貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(37)

 話し好きの人に捕まってしまい、思ったより長くなってしまった。
 マリーは気を悪くしてないだろうか。僕は足早に彼女の待つテラスへと向かう。

 外に出ると、マリーは誰かと話をしているようだった。男だと思った瞬間、不快な感情を覚える。
 牽制の意味も込めて、僕は待たせてごめんとやや声を張り上げながら近づいた。
 男が振り向き、彼女の注意もこちらへ向く。

 「まあグレイ、やっと来てくれたのね」

 男へ向けて謝辞を述べるマリー。僕は内心凍り付いた。その男が他ならぬメイソン・リプトンだったからだ。
 すかさずメイソンからマリーを隠すように立ちはだかる。
 アナベラ様が駄目だったから今度は僕のマリーという訳か。絶対に手出しはさせない。

 「僕の婚約者に何の御用でしょうか?」

 睨みつけると、メイソンは見下した眼差しを返してきた。不愉快で堪らない。僕なら簡単に勝てるとでも思ったのだろうか。
 と、マリーが後ろから腕を絡めて来た。

 「グレイ、私は大丈夫よ」

 時間も惜しいから行こうと引っ張られる。確かにそうだと思い直し、踵を返しかけた瞬間、メイソンがアールに騙されて癇癪持ちの女と結婚させられたと哀れっぽく喚き出した。
 真実愛を捧げたいのはマリーだけだとも。
 カッと頭に血が上った。人を馬鹿にするのも程がある。
 こいつはきっと、キャンディ伯爵家に社交界に出ず世間知らずの娘がいると聞いたに違いない。
 だからきっとアナベラ様よりも簡単に騙せると踏んだ。
 出鱈目を、と言いかけた時。腕が軽く叩かれた。

 「ここは任せて」

 それからのマリーは凄かった。

 僕は異国の物語にもある程度親しんできたから分かるんだけど、その中で同じような話があったと思う。
 その話の中でさえせいぜい一月ひとつき位の期間だったのに、マリーはその三倍強の九十九日という日数を提示した。

 メイソンは女遊びばかりで学問は弱かったのか、何も深く考えずに請け負ってしまった。誓約書までしたためて……。

 総額なんて払える筈もない。
 生まれながらの貴族の男は無駄にプライドが高いから恐らく途中までは払うだろう。借金までするかも知れない。
 支払われた分はマリーのものになるという内容だから、きっと金だけ取られて終わりになる。そんな未来が目に見えるようだ。

 自分を甘く見て騙そうと近づいて来た男を逆手に取って、金を毟り取るなんて……。
 いつか読んだ、冒険者の手記にある記述が脳裏をよぎる。異国には花に擬態するカマキリがいるそうだ。
 馬鹿な虫が花と勘違いしてうっかり近づくと捕食されてしまうのだろう。メイソンのように。
 それでも一応僕は聞いてみた。

 「……万一払えちゃったらどうするの?」

 「ないない。トラス王国の国家予算を遥かに超えそうだもの。それに結婚を承諾とは言ってないわ。『貴方の求愛を考えても構いませんわ』と言ったのよ?」

 言って、彼女は誓約書の一文を指先で叩いている。確かにそう書いてあった。
 マリーはやっぱり一筋縄じゃいかない。


***


 マリーに頬を突かれていると、アン様と二人の貴族の男性が現れた。
 どうも先程のメイソンとの出来事を見られていたらしい。
 それぞれ自己紹介をする。一人はアン様の婚約者、ザイン・ウィッタード様。そしてもう一人はウエッジウッド子爵ギャヴィンと名乗った。

 このウエッジウッド子爵ギャヴィンは癖のある男だった。
 先程メイソンと交わした誓約書を見て、奴が民に重税を課すようになればどうすると問いかけてきたのだ。
 マリーはそれにカチンときたらしい。

 ギャヴィンはこのトラス王国の民生に関わっているという。ただ、民の事を思うが故の言葉なんだろうけれども、僕はそれをマリーに言ってるあたりがちょっと腑に落ちなかった。
 案の定、彼女もそこを突いて、万が一そうなっても責任はメイソンにあるという事を述べる。丁々発止のやり取りにハラハラする。傍から見ていると良く分かる。ギャヴィンは妙に存在感がある。僕の直観が只者ではないと告げていた。
 マリーが言葉を紡ぐにつれ、ギャヴィンの目が面白そうに輝きを増す。それを見て僕は少し不安になった。
 ザイン様が仲裁に入り、マリーは男の罪が女に問われるのはおかしいと言い捨てて淑女の礼を取ってその場を辞す。そのままかなりの速度で去っていくので僕も慌てて礼をして彼女を追いかけた。

 「ちょ、ちょっと待って!」

 ひとまず落ち着いた方が良いと思って声を掛ける。マリーは僕の言葉にピタリと足を止めた。
 大丈夫かと訊けば、体に衝撃が走る。
 マリーの腕が僕の背に回され、ぎゅうっと抱きしめられたのだ。

 「マリー…?」

 もしかして泣いてるのだろうか。どうしようと狼狽して手を彷徨わせていると、彼女は暫くしてから顔を上げた。
社交界には出ないから大丈夫、それより池に蛍を見に行きましょうと言う。

 泣いてない事にホッとしながらも、僕は先にそれを渡してしまう事にした。池じゃ強い明かりが無いだろうから。
 使用人に出させた豪華装丁版の本をマリーに渡す。彼女は目を丸くしてそれを宝物のようにそっと受け取った。

 金文字で箔押しされた題名をそっとなぞり、本を抱え込むようにして開く。
 ページをパラパラと捲って中身を改めると、それを閉じ、本当に嬉しそうな笑顔で胸にかき抱いた。

 「嬉しい……こんな素晴らしいものが出来上がるなんて。グレイ……大好き」

 心臓に矢が突き刺さり、頬が急に熱くなった。マリーの愛の言葉と本気の笑顔は破壊力があり過ぎる。
 情けなくもしどろもどろで返事をして何とか取り繕うのが精一杯だ。

 「さ、さあ。蛍は池だったよね。行こうか」

 「ええ……」

 僕は手を伸ばし、マリーの手を取った。

 「……さあ参りましょう、向かいましょう。さっさと行きましょう」

 二人でもじもじまごまご。なかなか歩き出さないでいると、マリーの侍女のサリーナが痺れを切らしたのか無表情の棒読みで急き立ててくる。
 僕達は慌てて足を動かしたのだった。
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