王様とお妃様は今日も蜜月中~世界でいちばん幸せなふたり~

花乃 なたね

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不思議なおまじないのお話

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※本編15話後のお話です。

***

 とある日の午後、ヴィオルが政務の合間をぬってエリーズの顔を見に来た。王妃の私室にあるソファに二人で座りくつろいでいると、ヴィオルは膝枕をねだる。妻の膝に頭を乗せて気持ちよさそうに目を細める姿は、一国の王というより大きな猫のようだ。

「早くあなたのお手伝いができるようになればいいのだけれど……」

 エリーズがつぶやくと、紫水晶の瞳が見上げてくる。

「今だって僕のために膝を貸してくれているじゃないか。こんなこと君以外には頼めないよ」
「それはそうだけれど……お仕事とはいえないもの」

 夫が喜んでくれるなら膝など一日じゅうでも差し出せるが、もっと彼の役に立ちたい。だがエリーズは数ヶ月前まではまつりごとや学問についてなど全く知らなかった身だ。対してヴィオルと彼の周りで働く人々は、幼い頃から一流の教育を受けて育っている。その差を埋めるのは一筋縄ではいかないことだろう。
 ならせめて、ささやかなヴィオルの望みだけでも叶えてやりたい。

「ヴィオル、今わたしに何かできることはある?」
「ううん、一緒にいてくれればそれでいい」

 ヴィオルはエリーズの膝に頭を乗せたまま仰向けになり、手を伸ばしてエリーズの頬に触れてきた。

「エリーズ、僕のことを考えてくれるのは嬉しいけれど、もっと自分に優しくなってよ。僕と出会うまでずっと他の誰かのために頑張ってきたんでしょう? やっと手に入れた自由じゃないか。リノンを伴ってさえいれば、どこに出かけてくれてもいいし」
「でも……」

 ヴィオルの方こそ朝から晩まで王国に尽くす身だ。それなのに彼を差し置いて自由を満喫していてもいいのだろうか――エリーズが思い悩んでいると、遠くで時を告げる鐘の鳴る音が聞こえた。

「……ああ、もう行かないと」

 ヴィオルが名残惜しそうに呟き身を起こす。

「また後でね。愛してるよ」
「わたしも」

 エリーズが応えると彼は微笑んで頬に口づけてきた。そして立ち上がり部屋を後にするその姿は、威厳ある国王のそれだった。

***

 数日後、エリーズはリノンと共に城下町の散策に繰り出していた。いつも賑やかな目抜き通りには貴族たちが御用達の服飾や菓子類を扱う店が並ぶ。そこを外れると様々な国から入ってきた珍しい品物を売る店が集まっている。それらの光景はエリーズの好奇心を刺激してやまないのと同時に、これほどまでに王国を栄えさせた夫の手腕に改めて尊敬の念を抱かせる。
 人々の声を遠くに感じる路地を歩いていたエリーズの目に、深緑色のカーテンで覆われた小屋のようなものが留まった。

「リノン、あそこにあるのはお店?」
「あれは……あの大きさだと占い小屋かな」
「占い?」
「エリーズはそういうの信じる? あたしの国では星の見え方とか、砂をテーブルの上に落としてできる模様で未来を視たりするんだよ」

 エリーズは驚いてリノンの顔をまじまじと見つめた。

「未来のことが分かるの?」
「もちろん確実なものじゃないけどね。まあ、悩み事がある時に占ってもらってヒントを貰うとか、そういう目的で使う人が多いかな」
「悩み事……」
「興味あるなら一回くらい経験しとく? ぼったくられそうならあたしが対処したげる」

 彼女の厚意に礼を述べ、エリーズは小屋へと近づいた。リノンが先にカーテンをめくる。小屋の中は薄暗く、二人で入ると狭く感じる。中央に据えられた円形のテーブルに置いてある小さなクッションの上に、丸い透明な玉が鎮座していた。テーブルの向こう側に座っているのは灰色のローブを着た小柄な人物だった。フードを深く被っており性別や年の頃が分からない。その人にリノンが問う。

「ここ、占いやってくれる場所で合ってます?」
「そうだよ」

 老女の声だった。しわがれてはいるが、はっきりと話す。

「用があるのはどっちだい」
「この子が占いして欲しいんだって」

 リノンがエリーズの肩に手を置く。老女が枯れ木のような手を伸ばし、テーブルの手前にある椅子を指さした。

「そこに座りな」

 エリーズはおずおずと椅子に腰かけ、透明な玉を挟んで老女と向かい合った。それでもなお彼女の顔はよく見えない。
 老女がわずかに首を動かし、エリーズの後ろに立つリノンに声をかけた。

「お友達は外で待っていな。客以外がいると気が散る」

 リノンはすぐには頷かなかった。彼女は近衛騎士としてエリーズの傍を離れるわけにはいかない。城下町とはいえ見ず知らずの人間と王妃を二人きりにするなど言語道断だ。

「悪いけど、そういうわけにはいかないんだよね。この子に何かあったら大変どころじゃないから」
「そのくらい見りゃ分かる。いいところのお嬢さんとお付きの用心棒だろう? あたしはそんな立場の人間に手を出すような馬鹿じゃないよ」

 なおもリノンは首を縦に振らない。もちろん彼女が正しいことは分かっているので、エリーズは老女に謝って席を立とうとした。王妃という立場をわきまえていない己に非があると思ってのことだった。
 そこで老女は小さく息をついた。

「どうしてもっていうなら、納得いくまで調べてもらって構わないよ」

 リノンは小屋の中をぐるりと見回し、四隅を渡り歩くようにしながら壁代わりのカーテンに触れて誰かが潜めそうなところがないかを念入りに確かめた。一周回って戻ってきたところで、彼女はエリーズに頷きかけた。

「大丈夫みたいだから外で待ってるね。何かあったら大声出して」

 リノンの姿が外に吸い込まれる。一瞬だけ眩しい光が差し込んだ後、小屋の中はまたすぐに薄暗くなった。エリーズと二人きりになったところで老女が口を開く。

「お友達を待たせちゃ悪いから手短に済まそうかね。何を占って欲しいんだい」
「あの……わたし、夫がいるのですけれど」

 エリーズは静かに切り出した。

「本当に素晴らしいひとなんです。とても忙しいはずなのにいつもわたしのことを気遣ってくれて、わたしにはもったいないくらいで……わたしも何か彼にしてあげたいのに、完璧すぎるからどうしたらいいか分からないんです」

 エリーズはそこで言葉を切り老女の出方をうかがったが、彼女から相槌はなかった。

「……何かいい案があれば、お聞きしたくて」
「やれやれ。惚気をわざわざ披露するためだけにこんなところまで来たってのかい?」

 ややとげのある物言いにエリーズは身をすくませた。行き過ぎた自慢にはならないよう注意したつもりだが、老女の神経を逆撫でしたらしい。

「あ、あの、嫌な思いをさせてしまったなら本当にごめんなさい。わたしはただ、しっかり夫を支えられるようになりたかっただけです」
「……まったく、調子の狂うお嬢様だね」

 老女が今度はため息混じりに言う。

「悪かったよ。うちに来るあんたと同じくらいの年の娘らはやれ『恋人の気持ちが分からない』だの『愛を示してくれない』だの、そんなことばかり言うもんだからね」
「まあ、そうなのですか……」

 確かに常日頃から人の不平不満を聞き続けるのは辛いものがあるだろう。

「今のままのあんたでいてくれりゃあ旦那も満足だろうとは思うけど、それじゃ納得できないんだね?」

 エリーズが頷くと、老女は「見かけによらず頑固だね」と言いながらテーブルの下に手を伸ばした。古ぼけた箱をテーブルの上に置いて開け、中を細い枝のような指でごそごそと探る。
 そして、指先でつまめるほどの小石を取り出した。蜂蜜を固めたかのような色合いだ。

「こいつをあげよう」

 老女は更に箱から小さな革袋を取ってその中に石を詰め、エリーズの前に置いた。

「まじないのかかった石だ」
「まじない……ですか?」
「この石を握ったまま、旦那の目を見る。そうするとその心の中の声が聞こえてくる。効果は一時間くらいだ」

 エリーズはぽかんとした。人の心の中を覗く――小さな石にそのような力があるなど到底考えられない。リノンが言っていた「ぼったくり」というものだろうか。

「お代は結構だ。王妃様から金をむしり取るなんてさすがのあたしでも無理だよ。ま、そのまじないに満足してくれたんなら周りに宣伝でもしといてくれ」
「あ、ありがとうございます……」

 エリーズは革袋を手にした。中に入っている石のごろごろした感覚が指に当たる。

「……それは貴重なまじないだ。あんたの望む答えが手に入らなかったとしても、二度目はないからね。そもそも人の心を覗こうなんて傲慢ごうまん極まりないことさ。あんたなら正しい使い方をすると信じて渡した。それを忘れるんじゃないよ」
「分かりました。本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げたエリーズに対し、老女はひらひらと手を振った。

「さ、もう行っとくれ。お友達を待たせてるだろ」

 再度、老女に礼を述べエリーズは小屋を出た。心配そうにしていたリノンに笑顔で何も危険なことはなかったと告げ、彼女と二人で帰路につく。
 その道で、エリーズの頭にふと疑問が浮かぶ。名乗っても素性を明かしてもいないのに、どうしてあの老女は自分のことを「王妃様」と呼んだのだろう。

***

 エリーズが城下町から帰って間もなく、ヴィオルから二人で会いたいと声がかかった。先ほど手に入れた、「人の心の声が聞こえる石」の効果を試す絶好の機会だ。
 手のひらに蜂蜜色の小石を忍ばせ、エリーズは高鳴る鼓動を感じながら、私室のソファで夫を待った。彼の本音が知れるのが楽しみな反面、不安もある。
 だがエリーズは小石を手放そうとはしなかった。もし聞こえてきたのが妻への不満だとしても全て受け入れるつもりだ。彼に相応しい妃でいるための努力なら惜しまない。
 部屋の扉が叩かれる。エリーズが返事をするとヴィオルが姿を現した。

「やあエリーズ、待たせてごめんね」
「いいえ、大丈夫よ」

 そう言いながらエリーズは小石を握った左手に力を込め、ヴィオルの目をしっかりと見た。

(ああ、なんて可愛い笑顔なんだろう)
「えっ!?」

 エリーズは思わず声を上げ、夫の顔を凝視した。今の言葉は彼の口から発せられたものではない。頭の中に直接響くような声だ。
 急に素っ頓狂とんきょうな声を出した妻を、ヴィオルも不思議に思ったらしかった。

「エリーズ? どうかした?」
(何か僕に変なところでもあるのかな。鏡はきちんと見てきたのに)

 間違いなかった。ヴィオルが話してからひと呼吸おいて、エリーズの頭の中に彼の声が流れこむ。
 これこそがヴィオルの心の声だ。

「あ、いいえ! 何でもないの」

 実はあなたの考えていることがわたしに筒抜けになっていて、などと言おうものならさすがのヴィオルも今までどおりにエリーズに接してくれなくなるだろう。
 エリーズは自分の右隣をヴィオルに示した。

「疲れているでしょう? どうぞ座って。お茶を淹れるわ」

 王妃付きの気が利く女官カイラが、夫婦の時間に水を差すことのないようにと二人分の茶の用意を置いていってくれていた。ポットには茶が冷めないよう、花模様の刺繍がされたカバーがかけてある。

「ありがとう、頂くよ」
(カイラは僕たちのことを本当によく分かっているな。エリーズに淹れてもらった方がずっと美味しく感じる)

 エリーズがカップに茶を注ぐ間も、ヴィオルの心の声は止まらない。

(綺麗な横顔だ。でも今キスしてお茶を零したら大変なことになる)

 その言葉でエリーズの手元は狂いかけたが、なんとか平静を装った。
 ほっと一息つき、いつものように他愛のない会話が始まる。

「ヴィオルは占いって信じる?」
「占いか……占星学なら少しだけかじったけれど、あまり信じない方かな」
(エリーズはそういう話が好きなのか。可愛い)

 頬にじんわりと熱を感じながらエリーズは話を続けた。

「占星学?」
「星の位置や動きで、物事の吉凶を占うやり方だよ」
(エリーズは睫毛まつげが長いなぁ。爪の先まで輝いていて綺麗だ)
「まあ、リノンも同じようなことを言っていたわ。リノンの国でも星を占いに使っていたそうよ。あと、砂をテーブルの上に落としてできる模様で未来を視ることもあったというの。すごく面白いと思うわ」
「そうだね。彼女らの文化は僕たちのとはぜんぜん違うから、学ぶことも多いよ」
(エリーズの声、透き通っていて心地いい。ずっと聞いていたい。好きだ)
「……あの、わたしも占星学を勉強してみたいわ」
「図書室に本が保管してあるよ。僕が読んだことのあるものを後で用意してもらうね」
(エリーズは本当に頑張り屋さんだ。こんなに素敵な女性が僕の妻だなんて未だに信じられない。奇跡みたいだな)

 直で頭に響く真っ直ぐな愛の言葉に、とうとうエリーズは会話を途切れさせてしまった。ヴィオルの心は妻を称えてばかりで、不満の「ふ」の字も出てこない。
 急に黙りこくって俯いたエリーズの顔を、ヴィオルが覗きこんでくる。

「エリーズ? なんだか顔が赤いよ。どうしたの?」
(何か気に障ることを言った? それとも僕の話がつまらないのか? いや、具合が悪いのかもしれない)

 エリーズは慌てて顔を上げた。医師でも呼ばれたら大事だ。

「だ、大丈夫よ。何ともないわ」
「でも耳まで真っ赤だ」
(やっぱり無理をし過ぎて体調を崩しているんだ、すぐに医者を)
「あ、あの、そうじゃなくて!」

 エリーズの必死な様子に、ヴィオルの心の声が止まる。

「その……あなたが傍にいるから、胸がどきどきしてしまって」

 何とか取り繕い、エリーズがほっと胸を撫でおろしたのもつかの間だった。

「はは、君は本当に可愛いなぁ」
(無理無理無理無理。可愛すぎる。今すぐ押し倒したい)

 穏やかな声とは反対に、ヴィオルの胸の中は広い場所を走り回る犬のような大騒ぎだ。

(いや待て待て。じっくり楽しめるほど時間はないし、まるで彼女の身体にしか興味がないみたいじゃないか。それにジギスに何て言われるか……)
「もっと君をどきどきさせたいな」

 エリーズを抱き寄せて優しく口づけを落としながらも、ヴィオルの葛藤は続く。

(エリーズ可愛い、愛してる。そういえばこの前に着ていた大きいリボンが胸に付いてる白い夜着、すごく似合っていたな。それから昨日つけていた香水、エリーズの魅力がいっそう引き立っていた。またつけてくれないかな。ああ駄目だ。本当に我慢できなくなりそうだ)

 その時、ノックの音が部屋に響いた。

「陛下、まもなくウェンデルトン侯とのお約束の時間です」

 近侍ジギスの声にヴィオルは夢から覚めざるを得なくなり、ふっと小さな息を吐いてエリーズから離れた。

「そろそろ行かないと。また今夜ね」
(もっと一緒にいたいのに。今日は早めに終われるといいんだけれど)
「……ええ。頑張ってね、ヴィオル」

 甘い言葉を浴び続けて頭をぼんやりさせながらもエリーズが応えると、ヴィオルは最後に妻の唇に己のそれを軽く重ねて部屋を後にした。
 残されたエリーズは左手を広げた。蜂蜜色の小石にかけられたまじないは本物だったのだ。だが、聞くことのできたヴィオルの本音はどれもエリーズを称えるものばかり。妻への不満や国王の苦しみといったものは何ひとつ探れなかった。
 それが彼の答えなのだ。エリーズの傍にいるときのヴィオルはたっぷりの幸福で満たされている。そのことが分かった今、エリーズには自分のすべきことが見えていた。
 エリーズはまじないの小石を渡してくれた老女に、心の中で厚く礼を述べた。

***

 その夜、エリーズは寝室で夫の帰りを待っていた。着ているのは胸元に大きなリボン飾りがついた白い絹の夜着だ。そして手首に昨日と同じ香水を仕込んだ。
 自分が願った通りのものを身に着けた妻の姿を見て、ヴィオルは何と言うだろう――エリーズがそわそわしていると、寝る支度を整えたヴィオルが寝室にやってきた。

「エリーズ、その恰好……」
「これ? 着心地がよくて気に入っているの。似合っていないかしら?」

 あくまでも偶然を装いエリーズが言うと、彼はぶんぶんとかぶりを振った。

「すごく似合ってる。綺麗だ」

 ヴィオルがエリーズの隣に腰を下ろす。エリーズの体から舞った香りが彼に届いたようだった。

「香水をつけてる?」
「ええ。いい香りで気持ちが落ち着くから」

 エリーズはそう言うと、ヴィオルの方へ体を寄せてぎゅっと抱き着いた。

「ヴィオル、会いたかったわ」

 昼間、ヴィオルの心の中を覗いたことでエリーズの彼を恋い慕う気持ちも増した。二人だけでいる間は、国王としての責務を忘れて体も心も妻だけで満たして欲しい。
 甘えるエリーズを抱きしめ返し、ヴィオルは切なげな吐息を漏らした。

「……エリーズ、今日はあんまり余裕がない。ひどくしてしまうかも」
「いいわよ」

 誘うように、エリーズは夫に口づける。

「どんなあなたでも愛しているの」

 もう彼の心の声を聞くことはできないが、考えていることは分かる。昼間せっかくの獲物を食べ損ねた獣の前にご馳走が現れて手招いてきたら――止まれるはずなどない。
 ヴィオルの熱い口づけを受けながら、エリーズは寝台に深く沈んだ。あとは嵐のように激しく、それでいて蜂蜜のように甘いよろこびに包まれるだけだ。

***

 ひたすらに夫を受け入れて、彼から教わった、よりたのしむための技をできる限り披露する健気な妻の姿にヴィオルは大喜びで事が終わった後も熱はなかなか冷めず、エリーズをしっかり抱きしめて己の唇が届くところ全てに口づけを落とす。
 エリーズも彼の腕の中で、甘やかな余韻に浸っていた。重い倦怠感はあれど、すっきりした達成感で胸が満たされている。

「エリーズ、頑張ってくれてありがとう」

 くったりとしたエリーズの体に自分のそれをぴったり寄り添わせ、ヴィオルがささやく。

「お返しがしたいな。何か欲しいものはある? 今の僕は最高に気分がいいから、おねだりされたら何でも君にあげるよ」

 エリーズは彼の方へ顔を向けた。

「……あなたに、ずっと幸せでいて欲しいの」

 エリーズが望むのものはこの先も変わらない。愛する夫のためなら火の上でも歩ける。だがもしも他にもう一つ願っても許されるなら――

「あとは、わたしのことをずっとずっと好きでいてくれたら、嬉しいわ」

 エリーズを見つめるヴィオルの紫水晶の瞳に揺れていた熱い炎が、慈しみの光へと変わる。彼が決してエリーズの身体だけを欲しているのではないことをその瞳が物語っていた。

「もちろんだよ。君が僕を嫌になっても、僕の気持ちはずっと変わらない」

 優しく髪を撫でられて、エリーズの眠気が限界に近づく。目蓋が落ちていく中、愛する夫の優しい声がした。

「おやすみエリーズ。僕の世界でいちばん素敵なお妃様」
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