40 / 54
肆拾
しおりを挟む
何ですと!?
はっ、そう言えばこいつ。
寿藤惟成が倒れた時、すぐ現れた。
きっと尾行されてたんだ!
鷹司義嗣はゆっくりと離すと、目を合わせてきた。
私を逃すまいと射抜く鋭い視線は、正に獲物を狙う鷹そのもの。
「真は、巣守隆康が妻などにあらざるべし。綾子姫の俺が妻になり給ふなれば、斯くながら俺は口を閉ぢむ。任の終はりたれば参りて姫を迎へ、北の地へ具し行かむ。如何にし給ふやは綾子姫が御心なり」
「……」
本当の妻じゃないってこともバレてる。
私は返事が出来なかった。
ここでキッパリ拒否したら、きっとこいつは桐へ報告するのだろう。
脅していう事を聞かせようとするなんて。
なんて最低なんだこいつはこんにゃろう、第一私が結婚したいのは――と怒りに震えた瞬間。
何故か巣守隆康の顔がパッと脳裏に浮かんだ。
――いや、違う違う!
そんなんじゃないしそれどころじゃない。
頭を横に振り、脳を目まぐるしく回転させる。
考えろ、考えるんだ、綾子。
どうすれば最善の結果が出るのか。
そう、時間だ。
兎に角、油断させて時間を稼がなきゃ。
「……分かりました。我は戦は嫌。迎えに来る、幾日や」
暫く考え、顔を上げると怒りを抑えてにっこり笑顔で聞く。
髭麻呂は私が承諾したと思ったのか、「姫!」と喜色を浮かべた。
「半月ほどらひにて迎へに来む」
「早い。ふた月が良い」
「如何に候ふや」
「巣守隆康、疑う。それに我が心」
「げにげに、姫が御心の用意といふことに候ふかし」
私は恥じらうように頷く。
「これも……」と言って、三々九度のお酒を飲むフリをしてみせた。
それを見た髭麻呂は顔に右手をパシンと当てる。
「いや、祝言! 正しく支度に暇入りぬべき。然ればふた月の後に参らむ」
よっしゃ、二ヶ月稼げた。
約60日。
だけどこいつは飛べるから、不慮の事態も想定して余裕を見て実質40日程度と考えた方が良い。
その間に刺繍のスキルを上げて桐紋を完成させる事は出来るのだろうか……いや、出来る出来ないじゃなく必死こいて何としてでも完成させなければならない。後、鷹の羽紋も。
……いや、待てよ。
鷹の羽紋まで刺繍する必要は無いかも知れない。
私は鷹司義嗣に努めて嬉しそうに微笑んだ。
奴は感激した様に抱きしめてくる。その耳に口を寄せて、囁いた。
「鷹司義嗣殿を待つ。再び来るまで、証の鷹の羽紋のもの、欲しい」
「形見に候ふや。善かなり、これを奉らむ」
鷹の羽紋の入った印籠を渡され、私はホクホクとした。
出来るだけ早く桐紋刺繍を仕上げ、これを使って飛ぶ練習をする事にしよう。
お前が来る前にこの麻呂世界から何としてでも逃げてやる。
そして日本に帰るんだ!
***
その後、私はキャバ嬢ばりにぶりっ子してテンションを上げ、鷹司義嗣から鷹の羽紋を使うコツを聞きだした。
飛ぶのが凄く楽しかった、鷹司義嗣凄いとヨイショ。
鷹の羽一族の事をもっと知りたい、教えて。
そんな風に正気の境界ぎりぎりで頑張ってみると、あっさり教えてくれた。
風が強い日はそれなりに繊細なコントロールが必要だけれど、基本的にはイメージと感覚に頼っているらしい。
兎に角実践練習が必要って事だな、と心にメモをした。
練習するとしたら夜しかない。
空中散歩を終えて再び弥栄城へ帰って来ると、巣守家の皆が野外喫茶をしていた。
地上に降り立つと、お萬が「姫御前、御身事無く良きに候ひき」とお茶をくれた。
緊張のせいか、喉がカラカラに乾いてしまっていたので一気に呷る。
「姫、空の逍遥は如何に候ひけりや?」
「はい、楽しい」
巣守隆康に聞かれ、私はにこやかに答える。
本当は超疲れた……主にぶりっ子で。
作り笑いの顔が引き攣ってないといいけれど。
鷹司義嗣が寿藤惟成らを連れて帰って行ったのは、その日から数日後の事だった。
【後書き】
「真は、巣守隆康が妻などにあらざるべし。綾子姫の俺が妻になり給ふなれば、斯くながら俺は口を閉ぢむ。任の終はりたれば参りて姫を迎へ、北の地へ具し行かむ。如何にし給ふやは綾子姫が御心なり」
→「本当は、巣守隆康の妻などではないのであろう。綾子姫が俺の妻になってくださるのであれば、このまま俺は口を噤んでいよう。任務が終われば姫を迎えに参上し、北の地へ連れて行く。どうなさるかは綾子姫次第だ」
「半月ほどらひにて迎へに来む」
→「半月ほどで迎えに来よう」
「如何に候ふや」
→「どうしてですか」
「げにげに、姫が御心の用意といふことに候ふかし」
→「成程、姫のお心の準備という訳ですね」
「いや、祝言! 正しく支度に暇入りぬべき。然ればふた月の後に参らむ」
→「や、婚礼!確かに準備に時間がかかるに違いない。ならばふた月後に参ろう」
「形見に候ふや。善かなり、これを奉らむ」
→「形見ですか。良いです、これを差し上げましょう」
「姫御前、御身事無く良きに候ひき」
→「姫様、ご無事でようございました」
「姫、空の逍遥は如何に候ひけりや?」
→「姫、空の散歩はどうでしたか?」
はっ、そう言えばこいつ。
寿藤惟成が倒れた時、すぐ現れた。
きっと尾行されてたんだ!
鷹司義嗣はゆっくりと離すと、目を合わせてきた。
私を逃すまいと射抜く鋭い視線は、正に獲物を狙う鷹そのもの。
「真は、巣守隆康が妻などにあらざるべし。綾子姫の俺が妻になり給ふなれば、斯くながら俺は口を閉ぢむ。任の終はりたれば参りて姫を迎へ、北の地へ具し行かむ。如何にし給ふやは綾子姫が御心なり」
「……」
本当の妻じゃないってこともバレてる。
私は返事が出来なかった。
ここでキッパリ拒否したら、きっとこいつは桐へ報告するのだろう。
脅していう事を聞かせようとするなんて。
なんて最低なんだこいつはこんにゃろう、第一私が結婚したいのは――と怒りに震えた瞬間。
何故か巣守隆康の顔がパッと脳裏に浮かんだ。
――いや、違う違う!
そんなんじゃないしそれどころじゃない。
頭を横に振り、脳を目まぐるしく回転させる。
考えろ、考えるんだ、綾子。
どうすれば最善の結果が出るのか。
そう、時間だ。
兎に角、油断させて時間を稼がなきゃ。
「……分かりました。我は戦は嫌。迎えに来る、幾日や」
暫く考え、顔を上げると怒りを抑えてにっこり笑顔で聞く。
髭麻呂は私が承諾したと思ったのか、「姫!」と喜色を浮かべた。
「半月ほどらひにて迎へに来む」
「早い。ふた月が良い」
「如何に候ふや」
「巣守隆康、疑う。それに我が心」
「げにげに、姫が御心の用意といふことに候ふかし」
私は恥じらうように頷く。
「これも……」と言って、三々九度のお酒を飲むフリをしてみせた。
それを見た髭麻呂は顔に右手をパシンと当てる。
「いや、祝言! 正しく支度に暇入りぬべき。然ればふた月の後に参らむ」
よっしゃ、二ヶ月稼げた。
約60日。
だけどこいつは飛べるから、不慮の事態も想定して余裕を見て実質40日程度と考えた方が良い。
その間に刺繍のスキルを上げて桐紋を完成させる事は出来るのだろうか……いや、出来る出来ないじゃなく必死こいて何としてでも完成させなければならない。後、鷹の羽紋も。
……いや、待てよ。
鷹の羽紋まで刺繍する必要は無いかも知れない。
私は鷹司義嗣に努めて嬉しそうに微笑んだ。
奴は感激した様に抱きしめてくる。その耳に口を寄せて、囁いた。
「鷹司義嗣殿を待つ。再び来るまで、証の鷹の羽紋のもの、欲しい」
「形見に候ふや。善かなり、これを奉らむ」
鷹の羽紋の入った印籠を渡され、私はホクホクとした。
出来るだけ早く桐紋刺繍を仕上げ、これを使って飛ぶ練習をする事にしよう。
お前が来る前にこの麻呂世界から何としてでも逃げてやる。
そして日本に帰るんだ!
***
その後、私はキャバ嬢ばりにぶりっ子してテンションを上げ、鷹司義嗣から鷹の羽紋を使うコツを聞きだした。
飛ぶのが凄く楽しかった、鷹司義嗣凄いとヨイショ。
鷹の羽一族の事をもっと知りたい、教えて。
そんな風に正気の境界ぎりぎりで頑張ってみると、あっさり教えてくれた。
風が強い日はそれなりに繊細なコントロールが必要だけれど、基本的にはイメージと感覚に頼っているらしい。
兎に角実践練習が必要って事だな、と心にメモをした。
練習するとしたら夜しかない。
空中散歩を終えて再び弥栄城へ帰って来ると、巣守家の皆が野外喫茶をしていた。
地上に降り立つと、お萬が「姫御前、御身事無く良きに候ひき」とお茶をくれた。
緊張のせいか、喉がカラカラに乾いてしまっていたので一気に呷る。
「姫、空の逍遥は如何に候ひけりや?」
「はい、楽しい」
巣守隆康に聞かれ、私はにこやかに答える。
本当は超疲れた……主にぶりっ子で。
作り笑いの顔が引き攣ってないといいけれど。
鷹司義嗣が寿藤惟成らを連れて帰って行ったのは、その日から数日後の事だった。
【後書き】
「真は、巣守隆康が妻などにあらざるべし。綾子姫の俺が妻になり給ふなれば、斯くながら俺は口を閉ぢむ。任の終はりたれば参りて姫を迎へ、北の地へ具し行かむ。如何にし給ふやは綾子姫が御心なり」
→「本当は、巣守隆康の妻などではないのであろう。綾子姫が俺の妻になってくださるのであれば、このまま俺は口を噤んでいよう。任務が終われば姫を迎えに参上し、北の地へ連れて行く。どうなさるかは綾子姫次第だ」
「半月ほどらひにて迎へに来む」
→「半月ほどで迎えに来よう」
「如何に候ふや」
→「どうしてですか」
「げにげに、姫が御心の用意といふことに候ふかし」
→「成程、姫のお心の準備という訳ですね」
「いや、祝言! 正しく支度に暇入りぬべき。然ればふた月の後に参らむ」
→「や、婚礼!確かに準備に時間がかかるに違いない。ならばふた月後に参ろう」
「形見に候ふや。善かなり、これを奉らむ」
→「形見ですか。良いです、これを差し上げましょう」
「姫御前、御身事無く良きに候ひき」
→「姫様、ご無事でようございました」
「姫、空の逍遥は如何に候ひけりや?」
→「姫、空の散歩はどうでしたか?」
0
あなたにおすすめの小説
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる