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第二章 ノア
14、初恋は思い出に
しおりを挟む「僕の初恋は男の子なんだ。」
皿へ視線を落としたままのクラウス王子の口から発されたその台詞は、私を凍らせた。
今、この国の王子はなんて言った?これって最上級機密じゃないか?ただの子爵令嬢が聞いていい内容か?
否!
「殿下、私は聞かなかったことに・・・」
さすがの私も動揺が抑えられない。こんなことを聞いてしまって、ここから無事に帰して貰えるのだろうか?!
耳を塞ごうとする私の両手を掴んで王子がニッコリと笑った。
「逃げようったってそうはいかないよ。聞いたでしょ?僕、君にしっかりはっきり言ったよ。僕の初恋は・・・」
「わあっ!二度はいいです、結構です!」
二人で騒いだものだから、イザベルとパトリック殿が何事かと腰を浮かせてこちらを見ている。
あの二人まで巻き込むわけには行かない。私は大丈夫、と手を振っておいて王子を軽く睨んだ。
「クラウス王子殿下、私にそんな大事を言ってどうするおつもりですか?私はまだ死にたくないのですが。」
私の低い声に王子が目をぱちくりとさせた。それから、あっはっはと明るい笑い声を上げる。
涙が滲むほど笑った王子は、やっと掴んでいた私の腕を離して自分の目元を袖で拭った。
「大丈夫、秘密は秘密でも大した秘密ではないから。僕の周囲は皆知ってる。君と違って僕はその男の子を探しまくったんだ。でも、見つからなかった。」
「どんな相手だったのですか?」
思わず聞いてしまった。深入りしてもいいことは全く無いだろうに、つい好奇心に負けてしまったのだ。
王子はその子のことを思い出したのか、ふわりと優しい顔になった。
私はそれを見た瞬間、いつも飄々としている王子がこんな表情もするのか、そこまで子供の時の名もわからぬ初恋相手を想っているのかと心を衝かれた。
「明るい緑色の毛糸の帽子を被った黒い瞳の男の子で、泣いている顔がとっても綺麗だったんだ。」
「え、泣き顔に惚れたんですか?」
うっかり失礼にも突っ込んでしまった。私の調べでは人は大体相手の笑顔で恋に落ちることが多いのだが、どうやら我が国の王子は少数派らしい。
それを指摘された王子は憮然として言い返してきた。
「エルベの街で迷子になっていた彼は、泣きながらも凛として気高かったんだ。こんなに小さいのにはぐれた家族を探すために、涙を拭きながら毅然と前を向いていた姿が忘れられなくてね。」
と、うっとり話す王子が手で表した小ささはうさぎサイズだった。
うん、生まれてすぐか?王子は一体いくつの幼児に恋をしたのだ。
でも、幸せな思い出を語っている王子に、そんな突っ込みは出来なかったし、したくもなかった。
私は邪魔をしないように黙って相槌を打ちつつ王子の横でお茶を飲んでいた。
「でもね、初恋が男の子だったのに現在の僕は男性をそういう対象として見られないんだ。だから同性が好きだという君と話をしてみたかったんだけど・・・まさか、両方OKだったなんて。」
まるで私が悪いかのように恨めしげに見てくる王子と視線を合わせないようにして一口サイズのケーキを食べる。絶品だ!
しばしその美味しさに感動してうち震えていたら、隣からぶすっとした声がした。
「ロサ子爵令嬢と話せば、僕のこの長年の葛藤にケリが着くかと思ってたのにな。」
「勝手に期待して勝手に失望しないで下さい。殿下の気持ちなんですから自分でケリくらいつけて下さいよ。」
「まあ、そうすべきなんだけどね。それができれば、いいのだけどね。」
お行儀悪くテーブルに頬杖をついて項垂れた王子が少しばかり気の毒になって気がつくと励ましていた。
「小さい頃の初恋は幼すぎて記憶違いだったり、色々自分の都合の良いように変わっていたりで真実を知るのは難しいですよ。だから、それはもう想い出として大事にとっておけばいいのです。殿下も私のように両方OKだったと思えばいいだけでは?」
自分のことも含めてそう言ってまとめれば、ハッと虚を衝かれたように王子も頷いた。
「そうだね。彼も今頃もう結婚してるかもしれないしなあ。」
何故そこで自分の傷口に塩を塗るのだ、王子よ。
王子の不器用さに頭が痛くなった私は額に手をやった。
「わざわざそんなことを考えなくてもいいではないですか。」
「でも、ふっと考えてしまうんだよ。彼は今頃何処でどうしてるのかと。君はそういうことない?」
「ないですね。私にはイザベルがいますから。殿下も次に進んでは如何ですか?」
「君、イザベル嬢はパットと結婚するじゃないか・・・。参考にならないなあ。」
「たとえイザベルが結婚しても、私は彼女の親友という立場がありますから。」
「え?僕は初恋の人を探して親友になればいいってこと?」
「殿下、まず初恋の相手を探すということから離れましょうよ。私が言いたいのは、想い出なんて美化されてるに決まってるのだから、忘れてとっとと現実に目を向けろってことですよ!」
私はじれったくなって立ち上がって王子に向かって拳を握りしめて説教してしまった。
「いつまで初恋に囚われているつもりですか?殿下なんて綺麗な女性でも素敵な男性でも選びたい放題でしょうが!国民のためにも気に入った人をサッサと捕まえて結婚してくださいよ。」
王子は私の勢いに両手を小さく胸の前に挙げて仰け反った。
「ああ、うん。」
「結局、初恋の人なんて探さないほうがいいんです。綺麗な想い出が壊れるだけなんですよ。そんなもんなんです、現実は。わかりましたか?!」
私だってできる限り探したものの、結局見つけられなかった。だけど、私は見つけてどうするつもりだったのか。儚い夢を追っていたようなものだったと今は思う。
足をどんと開いてその思いを込めて目一杯主張したのが功を奏したか、王子は大きく頷き目を細めた。
「なるほど。君の言うことはよっく分かった。」
続けて足を組んでその上に手を置き、深緑の瞳を煌めかせて真っ直ぐに見つめてきた。
「じゃあ、例えば僕に気に入った令嬢ができたとして、結婚の申し込みをしたらどれくらいの確率で断られるかな?」
「そんなの相手によりますよ。婚約者や好きな相手がいればそりゃ難しいでしょう。」
「そういう障害がない場合は?」
「高確率で受けてもらえるんじゃないですか?わかりませんけど。」
「確実を期したいんだが。」
「貴族の娘が相手なら先に親に申し込めば間違いないんじゃないですかね。王子からの申込みを断る親はほぼいないでしょう。令嬢は基本的に親の決めた相手と結婚することに抵抗がないですからこれで完璧かと。」
この時私はうっかり調子に乗って喋りすぎた。
「なるほどね。ありがとう、実践してみるよ。」
王子は座ったまま私を見上げて、またニッコリと社交用の笑顔を浮かべて頷いた。
私はとりあえず我が家が不利益を被ることはなさそうだとホッと息を吐いた。
「お役に立てて良かったです。これで私の役目は果たしましたので、失礼します。」
やれやれと皿とカップを手に持ち、イザベル達の方へ行こうとすると、くいっと袖を引かれた。
振り向けば真剣な顔の王子がこちらを見てきていた。何故か、必死の形相に思えるが?
「ロサ子爵令嬢、卒業したら城で働かない?!」
「ええ?侍女ですか?私には向いてないと思いますが。」
女だらけの職場も、忍耐と繊細さや気配りが必要な侍女という仕事も私には全く合わないと思う。王子も何を考えているのか。人の上に立つなら、もう少し適性を見極められるようにならないと、と脳内でこき下ろしていたら慌てたように首を振られた。
「まさか、君を侍女になんてしない。僕の側で仕事を手伝って貰えないかな。ほら、お店を持ちたいんだろう?働いたほうが早く持てるよ?」
「私が殿下の何の役に立つというのです?」
「ほら、君は学園の成績も良いし噂を集めて正しく僕に伝えてくれそうだし。」
「なるほど。」
書類整理というところか。確実にお給料が貰えるという点で家の手伝いよりいいかも知れない。
私は迂闊にも城ブランドに目が眩み、そこで頷いてしまった。
「いいですよ。」
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