空読み姫の結婚

橘ハルシ

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15、消失

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 何も聞きたくない。何も知りたくない。

 私はもうヴィーの『唯一の花嫁』ではなくなるのだ。

 その事実が日が経つにつれて私の中に染み込んで心が壊れそうだった。

 だけど泣くわけにはいかない。だって私にはまだ、『空読み姫』の役割が残っているから。

 そう思うのに動けなくて、私は与えられた部屋の隅に蹲っていた。ここはヤルヴィと違って世話をしてくれる人がいる。私が動けなくても朝になれば部屋のカーテンが開けられ、食事が運ばれてくる。そして日が暮れれば明かりが灯され、深夜には消される。その繰り返しで日々が過ぎていく。

「・・・『空読み姫』様、少しでもお食べになってください。このままではお身体を壊してしまいます」

 ある日、心配そうに声を掛けられた私はのろのろと顔をあげた。目の前の彼女からは、どうしていいかわからない、でももう放っておけない、そんな気持ちが伝わってきてハッとした。

 そうだ、この人達にこれ以上迷惑をかけてはいけない。

「・・・ごめんなさい。食べます」

 私はこわばった身体を軋ませながら立ち上がった。その時、胸ポケットからポトリと何かがこぼれ落ちた。

 ヴィーに貰った花の種の入った巾着袋。

 それを目にした途端、私の頭の中にヤルヴィの風景が広がった。懐かしい、帰りたくてたまらない。私はそれを掴んで窓に駆け寄って、ヤルヴィの方角へ身を乗り出した。

 慌てた世話人が私の背にしがみついてくる。飛び降りたりするつもりはなかったけれど、振り払う気力もなくてズルリと床に引き下ろされながら遠いかの地に思いを馳せる。

 ヴィー、ティクルさん、お母さん、お父さん、カイさん、サッラ、リュリュ、センシオさん、村の皆さん、会いたい! ・・・会えない。

 ぎゅっと巾着袋を抱きしめた。目が熱くなるのを必死で抑える。

 泣いても何も変わらない。ここで泣くものか。ヤルヴィの皆にこの四年間でたくさんの愛情をもらって、私はたまらなく幸せだった。だから、愛する人達にもう会えなくても。

「私はここから加護で皆を守ります」

 そのことを強く強く考える。

 私はこれからこの国に生きる彼等のためにこの大地を富ませることを使命として生きていこう。二度と会えなくても、ヴィーが誰かと結婚してもその幸せを守るためにこの持てる力のすべてを捧げるのだ。

「お食事を頂きます」

 とりあえず、この弱った身体を健康に保つことから始めよう。

 私は部屋の中央にポツンと置かれたテーブルについて、スプーンを握った。私の状態に配慮してか、薄いスープが一皿のっている。もう冷え切っているけれど、ありがたく感謝していただいた。

■■

「ヤルヴィはこの週は雪雪雪曇り・・・。メッツァも同じ。今年の冬も雪かきが大変でしょうね」

 黙々と紙に来月の天気を書きつけていく。こうやってヴィー達のために天気を読めるのも後半年くらい。それが過ぎたら私はこの国全部、広い広い土地に加護を行き渡らせなくてはいけない。

 だけど私以外の『空読み姫』達も今まで通り各地にいると聞いたので、私は天気は読まず国全体へ薄く広く加護を送るだけでいいと説明を受けた。

 ・・・それって必要な存在なのかな? 

 心に浮いた疑問を口には出さず、窓の外を眺める。乾燥した風が綺麗に色付いた木の葉を巻き上げあちこちへ散らしている。
 芽吹きの季節にヤルヴィを出て、もうすぐ雪が降る。あの時はまさかこんなことになるとは思っていなかった。

 私は現在、城内の一角に与えられた部屋の周辺しか移動が許されず、軟禁状態だ。
 
 イェッセと話したいと何度も頼んだが、彼は今王位を継ぐための業務で忙しいとニコさんが気の毒そうな顔で断ってきた。まあ、ヤミという人が怒鳴りに来なかっただけいいのかも。

 きっとイェッセには遅くても戴冠式には会えるだろう。そして、私は気づいたのだ。生きていればアルヴィに会える機会があるかもしれないということに。一目、見るだけでもいい。私は今、その希望だけに縋って日々を消化している。


「ネイリッカ、お待たせ」

 ある日突然、イェッセが扉を開けて顔を出した。

「お久しぶりですね。王になろうというお方が、先触れもなくいらっしゃるとは思いませんでした」

 こちらから頼んだ時は来ず、彼の都合の良いときには突然やって来る。その身勝手さにちくりと嫌味を言えば、イェッセが目を丸くした。

「あれ? まだ怒ってるの?」
「まだとは何でしょうか? 私はずっと怒ってなどおりませんが?」

 本当に怒ってなどいない。絶望はしていたけれど。イェッセはどうして私が怒っていると思ったのだろう? まさか、私に怒られると思ったからここに来なかったの?!

「えっ?! 怒っていないの?」

 驚くイェッセに呆れてしまう。

「私が怒ってもアルヴィとの離婚がなくなるわけではないのでしょう?」
「・・・そうだね」
「では、怒るだけ無駄じゃないですか」
「君は、そういうふうに考えるのだね」

 頷いたイェッセは持っていた書類挟みから一枚の紙を取り出し、私の手に乗せた。

「それ、アルヴィとネイリッカの離婚通知書。戴冠式の日取りが決まったから、手続きした。もちろん、ヤルヴィにもそれを届けさせる」

 その言葉に衝撃が大きすぎて、立っていられず近くの椅子を引き寄せなんとか座る。

「で、こっちが僕と君の結婚通知書」

 もう一枚差し出されて、ぼんやりと目の前の彼を眺めた。

 ・・・ああ、私は遂にイェッセの『表の花嫁』になったのか。

 アルヴィと結婚した時も同じように紙一枚だったのに、なんであんなにドキドキワクワクしたのだろう。あの時は『表の花嫁』様と仲良くしなければ、と意気込んでいたのだけれど・・・あれ? 

 そこまで考えて頭の中に何かが掠めた。

 イェッセの『奥の花嫁』様・・・カティヤ様!

「イェッセ! 私はカティヤ様にご挨拶せねばなりません。これは『表の花嫁』様がおられる方に嫁いだ『空読み姫』の義務です。是非とも対面でお会いして・・・」
「残念だったね。カティヤは出産で身体が弱っているから当分メッツァにいるそうだよ。」

 目を細めたイェッセが冷たく言う。私はその言葉に飛び上がった。

「カティヤ様は無事ご出産されたのですか?!」
「母子共に無事で、男児だってさ」
「まあ! それはなんておめでたいことでしょ
う! 是非、カティヤ様に会ってお祝いを述べたいと思います」
「あのさ、カティヤに直接会っても君の立場は変わらないからね」

「そんなことは分かっています。私は今までカティヤ様にとても良くしていただきました。ですので、これからも宜しくお願いしますというご挨拶をしたい、ご出産のお祝いを言いたいというこの気持ちはごく当たり前の感情だと思うのですが」

 イェッセが顔をしかめた。私は彼を真っ直ぐ見つめる。

「ふーん、じゃ、カティヤがこっちに来たら挨拶すればいいよ。お祝いの言葉は先に手紙でも送れば?」
「・・・! 届けていただけるのですね?! 早速、お手紙を書きます!」
「・・・中身、点検するからね? 間違ってもアイツへの手紙や伝言入れないでよ」
「お父さん達にも駄目ですか? 何もお別れせずに来てしまったのに・・・」
「駄目。それよりも加護の範囲が変わるから私との契約をやり直してもらいにきたんだ」

 イェッセは急かすように二人の足元にバサッと大きな地図を広げた。ネイリッカはゆっくり立ち上がり、その前に立つ。

 ・・・これで、本当にヴィーとの繋がりがなくなってしまう。

 躊躇いを見透かされたように乱暴に手を握られ仕方なく契約の言葉を口にする。

 契約完了を示す光の柱が上がったものの、以前より随分と薄く頼りなかった。

「なんだか、前と違わない? 力が使えるか試してみて」

 不審げな表情になったイェッセ促されて、ネイリッカは地図を頭に描き加護を国中に行き渡らせようと試みた。

 一瞬だけ、ポスンッと何かの気配が彼女から出て、辺りは静まり返った。

「あれっ?! おかしいですね? もう一度、やってみます」

 ところが、何度繰り返しても同じだった。ネイリッカは焦ったように繰り返したが力は弱まるばかりで、ついにイェッセが癇癪を起こした。

「何をやっているんだ、戴冠式までにこの国全ての植物を活性化させて皆に君の能力を見せつけないといけないのに! そんなに私が嫌いなのか?!」

 イェッセに襟首を掴まれ揺すられながら、ネイリッカは呆然としていた。

 ・・・加護が、使えない? 私はヴィー達の役に立つことすら出来なくなったの?!
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