続・恋の魔法にかかったら~女神と従士の幸せ蜜月~

花乃 なたね

文字の大きさ
2 / 26

2話 贈り物は新婚旅行

しおりを挟む
 今日は魔術師長と大魔術師たちが集まって、定例の会議が行われる日だった。
 滞りなく終わり、大魔術師たちがばらばらと席を立って会議室を出て行く。わたしも帰ろうとしたところで、声をかけられた。

「女神サマ、ちょい待ち」

 ランドルフ・バルザード――わたしとは年齢も、大魔術師になってからの期間も近い。貴族の生まれの男魔術師だ。

「ランドルフ、どうかした?」
「この後ヒマだろ? ちょいと付き合えよ」
「ええと……どうして?」

 彼にはわたしもディオンも助けてもらったことがあるし、態度こそ軽薄だが信頼のおける人物なのは確かだ。しかし、何かと多忙な彼がわざわざ誘ってきたとなると、何かよくないことかと身構えてしまう。
 わたしのいぶかしむ様子に、ランドルフははぁ、とわざとらしく大きなため息をついた。

「お前らに用があんの。俺様の屋敷で話すから、従士も呼んでちゃっちゃと表に出ろ」

 俺様を待たせるんじゃねえぞ、と言い、彼は一足先に大股で部屋を出て行った。一体何事なのかいまいち飲み込めないまま、とりあえずわたしは別の部屋で待機しているディオンのもとへ向かった。

***

 一人の魔術師に対し、従士として付く人は一人。もちろん大魔術師ランドルフの従士も一人だけだが、彼の家、バルザード侯爵邸には使用人がたくさんいる。
 馬車から降りたわたしとディオンは、使用人のひとりに恭しく出迎えられて客間に通された。染みひとつない真っ白なクロスがかけられたテーブルの上に、瞬く間にお茶とお菓子が運ばれてくる。
 紺色のベルベットが張られた長椅子に二人で並んで座り待っていると、大魔術師用の紺色のローブから、真紅の丈が長いジャケットに着替えたランドルフが入って来た。

「はあぁ。この格好じゃねえとどうも調子が出ねえ」

 ぶつぶつと言い、わたしたちの向かいの長椅子の真ん中にどっかりと腰を下ろした。彼の分のお茶を用意した使用人が出て行くと、ランドルフは長い脚を組んで背もたれに体を預けた。

「お二人さんに集まってもらったのは他でもねえ」

 一体、何の話をされるのだろう。背筋を伸ばしたわたしを気にせず、彼はだらけた姿勢のまま続けた。

「『カーネリアス公国』って聞いたことあるか?」

 どこかで聞いたような、ないような。わたしより先に答えたのはディオンだった。

「保養地として有名なカーネリアス公国か?」

 当たり、とランドルフが良い、両手の人差し指をぴしっとディオンに突き付けた。

「さすが、できる従士サマは違うぜ」
「……あ、わたしも聞いたことあるわ」

 そういえば、数少ない友達で貴族のプリシラが数年前にそんな名前のところに行って、お土産をくれたことがあった。

「どこにあるかまでは知らないけれど……」
「行く手段は海路しかない。ここからだと二、三日はかかるはずだ」

 しかし、とディオンが続けてランドルフに言う。

「ここだけではなくあらゆる国の王侯貴族が訪れる地だろう。俺たちとは縁遠い場所に思うが」
「別にお偉方でなけりゃ行けない場所だってわけじゃねえ。ただ、あちらさんが滞在する奴らの人数をしっかり管理してるから金持ちが優先されるってだけの話だ。んで、本題はこっから」

 組んだ脚をほどき、ランドルフは軽く身を乗り出した。

「この前……っつっても半年以上も前だが、女神サマが一人で魔物とやり合って勝った時があったろ?」

 五十年ほど前に王国に現れ、当時の大魔術師が取り逃がした魔物が再び姿を見せて、小さな町を襲った事件があった。そこにわたしが向かい、何とか単身で倒したのだ。

「その件や他もろもろを含めて、我らが国王サマは氷晶の女神のことを高く買ってる」
「そんな……おそれ多いわ」

 大魔術師といえど、陛下に直接謁見する機会はそうそう無い。大魔術師になったばかりの頃に直接ご挨拶をしたことはあるが、その後は遠目からそのお姿を何度か拝見したことがある程度だ。

「そんな女神サマが結婚したって聞いて、ご褒美やら祝いを兼ねて、国王サマがお前らのカーネリアス公国行きをお許しになったってわけだ。行き帰りに使う日も入れてたっぷり十七日、向こうで使う宿も手配済みときた。俺様も何度か行ったことあるが、まぁそれなりに良いところだぜ」
「ちょ、ちょっと待って!?」

 展開が急すぎてついていけない。ディオンも驚きを隠せていないようだった。

「わたしとディオンが揃って十七日も王国を離れるってことでしょう? その間、わたしの仕事はどうなるの?」

 病気でもないのにそんなに長く休むなんて、わたしの魔術師人生の中で初めてのことだ。大魔術師という立場上、わたしにだって色々とやることはある。

「はぁー。相変わらずクソ真面目だな」

 ランドルフは頭の後ろを雑にかいた。

「お前らが結婚するってなった時に魔術師長の婆さんも他の大魔術師共も、何の祝いもよこさなかったろ?」

 今でこそわたしたちは幸せ生活を満喫中だが、そこに至るまでの道のりにまったく障害がなかったかといえばそうではない。魔術師と従士が結婚するというのも前例がないことだったので大手を振って公表はせず、誓いの場に立ち会ってもらったのはランドルフとプリシラだけだ。それについて別に未練はない。

「あいつらも頭は固ぇが薄情者ってわけじゃない。お前らのために何かできねえかとは一応考えてたらしい」

 ……公ではない場にせよ、魔術師長と他の大魔術師を「あいつら」と括れるのなんてランドルフくらいのものだ。

「だからお前らがいない間は、他の大魔術師たちでその分の仕事くらいは仲良く分けようって流れになったってわけだ。もちろん、だぜ」

 つまり陛下と魔術師協会、両方からのご厚意ということになる。

「事情は分かったけれど……それで本当にいいの?」
「お前なぁ……。国王陛下サマと大魔術師一同、それにこの俺様がここまでお膳立てしてるんだぜ? 断ったらどうなるか、女神サマには分からんとしても、できる従士サマなら分かるよなぁ?」

 ディオンは戸惑いつつ、ああ、と頷いた。

「そんな不敬はできるはずもない」
「よろしい。出発は二週間後だ。いわゆる新婚旅行ってやつだし、まぁせいぜい二人仲良く過ごせよ」

 ……こうして、わたしたちの突然の新婚旅行行きが決まった。

***

 二十六年間生きてきて初めての旅行――出発の一週間前になって、ようやく実感が湧いてきた。
 一生行くことのなかったであろう場所を訪れることができるのも楽しみだが、何よりディオンとその間、ただの夫婦として過ごせることが何より嬉しい。仕事中でもふとした時に頬が緩み、慌てて気を取り直すのが続いている。
 プリシラに会う機会があったのでカーネリアス公国にディオンと二人で行くことになったと伝えると、それは良かったと喜んで色々と教えてくれた。年中暖かいところで、今の時期なら昼間はそれなりに暑く感じるらしい。
 準備を進めるのは日中の仕事を終えて夜になってからだが、大変だとは感じない。むしろ高揚感に包まれている。

「夏用のよそ行きの服をもう一着買いに行ったほうがよさそうだわ」
「なら、明日の午後にしよう。予定に空きがある」

 ディオンも仕事の合間を縫って、てきぱきと準備を進めてくれている。けれどあまり表立って嬉しそうな様子を見せてくれないのが気になるところだ……もしかしてあまり気が進まないのかしら。

「日中は薄着でも構わないが、羽織るものも必要だな」
「そうね、夜になると冷えることもあるみたいだし」
「それもあるが……」

 ディオンが不意に、わたしのうなじを指ですっとなぞった。

「ひゃっ! な、なに……?」
「俺がこの白い肌に悪戯をしてしまったら、隠すものがいるだろう?」

 真顔でなんてことを……。
 一体何をされるのか――具体的に想像できてしまうくらいには、わたしは彼に染め上げられてしまっている。

「もう……恥ずかしいわ」
「すまない。どうやら俺は相当浮かれているらしい」

 ディオンの綺麗な緑色の瞳の奥で、妖しい光が揺らめいたような気がした。どうやら、わたしの心配は杞憂のようだ。
 ……表に出さないだけで、彼もわたしと同じくらい、いや、それ以上にこの旅に胸を躍らせている。

***
ゆるっと人物紹介③ ランドルフ・バルザード
大魔術師、王家とも近しい間柄のバルザード侯爵家嫡子、二足のわらじを履いた青年。派手好きで口調も態度も偉そうだが、魔術師としての力量は十分で頭も回る。あとモテる。直接的に表すことはないが、セシーリャとディオンのことは気の置けない友人として好意的に見ている。
残念ながら(?)今回、出番はこの話限り
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

処理中です...