問であった。
私は特技なんてなかったから。とっさに思い出したことを言った。
早口言葉。
昔から得意だったと思っていたので、特技として言ってみた。
だが片言で全然早口になっていなかった。
面接官一同。
真顔で私を見て、とても良かったです。では次の方どうぞと言い、私の面接は終わった。
とても良かったです。
ただのビジネスの褒め言葉に過ぎない。
その事もあり、あの言葉に目を奪われた。
だから、あの会社がきたのは偶然なのか?
まさか、そうなるように人生はなっているのか? とさえ思ったのだ。
松岡さんのつてだと言っていたけど、彼と会ってから私が会ったことない人ばかりに会っている。
考えて見たら、凄いことなのだ。
そう考えていたら、男性が話しかけてきた。
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「何回呼んでも返事なかったので」
男性は、心配そうに私を見つめて右手で頭を掻いていた。
女の子は寂しいのか男性に話しかけていた。
男性は、女の子の身長に合わせるかのように屈みこんで話をしていた。
ねぇ、この人誰?と。
男性は、れんかは知らなくてもいいのと答えていた。
女の子は、れんかという名前らしい。
男性はれんかちゃんとの話を終えて私を見てきた。
「……すいません。ちょっと昔を思い出していて」
「……そうですか。では……」
「はい」
私は男性の言葉を打ち消すように返事をして、ドアを開けテーブルまで案内した。
男性の言いたいことは、忙しい中、来てやったんだ、早く小説読ませろという事だろう。
男性とれんかちゃんが座ったのを見計らって、私は事前に用意していたペットボトルのお茶をコップに注いだ。
ゴボゴボとお茶を入れて、急いで男性とれんかちゃんの元へ運んだ。
「どうぞ」
私はそう言い、二人分のお茶をテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
男性は返事をして、ゴソゴソとカバンから何かを取り出していた。
れんかちゃんは男性の隣で、さっきは文句を言っていたが黙々とお茶を啜っていた。
私は男性に話しかけた。
「今日は、お忙しい中私のためにご足労頂きありがとうございます」
両膝にカバンを置いて何かを探していたので、私を上から見上げるように男性は言った。
「いえいえ、こちらこそ。あの松岡さんから誘われたのですから。もちろん断るわけないですよ」
男性はそう言い、私から目を逸らした。
私は、男性が言った言葉が頭から離れなかった。
その言葉が離れない中、私は笑顔で答えた。
それより本題に入らなくちゃいけない。
そう思った時
「本題に入りますね。小松陽琉さんでいいですよね?」
松岡さんから事前に聞いていたのだろう?
それを確認するように彼は聞いてきた。
「はい」
私はさっき程もらった名刺をまた見返した。
会社名で興奮して、男性の名前まで見る余裕がなかった。
見ると、田中宏輝と書かれていた。
「えーと、陽琉さん。松岡さんから聞いたと思いますが。小説書いてきましたか? 途中までいいので」
田中さんは、テーブルにペンとたくさんの資料が入っているファイルを出していた。
「これです」
テーブルに置かれていた私が書いた小説を見せた。
田中さんは、上下に肩のマッサージをしているのか肩を回していた。
「どれどれ?」
目を輝かせて、私の小説に手を通した。
れんかちゃんはパパ嬉しそうと足をバタバタさせて言っていた。
私はウズウズしていた。
「……」
田中さんは、私の小説を瞬きもせずに読んでくれた。
「ど、どうですか?」
私は彼に戸惑いつつも聞いた。
表情も変えずに田中さんは、頬杖をつき左手に原稿用紙を持っていた。
れんかちゃんは、つまらなそうに彼を見て何かを訴えているように見えた。
「……内容はいいですね。でも、何かが足りないですね。う―ん」
彼は右手に顎を持ち、考え込んでいた。
「何がダメだったでしょうか?」
私の言葉で彼は黒目だけ私の方を見てから、原稿用紙を文字一つひとつ丁寧に読んでいた。
「う―んと、内容は本当にいい。あまり、バス運転手っていうのは小説で書いたことないからね。その点についてはいいね。う―ん、なんだろう。なんかが足りないんだよ」
田中さんは、どうしたらいいのねと言ったら、ヒーローが登場するかのようにドアが開いた。
それを見ると、くるみさんだった。
私は彼女を見ていたら目が合った。
私は首だけお辞儀をした。
くるみさんは、私を無視して田中さんの元へ行ったのだ。
私はその行為に少し傷ついた。
「こんにちは」
くるみさんは、営業スマイルの笑顔で挨拶をした。
「あ、こんにちは。あなたはここの店員?」
「そうです。ゆっくりしていって下さい。子どもさんですか? かわいいですね」
原稿用紙から目を離して、田中さんはれんかちゃんを見て口角が上がっていた。
「はい、すいませんね。ここまで子ども連れてきて。シングルファザ―で子どもを見る人がいないもので。仕事場の時は子どもを見てくれる人がいるんですけどね。外に行くと、子どもと離れると心配なもので」
そう言い、彼はれんかちゃんの頭を撫でた。
れんかちゃんは髪が崩れると言い、コップを弄っていた。
「そうでしたか。ゆっくりしていって下さい」
営業スマイルをしてから、彼女は居間に消えていた。
彼女が消えると田中さんは私に聞いてきた。
「あの方は、モデルさんとかですか?」
「モデルを目指しているんですよ」
私がそう言うと、なるほどという顔をしてくるみさんがいる居間を直視していた。
「ゴホンゴホン。え―と、戻りますけど」
咳払いをしている彼はくるみさんの容姿にうつつを抜かして正気を失っていた。
だが自力で現実に戻ってきた彼は、原稿用紙に目を通して私に言った。
「はっきり言いますけど、これではダメです。松岡さんの見込み違いだったのかもしれません」
「な、何でですか?」
「さっきも言ったけど、バス運転手の心情は伝わってくる。でも、もっと辛いっていう気持ちがほしいんだよ。辛いのは分かるけど、何が辛いのか具体的な感情が足りないんだよ」
あー、やっぱり。私が書くといつもこうだ。
辛さが伝わらない。
「……」
「そういうことだから。俺があなたに教えることは何もない。あの松岡さんだから期待したんだけどね。俺は帰らせてもらうよ」
田中さんは立ち上がろうとしたので、私は彼が立ち上がる前にすかさず聞いた。
「では、私の小説はなかったことになりますか? 私の書いた原稿用紙だけは持っていってもらいますか」
私の必死な表情が彼に伝わったのだろう。
「……分かりました。原稿用紙だけは持っていきます。では」
「……また機会がありましたら、書いてきますから。その時はよろしくお願いします!」
田中さんは、苦笑いで私に微笑んだ。
そして、彼はれんかちゃんに声をかけた。
「れんか、行くよ」
「もういいの?」
「ああ、終わったから」
れんかちゃんは、私の目を逸らさずに見てきた。
「分かった」
その眼は、私を見透かしているような目をしていた。
「今日は、ありがとうございます」
私は田中さんに礼をした。
彼は私なんかに律儀に礼をしてくれた。
彼はれんかちゃんの耳元で何かを言っていた。
田中さんに言われたのかお姉ちゃん、バイバイとれんかちゃんは言って、彼に手を握られて親子で微笑みながら帰っていた。
私は外まで行き、自電車に乗っている親子の背中を見送り、古本屋『松岡』に戻った。
「はあ」
私はひとりため息をついた。
「ダメだったか」
居間に行って以降、出てこないと思ったら、彼女はお菓子を食べていたのか。
くるみさんはポリポリとビスケットを口に頬張り私に話しかけてきた。
「そうですね、ダメでした」
「まあ、次あるでしょ」
落ち込む私にくるみさんは、大丈夫、大丈夫とねぎらいの言葉をかけてくれた。
「……でも、何でですかね?」
「何が?」
「あの松岡さんだから、期待したんですけどねってどういうことですか?」
私はくるみさんに聞いた。
小さい顔がすごい引きつった顔つきになっていた。
聞かない方がいいことだったのか。
でも聞かないと分からないことだってある。
私だけ分からないのは違うのではないか。
「……あ―あれか。そんなこと言ってたの。ふ―ん、その件については知ってた方がいいかもね」
右手に抱えていたビスケットの袋を持ち、ビスケットをパクっと口に入れてから、私を見て言った。
「陽和はね。林総理大臣の息子なの」
えー! あの林総理大臣の息子!
あの人が? 私は目を泳がせた。
「無理もないわよね。陽和はその事については言わないからね。陽和はね、あの林総理大臣の息子だけど、色々事情があってねえ」
くるみさんは、これ言って大丈夫かな? と首を回してちらっと私を見た。
「教えて下さい。私だけ知らないのは嫌です」
まあ、そうよねと彼女はビスケットの袋を近くにあったゴミ箱に捨てた。
「陽和は総理大臣の息子だけど、養子なの。総理大臣の母親は、子どもがひとりも産まれなかったんだよ。それで、なんとしてでも子どもがほしかった総理大臣は、児童養護施設である兄弟を見つけたんだ」
「兄弟?」
「そうだよ。陽和以外に弟がいるんだ。でも兄弟で総理大臣の家に住むことになったんだけど、環境の変化が激しくてね。私が知っているのはここまでだけど。確実に言えるのは、ネコが原因で追い出されたって聞いたけど。後は、私は知らない」
そう言った後、くるみさんは一瞬悲しい顔をしていた。
「そうですか……か。今日の田中さんといい、つてがあると松岡さん言ってましたけどあれは林総理大臣の息子だからですか?」
あ―そこよねと彼女はそう言って、ニコリと笑顔で答えた。
「……そこは後々わかるよ。総理大臣の息子だからっていうわけじゃないと思うけど」
彼女はニヤリと意地悪な顔をしていた。
「わ、分かりました」
「まあ、分かればいい」
「そういえば、松岡さんからくるみさんが来るって言ってましたけど、今日はお客さん来ないはずですよね?」
頬を赤くして彼女は照れた顔をしていた。
「別にいいでしょ。たまに来たって。本当は、ここだって、特定の客だけじゃなかったんだけどね」
テーブルに置いてあったコップを片付けようと私はコップを持っていた。
くるみさんの予想していなかった言葉に驚き後ろを振り返った。
「え? どういうことですか」
「あ―そっか。そうよね。ここは、前にも言った通りに私たちの夢を叶えてくれるお客様しか来ないって言ったわよね。でも前は違かったの」
「いつくらいのことですか?」
私は彼女を見て言った。
「うーん、この店ができた時かな? お客様が、最初全然いなかったから。陽和は、ここが出来た時から従業員に夢を叶えさせたいというのがあってお客様には従業員の夢を手助けしてくれるような場所があったらいいなという願いがあったからね。その為に、ここは、だから、陽和も頑張ってくれたみたいなんだけど。その前に、従業員が少なくてここで働いてくれるひとを探していたの。その時に、店にあなたの諦めた夢を叶うから、一緒に働こうって、私どもの店にぜひ来てくれって看板に書いたの」
あ―、あの看板はそのことについて書かれていたのか。字が薄くなっていて分からなかったな。
「それでどうだったんですか?」
くるみさんは、首を振った。
「ダメだったの。全然来なかったの。それで誘ってきたのが……」
くるみさんが言いかけた途端
「うぃす。ひよっち、いるか?」
昨日松岡さんと喧嘩して黙って帰っていたコバさんだった。
「コバ、あんたどこ、行ってたの。陽和心配してたわよ」
コバさんは昨日と変わらず、変な服装であった。彼は猫背ぎみで挨拶をしていた。
「べ、別にいいだろう。俺の勝手だろ。お前には関係ない、別に」
コバさんはくるみさんに近づいて、フンと言うばかりに自信たっぷりであった。
「はあ、コバは……あ、陽琉。さっき、言ってたのがこいつのこと。全然従業員がいなかったから、陽和の親友が全くあてはまる人だったから従業員になったの。あのふたりは元々仲良いからね。ここはふたりでやってきたようなもんだと思うけど。こいつは、どう思ってんのか良くわからないけど……」
そうひっそりと彼女は言っていたが、コバさんに丸聞こえだ。
「……おい、くるみ。丸聞こえだぞ。こいつに、なに話してんだよ! こいつは知らなくてもいいんだよ、別に」
「そうやって女性には冷たいのね、最低―。でも、夢を叶える人はここの仕組みは知るべきでしょ。それより、コバは何しにきたの。今さら」
コバさんは、体をモジモジしながら目を逸らしつつ私たちに発した。
「ひ、ひよっちに、謝りにきたんだよ」
「謝りにきた? あなた達、もう会ってたの。 また、コバ怒鳴って陽和を怒らせたんでしょ」
彼は、身を狭めた。
「はい、そうです」
「はあ……あんた達は。何年間の付き合いだと思ってんの。大体は陽和が忘れてるから大丈夫だと思うけど……今日は陽和いないわよ」
「え? なんでだよ!」
「私にキラれても困るんですけど。まあ、じき帰ってくるでしょ。待ってたら」
「……いや、帰る」
「はあ? なんで待ってばいいでしょ。どうせ、陽和帰ってくるんだから」
くるみさんの意見が正しいと思ったので、私は彼に言った。
「あの―待ってればいいじゃないですか? その内来ますし」
「うるせぇよ。お前は、黙ってろよ」
そう言った時、私は言葉を発した。
「松岡さん」
くるみさんとコバさんは、後ろを振り返った。
「ひよっち」
「陽和」
くるみさんとコバさんは松岡さんの名前を呼んだ。
くるみさんとコバさんは向き合い話あっていたので、私は松岡さんがいることに気づいた。
私たちは玄関で言い争っていたので、松岡さんがいつからいたのか分からない。
「コバ。陽琉をそんなふうに言っていいのかな。ましてや、新人の子に? いいのかな?コバ」
松岡さんは、左手にはビ―ルらしきものとピヨに餌をやるためか餌のようなものが袋に入っていた。
「……ひよっち、昨日はゴメン。俺が悪かった。夢は見るもんじゃないなんて……でも、夢は叶いたい。現実厳しいかもしれない。外に出て放浪して気づいたんだ。俺はカメラのセンスないかもって。だから、反論した。ゴメン。俺は、カメラしかないんだよ。どんなに考えても、普通に働いていたら俺じゃない気がするんだよ。お金貰ってるけど、違うバイトもして貯めて、絶対にカメラマンになるから」
コバさんは、間をおかずに一気に言ったせいかはあはあと息を切らしていた。
「……コバの言っていることはわかった。前にも言ったけどお金は気にするな。違うバイトもしてもかまわない。絶対、カメラマンになるから、コバは大丈夫。頑張ろうぜ!」
そう言って松岡さんは笑顔で左手に持っている袋を上に上げて、飲むか? と言った。
コバさんは、コクリと首で頷いていた。
「でも、その前に陽琉に謝りな」
松岡さんは私を見て、ウィンクをしていた。
コバさんは、私の方向を向き直して、頭を掻いて照れているのか下を俯きつつ言った。
「……ゴメン。でもお前には関係ないからな」
「コバ―」
松岡さんは、コバさんの名前を言ってからがっかりしている様子であった。
くるみさんはコバさんの反応にすぐ応えて、コバさんの行為を楽しそうにケラケラ笑っていた。
「あはは、コバは、本当に女性には冷たすぎだろう。はあーおもしろ」
「うるせぇよ。早くビール呑もうぜ! ってか、俺の分、ちゃんとあるだろうな」
右足を床に叩きつけてコバさんは、ビールのポーズをしていた。
くるみさんは顔を上げて私たちを見下ろすようにして伺っていた。
「私の分もあるでしょうね? コバだけあるなんてヤダわよ」
「……お前ら。自分のことばっかり。陽琉も一緒に呑まないか?」
松岡さんは、コバさんとくるみさんの話を無視して私の方を見て言っていた。
コバさんとくるみさんは、私のことを見てきた。
「え、あ、え」
松岡さんは、私の様子を見て可笑しいと思ったのか、周りを見始めた。
「お前ら、陽琉を見るんじゃないよ。困ってんじゃないか」
「えー? 陽和、ズルイ。陽琉、ばっかり。私の彼氏なのに」
くるみさんは、甘い声で松岡さんの右腕をがっしりと掴んでいた。
「くるみ、俺はお前の彼氏になった覚えなんてないぞ」
くるみさんの彼氏は松岡さんじゃないの?
なんで、彼女は私に嘘を。私は彼女を見た。
彼女は私をチラリと見てから一切動揺せずになにか、私したかしらという表情をしていた。
私はその表情に、身体が硬直した。
私も女だけど、女って怖いとその時思った。
「それより、陽琉呑もう。せっかくのいい機会だ。全員の従業員がいるしな。お前らもいいだろ?」
松岡さんがそう言って、くるみさんとコバさんは顔を見て意思疎通を図ったのか。
「いいんじゃねぇ。別にいてもいなくても変わらないでしょ」
「コバ。はあ、全く。いいわよ。でもね、ビ―ル呑んで暴れないでね」
「それは、おまえだろ?」
「はあ? 私はそんなことしません!」
「ふ―ん、まあ別にいいけど」
くるみさんとコバさんは、なんだかんだ仲がいいのだな。
「よし、決まりだな。じゃあ陽琉行こうか」
松岡さんは私の手を引き、居間へと足を運んだ。彼の手は温かくて、私の心を癒してくれるようであった。
「な、なんですか」
「大丈夫か? 今日、ダメだったんだろう?すまない。俺のせいだ」
田中さんから連絡をもらったのだろう。
彼のせいじゃないのに申し訳ないことをしたなあと思った。
「いいえ。松岡さんのせいじゃありません。私がまだまだだからです。次頑張ります」
笑顔で私は言ったら、彼はニコっと笑顔で笑い返してくれた。
そしたら、無理しないで、頑張っていこうなと言ってから台所へ向かった。
「陽和。陽琉になんかしてないでしょうねぇ」
「ひよっちならやりそう」
ふたりがそう言いながら、戸が閉まっていた居間に入ってきた。
松岡さんは聞こえたのか、なんもないよと言い、ビールやつまみを袋から出していた。
私はこの日は、最高に楽しかった。
現実を忘れるくらいに。
コバさんの下手な歌。
みんなは、耳を塞ぎながらビ―ルを呑み続けていた。
すると、くるみさんは酔っ払ってきたのか、私のパンツを見ろ―と言いズボンを脱ぎ始めた。
幸い松岡さんが止めてくれた。
コバさんは脱げ脱げと笑っていた。
安らぐ居場所なんてないと思っていた。
でもここは、本当に私の居場所になったんだと思えた。
楽しそうな雰囲気の中、松岡さんは皆と離れひとりビールを呑んでいた。
松岡さんの様子がいつもと違う感じがして、気になってしょうがなかった。
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