貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

ラストシーンは『ラベンダーの真意』。

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 「すみませんでしたぁぁぁ!」

 私は矢も楯もたまらずスライディング土下座をした。トーマス兄が息を吐く音が聞こえる。

 「……全く馬鹿な妹を持つと苦労する。だいたいそのような低俗な本を私が読むわけがないだろう」

 「ええっ、じゃあトーマス兄は性欲ないの!? もしかして男しょ――」

 色、と言おうとした瞬間、顔を片手でがしっと掴まれた。頬っぺたが、頬っぺたが痛い!

 「違う! 変な想像するんじゃない」

 てしてし、と兄の腕を叩いてやっと解放される。
 痛む頬をさすっていると、

 「で? 何しに来たんだ」

 「あっ、画材を借りようと思って」

 来意を訊かれた私はかくかくしかじかと話す。トーマス兄は興味深そうに聞いていた。
 ただ画材は大事なものなので他人に貸したくないとの事。

 「だから私も一緒に付き合ってやろう」


***


 「濃淡様々の緑と茶、その組み合わせか。一見、汚れているだけのように思えるが?」

 「一応、これで迷彩効果が得られると思うけど……」

 私達は庭に来ていた。

 小さなキャンバスを作り、そこに迷彩柄を思い出しながら描いた私。何となくそれっぽくなったと思う。様々な色を混ぜて作ってくれたトーマス兄に感謝。
 それとは別に、比較実験の為に一色のみで塗られたものも作っていた。
 草や木が豊富な場所を選んでそれぞれ置いて、少し離れてみる。
 うん。素人なりにそれなりに迷彩効果が出たんじゃないかな。トーマス兄が感心したように「ほう」と声をあげた。

 「これは……成程、確かに一色のものよりは遥かに目立たない。色を変えれば他の場所にも応用できそうだな」

 「でしょ。この柄でマントを作れば、いざという時それにくるまって森で隠れやすくなると思うの。私が逃げるのにもきっと役に立つよね!」

 黒と迷彩柄で作れば闇夜にも森にも使えるし、と得意げに言う私。
 トーマス兄は目を眇め、縁起でもない事を言うなと頬を突いて来た。

 「マリー、そもそもうちの敷地内のみで活動するお前が森に逃げ込むような事ってあるのか? そうなった時は既にキャンディ伯爵家自体が終わりだと思うが」

 「えー、だってそんなの分かんないじゃん。曲者だって現れたし、庭で追いかけられたらさ」

 異を唱えると、トーマス兄は馬の脚共に視線をやる。

 「その為にあの二人が常に一緒に居るんだろうが。この柄は奴らに使わせてやれば良い」

 「えっ、だって庭師だよ?」

 私は驚いた。確かにあの時は曲者捕まえてくれたけど、庭師である奴らが戦えるとは思えない。
 トーマス兄は「この際伝えておいた方が良いか…」と呟いた。

 「お前には知らされて無かったが、一応うちで雇っている者達は一通り戦いの心得ぐらいはある。奴等もそうだ。お前の侍女もな」

 「そうなの?」と驚いてサリーナを振り向けば、「お嬢様をお守りする最低限の仕込みのみですが」と頷いた。

 「本来なら成人の15歳以降に教わる事だ。イサークとメルローズはまだ知らないから言うなよ」

 「何で?」

 「それが我が家の決まりだからだ。良いな」

 決まりねぇ。お貴族様は良く分からない決まりやしきたりが多いよな。それが伝統というものなんだろうけど。
 釈然としない気持ちはあるものの、

 「……うん、分かった」

 私はそういうものなんだろうと頷いた。何より私の嗅覚が何か嫌なものを嗅ぎ取っている。知らない事は幸せなのだ。

 結局、迷彩柄のキャンバスはトーマス兄に没収された。持って行ってダディに報告するそうだ。
 ぶーぶー文句を垂れていると、私のマントを注文しておいてやるって言ってくれた。
 ならどーぞどーぞ、持ってって良いよ。やったね!



***



 『その病床のサイドチェストの上には、ラベンダーが生けられていた。それを見て、オールがぽつりと問う。

 「覚えているか、私がラベンダーの花束を渡した事を」

 イザベラは苦い思いで顔を歪めた。勿論忘れられる筈もない。愛を打ち明けようとする前に渡されたそれは、『疑惑』と『沈黙』――彼からの拒絶の象徴そのものだったのだから。

 「ええ、覚えているわ。あの時、貴方はこれが今の自分の気持ちそのものだと言ったわね。私の事、信じて貰えてなかったんだと傷ついたわ。それなのに、どうして庇ったりなんかしたの?」

 危ない所だった。凶手の刃が後少しずれていたら彼は死んでいた。ベッドに横たわるオールの包帯には薄っすらと血が滲み、痛々しい。
 オールは皮肉気な笑いを浮かべる。

 「そう受け取られるのは分かっていた。傷つけてしまって済まない。怖かったんだ。私は私の心が分からない。この忌まわしい髪のせいでずっと人に愛された事も無かった。
 悪魔と恐れられ、蛇蝎だかつの如く嫌われ続けて来た。何度も裏切られた。他人を信じる事など簡単には出来ない。君に対する気持ちは矛盾している。期待と疑いの入り混じった複雑怪奇なものだ。
 ただ、いざとなったら私は君の為に自分を犠牲にする事をいとわない――あのラベンダーで、そう君に伝えたかった……」

 ラベンダーのもう一つの花言葉。それは見返りを求めぬ『献身的な愛』――それが分かった瞬間、イザベラの瞳から涙がしたたり落ちた。オールの手が遠慮がちにそっと頬に添えられる。

 「本当、馬鹿な人ね。そして不器用な人――貴方の心の奥底に、確かにそれがあるというのなら」

 イザベラはサイドチェストに手を伸ばし、ラベンダーを一輪抜き取った。悪魔貴族の冷え切った手の上に、花と温もりと共に令嬢の嫋やかな手が重ねられる。

 「私も同じものを返しましょう。そして、この一輪のように、貴方が心から私を信じて下さる日まで。ずっと傍で――」

 待っています。』

 ラストシーンを読み終わった義兄アールは顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまった。
 ふるふると何かに耐えるように打ち震えている。そんなに感動してくれたのだろうか。
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