62 / 744
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(38)
しおりを挟む
蛍の見られる場所に着いた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
キャンディ伯爵家の蛍の見事さは僕も聞き及んでいる。見るのはこれが初めてだ。
周囲には、食事やダンスに飽きた招待客達もちらほらといるようだった。僕とマリーが案内されたのは勿論特等席。
設えられた席には椅子じゃなく、二人用の小さめのベンチがあった。二人、隣り合って座る。暗い中、仄かな明かりが灯され、更にマリーの温もりが太腿を介して伝わってきて、どうしても意識してしまう。
マリーは僕が腹を空かせているだろうと気を利かせてくれた。彼女の読みは当たってる。正直食べる暇も無かったから。
パンには肉が挟んであった。美味しい。
お腹が空いていたのは本当だけど、食欲で別の欲を誤魔化すように僕は食べた。マリーはお茶を飲んでいる。散々食べて満足したところでとりとめも無い話をした。彼女は僕の子供の頃がどんなだったか気になってるようだ。でも僕はマリーの幼少期の方がずっと気になる。さぞかし愛くるしかった事だろう。勿論今も可愛いけど。
今度サイモン様に当時の肖像画が無いか訊いてみよう。見てみたい。
そう思った時。招待客の誰かだろう、不意に声が上がった。暗闇に光が点滅している。
蛍だ。
蛍はどんどん数を増やし、やがて辺りは瞬く間に地上の夜空のようになった。噂に違わぬ光景だ、と僕は暫し見惚れた。
「綺麗……」
彼女が溜息を漏らす。何度見ても感動は薄れないのだろう。その時彼女は家族と一緒だったのだろうか、それとも。
でも、今年からはマリーはきっと、僕と蛍を見る事になるんだ。二人で。
そっと寄り添って手を伸ばし、マリーの手に自分のそれを重ねて握った。すぐに彼女から握り返される。
満天の星空の下、地上の星空が広がっている。ずっと二人でこうしていたいという気持ちでいっぱいになった。
突然、マリーが強く握って来た。かなりの力だ。どうしたのか訊くと、抱きしめて欲しいと震える声で言われた。
身を預けて来たので、優しく包み込むように抱きしめた。少し震えながら僕の胸に顔を埋めるマリー。丁度彼女の頭が顔の前にきて、薔薇が強く香る。まるで薔薇を抱きしめているようだ。
それにしても、蛍は嫌いなのだろうか。いや、でもそれなら蛍を見に誘ったりはしないだろう。
もしかして何かを思い出して怖くなったのだろうか。自ら光を放つ蛍は闇や魔に属する存在と言われる伝承は読んだことがある。
丁度近くを飛んできた奴がいたのでそっと捕まえた。掌の中で尻を光らせているそれは見た通り所詮はただの虫。
震えが収まったのか、マリーがありがとうと言って体を起こした。僕は捕まえたそれを見せる。怖くないよと伝えた。地上の星と言い表す方がずっと素敵だ。何より、蛍が光るのは恋の為だから。
「手を出して、はい」
彼女に手を出させ、そこに蛍を移動させてやる。その淡い光に照らされたマリーの顔が少しだけ綻んで、僕をちらりと見た。
蛍が羽を広げ、愛を求めて飛び交う群れの中に戻って行く。それを見送るマリー。
蛍に当てられたのか、僕も急に彼女が愛おしくなった。
「可愛いね」
「ええ」
マリーの頬に手を添えてやんわりとこちらを向かせる。
目を瞬かせる彼女を僕は情熱を込めて見詰めた。
「マリーの事だよ」
そして彼女に口づけを落とそうとしたのだけれど。
「んまあ、ご覧になってピュシス夫人。これがかの噂に聞くキャンディ伯爵家の蛍ですのね。素敵ですわ!」
後少しの所でそんな声に邪魔をされてしまった。僕達二人は慌てて離れる。
「まあ、エピテュミア夫人。本当に凄いですわぁ! 蛍って雄が雌を求めて光っているのよねぇ?」
「ええ、そうざますわピュシス夫人。きっと湧き上がる性欲にムラムラして光っているに違いないざます、ムラムラと」
「あらあ、お二人ともお下品ですわね、そこは情熱と言わなくちゃ。でもホルメー夫人の仰る通り、光り方がムラムラとした感じですわね」
――ババア共、頼むから黙ってくれないか。
僕は内心毒づきながら頭を抱えた。湧き上がる性欲とか、ムラムラとか。あまりな言い方にマリーも所在無さげにしているじゃないか。
もう声でそれと分かる。
ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人。姦しく騒ぐ彼女らは、社交界でも有名な三魔女と呼ばれる貴婦人達だ。大の噂好きで下品であけっぴろげ。彼女達に捕まってはいけない、閨事情をあれこれと訊かれるから。秘密を漏らしてもいけない、それは瞬く間に広がるからというのが合言葉だ。
極めつけは、周囲に鳴り響く程の大きなおなら。マリーも動揺しているのか身じろぎした。
特にピュシス夫人は音を奏でる犬連れの貴婦人と言われている。案の定、彼女の仕業だった。
それからも魔女達は下世話な会話を繰り広げていく。折角良い所だったのに、何もかも台無しだ。やられた。
僕は敗北感と失望のあまり、顔を覆って手すりに突っ伏した。
マリーが大丈夫かと訊いてくるけど、大丈夫じゃない。
その様子がおかしかったのか、彼女がクスリと笑うような気配がした。
「もしかしてグレイもムラムラしているの?」
そんな、酷いよマリー。
でもキスしたくなったのは事実だから、確かにムラムラしていたと思う。とうとうマリーは堪え切れなかったのか笑い出した。僕もだんだんおかしくなってきて笑う。散々な蛍観賞だったけど、これもいつか思い出になるのだろう。
キャンディ伯爵家の蛍の見事さは僕も聞き及んでいる。見るのはこれが初めてだ。
周囲には、食事やダンスに飽きた招待客達もちらほらといるようだった。僕とマリーが案内されたのは勿論特等席。
設えられた席には椅子じゃなく、二人用の小さめのベンチがあった。二人、隣り合って座る。暗い中、仄かな明かりが灯され、更にマリーの温もりが太腿を介して伝わってきて、どうしても意識してしまう。
マリーは僕が腹を空かせているだろうと気を利かせてくれた。彼女の読みは当たってる。正直食べる暇も無かったから。
パンには肉が挟んであった。美味しい。
お腹が空いていたのは本当だけど、食欲で別の欲を誤魔化すように僕は食べた。マリーはお茶を飲んでいる。散々食べて満足したところでとりとめも無い話をした。彼女は僕の子供の頃がどんなだったか気になってるようだ。でも僕はマリーの幼少期の方がずっと気になる。さぞかし愛くるしかった事だろう。勿論今も可愛いけど。
今度サイモン様に当時の肖像画が無いか訊いてみよう。見てみたい。
そう思った時。招待客の誰かだろう、不意に声が上がった。暗闇に光が点滅している。
蛍だ。
蛍はどんどん数を増やし、やがて辺りは瞬く間に地上の夜空のようになった。噂に違わぬ光景だ、と僕は暫し見惚れた。
「綺麗……」
彼女が溜息を漏らす。何度見ても感動は薄れないのだろう。その時彼女は家族と一緒だったのだろうか、それとも。
でも、今年からはマリーはきっと、僕と蛍を見る事になるんだ。二人で。
そっと寄り添って手を伸ばし、マリーの手に自分のそれを重ねて握った。すぐに彼女から握り返される。
満天の星空の下、地上の星空が広がっている。ずっと二人でこうしていたいという気持ちでいっぱいになった。
突然、マリーが強く握って来た。かなりの力だ。どうしたのか訊くと、抱きしめて欲しいと震える声で言われた。
身を預けて来たので、優しく包み込むように抱きしめた。少し震えながら僕の胸に顔を埋めるマリー。丁度彼女の頭が顔の前にきて、薔薇が強く香る。まるで薔薇を抱きしめているようだ。
それにしても、蛍は嫌いなのだろうか。いや、でもそれなら蛍を見に誘ったりはしないだろう。
もしかして何かを思い出して怖くなったのだろうか。自ら光を放つ蛍は闇や魔に属する存在と言われる伝承は読んだことがある。
丁度近くを飛んできた奴がいたのでそっと捕まえた。掌の中で尻を光らせているそれは見た通り所詮はただの虫。
震えが収まったのか、マリーがありがとうと言って体を起こした。僕は捕まえたそれを見せる。怖くないよと伝えた。地上の星と言い表す方がずっと素敵だ。何より、蛍が光るのは恋の為だから。
「手を出して、はい」
彼女に手を出させ、そこに蛍を移動させてやる。その淡い光に照らされたマリーの顔が少しだけ綻んで、僕をちらりと見た。
蛍が羽を広げ、愛を求めて飛び交う群れの中に戻って行く。それを見送るマリー。
蛍に当てられたのか、僕も急に彼女が愛おしくなった。
「可愛いね」
「ええ」
マリーの頬に手を添えてやんわりとこちらを向かせる。
目を瞬かせる彼女を僕は情熱を込めて見詰めた。
「マリーの事だよ」
そして彼女に口づけを落とそうとしたのだけれど。
「んまあ、ご覧になってピュシス夫人。これがかの噂に聞くキャンディ伯爵家の蛍ですのね。素敵ですわ!」
後少しの所でそんな声に邪魔をされてしまった。僕達二人は慌てて離れる。
「まあ、エピテュミア夫人。本当に凄いですわぁ! 蛍って雄が雌を求めて光っているのよねぇ?」
「ええ、そうざますわピュシス夫人。きっと湧き上がる性欲にムラムラして光っているに違いないざます、ムラムラと」
「あらあ、お二人ともお下品ですわね、そこは情熱と言わなくちゃ。でもホルメー夫人の仰る通り、光り方がムラムラとした感じですわね」
――ババア共、頼むから黙ってくれないか。
僕は内心毒づきながら頭を抱えた。湧き上がる性欲とか、ムラムラとか。あまりな言い方にマリーも所在無さげにしているじゃないか。
もう声でそれと分かる。
ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人。姦しく騒ぐ彼女らは、社交界でも有名な三魔女と呼ばれる貴婦人達だ。大の噂好きで下品であけっぴろげ。彼女達に捕まってはいけない、閨事情をあれこれと訊かれるから。秘密を漏らしてもいけない、それは瞬く間に広がるからというのが合言葉だ。
極めつけは、周囲に鳴り響く程の大きなおなら。マリーも動揺しているのか身じろぎした。
特にピュシス夫人は音を奏でる犬連れの貴婦人と言われている。案の定、彼女の仕業だった。
それからも魔女達は下世話な会話を繰り広げていく。折角良い所だったのに、何もかも台無しだ。やられた。
僕は敗北感と失望のあまり、顔を覆って手すりに突っ伏した。
マリーが大丈夫かと訊いてくるけど、大丈夫じゃない。
その様子がおかしかったのか、彼女がクスリと笑うような気配がした。
「もしかしてグレイもムラムラしているの?」
そんな、酷いよマリー。
でもキスしたくなったのは事実だから、確かにムラムラしていたと思う。とうとうマリーは堪え切れなかったのか笑い出した。僕もだんだんおかしくなってきて笑う。散々な蛍観賞だったけど、これもいつか思い出になるのだろう。
742
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。