貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(27)

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 我が家の食堂は子爵家にしてはかなり広い。

 家族だけならここまで広くなくても良いんだけど、商売関係等で大勢の客が来ることもあるので、父ブルックが結婚を機に改築したと聞いている。
 母レピーシェはマリーを持て成す為に様々な異国風の料理を用意していた。僕もキャンディ伯爵家の美食について伝え、同じ料理だとどうしても見劣りするかも知れないと意見している。実際あのハンバーガーは美味しかったし。

 マリーと僕は並んで座り、家族もめいめいの席に着いた。父が改めて歓迎の言葉を言っている。無礼講というのもマリーの人となりを見極める為の誘い文句だろう。注意していないと、と僕は気を引き締めた。

 「まあ。本日はこのような素晴らしいおもてなしをありがとうございます。見たことのない珍しいお料理の数々に心が浮き立ちますわ」

 そんな僕の内心を知る由もない彼女はテーブルの上の料理と家族を見渡し、顔を輝かせて喜んでいる。母を見るとほっとした表情になっていた。

 マリーの侍女がカトラリーを持って来る。普段からよく磨かれているのだろう、取り出されたそれらは全て光を反射し鏡のように輝いていた。

 ナイフは良いとして――伯爵家のフォークは変わった形をしている。
 謝罪に行ったあの日、想定外の夕食に呼ばれて予備を借りた僕と兄は知っていたけど、家族は僕達から聞いているだけだ。実際見るとやはり珍しいと思ったようで、祖父エディアールがマリーにフォークの話題を振っている。

 マリーはこの形の方が食べやすいと言い、フォークが苦手な祖父は同じ形にしようか悩み出した。良くフォークから食べ物を滑らせるからだ。
 実際使った僕も思うけど、確かに二叉より三叉の方が食べ物を落としにくい。

 彼女はそれならと家族全員のフォークを職人に作らせ、今日の記念に贈る事を提案した。祖母パレディーテが祖父をたしなめつつマリーに礼を言っている。
 マリーは正式な結婚がまだなだけで気持ちは身内だから遠慮はしないで欲しいと微笑んだ。フレールと同じ伯爵令嬢だからと気を揉んでいたであろう母が、彼女が優しい娘で良かったと感動している。

 そうだろう、そうだろう。マリーは色んな事を知ってたりちょっと変わってたりするけど、美しいだけじゃなく気立ての良い本当のご令嬢なんだ。あのフレールとは訳が違う。

 内心頷いていると、父が使用人に指図して何かを持って来させた。それが彼女のカトラリーの隣に置かれる。

 「こ、これは……!」

 マリーが驚いたようにそれを見詰めた。綺麗な銀細工――だけど、それを抜かせばこの国のほとんどの人間にとっては、用途不明のただの二本の棒に過ぎない代物だ。

 「きっと珍しいだろうと思ってな。クァイツという名の遠国のカトラリーだ。信じられない事に、そのような二本の棒で食事をするとか。美しい銀細工なので仕入れているが、この国では一本ずつに分けて髪飾りとして売っている。宜しければマリーに差し上げましょう」

 成程、こういう方法できたか。

 僕は思わず父を睨んだ。一瞬目が合う――表情こそ柔和だけど、その目には挑戦的な光。

 使用人に持って来させた『クァイツ』という名の異国のカトラリー。どうやって使うのかここに居る誰も分からない。
 ただ細工が美しいので仕入れて来た商人が居て、まとめて買ってくれるなら安くするからどうかと言われ――確かに異国渡りにしては安価だったので試しに買い付けてみたものだ。

 苦労して仕入れて来たはずなのに、安かった理由はすぐに分かった。

 珍し物好きの好事家こうずかあたりが買うかも知れないと、最初は珍品として売っていた。だけどさっぱり売れない。
 そりゃそうだ。銀細工という事を除けばただの二本の棒。使える人も居ないし、飾っておくにしても地味過ぎる。
 きっとあの商人もそうだったのだろうと思う。だから叩き売った。

 考えを変えて父の言う通り髪飾りという事にしたけど、元からそのように作られてないから華やかさが無い。髪飾りとしてもあまり売れてないものだった。

 ――そんなものをマリーに差し出すなんて。

 そう一瞬思うものの、あのゴミ同然だった茶葉……自分も彼女と初めて会った時に同じような事をして試した覚えがある。僕も確かに父の血を引いているな、うん。
 価値の無い茶葉よりは、銀細工の異国のカトラリーを贈る方が何倍もマシだ、と自己嫌悪。

 「では折角ですので私はこれを使いましょう」

 試されているのを知ってか知らずか、彼女はあろうことか、食事にそれを使うと言い出した。「ほう、この挑戦を受けるか」とでも言いたげに父は片眉を上げてニヤリとする。

 「大丈夫、マリー」

 心配のあまり僕は声を掛けた。彼女は僕と視線を合わせ、「だって無礼講なのでしょう?」と意味ありげに目配せをしてきてドキリとする。

 もしかして、試されているって知っているのだろうか。

 でも、彼女は伯爵令嬢だ。無礼講とは言っても、みっともない食べ方は出来ない筈。僕がクァイツで食事をするように言われたら困ると思う。
 ナイフとフォークのように右手と左手に一本ずつ持って使うのだろうか? どう考えても難しい。

 そんな事を考えている間にも食事の前の祈りがなされた。しかし誰も食事に手を付けない。
 心配しているのだろう、ニヤニヤしている父以外が固唾を呑んでマリーを見守っていた。彼女の侍女も心配そうな面持ちをしている。僕もいざとなれば助け船を出すつもりだ。

 ああ、だけど何でも知っていそうな僕のマリーだ。もしかして。

 マリーは口をほころばせて小さく笑うと左手でクァイツを取り、それを右手に持ち替えた。小指以外の指を使い、まるで鳥の長いくちばしのように動かしてみている。

 小さく頷いた彼女。それを皮切りに、右手で優雅な白鷺しらさぎが餌をついばむようにクァイツを動かしては食事を進めていった。

 二本の銀の棒が彼女の白い手の中で近づいたり離れたりして踊り、舞う。その所作は一種の美しさすら感じるもので――僕だけじゃなく、家族全員が魅入みいられたように釘付けになっていた。
 先程までニヤついていた父ブルックですら、口をあんぐりと開けている。
 
 父のこんな表情、僕は初めて見た。
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