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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(214)
「私の父、雪山鼠氏族のモルダシンは、アルビオンとの戦で祖父フィン・ブレイクラフの命を救った。そのことで恩義を感じた祖父は、ブレイクラフ騎士爵家に跡継ぎが居なかったこともあって、娘のケイリラを娶せたの。父と母は恋に落ち、それで私が生まれたわ」
戦がカレドニアの敗北に終わり、エレーヌ王妃様の犠牲によりカレドニア王国は辛うじて独立を保ち命を長らえ――表向きの平和が訪れた。
実際は程度の差はあれど……特に国境地帯はアルビオンからの理不尽な搾取や恥辱・暴力に晒されていたとララは語った。
彼女が生まれた頃は敗戦直後よりかはマシだったようだけれど、それでも無体を働くアルビオン人共の話を聞くのはそう珍しい事では無かったそうだ。
「私がまだ幼かったけれど今でも鮮明に覚えているわ……あの、忌まわしい事件……っ!」
不意にララの様子がおかしくなった。目を見開いて口だけがはくはくと動いている。喘ぐような呼吸。見知らぬ男が彼女に近付き――恐らくヘルヴェティアの言葉だろうが――何かを囁きながらその背中を撫でる。数十秒程経って、漸く落ち着きを取り戻すララ。
男は一つ溜息を吐くと、ララの肩をポンポンと叩いてこちらを見た。
「猊下、聖女様、そして皆様。僭越ながら、ララに代わり私が――モルダシンの弟にしてララの叔父に当たる、雪山鼠氏族のアルドゥインがお話させて頂きます」
言って礼を取るアルドゥインと名乗ったララの叔父。顔立ちがどことなく似ている感じがしたのはそれでか。
「――ゴフッ!」
「ちょっ……大丈夫?」
「……真面目な話をしているのにごめんなさいね、ちょっと世界の……喉の調子が」
吃驚したなぁ。
何かあったのかと思ったけど、マリーは単に咳き込んだだけらしい。暖炉を見ると、火が弱まっていた。サリーナが薪を追加しだしたので、すぐに温かくなるだろう。
「気にせず続けて頂戴」
「……はい。戦がカレドニア側の敗北で終わった直後も我ら雪山の傭兵達は暫くカレドニアに留まっておりました。
先程姪がお話した通り、アルビオンからの脅威からの防衛という仕事の口があったのです。
金さえ払えば戦う傭兵は何かと便利な存在でしてね、カレドニア人ではないからこそ重宝されたものでした」
そうか、と僕は思う。
山岳国家ヘルヴェティアという第三勢力だから。確かにアルビオンの賊を討伐・撃退するのに、傭兵達に依頼するのはカレドニアの騎士・軍が動くよりは角が立たないだろう。
「摂政のオーエン伯は戦後処理に奔走する傍ら、私財や国宝を手放して国境を守る諸侯をこっそりと支援。少なくない額が傭兵達の給金に充てられたと聞いております。兄夫婦は、カレドニア王家に感謝しておりました」
傭兵達と共に八方手を尽くしたのが功を奏し、治安は時間と共に改善が見られた。傭兵達の出番も少なくなり、その大多数が祖国へ引き上げて行く――そんな時だった。
「今思えば、油断していたのでしょう。アルビオン人達も傭兵達により好き放題に出来なくなってきたことで、鬱憤を抱えていた……」
ブレイクラフ家に起きた事件の発端は、アルビオン王国の税が上がった事により始まったのだとアルドゥインは語る。
「戦費の補填や好色王の奢侈……原因は様々考えられますが、間接的にカレドニアの力を削ぐ目的があったのかも知れません。事実、国境の向こう側の無法者達は税収の不足分を補う為に手っ取り早く奪うことを選んだのですから」
「奴らは前触れも無く、ブヨの雲のように徒党を組んで一斉に襲い掛かって来ました。ブレイクラフ騎士爵領の村は私や他の仲間がまだ残っていたので辛うじて防衛しましたが、傭兵の居なくなったところは多勢に無勢。一方的に蹂躙されたそうです」
作物が育ち実り始めた畑は踏みつぶされ、男達は殺された。女子供や牛馬は連れ去られ、家屋は炎に包まれたという。
「それ以降、金銭や物資の略奪が再び繰り返されるようになりました。ブレイクラフ騎士爵領も例外ではなく、兄夫婦はアルビオンへの抗議や防衛の為の援助を幾度も使者をやって訴えたのですが、戦火の再燃を恐れた中央は及び腰。
そしてもう財貨が尽きてしまったのだと援助も来ず終い。抗議は申し入れたようですが、アルビオン側は賊がしたこと故に関知せぬと」
戦がカレドニアの敗北に終わり、エレーヌ王妃様の犠牲によりカレドニア王国は辛うじて独立を保ち命を長らえ――表向きの平和が訪れた。
実際は程度の差はあれど……特に国境地帯はアルビオンからの理不尽な搾取や恥辱・暴力に晒されていたとララは語った。
彼女が生まれた頃は敗戦直後よりかはマシだったようだけれど、それでも無体を働くアルビオン人共の話を聞くのはそう珍しい事では無かったそうだ。
「私がまだ幼かったけれど今でも鮮明に覚えているわ……あの、忌まわしい事件……っ!」
不意にララの様子がおかしくなった。目を見開いて口だけがはくはくと動いている。喘ぐような呼吸。見知らぬ男が彼女に近付き――恐らくヘルヴェティアの言葉だろうが――何かを囁きながらその背中を撫でる。数十秒程経って、漸く落ち着きを取り戻すララ。
男は一つ溜息を吐くと、ララの肩をポンポンと叩いてこちらを見た。
「猊下、聖女様、そして皆様。僭越ながら、ララに代わり私が――モルダシンの弟にしてララの叔父に当たる、雪山鼠氏族のアルドゥインがお話させて頂きます」
言って礼を取るアルドゥインと名乗ったララの叔父。顔立ちがどことなく似ている感じがしたのはそれでか。
「――ゴフッ!」
「ちょっ……大丈夫?」
「……真面目な話をしているのにごめんなさいね、ちょっと世界の……喉の調子が」
吃驚したなぁ。
何かあったのかと思ったけど、マリーは単に咳き込んだだけらしい。暖炉を見ると、火が弱まっていた。サリーナが薪を追加しだしたので、すぐに温かくなるだろう。
「気にせず続けて頂戴」
「……はい。戦がカレドニア側の敗北で終わった直後も我ら雪山の傭兵達は暫くカレドニアに留まっておりました。
先程姪がお話した通り、アルビオンからの脅威からの防衛という仕事の口があったのです。
金さえ払えば戦う傭兵は何かと便利な存在でしてね、カレドニア人ではないからこそ重宝されたものでした」
そうか、と僕は思う。
山岳国家ヘルヴェティアという第三勢力だから。確かにアルビオンの賊を討伐・撃退するのに、傭兵達に依頼するのはカレドニアの騎士・軍が動くよりは角が立たないだろう。
「摂政のオーエン伯は戦後処理に奔走する傍ら、私財や国宝を手放して国境を守る諸侯をこっそりと支援。少なくない額が傭兵達の給金に充てられたと聞いております。兄夫婦は、カレドニア王家に感謝しておりました」
傭兵達と共に八方手を尽くしたのが功を奏し、治安は時間と共に改善が見られた。傭兵達の出番も少なくなり、その大多数が祖国へ引き上げて行く――そんな時だった。
「今思えば、油断していたのでしょう。アルビオン人達も傭兵達により好き放題に出来なくなってきたことで、鬱憤を抱えていた……」
ブレイクラフ家に起きた事件の発端は、アルビオン王国の税が上がった事により始まったのだとアルドゥインは語る。
「戦費の補填や好色王の奢侈……原因は様々考えられますが、間接的にカレドニアの力を削ぐ目的があったのかも知れません。事実、国境の向こう側の無法者達は税収の不足分を補う為に手っ取り早く奪うことを選んだのですから」
「奴らは前触れも無く、ブヨの雲のように徒党を組んで一斉に襲い掛かって来ました。ブレイクラフ騎士爵領の村は私や他の仲間がまだ残っていたので辛うじて防衛しましたが、傭兵の居なくなったところは多勢に無勢。一方的に蹂躙されたそうです」
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