【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【21】

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 「参りましたー」

 倒れ伏したカールの首に、刃が潰された鎖鎌が掛けられる。
 審判を務めていたジルベリクが高らかに宣言した。

 「勝者、魔猿のジークラス!」

 勝敗が決した後、二人の隠密騎士は立ち上がって一礼する。
 カールは考えた末、敢えて負ける事を選んだ。というのも、そちらの方がメリットが大きかったからである。
 怪我をしているという理由もそうだが、カールに勝てると相手に思わせておけば波風が立たないだろうと考えてのことだ。

 「魔猿のジークラス、見事なり。そして……鶏蛇竜コカトリスのカール、良き試合であった。今後とも鍛錬に励むが良い」

 頭を垂れたカールの耳を打つ殿の言葉。
 「力及ばず……今後努力していきたいと存じます」と言ってサイモン様を見上げると、感情の読めない眼差しを返された。

 ――あれ? 落胆されるかと思ったのに。

 逆に、サイモン様の両隣に居るご令息達――トーマス様とカレル様は、予想通り期待外れだったと言わんばかりの表情だった。サイモン様は表情をあまり面に出さないのかも知れない。

 「流石、先輩達は凄いですねー」

 僕も一生懸命修行したんですけどー、とへらりと笑う。
 サイモン様達が立ち去った後の訓練でも、カールは負け続けた。
 
 人間は自分より劣っている相手には寛容になれるものだ。
 逆に、無理をしてでも実力を見せれば自分を脅かす存在として認識されかねない。まして、蛇ノ庄は一度裏切っているのだから。
 敢えて劣った存在を装うことで自衛する――それも処世術である。

 それで傷が完治するまでの当座はしのげる、とカールは思っていたのだが。
 訓練がお開きになり、自室に戻ろうとした時だった。

 「お前、何を企んでいる?」

 背後から呼び止められて振り向くと、先刻隠し通路で会った猛牛のウルリアンがこちらを睨みつけていた。その隣には魔猿のジークラスの姿。

 「企むー? 何の事ですかー?」

 カールが首を傾げると、ウルリアンは一層表情を険しくした。

 「誤魔化すな。今は亡きデボラ様の侍女は俺の母の従妹でな。お前がどんな人間かは知らされている。仲間に対しても冷酷で残忍で――蛇ノ庄の男達を悉く戦闘不能の体にしたのだ、と」

 『俺には分かる。お前はあのヘルムと同類の危険人物だ。そもそも、デボラ様は自殺だったのか。あんなに快活で優しかった人が……本当は殺されたんじゃないのか!』


 篝火の光の中、ウルリアンの口元が動いて声無き言葉を紡ぐ。
 途中から読唇術に切り替える辺り、流石に不味い内容だと理解しているようだ。
 隣で沈黙を守っていた魔猿のジークラスが「それは本当か?」と眉を潜めている。

 ――そういうことだったのか。

 一方のカールは初対面で敵視された理由に思い当って納得していた。
 デボラと同じ牛ノ庄なのだ、ウルリアンは。そしてデボラの侍女から情報が漏れていたらしい。
 それはそうだろうな、とカールは思う。
 ただ『ヘルムの死を嘆く余り自殺しました』では牛ノ庄当主は納得する筈がない。
 一先ず相手を宥める為にカールは頭を下げた。

 「それは……誤解ですー。僕は何も企んでいませんー。デボラ様のことはお気の毒でしたー、自害を止められなくてすみませんー」

 「何を笑っている。本気で謝罪する気があるのか?」

 申し訳なさそうな表情を意識したつもりだったが、相手には逆効果だったようだ。

 「ああ、この顔は生まれつきみたいなものなんですー。本気で申し訳なく思っていますよー」

 「てめぇ、馬鹿にしているのか?」

 カールの胸倉をつかみ上げんばかりのウルリアン。魔猿のジークラスが慌てて押しとどめた。

 「待て、猛牛。鶏蛇竜コカトリス、その話し方も生まれつきなのか?」

 「騙されるなよ、魔猿。殿の御前での試合、こいつはわざとお前に負けたに違いない」

 「何だと?」

 ウルリアンの言葉が聞き捨てならなかったらしく、魔猿のジークラスはカールをひたと見据えた。

 「弱すぎると思っていたが……お前、俺を侮辱していたのか? 隠密騎士の誇りや神聖な試合を汚していたと?」

 「とっ、とんでもないですよー、付け焼刃みたいな修行だったものですからー」

 慌てた様に両掌を振るカール。
 ジークラスは真偽を測りかねているのか眉を顰め、ウルリアンは「どうだか」と吐き捨てる。

 「……その内お前の化けの皮を剥がしてやる」

 「勘弁して下さいよー」

 猛牛と魔猿を見送る笑顔の裏で、カールはどうしたものかと頭を抱えた。
 デボラの自殺の件も、当主であったスヴェンこそ責められるべきである。
 蛇ノ庄とは縁を切ったも同然の身になったのに、その業はどこまでついて回るのか。
 傷を癒す時間を稼ぐつもりが、厄介なことになったと思う。


***


 案の定、その翌日――

 『なぁ……あいつ』

 『ヘルムはいけ好かない奴だったけど、あいつは何だか不気味だな』

 『あれって本当か? 一族の男達を戦えない体にしたっていうのは』

 『猛牛が言ってたが、本当らしいぜ』

 『隠密騎士になる道を断ったってことだよな。酷ぇな』

 ひそひそぼそぼそとそんな会話が周囲に飛び交う。
 カールは朝から隠密騎士達からつま弾きにされていた。

 食堂に入ったカールは、「おはようございますー」と新人宜しくにこやかに挨拶をしたのだが、誰一人それに返事をしなかった。
 明かな仲間外れに、カールは内心溜息を吐くも朝食受け取り、隣に誰も居ない席に座る。
 食事をしながら耳を澄ますと、どうも夕べウルリアン達に絡まれた時の事が原因のようだ。
 喉に流し込むように食べていると、不意に食堂が静まり返った。カールの隣に誰かが腰を下ろす気配。

 「早いな」

 「あ、ジルベリク様ー。おはようございますー」

 顔を上げて横を見ると、隠密騎士筆頭はやぶさのジルベリクだった。
 ジルベリクは周囲に視線をぐるりと走らせると、心配そうにカールの顔を覗き込む。

 「おはよう。妙なことになっているようだな」

 「夕べ、ウルリアン先輩と少しありましてー……どうやら色々と誤解されているみたいですねー」

 何とかしてくれることを期待して困ったように言うと、ジルベリクはこめかみを押さえて溜息を吐いた。

 「はぁ……後で問い質しておく。今日の案内は俺がしよう」

 「すみませんー、お気遣いありがとうございますー」

 カールがジルベリクに礼を言った時、食堂に馬兄弟が入って来た。隠密騎士達の大半は食事を終えて席を立っている。

 「寝坊したんですかねー?」

 「いや、あいつらは特別でな。ほぼ毎日早朝からマリー様の日課に付き合っているからいつもこれぐらいの時間になる」

 「マリアージュ様の日課ですかー?」

 「ははは……まあ、色々とな」

 ジルベリクは引きつった笑顔で言葉を濁して立ち上がると、カールに行くぞと促した。
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