貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(38)

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 蛍の見られる場所に着いた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
 キャンディ伯爵家の蛍の見事さは僕も聞き及んでいる。見るのはこれが初めてだ。
 周囲には、食事やダンスに飽きた招待客達もちらほらといるようだった。僕とマリーが案内されたのは勿論特等席。
 しつらえられた席には椅子じゃなく、二人用の小さめのベンチがあった。二人、隣り合って座る。暗い中、仄かな明かりが灯され、更にマリーの温もりが太腿を介して伝わってきて、どうしても意識してしまう。

 マリーは僕が腹を空かせているだろうと気を利かせてくれた。彼女の読みは当たってる。正直食べる暇も無かったから。
 パンには肉が挟んであった。美味しい。

 お腹が空いていたのは本当だけど、食欲で別の欲を誤魔化すように僕は食べた。マリーはお茶を飲んでいる。散々食べて満足したところでとりとめも無い話をした。彼女は僕の子供の頃がどんなだったか気になってるようだ。でも僕はマリーの幼少期の方がずっと気になる。さぞかし愛くるしかった事だろう。勿論今も可愛いけど。
 今度サイモン様に当時の肖像画が無いか訊いてみよう。見てみたい。

 そう思った時。招待客の誰かだろう、不意に声が上がった。暗闇に光が点滅している。

 蛍だ。

 蛍はどんどん数を増やし、やがて辺りは瞬く間に地上の夜空のようになった。噂に違わぬ光景だ、と僕は暫し見惚れた。

 「綺麗……」

 彼女が溜息を漏らす。何度見ても感動は薄れないのだろう。その時彼女は家族と一緒だったのだろうか、それとも。
 でも、今年からはマリーはきっと、僕と蛍を見る事になるんだ。二人で。

 そっと寄り添って手を伸ばし、マリーの手に自分のそれを重ねて握った。すぐに彼女から握り返される。
 満天の星空の下、地上の星空が広がっている。ずっと二人でこうしていたいという気持ちでいっぱいになった。

 突然、マリーが強く握って来た。かなりの力だ。どうしたのか訊くと、抱きしめて欲しいと震える声で言われた。
 身を預けて来たので、優しく包み込むように抱きしめた。少し震えながら僕の胸に顔を埋めるマリー。丁度彼女の頭が顔の前にきて、薔薇が強く香る。まるで薔薇を抱きしめているようだ。

 それにしても、蛍は嫌いなのだろうか。いや、でもそれなら蛍を見に誘ったりはしないだろう。
 もしかして何かを思い出して怖くなったのだろうか。自ら光を放つ蛍は闇や魔に属する存在と言われる伝承は読んだことがある。
 丁度近くを飛んできた奴がいたのでそっと捕まえた。掌の中で尻を光らせているそれは見た通り所詮はただの虫。
 震えが収まったのか、マリーがありがとうと言って体を起こした。僕は捕まえたそれを見せる。怖くないよと伝えた。地上の星と言い表す方がずっと素敵だ。何より、蛍が光るのは恋の為だから。

 「手を出して、はい」

 彼女に手を出させ、そこに蛍を移動させてやる。その淡い光に照らされたマリーの顔が少しだけほころんで、僕をちらりと見た。
 蛍が羽を広げ、愛を求めて飛び交う群れの中に戻って行く。それを見送るマリー。
 蛍に当てられたのか、僕も急に彼女が愛おしくなった。

 「可愛いね」

 「ええ」

 マリーの頬に手を添えてやんわりとこちらを向かせる。
 目を瞬かせる彼女を僕は情熱を込めて見詰めた。

 「マリーの事だよ」

 そして彼女に口づけを落とそうとしたのだけれど。

 「んまあ、ご覧になってピュシス夫人。これがかの噂に聞くキャンディ伯爵家の蛍ですのね。素敵ですわ!」

 後少しの所でそんな声に邪魔をされてしまった。僕達二人は慌てて離れる。

 「まあ、エピテュミア夫人。本当に凄いですわぁ! 蛍って雄が雌を求めて光っているのよねぇ?」

 「ええ、そうざますわピュシス夫人。きっと湧き上がる性欲にムラムラして光っているに違いないざます、ムラムラと」

 「あらあ、お二人ともお下品ですわね、そこは情熱と言わなくちゃ。でもホルメー夫人の仰る通り、光り方がムラムラとした感じですわね」

 ――ババア共、頼むから黙ってくれないか。

 僕は内心毒づきながら頭を抱えた。湧き上がる性欲とか、ムラムラとか。あまりな言い方にマリーも所在無さげにしているじゃないか。

 もう声でそれと分かる。

 ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人。かしましく騒ぐ彼女らは、社交界でも有名な三魔女と呼ばれる貴婦人達だ。大の噂好きで下品であけっぴろげ。彼女達に捕まってはいけない、閨事情をあれこれと訊かれるから。秘密を漏らしてもいけない、それは瞬く間に広がるからというのが合言葉だ。

 極めつけは、周囲に鳴り響く程の大きなおなら。マリーも動揺しているのか身じろぎした。
 特にピュシス夫人は音を奏でる犬連れの貴婦人と言われている。案の定、彼女の仕業だった。

 それからも魔女達は下世話な会話を繰り広げていく。折角良い所だったのに、何もかも台無しだ。やられた。

 僕は敗北感と失望のあまり、顔を覆って手すりに突っ伏した。
 マリーが大丈夫かと訊いてくるけど、大丈夫じゃない。

 その様子がおかしかったのか、彼女がクスリと笑うような気配がした。

 「もしかしてグレイもムラムラしているの?」

 そんな、酷いよマリー。

 でもキスしたくなったのは事実だから、確かにムラムラしていたと思う。とうとうマリーは堪え切れなかったのか笑い出した。僕もだんだんおかしくなってきて笑う。散々な蛍観賞だったけど、これもいつか思い出になるのだろう。
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