貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(28)

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 ミルクティーの時と同じだ。マリーはただ自然に振る舞っているだけだ。父も僕と同じ轍を踏んだ。勝手に試して勝手に敗北感を味わっている。

 「そ、そんな風に使うんだ。器用だね」と言えば、マリーはナイフやフォークよりも便利だと言う。

 「それより恥ずかしいですわ、私ばかりが食べているんですもの」

 その言葉に、家族は慌てて食事を開始。それでも皆、やっぱりマリーを気にしていた。彼女はマイペースに匙でスープを飲んでいる。

 「このスープ、不思議な味。美味しいですわ」

 「気に入って貰えて良かったわ。マリーちゃんは苦手な食べ物はあるのかしら」

 「そうですわね…基本的に好き嫌いはないのですが、刺激の強い味が苦手ですわ、お義母様」

 「好きな食べ物はあるの?」

 「はい、濃厚で甘いものが好きなんですの。お土産にも持参したお菓子は私の好物でもありますわ」

 「まあ、私も甘いお菓子は大好きなのよ、楽しみだわ」

 マリーと母が話を始めた。それをきっかけに他の家族も参加していき、穏やかに会話が交わされていく。母はアールの新たな婚約者となるアナベラ様の事が気になっているようだった。マリーが安心させるようにアナベラ様について伝えている。
 僕は間を見計らって馬車について話題を振った。特に父が興味を掻き立てられたようで、熱心に話を聞きだした。マリーは辻馬車の組合とその後ろ盾になっている貴族が課題だと言うが、父はかなり乗り気だ。マリーが帰るのすら待たずに祖父と計画を練り始めた。祖母も母も呆れている。まったく困ったものだ。

 マリーは特にソヤというソースを物凄く喜んだ。祖母が一瓶譲ると言えば、目を潤ませて感極まったように震えている。
 ソヤか。決して安くはないけど彼女の為ならいくらでも手に入れてみせよう。
 それは家族も同じ気持ちのようで、アールにしてくれた事に対して感謝の気持ちを述べ始めた。
 マリーは慌てて大したことはしていないと否定し、銀行は危険な仕事だからと顔を曇らせている。しかし父ブルックの言う通り、貴金属宝石の商いでも危険度はさほど変わらない。金を持っていると常に狙われるのは僕達も同じだ。
 アールとアナベラ様の婚約が晴れて正式になれば今度は一緒にうちに招きたいと祖母と母が話しているの聞いて、僕もその日が待ち遠しくなった。アールの噂を改善する手立てを早く考えなくては。


***


 マリーが丁重に持て成しに対する感謝の言葉を述べて、やっと昼食が終わった。これからはいよいよ僕との時間だ。

 「マリー、うちを案内するよ」

 彼女をエスコートして屋敷をゆっくりと案内する。ゆくゆくはマリーがこの屋敷の女主人になるんだ。両親は僕達の結婚後は領地でゆっくりすると言っているし。彼女との甘い結婚生活を思い描きながら僕はうきうきとしていた。
 一通り案内し終わって庭に出ると、僕の気持ちを代弁するかのように鳥が歌い、太陽が辺り一面を照らしている。花は咲き乱れ、愛らしい薔薇の女神のようなマリーと歩いていると天にも昇る心地だ。

 蔓薔薇の門をくぐり抜けると、そこは我が家自慢の薔薇園。キャンディ伯爵家とは違いこじんまりとした分、薔薇で埋め尽くされるように密植されている。
 ルフナー子爵家は外国の薔薇も取り寄せて植えているから珍しいものも多い。見慣れない色や形があれば、マリーはわざわざ立ち止まって匂いを嗅いだりしていた。

 「綺麗……それに薔薇の香りが凄いわ」

 「外国の香水を作る品種は特に香るみたいだね。それより、歩き回って疲れたよね、あそこで休もうか」

 僕は彼女の手を引いて、薔薇園の中にある東屋に連れて行く。薔薇とお茶好きの彼女の為に僕が気合を入れて用意した場所を見て、マリーは歓声を上げた。

 「御伽噺のお姫様みたい、なんて素敵なの!」

 「気に入って貰えて良かった」

 マリーのはしゃぎように微笑ましく思ってしまう。頑張ったかいがあった。
 席に着くと、使用人達がすぐにお茶を出す。僕達の行動を把握していたので、先回りしていたのだ。

 マリーは相変わらずうっとりと東屋内部を見ていた。

 「綺麗……本当に素敵」

 言って、お茶を一口飲んで目を閉じる。「お茶も美味しいわ」

 「今のマリー、御伽噺のお姫様そのものだよ」

 笑い交じりに言うと、マリーは「まあ、グレイったら」と僕を見てふふふと笑う。

 「御伽噺と言えば、そうだわ。私ね、最近アールお義兄様とアナベラ姉様をモデルにしたお話を考えてみたの」

 「へぇ、どんなの?」

 彼女がどんな話を考えるのか興味を引かれて訊くと、マリーはその内容を語った。

 「あ、あは、あははは、あのアールが、そんな、恐れられてる悪魔貴族とかないよ! 美女を颯爽と救うような格好良さもないないないっ!」

 「もう、そんなに笑わなくっても!」

 腹が痛い。
 話の内容自体はかなり面白かったけど、僕はヒーローと現実のアールとのあまりの差に笑い転げた。兄さんはどっちかというと返り討ちにあって殴られそうだ。マリーの目にはアールがどんな風に映ってるんだか。

 「ごめんごめん。ああでも、アールに読ませてみたいな、それ。面白い事になりそう。完成したら僕が職人に渡して製本してあげるから許してよ」

 可愛らしくむくれるマリー。目尻を指で拭いながら僕はそう請け負った。兄さんに小説を読ませたらどんな顔するのだろう。

 だけど、小説か。

 そう言えばあの評判が悪かったメイソンも、ドルトン侯爵家が小説を流行らせて印象操作していたって父が言っていたのを思い出す。

 その手法、悪くないかもしれない。

 「本当? じゃあ私には特別に立派な装丁ので一冊。後、お義兄様に読んでもらうなら同席させて。見てみたいもの」

 「分かったよ。マリーにあげるのは金の文字を入れた立派なのにする。兄さんに読んでもらうのはキャンディ伯爵家にしよう。これでいい?」

 「いいわ。じゃあ許してあげる」

 マリーのお許しが出た。彼女の小説の出来次第では流行らせても良いかもしれないな。


 それから僕達はお互いの近況等を話しながらお茶を楽しんだ。彼女は最近釣りをしたらしい。大きな鯉が釣れたとか。僕も釣りはするので今度誘ってみようか。
 そんな事を考えていると、マリーが不意に「踊らない?」と言い出した。

 ここで? 音楽も何も無いけど。

 驚いて聞き返すと、パーティーは苦手だけどダンス自体は嫌いじゃないと言う。

 「だから、ダンスを申し込んでくれる?」

 マリーは社交界に出ない。だから、踊る機会もあまりない。

 しょうがないなぁ。

 僕は立ち上がると、マリーの前に跪いた。淑女を誘う紳士の礼は幾つかあるが、これは中でも最上のもの。

 「――踊ってくれますか? マリアージュ姫」

 「ええ、喜んで。グレイ王子」

 マリーは嬉しそうにはにかんで、僕の差し出した手を取った。
 東屋を出る。僕達は口で曲を奏でながら薔薇園の中を踊った。軽やかな笑い声をあげるマリー。
 太陽の光に照らされた彼女の髪と瞳が黄金に輝き、まるでその瞬間が永遠に切り取られたかのように周囲から音が消え、僕の胸を打った。

 「ずっと、この時間が続けばいいのに」

 マリーの呟きだけが耳朶を打つ。

 ああ、僕も同じ気持ちだ。

 彼女への愛しさが溢れて止まらなくなり、堪らず華奢な体を抱き寄せる。
 その蜜色の瞳が驚きに見開かれ――逆に僕は視界をゆっくりと閉じていく。自分の心が命ずるままに、マリーの唇を奪った。
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