貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

農業は国の根幹産業なのです。

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 「聞けぇっ! JAは俺様が乗っ取った! この農作業姿はその証だ、豚共ォォォ―――!」

 ブヒィィィィ―――!!!!

 コルナサインの数々が歓喜の豚声と共に大空に挙った。
 条件反射でそれに倣う。私はライブ会場に居た。しかもなかなか取れない会員限定の前列席。

 これは、夢?

 あのお方が何故か悪魔的なデザインの……ツナギを身に纏ってシャウトしていた。手には草刈鎌を持っている。鎖が伸びているので忍者の武器っぽい。
 いつもの黒い大きなマントもしているが、その裏地が迷彩柄になっている。農作業姿って言ってたけど、あの方が着ると凄くかっこいい! 流石だ!

 「ぐはははははは――っ! 忍者のようだと思ったか? そうだ、豚共よ。古来日本の暗部、忍者は元農民――この姿は素早く動き、人混みに紛れ、足音少なく敵の懐に侵入するのにも適しているのだ!」

 叫び、スピーカーの上に足を乗せるあのお方。ダン! という音がするかと思ったけどしなかった。足にはブーツではなく地下足袋。

 「つまりこの国の食料も、暗部も全て俺様の支配下になったのよ! お前ら豚共もいずれ出荷してやる! いくぜ、最初の曲は――」


***


 「……様、お嬢様!」

 はっ!

 久々のライブに気持ちが最高潮になった所で、目の前には朝の挨拶をするサリーナの顔。
 ああ、やっぱり夢だったのか。分かってた、でもね。

 「うわぁぁぁ、後少し――後少し寝かせて置いてくれてればぁぁぁ!」

 私は顔を覆って駄々っ子のようにジタバタした。刻むビートからして最初の曲はきっとあれだった。
 結構好きな曲だったのに、ご馳走を前にお預け食らった気分だ。サリーナが恨めしい。

 「良い夢を見られたようで何よりですが、もう朝ですので」

 と、涼しい顔でのたまう。むくれる私を宥めるように、「夢は夢、瑞夢も悪夢も、なべて幻の如く儚きもの」と歌うように言いながら私の支度をする侍女サリーナ。それは何かと聞けば、昔の詩人の詠んだ一節らしい。
 人の夢と書いて儚いという奴か。人生は無情だ。


 曲こそは聞けなかったけど、あのお方の姿を夢で見られただけでも良かった事にしよう。それにしても、とちらりと出しっぱなしのそれを見て溜息を吐く。
 昨日は結局答えが出ず、悩んだまま寝てしまった。

 「ねぇ、サリーナ」

 「はい」

 「あれ。作ったものの、着てみたら思ったより重くて。防御力は上がるけど動きが鈍るのよね…」

 例のコルセットを指して、どうしたら良いと思う? と訊けば、呆れたような目を返された。

 「マリー様が鍛えていらっしゃって、自ら剣を取って戦われるようなお方なら意味があるのかも知れません」

 目を逸らしながら言葉を濁すサリーナ。やっぱり使えないし邪魔になりそう?

 「折角頑張って作ったけど、無駄だったのかな……」

 「コルセットで覆っている以外の場所を傷つけられても人は死にますわ。ただ、無駄だったと断じるのも早計でしょう。少なくとも庭師達は、毎朝の習慣で多少足が速くなったようですが」

 「あっ!」

 そうか!

 少年漫画でよくあるよね。
 重しを付けて生活して慣れる事により、それを外した時のジャンプ力や素早さが上がるっていう。本気出す時にやるやつ。

 筋肉トレーニングだって負荷を掛けてやるんだし、このコルセットをしてウォーキングすれば同じ距離歩いてもいつもより鍛えられる筈!

 「ありがとう、サリーナ! 今度から運動する時はこのコルセットを使う事にする!」

 「お役に立てたのなら幸いです……」

 コルセットも使い道が出来て気分を良くした私は、何かをぶつぶつと言っているサリーナを尻目に庭へ出た。前脚ヨハン後ろ脚シュテファンがいつものようにスタンバイしている。

 そう言えば夢で見たあのお方。

 ちらり、と馬の脚共の足元を見る。

 動きやすい革靴のブーツ。
 基本、お貴族様の靴はヒールのある靴ばかりだ。ウォーキングに適したような靴も革のブーツぐらいしかない。スニーカーとかもない。

 私も一応今は革のショートブーツを使っているが、それだって毎日がしがし歩いて使おうものなら蒸れて水虫になりそうだと危惧していたところだ。ラベンダーのサシェ、運動後の天日干しと足浴は欠かせない。

 地下足袋のようなやつなら帆布のような丈夫な布があれば作れるかも知れない。きっと革よりも軽いだろうし。

 それに、裏地が迷彩柄のマント。きっと森の中に逃げ隠れするのに役に立つだろう。
 そう言えば、トーマス兄が趣味で絵画をしていたな。後で画材を借りに行こう。
 実際迷彩柄を描いてみて、庭でその効果を実験する必要がある。




 という訳で。
 はるばるやって来たるは我が兄トーマスのお部屋。

 お留守番役の従僕が「今トーマス様はいらっしゃいません、暫くしたらお戻りになると思いますのでここは……」と青い顔で引きとめてきたけど、戻るまでここで待たせてもらうぜぇ! とばかりに無理に押し通って居座った。
 サリーナが謝っているが、自宅警備員たるこの私に入れぬ部屋などあってはならないのだよ!

 トーマス兄の部屋は物が少ない。というか、物を外に出しておくのを嫌う性格なので、収納家具が充実している。現代日本に生きてたら、ミニマリストだったかも知れない。
 兄の纏うシトラス系の香水が仄かに香る以外に、アトリエとなっている小部屋から漂って来る画材独特の粘土のような匂い。流石にそこは兄が鍵を持ち歩いているので、私には入れないのだ。

 サリーナは兄を探しに行って参りますと出て行った。
 慌てて茶の用意をする従僕を尻目に、ベッドに飛び込む。ああ、トーマス兄臭い。ベッドはその人の臭いが一番する場所だと思う。そして、特に男性とかの場合――秘密を隠しておく場所でもあったりする。

 私はがばりと起き上がって、枕の下をまさぐった。何もない、ふむ。
 ベッドから出ると、這いつくばってその下を覗き込んだ。うーん、暗くてよく見えない。

 じーっと目を凝らしていると、従僕が「あの……」と遠慮がちに声を掛けてきた。お茶が入ったと言いたいのだろう。しかしそれどころじゃない。

 「ちょっと待って、今集中してるから」

 「何を探しているんだ?」

 「何って、勿論トーマス兄が隠してる艶本だ、よ……」

 従僕とは明らかに違う、それも聞き覚えのある声がして、恐る恐る顔を上げる。

 「ほう……艶本ね」

 そこにはトーマス兄が仁王立ちになってこちらを睥睨しており、私はぎゃっと悲鳴を上げた。
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