ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける

花乃 なたね

文字の大きさ
59 / 90
二章 騎士団と自警団

37話 太陽は輝き、月は微笑む

しおりを挟む
 全身を駆け巡る血が熱く煮えたぎっているような感覚に身を任せ、イオは無心で体を動かした。
 イオが故郷を飛び出して一年も経っていないが、ソルの腕は記憶にあるより更に上がっている。だがイオとて決して引けを取らない。どちらも相手に決定的な一撃を与えられないまま時間だけが過ぎていく。
 後ろに飛び退いたイオを追うようにソルが輪刀の一つを投げつける。イオに避けられたそれは意思を持っているかのように弧を描いて持ち主の手に戻った。
 イオの全身から汗が吹き出す。これほどまでに緊迫した戦いは故郷を捨てて以来だ。手にした曲刀の切っ先がソルの服の袖に掠り破れた。
 負けられない、負けたくないと心が叫ぶ。だが同時にイオの脳内は高揚感で満たされていた。
 イオが刃の民として生きていたあの頃、いつの間にか当たり前になっていたソルとの日常。成長するにつれ家を背負う者としての重責に支配され、忘れてしまっていた感覚。
 本当は楽しかった。血を吐くような辛い修行の中でソルと手合わせをしている時間は、全てから解き放たれたような気がしていた。なかなか超えることができない壁に何度も立ち向かう時、生きている実感を得られた。才能に恵まれたソルはイオにとって羨望と嫉妬の対象だったが、彼と刃を交える時のイオは誰よりも自由だった。
 一層甲高い音を立てて、二人の武器がかち合う。イオの腕が震えた。
 二人同時に後ろへ軽く跳躍し、得物を構えたまま睨み合った。

「……どうした、来ないのか」
「……はは、君の方こそ」

 ソルが口元に笑みを浮かべる。だが輪刀を前に突き出したまま彼は動かなかった。

「先に動いた方の勝ちだ」

 額に汗を伝わせながらイオは静かに言った。もう体力は限界だ。あと一手、相手に動かれればそれを止める力は残っていない。

「そうだね」

 荒い呼吸と共に肩を上下させながらソルが答える。
 流れる沈黙。吹き抜ける一陣の風――そしてイオとソルの体は、同時に地面にくずおれた。
 
「……また勝てなかった」

 仰向けになったソルがつぶやく。その声には怒りや悔しさではなく満足感がにじみ出ていた。

「いっつもそうだ。君には勝てないんだよ、イオ」
「……俺も、お前には勝てない」

 同じく地面に寝転がり天を仰ぐイオの視界を、一面の澄み渡る空が独り占めしている。

「ずっとお前が羨ましかった。俺にないものをお前は全部持っているから。どれほど努力しても、お前を追い越すことができなかった」

 身体能力だけではない。他人のため己の命を危険にさらすこともいとわない心の強さ、そして自分の力を鼻にかけず、閉鎖的な世界に生まれ育ってなお自由な心を持ち続けられること――それらを持つソルは、イオにとってはずっと眩しい太陽のようだった。
 あはは、と笑う声がイオの耳に届いた。

「僕だってずーっとイオが羨ましかった。何があっても動じなくて、一つの目標に向かって頑張り続けられる君のことが。刃の民であることにしっかり誇りを持ててる君は本当にすごいと思ってた」

 二人して静かに呼吸を整える。鼓動が段々と平常時の速さに戻っていくのを見計らい、イオは再び口を開いた。

「……ソル」
「分かってるよ。僕たちのところに戻るつもりはないんだろ?」

 イオの言葉を遮ったソルが続ける。

「さっき、君のことを色々と聞いたよ。イオはもう大事な場所を見つけてる。今の君を大切にしてくれる人たちがあんなにたくさんいるんだ。これからも彼らの力になってあげるべきだよ」

 その口調は徐々に寂しさを帯びたものに変わり出す。

「あーあ。やっぱり君が羨ましいなぁ。イオ」
「……ソル、無責任に聞こえるかもしれないが、お前なら絶対に何でもできる。刃の民の生き方を今よりもっといい方に、お前なら変えられる」

 研ぎ澄まされた刃として生きる運命を背負っていても、必要以上に苦しめられることのないような新しいやり方をつくる――それは決して簡単なことではない。だがソルはいつかきっと、すべての刃の民たちの太陽になれる。イオは確信していた。

「……一人は不安だけど、君が言うならそうなんだろうね。イオは、誰よりも僕のことをちゃんと見てくれていたから」

 二人は住む世界を違えた。ソルとこうして刃を交える機会はもう訪れないだろう。勝敗をつけることはできなかったが、全力を出して戦いきったイオに悔いはなかった。
 土を踏む足音が近づいてくる。その次にはニールの姿がイオの視界を覆った。

「イオ、大丈夫か?」

 イオの顔を覗き込むニールが、心配そうに手を差し伸べてくる。イオはその手を取らずに自力で身を起こした。

「すまない。疲れて動けなかっただけだ」

 戦いの果て、いくつか擦り傷や切り傷はあるが大したものではない。
 ソルも上半身を起こしていた。その隣にルメリオが片膝をつき、杖をソルの体にかざす。癒しの魔法が彼を包んだ。

「わ、す、すごい……ありがとう」
「どういたしまして」

 続いてルメリオはイオの横へ来て同じように杖の先を向けた。

「俺はいい」
「今日くらいは大人しくなさい」

 ルメリオが諭すように言い魔力を使う。全身が温かい空気に包まれたかと思うと、傷はすべて綺麗に消えていた。

「……ありがとう」
「素直でよろしい」
「イオ、すごくすっきりした顔してるな」

 ニールがにこやかに言う。逃げたイオを彼が追って来なければ、この先もずっと濁った気持ちを抱えて生きていかなければならなかった。

「……ああ。楽しかった」

 イオはそう言って、ソルの方へ視線を移した。幼馴染も晴れやかな顔をしてしっかり頷いた。

***

 日が傾きかける頃、ニールたちはソルを見送るため彼と最初に出会った森の入り口を訪れた。

「せっかく会えたのにもうお別れだなんて……」

 肩を落とすフランシエルに、ソルは微笑みかけた。

「僕も残念だけれど……任務でもないのにあんまり長く家を空けると色々と厄介なんだ」

 彼が帰る刃の民の住処はどこにあるのか、ニールたちがそれを知ることはこの先もないだろう。

「ニール、それに他の皆も本当に色々とありがとう」
「俺たちも会えて嬉しかったよ、ソル」
「……今後は会うようなことがないといいんですけれど。あなた個人はさておき、あなたが属してる集団はまともじゃなさそうなので」

 ゼレーナの辛辣な言葉を聞き、ソルはあははと声を上げて笑った。

「そうだね、気を付けて。刃の民に出くわすとろくなことがないから」

 彼はそう言ってイオの方を見た。笑顔が寂し気な色をにじませる。

「……イオ、元気でね」
「……ああ」

 イオが返したのは一言だけだったが、ソルには十分だったようだ。最後にニールたちの姿をもう一度見渡してから、彼は地面を軽く蹴って森の奥へ吸い込まれるように消えて行った。

「すげー、消えちゃったぞ!」

 アロンがきょろきょろと見回したが、ソルの気配はもうどこにもない。彼が姿を消した森は再び静けさを取り戻している。
 その方向を黙ってじっと見つめるイオに、ニールは呼びかけた。

「イオ」
「……すまない。迷惑をかけた」
「気にするなよ。それより、ソルと一緒に行かなくて本当に良かったのか?」

 片目を失明し価値のない存在として扱われることに耐えられず、かつてのイオは故郷を飛び出した。ソルと和解したことで再び刃の民として生きる道も示されたのだが、彼はそれを断り故郷と決別することを決めた。

「ああ。俺が一度逃げたという事実は消えない。ソルのかせにはなりたくない」
「そっか……イオが納得してるんなら、それが一番だ」
「だが……俺は、これからもお前たちと共にいていいのか」

 彼らしからぬ言葉に、ニールは目を丸くした。最初にイオが自警団の一員になった際は、「気が変わるまで付き合う」という姿勢だった。それに彼はいつも孤独を優先するたちだ。

「えっ、それはもちろん。イオさえ良ければ俺たちの仲間でいて欲しいよ。皆もそう思うよな?」

 フランシエルが笑顔で頷く。
 
「うんうん、イオってあんまり喋らないけど頼りになるし!」
「刃の民の技術をこれからも近くで見られたら嬉しいな」

 エンディも目を輝かせる。反対する者は誰もいなかった。

「っていう訳だから、これからもよろしくな。イオ」
「ああ……よろしく」

 そう言ったイオの口角はほんの少しだけ――上がっていた。それを見たフランシエルとルメリオがあんぐりと口を開ける。いつも冷静なゼレーナも目をぱちくりさせた。

「イ、イオが笑った!?」
「……青い薔薇より貴重なものを見てしまったかもしれません」
「あなたの表情筋はとっくの昔に死んでいるものと思っていたんですが」

 ニールも驚きを隠せなかった。ざわつく一同を見たイオは決まり悪そうに顔を背け、ニールたちの間をすり抜けてすたすたと歩きだした。

「先に戻る」
「あ、待てよイオ! ごめんって!」

 親友が去っていった方を振り返らず歩みを止めないイオを、ニールたちは慌てて追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...