【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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鶏蛇竜のカール。

鶏蛇竜は暁を待つ。【51】

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 「初めてってことだし気前がいいお客さんだからとびきりの娘達を連れて来たわ。どの娘が好みかしら?」

 「シャローナでぇす」
 「ラシールよ」
 「……コンスタンス」

 丁度三人いた女達が名乗る。
 めいめい一人ずつ選ぶと、入れ替わるように運ばれてくる食事と酒。
 女達がカール達三人にそれぞれしな垂れ掛かり、料理と酒を勧める。
 気が付くと、猛牛ウルリアン魔猿ジークラスは緊張を誤魔化す為なのか、勧められるままにかなりのハイペースで酒を空けて行っていた。

 カールはちびちびと飲む振りをしながら、隣の女を見つめる。
 シャローナと名乗った、金髪碧眼の美女だ。

 ――どこかで、見たことがあるような……。

 視線の合った娼婦がにこりと笑った。

 「どうしたのぉ、お兄さん。あたしの顔に何か付いてるかしらぁ?」

 「うーん、綺麗な顔だなって―。僕達どこかで会ったことがあるかなぁー?」

 「うふふ、ありがとぉ。でもぉ、どこかで会った事あるか、だなんてぇー。それって常套の口説き文句よぉ。お兄さんはこの二人と違って女慣れしてたりするのかしらぁ?」

 「ええ、まぁ」

 ふわりと薔薇の香りが漂う。娼婦にしては存外上品な香りだった。曖昧に笑って誤魔化すカール。

 「お兄さんの事ぉ、もっと教えてぇ?」

 「そんなつまらない話をするよりも君の事が知りたいなぁー」

 ――この中にも、居るな。時折こちらを窺っている奴が。

 周囲をそれとなく観察しつつ、軽口を叩き合いながら飲み食いしている内――気が付くと猛牛ウルリアン魔猿ジークラスの顔が真っ赤になっていた。
 二人についている娼婦達が「良い飲みっぷりね」「素敵だわ」と誉めそやしながら酒を次々と注いでいる。

 「流石に飲み過ぎですよ、先輩方ー。予算を超えて支払えなくなったらどうするんですかー?
 ラシールにコンスタンスだっけ、どんどんお酒を飲んでくれて楽しいのは分かるけど、あんまり無理をさせないで欲しいなー」

 流石に見兼ねてカールが注意をすると、「お前ぇ! 嫌われ蛇野郎のくしぇに俺しゃまに物もーす気かぁ!」と呂律の回らない言葉が返って来る。
 魔猿ジークラスはと見ると、こちらもまた同じような状態で猛牛を止める様子はない。

 カールは溜息を吐いて酒杯を置いた。これでは仕事にならない。
 隣でシャローナが「もう帰っちゃうのぉ?」と言っているが、無視する。それどころではなかった。

 「どうしようもないな……明日の仕事に差し支えるし、もう帰りませんかー?」

 「何だとぅ、無能のくしぇに!」

 「言ったよな、俺を差し置いてぇ、勝手な真にぇはするなってぇ!」

 興奮した様子で目を座らせてでこちらを見つめる猛牛ウルリアン魔猿ジークラス
 違和感を感じてカールは眉を潜める。
 二人の様子は酔ったにしては明らかにおかしい。

 二人は立ち上がり、多少ふらつきながらこちらへ近付いて来る。おもむろに猛牛ウルリアンがカールの胸倉を掴んだ。
 次の瞬間には、カールは殴られて他の客のいるテーブルに吹っ飛び、後ろから倒れ込む。
 上がる女達の悲鳴。カールも瞬間的に怒りを抑えきれず、立ち上がるなり猛牛ウルリアンを殴り返した。

 「僕だってあんた達から理不尽な扱いをされた上に尻拭いをさせられるのはごめんだ!」

 「てめぇ、もう許さねぇ!」

 魔猿がタックルを仕掛けて来る。しかしカールは容易にそれを避けた。
 猛牛はテーブルを台無しにされた他の客から殴られている。
 店主らしき人物が出て来て「乱暴はよして下さい」と叫び出す。しかし猛牛も魔猿も暴力を止める気配は無い。
 騒ぎはどんどん大きくなるばかり。この場に居ても埒が明かない。
 もうどうにでもなれと一度店の外へ出ようとした時、目の前に人影が立ちはだかった。

 「あ……」

 カールは呆然とする。
 それもその筈。庶民に扮してはいるが、隼のジルベリクと幻草山羊バロメッツのエリアスだったからだ。


***


 「お前達にこの任務は早かったみたいだな」

 キャンディ伯爵家の庭――カール達三人はジルベリクの前に罪人のように地面に座って項垂れていた。
 あの後、ジルベリクが店主と客達を宥めて弁償と賠償を約束。予算を超えた分も支払って頭を下げ、三人を引き取ったのだ。
 ジルベリクの姿を認めた猛牛ウルリアン魔猿ジークラスもそこで我に返ったのか、顔が真っ青になっていた。

 「任務は失敗だ。後の沙汰を待て」

 ジルベリクが任務打ち切りの宣言をすると、三人はそれぞれ頭を下げる。騒動の発端となった猛牛ウルリアン魔猿ジークラスは可哀想な位悲壮な顔をしていた。

 「面目ございません……」

 「ご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした」

 「二人を止められず、力不足だったことをお詫びします……」

 そうして謝罪の言葉を口にしたものの。
 カールはあの時の二人の様子がどうしても気になっていた。

 そして次の日――薬草小屋にジルベリクが訪ねて来る。

 「そろそろといこうか、カール」

 「……それは分かっていましたけどー」

 派手にやらかす事自体は決まっていた――まさかあんな形になるとは思わなかったが。
 これからカールは一人で行動し、酒場などで愚痴を言って飲んだくれながら釣針に魚が食いつくのを待つ事となる。
 ただ、どうしても昨日の二人の異常な様子が気になっている事を話すと、ジルベリクはニヤリと笑った。

 「そう言えば、山猫サリーナに蛇の体術を教えているようだな。婚約式に向けて仕込み靴でも贈ったらどうだ?」

 カール自身はまだ行ったことが無かったが、隠密騎士の武器を作る工房は屋敷内にある。
 はぐらかすように別の話題に、カールは暫し考えた。そう言うからには何か理由でもあるのだろう、と思い直す。
 それに、彼女に仕込み靴を贈るのは悪くない考えだ。万が一の時、きっと役に立つだろう。

 「あ、でも僕サリーナの足の大きさ知らないやー……」

 そこではた、とカールは思い至った。
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