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二章 騎士団と自警団
20話 恋は盲目?
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「……へ?」
間抜けな声がニールの口から漏れた。ニール以外も誰ひとりとして、彼女の言ったことを一度で理解できていないようだった。
「わたくし、明日には王都から船に乗って、別の国へ行く予定にしておりますわ。ギーにも一緒に来て頂きたいの。その後もずっと、わたくしのそばにいて欲しいのです」
ヴィヴィアンナは言葉を切り、小さく息を吸い込んだ。
「わたくしはギーのことを愛しておりますの、十一年前からずっと!」
それを聞いたゼレーナとルメリオが驚きのあまり椅子から落ちかけ、がたがたと音がなった。
「待ってください。失礼は承知で申し上げますがあなた趣味が悪すぎますよ。年の差が親子ほどもあるでしょうに!」
ゼレーナが早口でまくし立てた。
「ギーランは性根の腐った悪人とは言いませんけれど、恋人や伴侶にするには圧倒的に色々と足りてませんよ!?」
「ええそうですとも! それならば絶対に私の方が相応しいですよ」
「あなたは黙っててください話をややこしくしないで!」
ゼレーナがルメリオの脇腹を肘で小突く。イオが眉根を寄せた。
「十一年前からと言うが、五歳かそこらの子供に愛だの恋だのが理解できるとは思えない。別の感情とはき違えているんじゃないのか」
「いいえイオ、女性の成長というものは早いのですよ。五歳なら立派に恋ができるお年頃です……今回ばかりはにわかに信じがたい話ですが」
小突かれた脇腹を擦りながら、ルメリオが言った。
「……俺にはよく分からん。酒が混じっていれば泥水でもすすりそうな奴のどこが良いんだ」
「戦ってる時は、僕たちの中で一番落ち着きがないよね……。それでも十分強いからすごいんだけど」
「えっと、えっとー……おっさん、いびきがすげーうるさいぞ!」
アロンはとりあえずギーランの特徴を挙げればいいと思っているらしい。
それでも、ヴィヴィアンナの意思は揺らがなかった。
「ねえ、ちょっと気になったんだけど……」
フランシエルが口を開いた。
「ヴィヴィアンナはギーランのことが好きってことは、いつかは結婚できたらいいと思ってるんだよね? でも貴族の女の子って、結婚相手は舞踏会で見つけるって前に聞いたよ。そこ以外で出会った人とも結婚していいの?」
「それは……」
ルメリオが言葉を濁した。そんなことは無理だとニールにも分かる。貴族と身元もはっきりしない傭兵では、身分が違い過ぎる。
「お父さまが許してくださらないでしょう。ギーと一緒になるためには、わたくしが貴族でなくなる必要がありますわ」
「貴族ってやめられるものなの?」
「何もかもを捨てれば、やめられますわ。わたくしはこの身ひとつであの人についていく覚悟をしております。どこへだって行きますわ!」
「か、駆け落ちってこと……!?」
エンディが息を飲む。ゼレーナが呻き、眉間を指で押さえた。
「貴族でもましな部類かと思ってましたが、頭がお花畑ときましたか……」
「ヴィヴィアンナさん、貴女のお気持ちは分かりますが、そんなに簡単な話では……」
女性にはとことん甘いルメリオも、今回ばかりはさすがに苦い顔をしている。
「やだ、おれ、おっさんとさよならするの嫌だ!」
話の流れを理解したらしいアロンがニールにすがった。
「ニール、だめだって言ってくれよ!」
「ええっと……とりあえずみんな落ち着こう。ギーラン本人がいないところで、俺たちだけであれこれ言ってもどうしようもないよ」
ヴィヴィアンナの熱意はニールにも痛いほど伝わったが、ギーラン本人の気持ちも優先されるべきだ。
「……そもそも先ほどのギーランの態度を見るに、あなたはあんまり好かれてないんじゃないですかね」
「それは……そんなはずはない……と思いますけれど……」
ゼレーナの言葉を受けて、ヴィヴィアンナの勢いが少ししぼんだ。
「うん……それはない気がする」
ヴィヴィアンナの視線がニールへと向いた。
「なんていうかさ……ギーランは、他人との間に線を引いてるんだ。必要以上に関わりを持たないし、俺たちの名前だってちゃんと覚えてるかも怪しい」
ニール含め皆、ギーランが独自につけた本名にはまったくかすっていない通称で呼ばれている。アロンの相手をしている時は別にして、あまり談笑に参加したりはせず、戦闘中以外は意外と感情的になることも少ない。
「十一年間、二人は会ってなかったわけだろ? でもギーランは忘れてなかった。しかもさっきヴィヴィアンナのことは、『ヴィー』って呼んでたからさ。本当に嫌いだったり興味がなかったら、ギーランはそんなことしないと思う」
「もしかして、脈あり?」
エンディが言うと、ゼレーナが馬鹿馬鹿しいとため息をついた。
「……ということはつまり、ギーの気持ち次第ではお許し下さるということですわね?」
「そういうことになるな……」
彼が頼りになるのは事実だが、無理やり引き留めることはニールにはできない。
「やだやだ! っていうかおっさんは、おれたちと一緒にいるってぜったいに言うぞ!」
「ごめんなさい、坊や。わたくしもあの人のことが大好きなの」
「……あたし、ヴィヴィアンナのことを応援したいな」
フランシエルがぽつりと言った。
「本当に二人が結婚するのかとか、ヴィヴィアンナが貴族をやめるのかとか、そういうことはいったん置いといて……好きっていう気持ちはちゃんと伝えた方がいいって思うの。そうじゃなきゃ、やっぱり後悔しちゃうよ」
それを聞いてルメリオが頷く。ゼレーナは未だに苦い顔のままだ。
「……そうですね。向く先がどこであっても、乙女の恋心は蔑ろにされるべきではありません」
「問題は、その相手が戻ってこないってところですけれど」
その時、ばたんと音を立てて宿屋の入り口の扉が開いた。そこに立っていたのはギーランだ。
「おい、なんでそいつがまだいんだよ!」
ヴィヴィアンナの姿を見つけたギーランは、再び宿屋を出ようとする。ヴィヴィアンナが駆け寄り、彼の腕をつかんだ。
「ギーお願い、話を聞いて」
「何だよ、俺はもうてめえのお守りじゃねえって言ってんだろ!」
「ええ、その通りですわ。わたくしはもう大人です」
よく通る凜とした声で、ヴィヴィアンナは言った。
「ギー、わたくしはひとりの女として、貴方のことを愛しています。どうかわたくしと共に来てくださらないかしら。わたくしが貴方と一緒に行くのでも構いません。傭兵のお仕事を覚えますわ」
「は……?」
ギーランは凍り付いたままその場を動かなかった。その顔には動揺が見られる。
「わたくしには貴方が必要なの!」
彼の腕をしっかり両手で握ったまま、ヴィヴィアンナは告げた。
しばし沈黙が流れた。全員が固唾をのんで見守っている。
「……うるせえ」
喉の奥から絞り出されるような声だった。
「俺はお前なんざいらねえ! 俺には誰も必要じゃねえんだ!」
ギーランはヴィヴィアンナの手を振り払い、彼女を睨みつけた。
「二度と俺の前に現れるな」
「ギーラン」
低い声でルメリオが咎める。その瞬間、ヴィヴィアンナは弾かれたように走り出し、宿屋を飛び出した。
「ヴィヴィアンナさん! ……追いかけてきます」
「あたしも行く!」
ルメリオとフランシエルが後を追って駆け出す。
ギーランはそれ以上何も言わず苛立たしげに舌打ちをすると大股で部屋を突っ切り、さっさと二階へ上っていってしまった。
「おっさん……」
「……何で他人の痴話喧嘩に巻き込まれてるんですかね」
付き合いきれませんよ、とゼレーナがテーブルの上に頬杖をついた。
ニールは二階へ続く階段へと目をやった。なぜ怒鳴ってまでギーランはヴィヴィアンナを拒むのだろう。
「……もう少ししたら俺がギーランと話をするよ。フランたちが帰ってきたときのために誰か一人はここにいてくれないか。後の皆は、また見回りを頼む」
「エンディ、アロン、行くぞ」
イオが席を立った。
「うん分かった。行こう」
「ニール、おっさんのことたのむぞ」
ニールはアロンに向かい、しっかり頷いてみせた。
間抜けな声がニールの口から漏れた。ニール以外も誰ひとりとして、彼女の言ったことを一度で理解できていないようだった。
「わたくし、明日には王都から船に乗って、別の国へ行く予定にしておりますわ。ギーにも一緒に来て頂きたいの。その後もずっと、わたくしのそばにいて欲しいのです」
ヴィヴィアンナは言葉を切り、小さく息を吸い込んだ。
「わたくしはギーのことを愛しておりますの、十一年前からずっと!」
それを聞いたゼレーナとルメリオが驚きのあまり椅子から落ちかけ、がたがたと音がなった。
「待ってください。失礼は承知で申し上げますがあなた趣味が悪すぎますよ。年の差が親子ほどもあるでしょうに!」
ゼレーナが早口でまくし立てた。
「ギーランは性根の腐った悪人とは言いませんけれど、恋人や伴侶にするには圧倒的に色々と足りてませんよ!?」
「ええそうですとも! それならば絶対に私の方が相応しいですよ」
「あなたは黙っててください話をややこしくしないで!」
ゼレーナがルメリオの脇腹を肘で小突く。イオが眉根を寄せた。
「十一年前からと言うが、五歳かそこらの子供に愛だの恋だのが理解できるとは思えない。別の感情とはき違えているんじゃないのか」
「いいえイオ、女性の成長というものは早いのですよ。五歳なら立派に恋ができるお年頃です……今回ばかりはにわかに信じがたい話ですが」
小突かれた脇腹を擦りながら、ルメリオが言った。
「……俺にはよく分からん。酒が混じっていれば泥水でもすすりそうな奴のどこが良いんだ」
「戦ってる時は、僕たちの中で一番落ち着きがないよね……。それでも十分強いからすごいんだけど」
「えっと、えっとー……おっさん、いびきがすげーうるさいぞ!」
アロンはとりあえずギーランの特徴を挙げればいいと思っているらしい。
それでも、ヴィヴィアンナの意思は揺らがなかった。
「ねえ、ちょっと気になったんだけど……」
フランシエルが口を開いた。
「ヴィヴィアンナはギーランのことが好きってことは、いつかは結婚できたらいいと思ってるんだよね? でも貴族の女の子って、結婚相手は舞踏会で見つけるって前に聞いたよ。そこ以外で出会った人とも結婚していいの?」
「それは……」
ルメリオが言葉を濁した。そんなことは無理だとニールにも分かる。貴族と身元もはっきりしない傭兵では、身分が違い過ぎる。
「お父さまが許してくださらないでしょう。ギーと一緒になるためには、わたくしが貴族でなくなる必要がありますわ」
「貴族ってやめられるものなの?」
「何もかもを捨てれば、やめられますわ。わたくしはこの身ひとつであの人についていく覚悟をしております。どこへだって行きますわ!」
「か、駆け落ちってこと……!?」
エンディが息を飲む。ゼレーナが呻き、眉間を指で押さえた。
「貴族でもましな部類かと思ってましたが、頭がお花畑ときましたか……」
「ヴィヴィアンナさん、貴女のお気持ちは分かりますが、そんなに簡単な話では……」
女性にはとことん甘いルメリオも、今回ばかりはさすがに苦い顔をしている。
「やだ、おれ、おっさんとさよならするの嫌だ!」
話の流れを理解したらしいアロンがニールにすがった。
「ニール、だめだって言ってくれよ!」
「ええっと……とりあえずみんな落ち着こう。ギーラン本人がいないところで、俺たちだけであれこれ言ってもどうしようもないよ」
ヴィヴィアンナの熱意はニールにも痛いほど伝わったが、ギーラン本人の気持ちも優先されるべきだ。
「……そもそも先ほどのギーランの態度を見るに、あなたはあんまり好かれてないんじゃないですかね」
「それは……そんなはずはない……と思いますけれど……」
ゼレーナの言葉を受けて、ヴィヴィアンナの勢いが少ししぼんだ。
「うん……それはない気がする」
ヴィヴィアンナの視線がニールへと向いた。
「なんていうかさ……ギーランは、他人との間に線を引いてるんだ。必要以上に関わりを持たないし、俺たちの名前だってちゃんと覚えてるかも怪しい」
ニール含め皆、ギーランが独自につけた本名にはまったくかすっていない通称で呼ばれている。アロンの相手をしている時は別にして、あまり談笑に参加したりはせず、戦闘中以外は意外と感情的になることも少ない。
「十一年間、二人は会ってなかったわけだろ? でもギーランは忘れてなかった。しかもさっきヴィヴィアンナのことは、『ヴィー』って呼んでたからさ。本当に嫌いだったり興味がなかったら、ギーランはそんなことしないと思う」
「もしかして、脈あり?」
エンディが言うと、ゼレーナが馬鹿馬鹿しいとため息をついた。
「……ということはつまり、ギーの気持ち次第ではお許し下さるということですわね?」
「そういうことになるな……」
彼が頼りになるのは事実だが、無理やり引き留めることはニールにはできない。
「やだやだ! っていうかおっさんは、おれたちと一緒にいるってぜったいに言うぞ!」
「ごめんなさい、坊や。わたくしもあの人のことが大好きなの」
「……あたし、ヴィヴィアンナのことを応援したいな」
フランシエルがぽつりと言った。
「本当に二人が結婚するのかとか、ヴィヴィアンナが貴族をやめるのかとか、そういうことはいったん置いといて……好きっていう気持ちはちゃんと伝えた方がいいって思うの。そうじゃなきゃ、やっぱり後悔しちゃうよ」
それを聞いてルメリオが頷く。ゼレーナは未だに苦い顔のままだ。
「……そうですね。向く先がどこであっても、乙女の恋心は蔑ろにされるべきではありません」
「問題は、その相手が戻ってこないってところですけれど」
その時、ばたんと音を立てて宿屋の入り口の扉が開いた。そこに立っていたのはギーランだ。
「おい、なんでそいつがまだいんだよ!」
ヴィヴィアンナの姿を見つけたギーランは、再び宿屋を出ようとする。ヴィヴィアンナが駆け寄り、彼の腕をつかんだ。
「ギーお願い、話を聞いて」
「何だよ、俺はもうてめえのお守りじゃねえって言ってんだろ!」
「ええ、その通りですわ。わたくしはもう大人です」
よく通る凜とした声で、ヴィヴィアンナは言った。
「ギー、わたくしはひとりの女として、貴方のことを愛しています。どうかわたくしと共に来てくださらないかしら。わたくしが貴方と一緒に行くのでも構いません。傭兵のお仕事を覚えますわ」
「は……?」
ギーランは凍り付いたままその場を動かなかった。その顔には動揺が見られる。
「わたくしには貴方が必要なの!」
彼の腕をしっかり両手で握ったまま、ヴィヴィアンナは告げた。
しばし沈黙が流れた。全員が固唾をのんで見守っている。
「……うるせえ」
喉の奥から絞り出されるような声だった。
「俺はお前なんざいらねえ! 俺には誰も必要じゃねえんだ!」
ギーランはヴィヴィアンナの手を振り払い、彼女を睨みつけた。
「二度と俺の前に現れるな」
「ギーラン」
低い声でルメリオが咎める。その瞬間、ヴィヴィアンナは弾かれたように走り出し、宿屋を飛び出した。
「ヴィヴィアンナさん! ……追いかけてきます」
「あたしも行く!」
ルメリオとフランシエルが後を追って駆け出す。
ギーランはそれ以上何も言わず苛立たしげに舌打ちをすると大股で部屋を突っ切り、さっさと二階へ上っていってしまった。
「おっさん……」
「……何で他人の痴話喧嘩に巻き込まれてるんですかね」
付き合いきれませんよ、とゼレーナがテーブルの上に頬杖をついた。
ニールは二階へ続く階段へと目をやった。なぜ怒鳴ってまでギーランはヴィヴィアンナを拒むのだろう。
「……もう少ししたら俺がギーランと話をするよ。フランたちが帰ってきたときのために誰か一人はここにいてくれないか。後の皆は、また見回りを頼む」
「エンディ、アロン、行くぞ」
イオが席を立った。
「うん分かった。行こう」
「ニール、おっさんのことたのむぞ」
ニールはアロンに向かい、しっかり頷いてみせた。
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