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第一章 イザベル 前編
4、父達の鼎談 前編
しおりを挟む翌日、城内のとある場所でギュンター・ヴェーザー伯爵は気合いを入れていた。
よし、行くぞ。
大きく深呼吸をしてからノックして扉を開く。
なんだか薄暗い部屋だな。
城内の執務室はどこも大きな窓があるので明るいはずなのに、そう思うのはこの部屋の主に対して良い思いを抱いてないからだろうか。
「失礼します、ヴィスワ伯爵。」
そう声を掛けながら奥の机へ視線を向ければ、そこに座る人物と目があった。
その初老の少々肥り気味の男は明らかに迷惑そうな顔をしていたが、今日はそんなことくらいで引き下がるわけにはいかない。
「ヴェーザー伯爵、何の用件だ?」
「昨日文書でお伝えした娘のイザベルと貴方の息子のゲラルト殿の件です。」
俺が来ることは分かってただろうが!と怒鳴りたいのをぐっと堪えて笑顔で答える。
執務机に座ったままのヴィスワ伯爵に近づき、五十過ぎの白髪が多くなっている頭を見下ろす。
・・・俺も白髪が増えてきたし、十年経たずこうなるのかなあ。
いや待て、それどころか禿げたらどうしよう。妻のアレクシアは『ハゲても愛してる』と言ってくれているが、娘達はどうだろう?
ハゲたお父様とは一緒にいたくない、なんて言われたら・・・!
突然、脳裏をよぎったその考えにうっかり打ちのめされて青ざめるギュンター。
そんなことを考えているとはつゆ知らぬヴィスワ伯爵は、急に無言になった大男から漂うえも言われぬ気迫に耐えられなかったようで、ガタンと乱暴に立ち上がった。
「ヴェーザー伯爵!婚約破棄はそちらから言い出したことだというのに、今更あんなゲラルトを貶めるような手紙を送ってきて、なんなんだね?!」
指を突きつけられ、言われた内容に首をひねるギュンター。
「何を仰っているのです?昨日ゲラルト殿がうちの娘に無理やり婚約破棄を迫るまで、こちらは何も知りませんでしたよ。」
ヴィスワ伯爵の目がこぼれそうなほど見開かれた。
「そんなはずはない!一ヶ月以上前にゲラルトが『イザベルに好きな相手が出来てしまったからお互い同意の元で解消する』と言ってそちらのサイン入りの婚約解消の書類を持ってきたんだからな。」
今度はギュンターの目が見開かれた。
一体何を言っているのだ、この人は。
「そんなはずはありません!何故、その時にうちに問い合わせてくれなかったのです?」
「ゲラルトが、『イザベルは悪くない。俺もアイツとは合わないと思ってたから解消したかったんだ。俺も結婚したい人が居るし。だから黙ってサインして欲しい。』と言うもんだから、つい。新しい相手が侯爵令嬢だったし。」
ギュンターは悪知恵の回る息子にいいように使われている父親を黙って見つめた。
末っ子で目に入れても痛くないほど溺愛していると噂で聞いていたが、これは酷いだろう。ゲラルトの言いなりじゃないか。
イザベルがいいと言うならとこの婚約を認めはしたが、一抹の不安はあった。・・・本当に、アイツが婿に来なくてよかった。
いい年をしたおじさんニ人が見つめ合い、沈黙が部屋に満ちる。
「ということは、一ヶ月前に提出されたヴェーザー伯爵家長女とヴィスワ伯爵家三男の婚約解消届けは偽造、ということになりますね?」
そこに降って湧いたように新たな男の声が入ってきた。
「変だと思ったんですよね、イザベル嬢の婚約解消手続きが終わったら、続けて直ぐに次の婚約を認可して欲しいと頼んだはずなのに、その日のうちに手続き完了書類が上がってきたから。」
数日はかかるはずだったのに。と続けられて驚いて扉の方を振り返ったニ人の目の先には、美麗な男が一人、立っていた。
「困ったな、イザベル嬢の次の婚約は昨日陛下の認可を受けちゃったんですよねえ。ギュンター殿さえよければ、この場で昨日の日付に書き直して通すこともできますけどどうします?ううん、文書偽造は重罪だから、やっぱりやった本人をきちんと罰しないといけませんかね。」
その男は口では困ったと言いつつ、顔には貼り付けたような万人向けの笑顔を湛えてニ人に近づいてきた。
ギュンターより少し低い背丈でスラリとした身体つきの、昨日の誰かを彷彿とさせる淡い金の髪と顔・・・。
「え?ハーフェルト公爵閣下が何故此処に?!」
隣のヴィスワ伯爵が声に出し、ギュンターは同じことを心の中で叫んだ。
「ノックしたのですが、返事がなくて大声で言い合う声が聞こえたので何事かと思って勝手に入ってしまいました。」
すみませんね、といいつつ全く悪いと思ってない顔のハーフェルト公爵。もちろん、イザベルの新婚約者パットの父である。
娘の新旧婚約者の父親と一室に会することになったギュンターは一瞬、気が遠くなった。
旧婚約者側のヴィスワ伯爵はそれなりに威厳のある頑固親父だと思っていたら実は子供の言いなりだし、ハーフェルト公爵に至っては城内では恐ろしい、の一言しかない。
一対一でも面倒なのに、なんでニ人同時なんだ。公爵閣下は特に今は帰ってくれたほうがありがたいんだけど・・・。
という、ギュンターの心の声が聞こえるわけもなく、ハーフェルト公爵はそのまま隣に来て二人の顔を交互に見てきた。
「お取り込み中、失礼いたします。私の話も今お二人が話されていたことと関係がありますので、このまま参加させていただいてもよろしいですか?ヴィスワ伯爵、ギュンター殿。」
「「ええ、もちろん。」」
公爵は尋ねる体で言っているものの、拒否はできないことを二人はわかっていた。
誰がこの貴族最高権力者の機嫌を損ねたいと思うだろうか。
それに加えてギュンターは、いつも仕事中は役職名か爵位で呼ぶはずの彼が、わざわざ自分だけを名前で呼んだことに背すじがゾッとした。
基本的に身内以外への情がない人なので、そういう態度をとるということは、何か意味があるはずで。
ギュンターは密かに深呼吸をしてから口を開いた。
「・・・ハーフェルト公爵閣下はどこからお聞きになりました?こちらは急ぎませんので、閣下のお話を先になさってはいかがでしょう?」
「いえいえ、無理言って割り込んだのはこちらですから、私の方は後で結構です。そうですね、どこから聞いたかな?えーっと、ゲラルト殿を貶める書状をギュンター殿がヴィスワ伯爵に送ったとか。」
それは、一番最初の会話じゃないか!公爵、貴方ノックしてないでしょう?!したとしてもわざと聞こえないようにしてそっと入ってきて、我々の会話をその食えない笑顔を浮かべて聞いてたんでしょう?!
城の第一騎士団長の職にある俺にすら気配を悟らせずに入ってくるとか、相変わらずどうなってるんだ、この男は!
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