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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(26)
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マリーを馬車へと案内すると、彼女は内装をきょろきょろとした後、窓の外を見た。
庭師が同道する為に乗馬しているので不思議に思ったのだろう。彼らにその理由を聞いていたので、僕も口添えして上手く誤魔化しておく。
御者に声を掛けると馬車が動き出した。マリーが対面に座る僕をじっと見ている。
「どうかした?」
「揺れが思ったより少ないのね。もしかしてばねのような物を使っているの?」
僕は驚いた。うちの馬車は外国の優れた技術を使っている最新式で、揺れが少ない。その仕組みは確かにばねを使っている。よく知ってるね、と言うと彼女はにこっと微笑んだ。マリーに知らない事なんてあるのだろうか。
「ね、グレイ。馬車を使った商売ってあるかしら? お金を貰って馬車でお客さんが行きたいところに連れて行く、というような」
「辻馬車の事? あるよ」
僕はマリーに詳しく教えてあげた。彼女はふんふんと興味深そうに耳を傾けている。
「じゃあ、それなりのお金を持っていないと乗れないのね。もし、複数のお客さんを乗せられるような作りの馬車で、街中を決まった道順でぐるぐる回るようにすれば、もっと安く乗れたりするのかしら?」
「複数の客を、決まった道順で?」
「ええ。それなら違った目的地の複数の人を乗せる事が出来るわ。馬車が一時的に停まる場所…『停留所』を道順に沿って幾つか決めておいて、お客さんはその場所で待てば乗車出来るの。
馬車は決まった道順で走り、お客さんは行きたい場所に近い停留所で降りる。そういう風にすればどうかしらって。巡回する道筋を何通りか作って運用すればもっと便利になると思うわ」
成程。僕は考え込んだ。複数の人間を乗せるなら馬車の料金は人数が増えれば安くなる。マリーの言ったやり方で決まった道順で巡回させて客を乗り降りさせるのか。
これが実現されればきっと王都の生活は各段と便利になるだろう。庶民も移動範囲が増え、その分時間も節約出来て生活が大きく変わる。素晴らしく画期的なやり方だ。それを事業にして我が家が取り仕切れれば。
今回、きっと父はマリーの事を何らかの方法で試すに違いない。下手なやり方はしないだろうが……。顔を上げてちらりとマリーを見た。だったらこれは彼女から説明して貰った方が良いだろうな。
「マリー、僕の家族はそういう面白い考えを聞くのが好きなんだ。だから是非うちで話してみてくれないかな。僕が話題を振るからさ」
「ええ、良いわよ」
それから程なくして馬車が停まった。「若旦那様、家に着きましたよ」と御者の声。
馬車の扉が開けられる。僕は先に降りて、マリーにさあ、と手を差し出した。
***
「ようこそ、ルフナー子爵家へ」
彼女は少し緊張しているようで、左手を胸に押し当てている。右手をそっと僕の手に乗せた。そしてそろそろと馬車を降り、家の前で出迎えている僕の家族に視線を向ける。
僕も家族を見――そして頭痛を覚えた。マリーを試そうとしているのは父ブルックだけじゃなかったようだ。
お爺様にお婆様……その衣装、何十年前のものなんだよ。
それでも商売で培ったように平静を装って彼女をエスコートして近くへ連れて行く。祖父母が一歩前へ踏み出したので、彼女に紹介した。
マリーは注意深くスカートを摘まみ、綺麗な所作で挨拶する。祖父エディアールと祖母パレディーテが顔を綻ばせて歓迎の言葉を口にすると、彼女はにこやかに「ありがとうございます」と微笑みを浮かべていた。
だが、僕には何となく分かった。マリーがその衣装――特に仰々しい襟に戸惑いを覚えている事を。この時点でマリーは祖父母のお眼鏡に叶ったようだし、と溜息を吐く。
「お爺様もお婆様も何でそんな何十年も前の古い服を着てるんだよ」
彼女が戸惑っているじゃないかと苦言を呈するも、一番気に入りの服だの国王に挨拶した服だの言いながら飄々としらばっくれている。
しかしあろう事か、マリーが威風堂々とした素晴らしい襟だと褒めた。その口調にお世辞じゃなく真実心からのものを感じて僕はぎょっとしてしまう。
これまで貰った刺繍ハンカチの数々が脳裏を過る。そう言えば彼女は独特の感性の持ち主だった。
どうしよう、マリーがお婆様のような襟を着けるようになってしまったら。僕もそれに合わせてお爺様のような襟を着けなきゃいけないのだろうか?
愕然としていると、何時の間にか父母の番になっていたらしい。ぼさっとするなと叱られて僕は我に返る。慌ててマリーに紹介した。
結婚後は一番関わりが深くなりそうな僕の両親に、マリーは先程よりもゆっくりと丁寧に淑女の礼を取った。ゆっくりと寸分狂わず行われる美しい礼は人を圧倒し、魅了するものだ。
いずれ家族になるのでマリーと呼び捨てて欲しいと言ってるけど、とてもそんな気軽に呼べるような雰囲気じゃない。様付けしないといけないような気品と威厳。ああ、やっぱり生まれながらの貴族の姫君なんだなぁと、こういう時に思う。
「不束者ですがよろしくご指導の程をお願い申し上げます」と上品に微笑んだマリー。「これはご丁寧に」と父ブルックも負けじと笑みを浮かべた。
一見人好きしそうなそれだけれど、見慣れた僕には分かる。相手を油断させる為のものだ。
案の定、「キャンディ伯爵の掌中の珠たる三の姫のお噂はかねがね」等と早速探りを入れている。頼むから変な事はしないで欲しいんだけど。
一方母レピーシェは娘が欲しかったと言いながらにこやかに喜んでいる。父と違って表裏の無い優しい性格だけど、気が付いたら自然に取り込まれているようなタイプだ。こちらは多分、問題ないと思いたい。
両親の紹介も終わったところでアールが挨拶をし、先日の礼を述べた。マリーは解決を喜び、お土産に菓子を持参した事を伝えている。兄が使用人を呼んでそれを受け取らせていると、早くマリーを案内するようにと母から叱られた。僕と兄は顔を見合わせ、やれやれと思う。母の中ではまだまだ僕達は子供なんだろう。
マリーも同じような事を思ったのか、クスクスと笑っている。二人同時にエスコートして欲しいと悪戯っぽい笑顔で両手を伸ばしてきた。僕達はまるで幼い子供のように三人で手を繋いで屋敷へと入ったのだった。
庭師が同道する為に乗馬しているので不思議に思ったのだろう。彼らにその理由を聞いていたので、僕も口添えして上手く誤魔化しておく。
御者に声を掛けると馬車が動き出した。マリーが対面に座る僕をじっと見ている。
「どうかした?」
「揺れが思ったより少ないのね。もしかしてばねのような物を使っているの?」
僕は驚いた。うちの馬車は外国の優れた技術を使っている最新式で、揺れが少ない。その仕組みは確かにばねを使っている。よく知ってるね、と言うと彼女はにこっと微笑んだ。マリーに知らない事なんてあるのだろうか。
「ね、グレイ。馬車を使った商売ってあるかしら? お金を貰って馬車でお客さんが行きたいところに連れて行く、というような」
「辻馬車の事? あるよ」
僕はマリーに詳しく教えてあげた。彼女はふんふんと興味深そうに耳を傾けている。
「じゃあ、それなりのお金を持っていないと乗れないのね。もし、複数のお客さんを乗せられるような作りの馬車で、街中を決まった道順でぐるぐる回るようにすれば、もっと安く乗れたりするのかしら?」
「複数の客を、決まった道順で?」
「ええ。それなら違った目的地の複数の人を乗せる事が出来るわ。馬車が一時的に停まる場所…『停留所』を道順に沿って幾つか決めておいて、お客さんはその場所で待てば乗車出来るの。
馬車は決まった道順で走り、お客さんは行きたい場所に近い停留所で降りる。そういう風にすればどうかしらって。巡回する道筋を何通りか作って運用すればもっと便利になると思うわ」
成程。僕は考え込んだ。複数の人間を乗せるなら馬車の料金は人数が増えれば安くなる。マリーの言ったやり方で決まった道順で巡回させて客を乗り降りさせるのか。
これが実現されればきっと王都の生活は各段と便利になるだろう。庶民も移動範囲が増え、その分時間も節約出来て生活が大きく変わる。素晴らしく画期的なやり方だ。それを事業にして我が家が取り仕切れれば。
今回、きっと父はマリーの事を何らかの方法で試すに違いない。下手なやり方はしないだろうが……。顔を上げてちらりとマリーを見た。だったらこれは彼女から説明して貰った方が良いだろうな。
「マリー、僕の家族はそういう面白い考えを聞くのが好きなんだ。だから是非うちで話してみてくれないかな。僕が話題を振るからさ」
「ええ、良いわよ」
それから程なくして馬車が停まった。「若旦那様、家に着きましたよ」と御者の声。
馬車の扉が開けられる。僕は先に降りて、マリーにさあ、と手を差し出した。
***
「ようこそ、ルフナー子爵家へ」
彼女は少し緊張しているようで、左手を胸に押し当てている。右手をそっと僕の手に乗せた。そしてそろそろと馬車を降り、家の前で出迎えている僕の家族に視線を向ける。
僕も家族を見――そして頭痛を覚えた。マリーを試そうとしているのは父ブルックだけじゃなかったようだ。
お爺様にお婆様……その衣装、何十年前のものなんだよ。
それでも商売で培ったように平静を装って彼女をエスコートして近くへ連れて行く。祖父母が一歩前へ踏み出したので、彼女に紹介した。
マリーは注意深くスカートを摘まみ、綺麗な所作で挨拶する。祖父エディアールと祖母パレディーテが顔を綻ばせて歓迎の言葉を口にすると、彼女はにこやかに「ありがとうございます」と微笑みを浮かべていた。
だが、僕には何となく分かった。マリーがその衣装――特に仰々しい襟に戸惑いを覚えている事を。この時点でマリーは祖父母のお眼鏡に叶ったようだし、と溜息を吐く。
「お爺様もお婆様も何でそんな何十年も前の古い服を着てるんだよ」
彼女が戸惑っているじゃないかと苦言を呈するも、一番気に入りの服だの国王に挨拶した服だの言いながら飄々としらばっくれている。
しかしあろう事か、マリーが威風堂々とした素晴らしい襟だと褒めた。その口調にお世辞じゃなく真実心からのものを感じて僕はぎょっとしてしまう。
これまで貰った刺繍ハンカチの数々が脳裏を過る。そう言えば彼女は独特の感性の持ち主だった。
どうしよう、マリーがお婆様のような襟を着けるようになってしまったら。僕もそれに合わせてお爺様のような襟を着けなきゃいけないのだろうか?
愕然としていると、何時の間にか父母の番になっていたらしい。ぼさっとするなと叱られて僕は我に返る。慌ててマリーに紹介した。
結婚後は一番関わりが深くなりそうな僕の両親に、マリーは先程よりもゆっくりと丁寧に淑女の礼を取った。ゆっくりと寸分狂わず行われる美しい礼は人を圧倒し、魅了するものだ。
いずれ家族になるのでマリーと呼び捨てて欲しいと言ってるけど、とてもそんな気軽に呼べるような雰囲気じゃない。様付けしないといけないような気品と威厳。ああ、やっぱり生まれながらの貴族の姫君なんだなぁと、こういう時に思う。
「不束者ですがよろしくご指導の程をお願い申し上げます」と上品に微笑んだマリー。「これはご丁寧に」と父ブルックも負けじと笑みを浮かべた。
一見人好きしそうなそれだけれど、見慣れた僕には分かる。相手を油断させる為のものだ。
案の定、「キャンディ伯爵の掌中の珠たる三の姫のお噂はかねがね」等と早速探りを入れている。頼むから変な事はしないで欲しいんだけど。
一方母レピーシェは娘が欲しかったと言いながらにこやかに喜んでいる。父と違って表裏の無い優しい性格だけど、気が付いたら自然に取り込まれているようなタイプだ。こちらは多分、問題ないと思いたい。
両親の紹介も終わったところでアールが挨拶をし、先日の礼を述べた。マリーは解決を喜び、お土産に菓子を持参した事を伝えている。兄が使用人を呼んでそれを受け取らせていると、早くマリーを案内するようにと母から叱られた。僕と兄は顔を見合わせ、やれやれと思う。母の中ではまだまだ僕達は子供なんだろう。
マリーも同じような事を思ったのか、クスクスと笑っている。二人同時にエスコートして欲しいと悪戯っぽい笑顔で両手を伸ばしてきた。僕達はまるで幼い子供のように三人で手を繋いで屋敷へと入ったのだった。
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