貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
50 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

ラストシーンは『ラベンダーの真意』。

 「すみませんでしたぁぁぁ!」

 私は矢も楯もたまらずスライディング土下座をした。トーマス兄が息を吐く音が聞こえる。

 「……全く馬鹿な妹を持つと苦労する。だいたいそのような低俗な本を私が読むわけがないだろう」

 「ええっ、じゃあトーマス兄は性欲ないの!? もしかして男しょ――」

 色、と言おうとした瞬間、顔を片手でがしっと掴まれた。頬っぺたが、頬っぺたが痛い!

 「違う! 変な想像するんじゃない」

 てしてし、と兄の腕を叩いてやっと解放される。
 痛む頬をさすっていると、

 「で? 何しに来たんだ」

 「あっ、画材を借りようと思って」

 来意を訊かれた私はかくかくしかじかと話す。トーマス兄は興味深そうに聞いていた。
 ただ画材は大事なものなので他人に貸したくないとの事。

 「だから私も一緒に付き合ってやろう」


***


 「濃淡様々の緑と茶、その組み合わせか。一見、汚れているだけのように思えるが?」

 「一応、これで迷彩効果が得られると思うけど……」

 私達は庭に来ていた。

 小さなキャンバスを作り、そこに迷彩柄を思い出しながら描いた私。何となくそれっぽくなったと思う。様々な色を混ぜて作ってくれたトーマス兄に感謝。
 それとは別に、比較実験の為に一色のみで塗られたものも作っていた。
 草や木が豊富な場所を選んでそれぞれ置いて、少し離れてみる。
 うん。素人なりにそれなりに迷彩効果が出たんじゃないかな。トーマス兄が感心したように「ほう」と声をあげた。

 「これは……成程、確かに一色のものよりは遥かに目立たない。色を変えれば他の場所にも応用できそうだな」

 「でしょ。この柄でマントを作れば、いざという時それにくるまって森で隠れやすくなると思うの。私が逃げるのにもきっと役に立つよね!」

 黒と迷彩柄で作れば闇夜にも森にも使えるし、と得意げに言う私。
 トーマス兄は目を眇め、縁起でもない事を言うなと頬を突いて来た。

 「マリー、そもそもうちの敷地内のみで活動するお前が森に逃げ込むような事ってあるのか? そうなった時は既にキャンディ伯爵家自体が終わりだと思うが」

 「えー、だってそんなの分かんないじゃん。曲者だって現れたし、庭で追いかけられたらさ」

 異を唱えると、トーマス兄は馬の脚共に視線をやる。

 「その為にあの二人が常に一緒に居るんだろうが。この柄は奴らに使わせてやれば良い」

 「えっ、だって庭師だよ?」

 私は驚いた。確かにあの時は曲者捕まえてくれたけど、庭師である奴らが戦えるとは思えない。
 トーマス兄は「この際伝えておいた方が良いか…」と呟いた。

 「お前には知らされて無かったが、一応うちで雇っている者達は一通り戦いの心得ぐらいはある。奴等もそうだ。お前の侍女もな」

 「そうなの?」と驚いてサリーナを振り向けば、「お嬢様をお守りする最低限の仕込みのみですが」と頷いた。

 「本来なら成人の15歳以降に教わる事だ。イサークとメルローズはまだ知らないから言うなよ」

 「何で?」

 「それが我が家の決まりだからだ。良いな」

 決まりねぇ。お貴族様は良く分からない決まりやしきたりが多いよな。それが伝統というものなんだろうけど。
 釈然としない気持ちはあるものの、

 「……うん、分かった」

 私はそういうものなんだろうと頷いた。何より私の嗅覚が何か嫌なものを嗅ぎ取っている。知らない事は幸せなのだ。

 結局、迷彩柄のキャンバスはトーマス兄に没収された。持って行ってダディに報告するそうだ。
 ぶーぶー文句を垂れていると、私のマントを注文しておいてやるって言ってくれた。
 ならどーぞどーぞ、持ってって良いよ。やったね!



***



 『その病床のサイドチェストの上には、ラベンダーが生けられていた。それを見て、オールがぽつりと問う。

 「覚えているか、私がラベンダーの花束を渡した事を」

 イザベラは苦い思いで顔を歪めた。勿論忘れられる筈もない。愛を打ち明けようとする前に渡されたそれは、『疑惑』と『沈黙』――彼からの拒絶の象徴そのものだったのだから。

 「ええ、覚えているわ。あの時、貴方はこれが今の自分の気持ちそのものだと言ったわね。私の事、信じて貰えてなかったんだと傷ついたわ。それなのに、どうして庇ったりなんかしたの?」

 危ない所だった。凶手の刃が後少しずれていたら彼は死んでいた。ベッドに横たわるオールの包帯には薄っすらと血が滲み、痛々しい。
 オールは皮肉気な笑いを浮かべる。

 「そう受け取られるのは分かっていた。傷つけてしまって済まない。怖かったんだ。私は私の心が分からない。この忌まわしい髪のせいでずっと人に愛された事も無かった。
 悪魔と恐れられ、蛇蝎だかつの如く嫌われ続けて来た。何度も裏切られた。他人を信じる事など簡単には出来ない。君に対する気持ちは矛盾している。期待と疑いの入り混じった複雑怪奇なものだ。
 ただ、いざとなったら私は君の為に自分を犠牲にする事をいとわない――あのラベンダーで、そう君に伝えたかった……」

 ラベンダーのもう一つの花言葉。それは見返りを求めぬ『献身的な愛』――それが分かった瞬間、イザベラの瞳から涙がしたたり落ちた。オールの手が遠慮がちにそっと頬に添えられる。

 「本当、馬鹿な人ね。そして不器用な人――貴方の心の奥底に、確かにそれがあるというのなら」

 イザベラはサイドチェストに手を伸ばし、ラベンダーを一輪抜き取った。悪魔貴族の冷え切った手の上に、花と温もりと共に令嬢の嫋やかな手が重ねられる。

 「私も同じものを返しましょう。そして、この一輪のように、貴方が心から私を信じて下さる日まで。ずっと傍で――」

 待っています。』

 ラストシーンを読み終わった義兄アールは顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまった。
 ふるふると何かに耐えるように打ち震えている。そんなに感動してくれたのだろうか。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」