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鶏蛇竜のカール。
鶏蛇竜は暁を待つ。【54】
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「色々調べた結果、アン姫様の婚約式が近々あるそうなんですよー」
襲撃に相応しい日取りについて調べて来たとカールが切り出すと、ジャンは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「婚約式の噂は聞き及んでおります。私もそう考えていました。会場には大勢の客が集まりますね。木を隠すには森、と言いますし、確かにその日なら騒ぎを起こしやすいかも知れません」
「そうなんですよー。その時はご家族がお住まいになっている奥向きが手薄になりますー」
「ほう、何故そう思うんですか?」
「招待客の中に、王族がいらっしゃるらしくてー。警備もそこに集中するとかでー」
「王族が……成程。奥向きなのも好都合ですね。庭も丹精に整えられているでしょうし、普段は警備が厳重でしょうから、庭を荒らされれば庭師達の面子は丸潰れでしょう」
「そうなんですよー。僕を虐めていた奴らの担当区域もあった筈ですー」
「ところで、アン姫にはお小さい妹姫や若君達がおられたと思うのですが、婚約式にはお出になるのでしょうか?」
「いえ、下の妹君や弟君はまだ社交界にお出になっていませんからー、婚約式も年齢を理由に欠席の筈ですー。アン様の婚約者様との顔合わせは終わっているって聞いていますし、その日は部屋にいらっしゃるかと思いますよー?」
「では、彼らが目撃者になってくれるということですね。ますます結構」
その後の話し合いで酒場から人気のない場所へ移動し、実行犯になるであろう――予想通り『死神の三日月』の頭目マルスパル・アンダイエとその構成員達だった――に引き合わされた。
カールが見分したところ、マルスパル・アンダイエはそれなりの実力者のようだった。ただ、その傍に控えている双剣を佩いた男の方が只ならぬ印象を受ける。
普通、頭目が一番強いのではないかと思うが……いずれにせよ、皆殺しが決まっている。
注意するべきは頭目と双剣の男、この二人だけであろう。
婚約式の日に奥向きが手薄になるだろうという話をもう一度した後、カールが奥向きに一番近い裏門を開ける事が決まった。
「次の雇い主になる貴族様にくれぐれも僕の働きを宜しくお伝えくださいよー」と言えば、ジャンは「勿論ですとも」と機嫌良く承諾する。目を見ても、そこにこちらを疑うの色は無かった。
***
屋敷に戻り、ひっそりとジルベリクに報告する。ジルベリクは嬉しそうに「よくやった!」とカールを労うと、作戦会議へと入った。
そこには幻草山羊を始めとする中堅の隠密騎士達の他、馬兄弟や『不死鳥の光』の頭目サンドル・キンブリーの姿もあり、婚約式で敵を一掃する計画の細部が詰められることとなったのだった。
「『死神の三日月』の頭目はマルスパル・アンダイエと名乗りました。ただ一番の実力者という訳では無いようです」
そう説明するカールに、サンドルが驚いたように声を上げる。
「奴を見たんですかぃ? 外見すら分かってねぇんですよ。なかなか尻尾を掴ませねぇんでさぁ!」
「僕が会ったマルスパル・アンダイエはそれなりの腕を持っているように思えましたがー」
「人によって言う事も違うんですぜ。ある奴は相当な手練れと言うが、別の奴は弱い奴だったとか」
「外見すら分からねぇ、評価が食い違ってるっつう事だな……カール、その男は本物のマルスパル・アンダイエだったのかい?」
幻草山羊の視線を受けて、カールは首を傾げる。
「偽物の可能性はありますねー。僕には双剣使いの男の方が相応しいように思えましたしー」
「まあ、警戒すべき人間が分かれば誰がマルスパルであっても構わぬだろう」
「何人たりとも生きて帰すつもりはないのだから」
馬兄弟もカールと同意見であるようだ。しかし、ジルベリクは思案気に腕を組んで考え込んでいる。
「……確かにそうだが、サンドル達に正体を眩ませ続けているということは、マルスパルは相当用心深くまた臆病な性格だという事だ。
なれば、二重三重にも保険を掛けている可能性がある。それも考慮して作戦を立てよう」
結果的に、このジルベリクの予感は当たる事になる。
そして、婚約式当日がやって来た。
***
夕方、陽が落ちる頃――アン姫の婚約式に出席する貴族達の馬車が次々とキャンディ伯爵家に到着する。中には王族もいるそうだ。
失敗は許されない――カールは仕込み武器の最終確認をしつつ、裏門へ向かい男達を待った。
やってきた男達は思ったより人数が多かった。片付けるのに苦戦しそうだと思いつつ、肝心な男が居ない事に気付く。
「あれ? ジャンさんの姿が見えませんけどー」
「ああ、後で合流するつもりだ」
そう答えるマルスパル・アンダイエ。
そこでカールは嫌な予感がした。まさか、招待客にも紛れている?
不意にサリーナの顔が浮かんだ。彼女は会場での仕事の筈だ。
ジャンの実力の程は知れないが、そこまで強いとも思えなかった。サリーナであればそうそうに後れを取るようなことは無いと思う、そう願いたいが……、
カールは裏門を手早く開けて男達を引き入れる。
出来るだけ早く決着を付けなければ。
「こちらですー」
奥向きの屋敷へ向けて男達を誘導していく。
作戦で決めた通りの場所まで来ると、カールは振り返った。
「さあ、先ずはこの庭を荒らして下さいー。僕の大嫌いな同僚の担当の場所なんですよー」
その言葉に男達は早速とばかりに一斉に武器を構える。
早速庭を荒そうと――はせず、それをカールに向けたのだった。
襲撃に相応しい日取りについて調べて来たとカールが切り出すと、ジャンは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「婚約式の噂は聞き及んでおります。私もそう考えていました。会場には大勢の客が集まりますね。木を隠すには森、と言いますし、確かにその日なら騒ぎを起こしやすいかも知れません」
「そうなんですよー。その時はご家族がお住まいになっている奥向きが手薄になりますー」
「ほう、何故そう思うんですか?」
「招待客の中に、王族がいらっしゃるらしくてー。警備もそこに集中するとかでー」
「王族が……成程。奥向きなのも好都合ですね。庭も丹精に整えられているでしょうし、普段は警備が厳重でしょうから、庭を荒らされれば庭師達の面子は丸潰れでしょう」
「そうなんですよー。僕を虐めていた奴らの担当区域もあった筈ですー」
「ところで、アン姫にはお小さい妹姫や若君達がおられたと思うのですが、婚約式にはお出になるのでしょうか?」
「いえ、下の妹君や弟君はまだ社交界にお出になっていませんからー、婚約式も年齢を理由に欠席の筈ですー。アン様の婚約者様との顔合わせは終わっているって聞いていますし、その日は部屋にいらっしゃるかと思いますよー?」
「では、彼らが目撃者になってくれるということですね。ますます結構」
その後の話し合いで酒場から人気のない場所へ移動し、実行犯になるであろう――予想通り『死神の三日月』の頭目マルスパル・アンダイエとその構成員達だった――に引き合わされた。
カールが見分したところ、マルスパル・アンダイエはそれなりの実力者のようだった。ただ、その傍に控えている双剣を佩いた男の方が只ならぬ印象を受ける。
普通、頭目が一番強いのではないかと思うが……いずれにせよ、皆殺しが決まっている。
注意するべきは頭目と双剣の男、この二人だけであろう。
婚約式の日に奥向きが手薄になるだろうという話をもう一度した後、カールが奥向きに一番近い裏門を開ける事が決まった。
「次の雇い主になる貴族様にくれぐれも僕の働きを宜しくお伝えくださいよー」と言えば、ジャンは「勿論ですとも」と機嫌良く承諾する。目を見ても、そこにこちらを疑うの色は無かった。
***
屋敷に戻り、ひっそりとジルベリクに報告する。ジルベリクは嬉しそうに「よくやった!」とカールを労うと、作戦会議へと入った。
そこには幻草山羊を始めとする中堅の隠密騎士達の他、馬兄弟や『不死鳥の光』の頭目サンドル・キンブリーの姿もあり、婚約式で敵を一掃する計画の細部が詰められることとなったのだった。
「『死神の三日月』の頭目はマルスパル・アンダイエと名乗りました。ただ一番の実力者という訳では無いようです」
そう説明するカールに、サンドルが驚いたように声を上げる。
「奴を見たんですかぃ? 外見すら分かってねぇんですよ。なかなか尻尾を掴ませねぇんでさぁ!」
「僕が会ったマルスパル・アンダイエはそれなりの腕を持っているように思えましたがー」
「人によって言う事も違うんですぜ。ある奴は相当な手練れと言うが、別の奴は弱い奴だったとか」
「外見すら分からねぇ、評価が食い違ってるっつう事だな……カール、その男は本物のマルスパル・アンダイエだったのかい?」
幻草山羊の視線を受けて、カールは首を傾げる。
「偽物の可能性はありますねー。僕には双剣使いの男の方が相応しいように思えましたしー」
「まあ、警戒すべき人間が分かれば誰がマルスパルであっても構わぬだろう」
「何人たりとも生きて帰すつもりはないのだから」
馬兄弟もカールと同意見であるようだ。しかし、ジルベリクは思案気に腕を組んで考え込んでいる。
「……確かにそうだが、サンドル達に正体を眩ませ続けているということは、マルスパルは相当用心深くまた臆病な性格だという事だ。
なれば、二重三重にも保険を掛けている可能性がある。それも考慮して作戦を立てよう」
結果的に、このジルベリクの予感は当たる事になる。
そして、婚約式当日がやって来た。
***
夕方、陽が落ちる頃――アン姫の婚約式に出席する貴族達の馬車が次々とキャンディ伯爵家に到着する。中には王族もいるそうだ。
失敗は許されない――カールは仕込み武器の最終確認をしつつ、裏門へ向かい男達を待った。
やってきた男達は思ったより人数が多かった。片付けるのに苦戦しそうだと思いつつ、肝心な男が居ない事に気付く。
「あれ? ジャンさんの姿が見えませんけどー」
「ああ、後で合流するつもりだ」
そう答えるマルスパル・アンダイエ。
そこでカールは嫌な予感がした。まさか、招待客にも紛れている?
不意にサリーナの顔が浮かんだ。彼女は会場での仕事の筈だ。
ジャンの実力の程は知れないが、そこまで強いとも思えなかった。サリーナであればそうそうに後れを取るようなことは無いと思う、そう願いたいが……、
カールは裏門を手早く開けて男達を引き入れる。
出来るだけ早く決着を付けなければ。
「こちらですー」
奥向きの屋敷へ向けて男達を誘導していく。
作戦で決めた通りの場所まで来ると、カールは振り返った。
「さあ、先ずはこの庭を荒らして下さいー。僕の大嫌いな同僚の担当の場所なんですよー」
その言葉に男達は早速とばかりに一斉に武器を構える。
早速庭を荒そうと――はせず、それをカールに向けたのだった。
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