55 / 57
最終章 イザベル 後編
54 ヴィスワ伯爵夫人
しおりを挟む生演奏の音楽に乗って華麗に踊る正装の人々。くるくる回る彼らを壁際のソファに座って眺める私。ついさっきまで私もあの中にいたのだけど、今は一人。
ふーっと息を吐いてドレスの中で踊り疲れた足をこっそり伸ばした。
「ご機嫌よう、ヴェーザー伯爵家のイザベル様。」
急に声を掛けられた私は、慌てて脱ぎかけた靴を履いて立ち上がる。
目の前には艶やかに結った黒髪をこれでもかと飾り立てた妖艶な美女が立っている。
「ご機嫌よう、ええと・・・」
しまった、夜会はできる限りサボっているからすぐに思い出せない。どなただったかしら?私は必死に記憶を手繰る。
「あっ、・・・」
私の最初の婚約者、ヘルムート様と結婚した人だと気づいて困惑した。だって彼女は大いに揉めて婚約破棄した二番目の婚約者、ゲラルトの義姉でもあるわけだから、私としては非常に話しにくい相手なのだ。
それは向こうだって同じだろうに、何故急に声をかけてきたのか。意図が分からずどう会話すべきか迷っていたら相手がキュッと真っ赤にに縁取られた唇を上げた。
「カミラ・ヴィスワよ。相変わらずおっとりなさった方ねえ。本当になんでこんな可もなく不可もない方があのハーフェルト公爵家の次男と婚約なさっているのか、不思議だわぁ。」
こってりとした化粧でまつ毛をバサバサさせて、見上げてきたヴィスワ伯爵夫人の言葉に私は赤くなった。
この人、確か人が気にしていることをズバズバ言うから避けられているのよね。しかもそれを本人が気がついてないという・・・。あまり長くは話していたくないわ。
ちらりと踊っている人がいるホールの中心へ目をやれば目敏く気づかれた。
「貴方の婚約者、今夜は他の方とも踊っているのね。」
「ええ。」
彼女とは一年近く前から約束していたものですから。というのは省略する。
先日、ベティーナからこの夜会に出るから例の約束を果たして欲しい、と手紙をもらった。私がなんだかモヤモヤしたままパットにその話をしたところ、彼はずっとイザベル以外と踊らないってのも無理な話だし、貴方の友達ならいくらでもと快諾してくれた。
でも、それを聞いた私の心の中には、引き受けてもらってホッとする気持ちと、嫌な顔一つしなかった彼への小さな不満がごちゃごちゃに存在していた。
私は一体、彼に何と言って欲しかったのだろう・・・?
「イザベル様は愛されている自信がおありだから、誰もが羨むような婚約者が自分より美貌の女性と一緒でも嫉妬なさらないのでしょうねぇ。」
割と楽しそうに踊っているパットとベティーナを眺めながら、カミラ様が言った言葉にハッとした。
「・・・私だって嫉妬くらいします。」
現に今、私はベティーナに嫉妬しているような気がする。私、本当はパットにイザベル以外とは踊りたくない、と駄々をこねて欲しかったんじゃないかしら。
実際にはごねられたら困るのだから、私の不満はただの我儘でしかないのだけど。
自分のあまりの身勝手さに落ち込んでいたら、クスリ、と笑われた。
「あらまあ、貴方もそういう気持ちになるのね。安心したわ。それなら嫉妬をしないで済む方法を知りたいと思わないこと?」
「え、そんなことができるのですか?!」
「ええ、もちろん。今度、お茶会の招待状を送りますから一度イザベル様もおいでになって。」
「ありがとうございます!」
出来ることなら嫉妬などという感情は持ちたくない。私は彼女の誘いに飛びついた。
その後すぐ、ベティーナと踊り終えたパットがやってきたのを見て、カミラ様はそそくさと去って行った。
「・・・ねえ、イザベル。ヴィスワ伯爵夫人と何の話をしていたの?あの人とそんなに仲良くなかったよね?」
「せ、世間話よ?!あっ、今度お茶会に招待されたの。」
「えっ、ヴィスワ邸でのお茶会?!」
「ええ、多分・・・?」
パットが不審気な目で見てくるのを目を合わさずにやり過ごす。
だって嫉妬なんて感情は無くしたほうがいい。パットだってその方が結婚してから過ごしやすいはず。
彼と結婚してからのことを初めて自分が考えたことに気づいて顔が熱くなる。
私はそっぽを向いてパタパタと扇で顔をあおいだ。
■■
数日後、カミラ様からの招待状を受け取った私は勇んでヴィスワ邸を訪れた。もちろんパットには言っていない。
婚約者だからといって彼に私の行動を全て教える必要はない、わよね?
夜会でのパットの様子を思い出し、若干の後ろめたさを覚えつつ私はヴィスワ邸のテーブルに座って他の奥様方の話を傾聴していた。
「・・・もう、本当にうちの夫ったら若い女性が好きでこの間の夜会でまた誘ってたのよ。歳を考えて頂きたいわ、みっともないったら。・・・ああ、イザベル様は宜しいわね。夫となる方が随分歳下で見目麗しい方ですもの、若い方へ気が行くのは当然ですわ。」
「・・・本当に結婚するまでは私一筋でしたのに、結婚した途端放ったらかしなんて酷いと思われません?!ああ、男って本当に勝手なのだから。イザベル様もお気をつけ遊ばせ。」
「・・・男性はもう本能で複数の女性と関係を持ちたがるのよ。男の甲斐性とかいうけれど、ただの言い訳よ。イザベル様は特に厳しく見張っていないと危ないわね。でも、貴方にそれができるかしら?」
御夫人方は私へ忠告しているつもりなのだろうけれど、聞いている私はなんだか嫌な気持ちになっていた。
皆様の夫は浮気性で釣った魚に餌をやらない若い女性ハンターかも知れないけれど、パットはそんなことしないわ。
一緒くたにして決めつけないで欲しい。それにしてもこれのどこが嫉妬しないで済む方法なのかしら。皆様、嫉妬しまくりじゃないの。
私は顔には出さないように気をつけつつも、内心イライラしていた。
カミラ様はジリジリしている私へ艶然と微笑みかけると側に控えていたメイドに合図をした。
「それでは皆様そろそろ、こちらをどうぞ。」
指示されたメイドが運んできた盆に乗った濃い赤みを帯びた琥珀色の液体に皆の視線が集まり、声もないのに皆の興奮が伝わってきた。
え、何?!この飲み物に何があるの?
キョロキョロする私へ、先程まで夫の愚痴を言っていた奥様方が今度ははしゃぐようにこの液体を勧めてきた。
「イザベル様、これを飲むと嫌なことがパーッと消えていくんですのよ。」
「そうそう、こちらで愚痴を言わせて頂いてからこれをね、こうグイッと飲みますとね、あーら不思議、夫への不満や嫉妬がなくなっちゃうのですわ!ずっと、という訳にはいかないので、切れる頃にこうしてまた飲ませて頂いているんですのよ。」
私は手の中に押し込まれたグラスの中身へ視線を落とした。陽の光にキラキラと輝いて揺らめくその不思議な色の液体は、とんでもなく怪しかった。
次々に飲み干していく夫人達を眺めてどうしようか迷っていると、カミラ様が私の横までやって来てグラスを私の口元まで持ち上げた。
「イザベル様も嫉妬などなくしたいでしょう?さあ、お飲みになって。」
変なニオイはしないけれど、私の本能が飲まない方がいいと警告している。
そういえば留学中に同級生から、口にするといっとき嫌なことを忘れられる植物が流行ってる。でも、常習性があってハマると地獄を見るから気をつけてと教えてもらったっけ。
・・・まさかね?
とにかくこれは飲まないほうがいいとグイグイ押し付けてくるカミラ様の手からグラスを取り返す。
彼女は何故、全く付き合いのない私へ声を掛けてきてこれを飲ませようとしているのか?
「全て飲み干すまで帰さないわよ?」
凄むカミラ様をじっと見返したその時、切羽詰まった男の人の声がした。
8
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる