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2話 贈り物は新婚旅行
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今日は魔術師長と大魔術師たちが集まって、定例の会議が行われる日だった。
滞りなく終わり、大魔術師たちがばらばらと席を立って会議室を出て行く。わたしも帰ろうとしたところで、声をかけられた。
「女神サマ、ちょい待ち」
ランドルフ・バルザード――わたしとは年齢も、大魔術師になってからの期間も近い。貴族の生まれの男魔術師だ。
「ランドルフ、どうかした?」
「この後ヒマだろ? ちょいと付き合えよ」
「ええと……どうして?」
彼にはわたしもディオンも助けてもらったことがあるし、態度こそ軽薄だが信頼のおける人物なのは確かだ。しかし、何かと多忙な彼がわざわざ誘ってきたとなると、何かよくないことかと身構えてしまう。
わたしの訝しむ様子に、ランドルフははぁ、とわざとらしく大きなため息をついた。
「お前らに用があんの。俺様の屋敷で話すから、従士も呼んでちゃっちゃと表に出ろ」
俺様を待たせるんじゃねえぞ、と言い、彼は一足先に大股で部屋を出て行った。一体何事なのかいまいち飲み込めないまま、とりあえずわたしは別の部屋で待機しているディオンのもとへ向かった。
***
一人の魔術師に対し、従士として付く人は一人。もちろん大魔術師ランドルフの従士も一人だけだが、彼の家、バルザード侯爵邸には使用人がたくさんいる。
馬車から降りたわたしとディオンは、使用人のひとりに恭しく出迎えられて客間に通された。染みひとつない真っ白なクロスがかけられたテーブルの上に、瞬く間にお茶とお菓子が運ばれてくる。
紺色のベルベットが張られた長椅子に二人で並んで座り待っていると、大魔術師用の紺色のローブから、真紅の丈が長いジャケットに着替えたランドルフが入って来た。
「はあぁ。この格好じゃねえとどうも調子が出ねえ」
ぶつぶつと言い、わたしたちの向かいの長椅子の真ん中にどっかりと腰を下ろした。彼の分のお茶を用意した使用人が出て行くと、ランドルフは長い脚を組んで背もたれに体を預けた。
「お二人さんに集まってもらったのは他でもねえ」
一体、何の話をされるのだろう。背筋を伸ばしたわたしを気にせず、彼はだらけた姿勢のまま続けた。
「『カーネリアス公国』って聞いたことあるか?」
どこかで聞いたような、ないような。わたしより先に答えたのはディオンだった。
「保養地として有名なカーネリアス公国か?」
当たり、とランドルフが良い、両手の人差し指をぴしっとディオンに突き付けた。
「さすが、できる従士サマは違うぜ」
「……あ、わたしも聞いたことあるわ」
そういえば、数少ない友達で貴族のプリシラが数年前にそんな名前のところに行って、お土産をくれたことがあった。
「どこにあるかまでは知らないけれど……」
「行く手段は海路しかない。ここからだと二、三日はかかるはずだ」
しかし、とディオンが続けてランドルフに言う。
「ここだけではなくあらゆる国の王侯貴族が訪れる地だろう。俺たちとは縁遠い場所に思うが」
「別にお偉方でなけりゃ行けない場所だってわけじゃねえ。ただ、あちらさんが滞在する奴らの人数をしっかり管理してるから金持ちが優先されるってだけの話だ。んで、本題はこっから」
組んだ脚をほどき、ランドルフは軽く身を乗り出した。
「この前……っつっても半年以上も前だが、女神サマが一人で魔物とやり合って勝った時があったろ?」
五十年ほど前に王国に現れ、当時の大魔術師が取り逃がした魔物が再び姿を見せて、小さな町を襲った事件があった。そこにわたしが向かい、何とか単身で倒したのだ。
「その件や他もろもろを含めて、我らが国王サマは氷晶の女神のことを高く買ってる」
「そんな……畏れ多いわ」
大魔術師といえど、陛下に直接謁見する機会はそうそう無い。大魔術師になったばかりの頃に直接ご挨拶をしたことはあるが、その後は遠目からそのお姿を何度か拝見したことがある程度だ。
「そんな女神サマが結婚したって聞いて、ご褒美やら祝いを兼ねて、国王サマがお前らのカーネリアス公国行きをお許しになったってわけだ。行き帰りに使う日も入れてたっぷり十七日、向こうで使う宿も手配済みときた。俺様も何度か行ったことあるが、まぁそれなりに良いところだぜ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
展開が急すぎてついていけない。ディオンも驚きを隠せていないようだった。
「わたしとディオンが揃って十七日も王国を離れるってことでしょう? その間、わたしの仕事はどうなるの?」
病気でもないのにそんなに長く休むなんて、わたしの魔術師人生の中で初めてのことだ。大魔術師という立場上、わたしにだって色々とやることはある。
「はぁー。相変わらずクソ真面目だな」
ランドルフは頭の後ろを雑にかいた。
「お前らが結婚するってなった時に魔術師長の婆さんも他の大魔術師共も、何の祝いもよこさなかったろ?」
今でこそわたしたちは幸せ生活を満喫中だが、そこに至るまでの道のりにまったく障害がなかったかといえばそうではない。魔術師と従士が結婚するというのも前例がないことだったので大手を振って公表はせず、誓いの場に立ち会ってもらったのはランドルフとプリシラだけだ。それについて別に未練はない。
「あいつらも頭は固ぇが薄情者ってわけじゃない。お前らのために何かできねえかとは一応考えてたらしい」
……公ではない場にせよ、魔術師長と他の大魔術師を「あいつら」と括れるのなんてランドルフくらいのものだ。
「だからお前らがいない間は、他の大魔術師たちでその分の仕事くらいは仲良く分けようって流れになったってわけだ。もちろん俺様も入れて、だぜ」
つまり陛下と魔術師協会、両方からのご厚意ということになる。
「事情は分かったけれど……それで本当にいいの?」
「お前なぁ……。国王陛下サマと大魔術師一同、それにこの俺様がここまでお膳立てしてるんだぜ? 断ったらどうなるか、女神サマには分からんとしても、できる従士サマなら分かるよなぁ?」
ディオンは戸惑いつつ、ああ、と頷いた。
「そんな不敬はできるはずもない」
「よろしい。出発は二週間後だ。いわゆる新婚旅行ってやつだし、まぁせいぜい二人仲良く過ごせよ」
……こうして、わたしたちの突然の新婚旅行行きが決まった。
***
二十六年間生きてきて初めての旅行――出発の一週間前になって、ようやく実感が湧いてきた。
一生行くことのなかったであろう場所を訪れることができるのも楽しみだが、何よりディオンとその間、ただの夫婦として過ごせることが何より嬉しい。仕事中でもふとした時に頬が緩み、慌てて気を取り直すのが続いている。
プリシラに会う機会があったのでカーネリアス公国にディオンと二人で行くことになったと伝えると、それは良かったと喜んで色々と教えてくれた。年中暖かいところで、今の時期なら昼間はそれなりに暑く感じるらしい。
準備を進めるのは日中の仕事を終えて夜になってからだが、大変だとは感じない。むしろ高揚感に包まれている。
「夏用のよそ行きの服をもう一着買いに行ったほうがよさそうだわ」
「なら、明日の午後にしよう。予定に空きがある」
ディオンも仕事の合間を縫って、てきぱきと準備を進めてくれている。けれどあまり表立って嬉しそうな様子を見せてくれないのが気になるところだ……もしかしてあまり気が進まないのかしら。
「日中は薄着でも構わないが、羽織るものも必要だな」
「そうね、夜になると冷えることもあるみたいだし」
「それもあるが……」
ディオンが不意に、わたしのうなじを指ですっとなぞった。
「ひゃっ! な、なに……?」
「俺がこの白い肌に悪戯をしてしまったら、隠すものがいるだろう?」
真顔でなんてことを……。
一体何をされるのか――具体的に想像できてしまうくらいには、わたしは彼に染め上げられてしまっている。
「もう……恥ずかしいわ」
「すまない。どうやら俺は相当浮かれているらしい」
ディオンの綺麗な緑色の瞳の奥で、妖しい光が揺らめいたような気がした。どうやら、わたしの心配は杞憂のようだ。
……表に出さないだけで、彼もわたしと同じくらい、いや、それ以上にこの旅に胸を躍らせている。
***
ゆるっと人物紹介③ ランドルフ・バルザード
大魔術師、王家とも近しい間柄のバルザード侯爵家嫡子、二足のわらじを履いた青年。派手好きで口調も態度も偉そうだが、魔術師としての力量は十分で頭も回る。あとモテる。直接的に表すことはないが、セシーリャとディオンのことは気の置けない友人として好意的に見ている。
残念ながら(?)今回、出番はこの話限り
滞りなく終わり、大魔術師たちがばらばらと席を立って会議室を出て行く。わたしも帰ろうとしたところで、声をかけられた。
「女神サマ、ちょい待ち」
ランドルフ・バルザード――わたしとは年齢も、大魔術師になってからの期間も近い。貴族の生まれの男魔術師だ。
「ランドルフ、どうかした?」
「この後ヒマだろ? ちょいと付き合えよ」
「ええと……どうして?」
彼にはわたしもディオンも助けてもらったことがあるし、態度こそ軽薄だが信頼のおける人物なのは確かだ。しかし、何かと多忙な彼がわざわざ誘ってきたとなると、何かよくないことかと身構えてしまう。
わたしの訝しむ様子に、ランドルフははぁ、とわざとらしく大きなため息をついた。
「お前らに用があんの。俺様の屋敷で話すから、従士も呼んでちゃっちゃと表に出ろ」
俺様を待たせるんじゃねえぞ、と言い、彼は一足先に大股で部屋を出て行った。一体何事なのかいまいち飲み込めないまま、とりあえずわたしは別の部屋で待機しているディオンのもとへ向かった。
***
一人の魔術師に対し、従士として付く人は一人。もちろん大魔術師ランドルフの従士も一人だけだが、彼の家、バルザード侯爵邸には使用人がたくさんいる。
馬車から降りたわたしとディオンは、使用人のひとりに恭しく出迎えられて客間に通された。染みひとつない真っ白なクロスがかけられたテーブルの上に、瞬く間にお茶とお菓子が運ばれてくる。
紺色のベルベットが張られた長椅子に二人で並んで座り待っていると、大魔術師用の紺色のローブから、真紅の丈が長いジャケットに着替えたランドルフが入って来た。
「はあぁ。この格好じゃねえとどうも調子が出ねえ」
ぶつぶつと言い、わたしたちの向かいの長椅子の真ん中にどっかりと腰を下ろした。彼の分のお茶を用意した使用人が出て行くと、ランドルフは長い脚を組んで背もたれに体を預けた。
「お二人さんに集まってもらったのは他でもねえ」
一体、何の話をされるのだろう。背筋を伸ばしたわたしを気にせず、彼はだらけた姿勢のまま続けた。
「『カーネリアス公国』って聞いたことあるか?」
どこかで聞いたような、ないような。わたしより先に答えたのはディオンだった。
「保養地として有名なカーネリアス公国か?」
当たり、とランドルフが良い、両手の人差し指をぴしっとディオンに突き付けた。
「さすが、できる従士サマは違うぜ」
「……あ、わたしも聞いたことあるわ」
そういえば、数少ない友達で貴族のプリシラが数年前にそんな名前のところに行って、お土産をくれたことがあった。
「どこにあるかまでは知らないけれど……」
「行く手段は海路しかない。ここからだと二、三日はかかるはずだ」
しかし、とディオンが続けてランドルフに言う。
「ここだけではなくあらゆる国の王侯貴族が訪れる地だろう。俺たちとは縁遠い場所に思うが」
「別にお偉方でなけりゃ行けない場所だってわけじゃねえ。ただ、あちらさんが滞在する奴らの人数をしっかり管理してるから金持ちが優先されるってだけの話だ。んで、本題はこっから」
組んだ脚をほどき、ランドルフは軽く身を乗り出した。
「この前……っつっても半年以上も前だが、女神サマが一人で魔物とやり合って勝った時があったろ?」
五十年ほど前に王国に現れ、当時の大魔術師が取り逃がした魔物が再び姿を見せて、小さな町を襲った事件があった。そこにわたしが向かい、何とか単身で倒したのだ。
「その件や他もろもろを含めて、我らが国王サマは氷晶の女神のことを高く買ってる」
「そんな……畏れ多いわ」
大魔術師といえど、陛下に直接謁見する機会はそうそう無い。大魔術師になったばかりの頃に直接ご挨拶をしたことはあるが、その後は遠目からそのお姿を何度か拝見したことがある程度だ。
「そんな女神サマが結婚したって聞いて、ご褒美やら祝いを兼ねて、国王サマがお前らのカーネリアス公国行きをお許しになったってわけだ。行き帰りに使う日も入れてたっぷり十七日、向こうで使う宿も手配済みときた。俺様も何度か行ったことあるが、まぁそれなりに良いところだぜ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
展開が急すぎてついていけない。ディオンも驚きを隠せていないようだった。
「わたしとディオンが揃って十七日も王国を離れるってことでしょう? その間、わたしの仕事はどうなるの?」
病気でもないのにそんなに長く休むなんて、わたしの魔術師人生の中で初めてのことだ。大魔術師という立場上、わたしにだって色々とやることはある。
「はぁー。相変わらずクソ真面目だな」
ランドルフは頭の後ろを雑にかいた。
「お前らが結婚するってなった時に魔術師長の婆さんも他の大魔術師共も、何の祝いもよこさなかったろ?」
今でこそわたしたちは幸せ生活を満喫中だが、そこに至るまでの道のりにまったく障害がなかったかといえばそうではない。魔術師と従士が結婚するというのも前例がないことだったので大手を振って公表はせず、誓いの場に立ち会ってもらったのはランドルフとプリシラだけだ。それについて別に未練はない。
「あいつらも頭は固ぇが薄情者ってわけじゃない。お前らのために何かできねえかとは一応考えてたらしい」
……公ではない場にせよ、魔術師長と他の大魔術師を「あいつら」と括れるのなんてランドルフくらいのものだ。
「だからお前らがいない間は、他の大魔術師たちでその分の仕事くらいは仲良く分けようって流れになったってわけだ。もちろん俺様も入れて、だぜ」
つまり陛下と魔術師協会、両方からのご厚意ということになる。
「事情は分かったけれど……それで本当にいいの?」
「お前なぁ……。国王陛下サマと大魔術師一同、それにこの俺様がここまでお膳立てしてるんだぜ? 断ったらどうなるか、女神サマには分からんとしても、できる従士サマなら分かるよなぁ?」
ディオンは戸惑いつつ、ああ、と頷いた。
「そんな不敬はできるはずもない」
「よろしい。出発は二週間後だ。いわゆる新婚旅行ってやつだし、まぁせいぜい二人仲良く過ごせよ」
……こうして、わたしたちの突然の新婚旅行行きが決まった。
***
二十六年間生きてきて初めての旅行――出発の一週間前になって、ようやく実感が湧いてきた。
一生行くことのなかったであろう場所を訪れることができるのも楽しみだが、何よりディオンとその間、ただの夫婦として過ごせることが何より嬉しい。仕事中でもふとした時に頬が緩み、慌てて気を取り直すのが続いている。
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「夏用のよそ行きの服をもう一着買いに行ったほうがよさそうだわ」
「なら、明日の午後にしよう。予定に空きがある」
ディオンも仕事の合間を縫って、てきぱきと準備を進めてくれている。けれどあまり表立って嬉しそうな様子を見せてくれないのが気になるところだ……もしかしてあまり気が進まないのかしら。
「日中は薄着でも構わないが、羽織るものも必要だな」
「そうね、夜になると冷えることもあるみたいだし」
「それもあるが……」
ディオンが不意に、わたしのうなじを指ですっとなぞった。
「ひゃっ! な、なに……?」
「俺がこの白い肌に悪戯をしてしまったら、隠すものがいるだろう?」
真顔でなんてことを……。
一体何をされるのか――具体的に想像できてしまうくらいには、わたしは彼に染め上げられてしまっている。
「もう……恥ずかしいわ」
「すまない。どうやら俺は相当浮かれているらしい」
ディオンの綺麗な緑色の瞳の奥で、妖しい光が揺らめいたような気がした。どうやら、わたしの心配は杞憂のようだ。
……表に出さないだけで、彼もわたしと同じくらい、いや、それ以上にこの旅に胸を躍らせている。
***
ゆるっと人物紹介③ ランドルフ・バルザード
大魔術師、王家とも近しい間柄のバルザード侯爵家嫡子、二足のわらじを履いた青年。派手好きで口調も態度も偉そうだが、魔術師としての力量は十分で頭も回る。あとモテる。直接的に表すことはないが、セシーリャとディオンのことは気の置けない友人として好意的に見ている。
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