ごちゃ混ぜ自警団は八色の虹をかける

花乃 なたね

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三章 自警団と虹の石

13話 暗夜の逃避行

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 王城の隠し通路から外に出た自警団一行は、夜の闇に閉ざされた森の中をひたすらに進んでいた。道中でイオが材料を集めて松明たいまつを作り、ゼレーナがそれに火を灯す。目立ち過ぎないように明かりは二つだけで、持つ役目はニールとルメリオが担当した。
 ニールたちが脱獄したと知れば、エルトマイン公爵は追手を仕向けてくるかもしれない。逃亡先の手がかりを無くすため人の住む場所や街道を避けた道を選んでいるが、そうすると足場が悪くなる。
 それでも進むしかなかった。テオドールが言った通り夜が明けるまでの間に、できるだけ王都から距離を取らなければならない。
 どうしても歩幅を合わせられないアロンを、ギーランが背負う役目を引き受けていた。ニールは彼の隣に並んで歩いた。

「ギーラン、ごめんな。アロンのこと任せっきりで」
「構いやしねぇよ。いざとなったら坊主にも戦ってもらわにゃならねぇだろ」

 野盗や魔物にはまだ遭遇していないが、これからもそうとは限らない。ニールは頷き、おぶわれたアロンの方に顔を向けた。

「アロン、辛いけど少しの間だけ頑張ってくれ」

 大人に取り押さえられ牢に閉じ込められ、挙句こうして馴染みの場所を離れなければならない――九歳の少年が味わうにはあまりに過酷な道だが、アロンは泣くこともなく頷いた。

「うん、大丈夫だ。ニールもおっさんもいるし、相棒だって一緒だからな」

 アロンの背にはしっかりと大切なクロスボウが吊るされている。

「……でも、ちゃんとかえってこれたら一回だけでいいから父さんと母さんに会いたいな」
「ああ。必ず帰って、家族に元気な顔を見せような」

 アロンの頭を軽く撫で、次にニールはエンディの元へ向かった。松明に照らされて、フードの下に白い髪が光る。

「エンディ、体は大丈夫か?」

 彼はいつ命を落とすか分からない病に侵された身だ。覚悟を持って自警団の活動に身を投じてきたが、今は追われる立場になった不安とも戦わなければならない。

「大丈夫だよ。魔力さえあれば皆についていくことも難しくないから」

 エンディは魔力でものを動かす操作魔法の心得もある。その力を使えば身体能力もある程度上げることができるので、遅れる心配は今のところなさそうだった。

「一部の騎士はエルトマイン公爵の味方をしてるって話だったけど、父さんや兄さんは絶対に違う。今だってずっと頑張ってるんだ。僕だって強くいなきゃ」
「……そうだな。何かあったらすぐに教えてくれ」

 その時、一人で前方の様子を探りに行っていたイオが戻ってきた。

「魔物の気配はなかった。獣は火を恐れて近づいて来ないはずだ」
「そうか。できるだけ今の内に距離を稼いでおきたいな」

 イオは刃の民として身につけたあらゆる知識をつぎ込んでニールたちのために動いてくれている。彼がいなければどうなっていたか――考えただけでニールの背筋は凍った。

「イオ、言うのが遅くなった。お茶に毒が入ってるって見抜いてくれてありがとう」
「……必ず全員で生き延びるぞ」

 そう言って、イオは前を行く仲間たちを追い越して再び斥候せっこうに向かう。
 遅れている者がいないかとニールは後ろを振り返った。今、殿しんがりにいるのはフランシエルだ。ついて来てはいるものの、しきりに上を見て何かを気にするような仕草を見せている。
 ニールは彼女の元に歩み寄った。

「フラン、どうした? 大丈夫か?」

 フランシエルがはっとした様子でニールの顔を見た。

「あ、うん。大丈夫だよ!」

 ニールが持つ松明の明かりを受けて彼女の手元がはっきり見える。その手に、つやつやした流線形の何かが握られていた。

「それは……何だ?」
「えーと、お守りみたいなもの」

 そう言いながら、フランシエルは手にしていたものを懐にしまい込んだ。

「ごめん、あんまり皆と離れちゃいけないよね」
「あ、ああ」

 フランシエルが何を気にしているのか結局分からないままだったが、少なくとも危険や彼女自身の不調ではなさそうだ。ニールも余計な詮索はせず、彼女を促して前に進んだ。

***

 その後も一行は夜通し歩き続けた。見つけた湧き水で喉を潤す以外は立ち止まらず、互いに声をかけて励ましあいながら道なき道を行く。
 幸いにも魔物に出くわすことはなく、やがて朝日が昇った。背の高い木がまばらに生えた林に、鳥のさえずりが木霊こだまする。

「僕たち、どのくらい遠くまで来たのかな……」

 エンディが辺りを見回した。ここまで泣き言をこぼさず歩き続けていたが、声にはやはり疲れがにじんでいる。ニールが答えた。

「少なくとも、すぐには見つからないところまでは来てるはずだ」

 馬などは利用せず徒歩のため一晩で移動できる距離には限界があるが、足取りが追いづらい場所を選んで逃げ続けた。エルトマイン公爵が捕らえたはずの自警団がいないことに気づき追うように部下に命じたとしても、ニールたちの居場所を探し当てるまでには猶予があるはずだ。

「この辺りで少し休もう。そろそろ皆も限界のはずだ」
「あ、ちょっと待って!」

 フランシエルが声を上げた。全員の視線が彼女に向けられる。

「フラン?」
「ごめんね急に。でも、来てくれそうなの!」
「来るって何がだ?」

 フランシエルは答える代わりに、昨夜も手にしていた流線形の物体の先端を口にくわえて息を吹き込んだ。笛のような使い方だが音は鳴らない。
 上空を気にしながら、フランシエルは二度、三度とそれを繰り返した。しかし何かが起こる気配はない。意味があるとは思えない行動にニールも周りの仲間も困惑していた。

「フラン……」
「来た! あれを見て!」

 フランシエルが顔を輝かせ、空を指さす。つられてその方に顔を向けたニールの視線の先で、一つの大きな影が躍った。それは鳥のように翼をはためかせて飛んでいるが、ニールが見たことのない鳥だった。
 段々とそれが近づいてくると、とても大きな体躯をしていることが分かった。そしてその正体が鳥ではないことも。
 翼が風を起こし、土ぼこりと木の葉が宙に舞い上がる。ニールたちの元に降り立つと、それは褐色の翼をたたんだ。
 馬三頭分ほどの長さの体は、全身があかがね色のうろこで覆われている。四肢には鋭い爪が生え、太い尾は強く振れば並の木なら一撃で倒してしまいそうだ。その顔は蜥蜴とかげに似ているが子供なら一飲みにできそうな程に大きく、頭には灰白色の角を生やしている。

「これは……」

 絶句するニールたちをよそに、フランシエルは満面の笑みを浮かべてそれの真正面へ駆け寄った。

「ミィミィ、久しぶりだね!」

 フランシエルは巨大な生き物を恐れることなく、頭を抱きしめるようにしてその眉間に頬ずりをした。生き物はそれを受け金色の目を細めて喉を鳴らす。何十匹もの猫が一斉に喉を鳴らしたかのようだった。

「フラン、まさか、これって……」

 声を震わせるエンディに向かい、フランシエルは楽しそうに言った。

「あたしの友達の竜だよ! 名前はミィミィっていうの」

 竜――フランシエルは以前ニールに、竜人族は竜を飼い慣らし、その背に乗って空を飛ぶと話した。
 人間の国に暮らしていては絶対に見られないだろう存在を目の当たりにし、アロンがギーランの背から飛び降りて駆け寄る。エンディも吸い寄せられるかのようにそれに近づいていった。

「すげー! 竜だ、ほんものだ!」
「少しだけ、触ってもいい?」
「もちろんいいよ。ミィミィはとっても優しいから」

 体を撫でられても、ミィミィは少しも気に留めていないようだった。フランシエルの目を見ながら鼻を鳴らす。その息で彼女の前髪がふわりとなびいた。

「心配してくれてたんだね、大丈夫だよ。こんなに素敵な友達ができたの」

 それを聞いたミィミィはまた小さく喉を鳴らし、角の横に生えた小さな耳をぺたんと伏せた。フランシエルの言葉をある程度理解できているらしかった。
 突然現れた竜に未だ呆気にとられつつも、ニールは彼女に問うた。

「フラン、もしかして昨日の晩からずっと……その、ミィミィを呼んでいたのか?」
「そう! これは竜を呼ぶための笛なの。竜にしか聞こえない音が出るんだよ」

 フランシエルは先ほど息を吹き込んだ流線形のものを軽く掲げて左右に振って見せた。

「かなり遠くまで届くんだけど……それでもミィミィに聞こえるかどうか自信がなくて。だから近づいてくる気配がするまで黙ってたの。ごめんね」

 来てくれて良かったぁ、と言い、再び竜の頭を愛おしそうに撫でる。

「この子に乗ったら遠くまですぐ行けるの。だから安心できるんじゃないかなって」

 フランシエルの言う通り、空を飛べる竜なら道を塞ぐ障害物などの心配も必要ない。竜の飛ぶ速度がどれほどのものなのかニールにはよく分からなかったが、少なくとも人間の徒歩よりは速そうだ。

「ミィミィ、あたしたち実は今とっても困ってるの。ちょっと大変かもだけど、皆のこと背中に乗せてくれる?」

 同意するかのように、ミィミィはたたんでいた翼をばさりと開いた。
 その時、イオがふと空を見上げた。

「おい、あれもお前の竜か?」
「えっ?」

 フランシエルがきょとんとしながらイオが指し示す上空を見る。ミィミィと似た姿の生き物が空を滑るように飛んでいた。ニールたちに近づいてくるそれを見て、彼女は息を飲んだ。

「嘘……あれって」

 現れたもう一頭の竜はぐんぐん高度を下げ、空いている場所に降り立った。ミィミィより二回りほど大きな体で、鱗は青がかった緑色をしている。角もミィミィのそれより長かった。
 竜の頭には、馬を操るときに使う手綱と同じようなものがかけてある。それを握っていたのは一人の青年だった。彼はひらりと竜から降りると、冷たい眼差しでニールたちを見据えた。
 青年の頭には、二本の白い角が生えていた。
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