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第二章 ノア
15、王子、動く
しおりを挟む「何事だ、シュテファン。」
ハーフェルト公爵家のお茶会から三ヶ月後、学園から帰宅したら家族が大騒ぎしていた。
あまりの混乱っぷりに近くでアワアワしていた弟の肩を掴み、どうした?と尋ねる。弟は私の顔を見た瞬間、出たー!と叫んで腰を抜かした。失礼な。
私が帰ったと知った途端、おろおろしていた家族一同がサッと私の周りを取り囲んできた。
本当に何があったのだ?
首を傾げて皆の顔を順繰りに見ていけば、皆に視線で押された父が震えつつ私の肩に手をおいて一言。
「ノア、お前と結婚したいという方が現れた。」
「は?!私に結婚の申込みがきた?こんな、なんの取り柄もなく資産もない、しかも男装の子爵令嬢と結婚したいとは酔狂な男がいたものだ。一体、どこの誰です?」
まあ、きっと冗談か間違いですよ、直ぐに取り消してきますね。と嘲笑いつつ返せば、皆一様に青ざめて首を振った。
「ノア、お相手はクラウス王子殿下だ。お前、この前の公爵家のお茶会で就職口を見つけたと言っていたが、このことか?」
真っ青な顔の兄の言葉に私の目が点になる。
「クラウス王子?!僕の側でって・・・ああっ、そういうことかっ!」
いきなり両手で頭をかきむしり、のたうつ私に家族が引いた。
私はそれに構わず、その場に蹲って頭を抱え必死にこの事態を把握しようと努めた。
ノア、冷静になれ、これは冗談だ。
そう、王子は初恋を追いかけるなとか偉そうなことを言ってしまった私に意趣返しがしたいだけだ。
そうに違いない!
「よし、分かった!無礼を謝罪してなんとか思いとどまってもらおう。」
勢いよく拳を突き上げ宣言した私に弟がへらりっと笑った。
「ノア、それ、多分無理。」
「何故?」
「だって既に親父が書類にサインしちゃったもん。」
「は?私の意思は?」
「だってノア。クラウス王子殿下がわざわざ家まで来て、『ノア嬢が帰って来る前に、この書類にサインを下さい。彼女には了承を得ています。』と仰るものだから。」
父の台詞に、私は飛び上がった。
「殿下本人が、直接書類を持ってきて、その場でサインを強請った?!」
「強請ったって、お前、失礼だよ・・・。」
王子が婚約の際にわざわざ相手の家に行くなんて話、聞いたことがないぞ?どうなっているんだ?!
仰天する私へ、もう半分以上白髪の父がきっぱりと言った。
「お前は卒業したら城で働くって言ってたし、了承してるならとサインさせていただいた。お前がまさかクラウス王子殿下と結婚するとは想像もしていなかったが、これで我が家も安泰だ。」
私は父がホクホクと喜んで話すのを聞きながら拳にぎゅうっと力を込めた。
あの〇〇王子ーーーー!よくも、私のアドバイスを逆手に取ってやってくれたな!
私の頭は怒りでいっぱいになった。
「何が何でも取り消しさせてくる!」
「何を言うか!お前が王子から求婚されるなど二度とないぞ。それどころかこれを逃したら一生結婚できんだろう。」
「それで構いません!父様だって『お前は誰からも求婚されんだろうから、我が家に迷惑をかけんようさっさと一人で生きていく算段をたてておけ』と仰っていたではありませんか!」
いきりたつ父娘の間にシュテファンが割り込んできて引き離す。
「二人とも落ち着けよ。大体、ノアはどうやって王子に会いに行く気だ?」
シュテファンの何処か愉しげな声にハッとした。
確かに私のような一子爵令嬢がいきなり行って王子に会わせろ、といっても門前払いをくらいそうだ。
まず手紙を出して日時を決めてからの登城が正式だろうが、あの王子のことだ、のらりくらりと遅らせて私が逃げられないように周囲を固めてからしか会ってくれない気がする。
それではダメだ。まだ周りに知られていないうちに直談判して、書類が認可されないうちに撤回しないと!
私は脳をフル回転させた。
「大丈夫だ、シュテファン。私には強力な伝手がある。父上、我が家の分の婚約の書類と全権委任状を下さい。明日にでも城へ行ってなかったことにしてきます。」
「まあ、お前が嫌がって王子に無礼を働いて婚約破棄されれば我が家は破滅する。それくらいなら穏便に取り消してもらうほうが良いかもしれん。実際、分不相応な縁談だからな・・・。」
父は非常に残念そうだったが、頷いてくれた。
「やだー、ノア。クラウス王子よ?!アナタ、みすみす王妃になるチャンスを逃す気?贅沢し放題なのに、もったいなーい。」
「母上、今日も化粧が濃すぎて剥がれかけています。」
最後になっていつものように横槍を入れてきた母にため息と共に指摘すれば、慌てて手鏡を取り出して顔を確認している。
あんなに厚化粧で彼女の恋人は何も言わないのだろうか?もしやそれがいいのか?男女のことは私には不可解すぎる。
「現王家は王族が贅沢することをよく思っていませんから、割と質素なお暮らしのようですよ。それに私が王妃になっても我が家に恩恵はありませんよ。そういう身贔屓は法で禁じられていますからね。」
そうはいってもハーフェルト公爵家の暮らしは我が家とは雲泥の差で、想像を絶するレベルだった。きっと王族は質素といいつつ更に豪華な暮らしであろうことは想像に難くない。
が、それを母が知ったらこの婚約を維持しようとめちゃくちゃなことをしてくるに違いないので釘を刺しておく。この人が一番危険なので、用心に越したことはない。
「えー、そうなの?じゃあ、どっちでもあなたの好きなようになさい。じゃ私、また当分帰らないからねー。」
あっさりと母が引き下がってくれたことにホッとした。裏を疑わない所は単純で助かる。
「あ、私もそろそろ出掛けなくては。後は頼んだぞ、ベネディクト。」
母と父がそれぞれの恋人の元へウキウキと出掛けて行くのを兄と弟と共に見送った。
これが日常なので、もはやなんとも思わないが以前イザベルに教えたら驚かれた。
冷えた戸外の空気を急いで遮るように扉がパタンと閉まって、静寂がホールに満ちた。
「ノア、一体どうやって殿下に会うつもりだい?城仕えの僕だってなかなかお会い出来る方ではないんだよ?」
兄がそう言って心配してくれたが、私は胸を張って見得を切った。
「大丈夫です。私には強力なコネがありますから。必ずやこの婚約、なかったことにしてみせます!」
■■
「というわけで、早急にクラウス王子殿下にお会いしたいのだ。どうか私を助けると思って君の婚約者に城へ連れて行ってくれるよう頼んでくれないだろうか。」
次の朝一番に、私はイザベルに会うなり頼み込んだ。
登園したばかりのイザベルは目を丸くして私の話を聞いていたが、顎に手を当て小首を傾げて考え込んだ。
予想外の沈黙に、私は居たたまれなくなる。
二つ返事で承諾してくれると思っていた私は傲慢だったのだろうか。
「急ぎで登城したいなら放課後を待ってパットを頼むより、こっちの方が早いと思うわ。」
ひとつ頷いたイザベルは、真剣な顔で言うと同時に私の腕を掴んで走り出した。
ついたところは四学年下の教室で・・・。
まさか、イザベル?!
「イザッ」
ベルちょっと待て!と言う前に、彼女は目的の人物を見つけてしまった。
「おはよう、テオ!居て良かった。ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
私の嫌な予感は的中した。
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呆然としている私を放って、イザベルは廊下に呼び出したテオドール殿に至急城へ行きたい旨を告げ、どうにか出来ないか尋ねている。
「いいよ。家に連絡しておくから、授業が終わったら二人とも正面玄関で待ってて。」
驚いたことに彼は二つ返事で引き受けてくれた。
「あの、ありがとうございます。」
サッサと教室へ戻ろうとする伸び盛りの青年の背に礼を言えば、ふっと振り返った彼は表情筋を動かさずにサラリと言った。
「別に。イザベルの判断した通り、約束無しでクラウス王子に会うなら、うちが城へ連れて行くのが一番早いと僕も思うから。じゃあ、また放課後に。」
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