ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける

花乃 なたね

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二章 騎士団と自警団

2話 潜入、地下水路

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 その日の夜、ゼレーナ、エンディ、ルメリオと別れたニールは、同じく宿屋に泊まる仲間たちと夕食の席についていた。
 さじを片手に黙り込むニールの顔を、フランシエルが心配そうにのぞき込んだ。

「ニール、どうかしたの?」
「おなかいっぱいなら、おれが食べてやる」

 アロンがニールの食事に手を伸ばそうとする。ニールは首を振った。

「ああごめん、ちょっと考えごとをしててさ……なあ、最近、街中で魔物を見かけることが増えていると思わないか?」

 ニールが初めて王都を訪れた日にも魔物は街に現れたが、どちらかといえば近隣の村や、王都の外に出現した魔物を討伐しに行くことが多かった。
 しかし、近頃は街中で暴れる魔物が増えている。特に強いわけではないが、なぜ急にそうなったのかが気がかりだった。

「うーん……言われてみればそうかも。なんでだろう?」

 フランシエルが首をひねった。

「弱え魔物ばっかりだし、片っ端から倒してきゃいいだろ」

 ギーランがそう言って、三杯目の酒に口をつけた。

「それはそうなんだけど……何か原因があるなら、それを潰さないと解決にならない。何か起きて、すぐに俺たちや騎士団が行けるとも限らないだろ」
「どこかに巣でもあるんじゃないか。あるいは魔物を惹きつける何かが」

 イオが口を開いた。すでに自分の皿を空にしている。

「巣……王都の近くにか?」

 魔物の巣といえば、一般には森や洞窟の中にある。市場の食べ物につられて魔物が姿を現すこともあるが、それならもっと前からその数は増えているはずだ。

「この辺りにそんなものがあるか……?」
「地下水路だ」

 突然、別の方向から声が聞こえニールはそちらの方を向いた。声の主は隣のテーブルにいた客の男だった。

「えっ?」
「王都の下には水路が張り巡らされてる。俺の知り合いが、そこに繋がる穴から魔物が出入りするのを見たらしい。人が立ち入るような場所じゃないからな。絶対になにかあるぜ」

 確かに地下なら環境は洞窟に近い。魔物が巣くっていてもおかしくないだろう。
 フランシエルが顔を輝かせた。

「調べてみる価値がありそう!」
「そうだな。教えてくれてありがとう!」
「いいってことよ。自警団さんの役に立てるならこっちも嬉しいしな」

***

 翌日、拠点である宿屋に仲間が全員集まったところで、ニールは地下水路の話を切り出した。

「話は分かりましたが……全員で行くんですか?」

 ゼレーナの問いにニールは首を振った。

「いや、せっかく八人いるし、何かあったときのことを考えて何人かは地上にいて欲しい」

 地下なら広い場所ではないだろうから、全員だと動きにくくなることも予想される。

「じゃあ、ニールと他には誰が行くんです?」
「あたしは行く!」
「僕も行くよ」

 フランシエルとエンディが名乗りを上げた。

「ギーラン、一緒に来てくれないか」

 戦い慣れているギーランが共にいてくれると心強い。

「地下なんざ俺も行ったことねえが、いいぜ」
「ありがとう。あとは……ルメリオも頼む」
「私ですか!?」

 指名を受けたルメリオが素っ頓狂な声をあげた。

「どんなものに出会うか分からない以上、できる限り安全に行きたいんだ」

 しかし彼はすぐには首を縦に振らなかった。
 
「だって地下水路でしょう? 野宿はまだ許せますが、そんな不潔極まりないところに自分から行くなんて冗談じゃないですよ!」
「気持ちは分かるけど、でも……」

 どう説得すればいいものか、ニールが言葉を詰まらせていると、フランシエルが動いた。

「ルメリオ、あたしからもお願い! ルメリオの魔法はとっても頼りになるから、一緒にいてくれると安心なの! ね、いいでしょ?」

 ルメリオの両手をぎゅっと握りしめ、小動物のような潤んだ目で懇願する。

「うぐっ……貴女、そういう顔をすれば私がほだされると思って……」
「どうしても……だめ?」

 弱点を突かれ負けを認めざるをえなくなったルメリオはため息をついた。観念したようだ。

「……ニール、一つ貸しですよ」
「ありがとう、助かるよ」
「さっすがルメリオ! カッコいい! 素敵っ!」
「……まったく、どこでこんな技を覚えてきたのやら」

 五人いればおそらく心配はいらないだろう。アロン、ゼレーナ、イオには地上にいてもらうことにした。

「変わったことが起きないか、気を配っておいてほしい」
「まかせろ! ニールがいなくたってぜんぜん平気だからな」
「ニール」

 イオが小さな布の袋をニールに投げてよこした。

「念のために持っていけ」

 袋の中をのぞくと、白っぽい色をした丸い石のようなものが三つ見えた。

「これは?」
「毒を詰めたものだ。あまり強くはないが、逃げるときの時間稼ぎには十分だろう」
「ありがとう!」

 そうして準備を終え、ニールたちは地下へ繋がる穴のある場所へと向かった。

***

 地下水路は薄暗く思いのほか入り組んでいた。太い水路がのびており、ところどころで細く枝分かれしている。

「地下って、こんな風になってるんだねぇ」

 フランシエルが辺りを見回しながら言った。今ニールたちが歩いているのは、太い水路沿いの道だ。

「迷宮みたいだね。どこかに古代の悪魔とかが封印されてたりして」

 地下水路の陰気な雰囲気を気にせず、エンディの声は弾んでいる。
 未知の領域ということもあり、ニールも少しわくわくしていた。

「あとは強い武器とか、お宝があったり……だな」
「男の子って、ほんとそういうの好きだよねー」
「……男が全員そうだとは思わないで頂きたいものですね」

 ルメリオがうめくように言った。地下水路など不潔に決まっている、という彼の主張もあながち間違ってはいない。流れる水は生臭く、湿気の多い空気がじっとりと肌に絡みつく。汚れたネズミが時々、近くを横切っていった。

「はは……確かに長居はしたくないし、早く解決できるように頑張ろう」

 とはいうものの、ニールたちの前に未だ魔物は一匹も姿を見せていなかった。もっと奥の方にまとまって潜んでいるのだろうか。
 地下を更に進んでいき、突き当りの角を曲がったところでギーランが足を止めた。

「おい、ありゃ何だ?」
「え?」

 角を曲がった先は、真っすぐ伸びる通路だ。先の方は暗くてはっきり見えない。ニールも立ち止まり目を凝らした。
 静かな通路にかすかな足音が響き、暗がりから現れたのは人だった。外套がいとうにすっぽりと身を包んでいる。どうやら男のようだ。

「人……?」

 ニールが呟いたのと同時に、向こうもニールたちに気づいた。さっときびすを返しもと来た方へ走っていく。

「あっ、待ってくれ! 困っているなら力を貸す!」

 男を追って駆け出そうとしたニールを、ルメリオが制した。

「待ちなさい、迂闊うかつに追うのは危険です。ここを根城にしている賊かもしれません」

 男はすでに、暗闇の中に姿を消していた。

「誰だったんだろう……」
「地下に住む怪人か、亡霊?」
「ニール、どうするの? 引き返す?」

 フランシエルが尋ねる。ニールは少し考えたあと答えた。

「もう少し先に進んでみよう。俺たちの目的がこの先にあるかもしれない」
「……本当でしょうかね」

 先ほどの人物と再び出会うことも考えられるが、まだ調べたいところは残っている。
 通路を進むと、今度は左右に道が分かれていた。

「どっちに進む? さっきの人はどこに行ったんだろう」

 エンディがきょろきょろと首を動かした。
 ニールが進む方向を決めかねていると突如、甘い匂いが通路を満たした。

「何だ?」

 砂糖を煮詰めた時のような匂いがどこからか漂ってくる。だが、地下水路の汚臭と混じり合い、鼻を覆わずにはいられない。
 フランシエルがむせた。

「何、この臭い!」
「分からない、一体どこから……」

 臭気のもとを探ろうと、左を向いたニールの視界を何かがよぎった。
 左の通路の先はまた別の道に繋がっている。魔物が二匹、連れ立ってその道を歩いていくのが見えた。

「魔物だ!」

 ニールは仲間たちを連れ、左の通路を進んだ。行きついたのは両側に水路が通った一本道だった。他の通路と同様に、少し先は暗くてよく見えない。甘ったるい匂いは先ほどより強くなっている。
 魔物はニールたちに背を向けるかたちで、どんどん歩いていく。何度か戦ったことのある、四つ足の野犬のような魔物だ。ニールたちに気づく気配はない。

「何だか変じゃない? ふらふらしてるっていうか……」

 エンディの言う通り、魔物の足元はおぼつかなかった。酒を大量に飲んだかのような足取りだが、歩みは止まらない。何かに誘われているようにも見える。

「ぶっ倒していいか?」

 やっと戦える機会が来たと、ギーランが身を乗り出す。

「いや待ってくれ、この先に何かがある」

 ニールたちは魔物から距離をとり、静かに後をつけた。甘い異臭はどんどん強くなっていく。魔物たちはこの臭いにつられているのだろうか。
 その時、暗闇から長い触手のような何かが飛び出してきて魔物の一匹を捕らえると、あっと言う間に引っ込んだ。

「今の何!?」

 驚いたフランシエルが声をあげた瞬間、残された魔物が我に返ったかのように飛びあがった。体を反転させ逃げ出そうとしたその体は、再び現れた触手につかまれ闇の中に消えた。

「……嫌な予感しかしませんが」

 ルメリオが呟く。
 やがて、ずるずると何かが這うような音とともに、潜んでいたものが通路の奥から現れた。
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