綾紋姫長朽木夢誌(あやもんひめながくちきむし)

譚音アルン

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肆拾

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 何ですと!?

 はっ、そう言えばこいつ。
 寿藤惟成が倒れた時、すぐ現れた。
 きっと尾行されてたんだ!

 鷹司義嗣はゆっくりと離すと、目を合わせてきた。
 私を逃すまいと射抜く鋭い視線は、正に獲物を狙う鷹そのもの。

 「まことは、巣守隆康が妻などにあらざるべし。綾子姫の俺が妻になり給ふなれば、くながら俺は口をぢむ。にんの終はりたれば参りて姫を迎へ、北の地へかむ。如何いかにし給ふやは綾子姫が御心おこころなり」

 「……」

 本当の妻じゃないってこともバレてる。

 私は返事が出来なかった。
 ここでキッパリ拒否したら、きっとこいつは桐へ報告するのだろう。

 脅していう事を聞かせようとするなんて。
 なんて最低なんだこいつはこんにゃろう、第一私が結婚したいのは――と怒りに震えた瞬間。
 何故か巣守隆康の顔がパッと脳裏に浮かんだ。

 ――いや、違う違う!
 そんなんじゃないしそれどころじゃない。

 頭を横に振り、脳を目まぐるしく回転させる。

 考えろ、考えるんだ、綾子。
 どうすれば最善の結果が出るのか。

 そう、時間だ。
 兎に角、油断させて時間を稼がなきゃ。

 「……分かりました。我はいくさは嫌。迎えに来る、幾日いくにちや」

 暫く考え、顔を上げると怒りを抑えてにっこり笑顔で聞く。
 髭麻呂は私が承諾したと思ったのか、「姫!」と喜色を浮かべた。

 「半月ほどらひにてむかへにむ」

 「早い。ふた月が良い」

 「如何いかさうらふや」

 「巣守隆康、うたがう。それに我が心」

 「げにげに、姫が御心の用意よういといふことにさうらふかし」

 私は恥じらうように頷く。
 「これも……」と言って、三々九度のお酒を飲むフリをしてみせた。
 それを見た髭麻呂は顔に右手をパシンと当てる。

 「いや、祝言しうげん! 正しく支度したくいとまりぬべき。ればふた月ののちに参らむ」

 よっしゃ、二ヶ月稼げた。
 約60日。
 だけどこいつは飛べるから、不慮の事態も想定して余裕を見て実質40日程度と考えた方が良い。

 その間に刺繍のスキルを上げて桐紋を完成させる事は出来るのだろうか……いや、出来る出来ないじゃなく必死こいて何としてでも完成させなければならない。後、鷹の羽紋も。

 ……いや、待てよ。
 鷹の羽紋まで刺繍する必要は無いかも知れない。

 私は鷹司義嗣に努めて嬉しそうに微笑んだ。
 奴は感激した様に抱きしめてくる。その耳に口を寄せて、囁いた。

 「鷹司義嗣殿を待つ。再び来るまで、あかしの鷹の羽紋のもの、欲しい」

 「形見かたみさうらふや。かなり、これをたてまつらむ」

 鷹の羽紋の入った印籠を渡され、私はホクホクとした。
 出来るだけ早く桐紋刺繍を仕上げ、これを使って飛ぶ練習をする事にしよう。

 お前が来る前にこの麻呂世界まろランドから何としてでも逃げてやる。
 そして日本に帰るんだ!


***


 その後、私はキャバ嬢ばりにぶりっ子してテンションを上げ、鷹司義嗣から鷹の羽紋を使うコツを聞きだした。

 飛ぶのが凄く楽しかった、鷹司義嗣凄いとヨイショ。
 鷹の羽一族の事をもっと知りたい、教えて。

 そんな風に正気の境界ぎりぎりで頑張ってみると、あっさり教えてくれた。
 風が強い日はそれなりに繊細なコントロールが必要だけれど、基本的にはイメージと感覚に頼っているらしい。

 兎に角実践練習が必要って事だな、と心にメモをした。
 練習するとしたら夜しかない。

 空中散歩を終えて再び弥栄城へ帰って来ると、巣守家の皆が野外喫茶をしていた。
 地上に降り立つと、お萬が「姫御前、御身事無おんみことなく良きにさぶらひき」とお茶をくれた。
 緊張のせいか、喉がカラカラに乾いてしまっていたので一気にあおる。

 「姫、空の逍遥せうえう如何いかさうらひけりや?」

 「はい、楽しい」

 巣守隆康に聞かれ、私はにこやかに答える。

 本当は超疲れた……主にぶりっ子で。
 作り笑いの顔が引きってないといいけれど。

 鷹司義嗣が寿藤惟成らを連れて帰って行ったのは、その日から数日後の事だった。



【後書き】
まことは、巣守隆康が妻などにあらざるべし。綾子姫の俺が妻になり給ふなれば、くながら俺は口をぢむ。にんの終はりたれば参りて姫を迎へ、北の地へかむ。如何いかにし給ふやは綾子姫が御心おこころなり」
→「本当は、巣守隆康の妻などではないのであろう。綾子姫が俺の妻になってくださるのであれば、このまま俺は口をつぐんでいよう。任務が終われば姫を迎えに参上し、北の地へ連れて行く。どうなさるかは綾子姫次第だ」

「半月ほどらひにてむかへにむ」
→「半月ほどで迎えに来よう」

如何いかさうらふや」
→「どうしてですか」

「げにげに、姫が御心の用意よういといふことにさうらふかし」
→「成程、姫のお心の準備という訳ですね」

「いや、祝言しうげん! 正しく支度したくいとまりぬべき。ればふた月ののちに参らむ」
→「や、婚礼!確かに準備に時間がかかるに違いない。ならばふた月後に参ろう」

形見かたみさうらふや。かなり、これをたてまつらむ」
→「形見ですか。良いです、これを差し上げましょう」

「姫御前、御身事無おんみことなく良きにさぶらひき」
→「姫様、ご無事でようございました」

「姫、空の逍遥せうえう如何いかさうらひけりや?」
→「姫、空の散歩はどうでしたか?」
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