5 / 26
5話 初めての海水浴
しおりを挟む
その後、キャリィとシャリィに着替えの手伝いだけでなく、海水に髪がどっぷり浸かるとよくないからと高い位置でまとめてもらったり、太陽の光から肌を守るクリームまで塗ってもらい、屋敷のエントランスで待つディオンのところへ向かった。わたしの上半身はまだ、薄手の上着で隠している。
ディオンはというと、上は先ほどと変わらないシャツと、膝丈の下衣という姿になっていた。下衣は鮮やかな青色で、裾に向かうにつれて色が濃くなっている。
男性の水着は、基本的には下衣だけらしい。確かに、上まで隠す必要はあまりない……かも。
パウエルさんに屋敷の裏口まで案内してもらい、その先は二人で外に出た。小さな門を通って歩いていくと、さっき食堂から見えた白い砂浜と青い海が目の前に広がった。他の誰かが来ることはない、わたしたちだけの秘密の場所。
岩陰に、貸してもらった小さい敷物を広げ、ディオンが自分のシャツを脱いでその上に置いた。彼の上半身が露わになる。
従士が大変な力仕事をする機会は少ないけれど、ディオンは昔からの習慣だという鍛錬を日々欠かしていない。厚い胸板と綺麗に割れた腹筋は何というか……とっても目に毒である。
その姿に釘付けになってしまったわたしを見て、彼はくすっと笑った。
「初めて見るものではないだろう?」
「そ、そうだけど……」
夜に寝室の薄明りの中で見るのと、昼間の太陽の下で見るのとではまた雰囲気が違って……って、何考えてるのよ、わたしの馬鹿!
今考えるべきではないあれやこれやを振り払い、勢いに任せてわたしも上着を脱いだ。今度はディオンがわたしに釘付けになる番だった。
「女性の水着というのは……そういうものなのか」
「な、何だかやっぱり変よね……こんな格好」
視線に耐えきれず、わたしは無防備なお腹を腕で覆い隠した。
「いや、隠さないでくれ」
彼がわたしの腕を軽くつかみ、お腹からどかせる。
「他の男に見られる恐れが少しでもあるなら、何がなんでも連れ戻して着替えさせるところだが……ああ、いいな。来てよかった」
どうやら気に入ってくれたようだ……キャリィ、シャリィ、ありがとう。
そのまま手を繋いで、一緒に波打ち際まで来た。船の上で波の音と潮の香りは経験したけれど、実際に触れるのは初めてだ。
透明な水が足首まで来て、すっと引いて、またやって来る。湖とは全然違う、不思議な感覚だ。
「気持ちいいわね」
「せっかくだ。水着の力を試してみるか」
もう少し深いところまで行こうという誘いだ。
わたしはゆらめく波間をじっと見つめた。海に入れると聞いたときは面白そうだと思ったが、実際に目の前にしてみると少し不安になる。足がつくところまでなら大丈夫だろうけれど、もし何かあったら……わたしは泳げない。
「怖いか?」
「少しだけ……」
「なら、こうしよう。掴まっていてくれ」
ディオンが腕を伸ばし、わたしの体を軽々と横抱きにする。そのまま、海に向かってざぶざぶと歩みを進めた。確かにこれなら、沈んだり溺れる心配はなくなる。
「いつも思うが、あなたは本当に軽いな」
「そんなことないと思うけれど……お昼もたくさん食べたし……」
さっきの昼食どころの話ではない。ディオンと暮らすようになってから我が家の台所はすっかり彼が預かっている上に、わたしの胃袋はがっちりと掴まれている。食べる量は今の方が絶対に増えているのだ。着る服の大きさを変えずに済んでいるのは奇跡に近い。
まあ、魔術師も何だかんだで体力勝負なのでそれなりに消費もしているとは思うけれど……。
「……少し減らすか……いや、それは……」
「えっ、なに?」
波の音に紛れて聞き取りづらかったのだけれど、ディオンはいや、と首を振った。
「気にしないでくれ。独り言だ」
そうこうしている間に、腰まで海水が来るところまでたどり着いた。しかし服を濡らしてしまった時の、重さや肌にまとわりつく感覚をほとんど感じない。
門外不出の技術で作られているという水着は、キャリィもシャリィも、パウエルさんですら素材や製法については知らないのだという。ほとんど魔法に近いような気さえしてくる。
わたしの体はずっとディオンに持ち上げられたままだ。
「ディオン、大丈夫? わたしったら何だか子供みたいね」
「構わない。あなたさえ辛くなければこのままでいさせてくれ。あなたが海の神に見初められて、攫われないようにしっかり捕まえていないと」
「もう……またおかしなこと言って」
わたしの趣味の舞台劇鑑賞に何度も付き合ってもらったせいで、変な影響を受けてしまったのかしら。でも芝居がかった言い回しも様になっているし、そんな彼にときめいてしまうわたしも大概だ。
ディオンの茶色がかった金の髪が、太陽の光に反射してきらきらと輝く。旅の間、ひたすらこの姿を見つめていても許されるなんて、それだけでも幸せ過ぎる。
初めての海を、さっそく二人の楽しい思い出にすることができた。
――この先は、どれほど素敵なことが待っているのかしら。
ディオンはというと、上は先ほどと変わらないシャツと、膝丈の下衣という姿になっていた。下衣は鮮やかな青色で、裾に向かうにつれて色が濃くなっている。
男性の水着は、基本的には下衣だけらしい。確かに、上まで隠す必要はあまりない……かも。
パウエルさんに屋敷の裏口まで案内してもらい、その先は二人で外に出た。小さな門を通って歩いていくと、さっき食堂から見えた白い砂浜と青い海が目の前に広がった。他の誰かが来ることはない、わたしたちだけの秘密の場所。
岩陰に、貸してもらった小さい敷物を広げ、ディオンが自分のシャツを脱いでその上に置いた。彼の上半身が露わになる。
従士が大変な力仕事をする機会は少ないけれど、ディオンは昔からの習慣だという鍛錬を日々欠かしていない。厚い胸板と綺麗に割れた腹筋は何というか……とっても目に毒である。
その姿に釘付けになってしまったわたしを見て、彼はくすっと笑った。
「初めて見るものではないだろう?」
「そ、そうだけど……」
夜に寝室の薄明りの中で見るのと、昼間の太陽の下で見るのとではまた雰囲気が違って……って、何考えてるのよ、わたしの馬鹿!
今考えるべきではないあれやこれやを振り払い、勢いに任せてわたしも上着を脱いだ。今度はディオンがわたしに釘付けになる番だった。
「女性の水着というのは……そういうものなのか」
「な、何だかやっぱり変よね……こんな格好」
視線に耐えきれず、わたしは無防備なお腹を腕で覆い隠した。
「いや、隠さないでくれ」
彼がわたしの腕を軽くつかみ、お腹からどかせる。
「他の男に見られる恐れが少しでもあるなら、何がなんでも連れ戻して着替えさせるところだが……ああ、いいな。来てよかった」
どうやら気に入ってくれたようだ……キャリィ、シャリィ、ありがとう。
そのまま手を繋いで、一緒に波打ち際まで来た。船の上で波の音と潮の香りは経験したけれど、実際に触れるのは初めてだ。
透明な水が足首まで来て、すっと引いて、またやって来る。湖とは全然違う、不思議な感覚だ。
「気持ちいいわね」
「せっかくだ。水着の力を試してみるか」
もう少し深いところまで行こうという誘いだ。
わたしはゆらめく波間をじっと見つめた。海に入れると聞いたときは面白そうだと思ったが、実際に目の前にしてみると少し不安になる。足がつくところまでなら大丈夫だろうけれど、もし何かあったら……わたしは泳げない。
「怖いか?」
「少しだけ……」
「なら、こうしよう。掴まっていてくれ」
ディオンが腕を伸ばし、わたしの体を軽々と横抱きにする。そのまま、海に向かってざぶざぶと歩みを進めた。確かにこれなら、沈んだり溺れる心配はなくなる。
「いつも思うが、あなたは本当に軽いな」
「そんなことないと思うけれど……お昼もたくさん食べたし……」
さっきの昼食どころの話ではない。ディオンと暮らすようになってから我が家の台所はすっかり彼が預かっている上に、わたしの胃袋はがっちりと掴まれている。食べる量は今の方が絶対に増えているのだ。着る服の大きさを変えずに済んでいるのは奇跡に近い。
まあ、魔術師も何だかんだで体力勝負なのでそれなりに消費もしているとは思うけれど……。
「……少し減らすか……いや、それは……」
「えっ、なに?」
波の音に紛れて聞き取りづらかったのだけれど、ディオンはいや、と首を振った。
「気にしないでくれ。独り言だ」
そうこうしている間に、腰まで海水が来るところまでたどり着いた。しかし服を濡らしてしまった時の、重さや肌にまとわりつく感覚をほとんど感じない。
門外不出の技術で作られているという水着は、キャリィもシャリィも、パウエルさんですら素材や製法については知らないのだという。ほとんど魔法に近いような気さえしてくる。
わたしの体はずっとディオンに持ち上げられたままだ。
「ディオン、大丈夫? わたしったら何だか子供みたいね」
「構わない。あなたさえ辛くなければこのままでいさせてくれ。あなたが海の神に見初められて、攫われないようにしっかり捕まえていないと」
「もう……またおかしなこと言って」
わたしの趣味の舞台劇鑑賞に何度も付き合ってもらったせいで、変な影響を受けてしまったのかしら。でも芝居がかった言い回しも様になっているし、そんな彼にときめいてしまうわたしも大概だ。
ディオンの茶色がかった金の髪が、太陽の光に反射してきらきらと輝く。旅の間、ひたすらこの姿を見つめていても許されるなんて、それだけでも幸せ過ぎる。
初めての海を、さっそく二人の楽しい思い出にすることができた。
――この先は、どれほど素敵なことが待っているのかしら。
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる