61 / 744
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(37)
しおりを挟む
話し好きの人に捕まってしまい、思ったより長くなってしまった。
マリーは気を悪くしてないだろうか。僕は足早に彼女の待つテラスへと向かう。
外に出ると、マリーは誰かと話をしているようだった。男だと思った瞬間、不快な感情を覚える。
牽制の意味も込めて、僕は待たせてごめんとやや声を張り上げながら近づいた。
男が振り向き、彼女の注意もこちらへ向く。
「まあグレイ、やっと来てくれたのね」
男へ向けて謝辞を述べるマリー。僕は内心凍り付いた。その男が他ならぬメイソン・リプトンだったからだ。
すかさずメイソンからマリーを隠すように立ちはだかる。
アナベラ様が駄目だったから今度は僕のマリーという訳か。絶対に手出しはさせない。
「僕の婚約者に何の御用でしょうか?」
睨みつけると、メイソンは見下した眼差しを返してきた。不愉快で堪らない。僕なら簡単に勝てるとでも思ったのだろうか。
と、マリーが後ろから腕を絡めて来た。
「グレイ、私は大丈夫よ」
時間も惜しいから行こうと引っ張られる。確かにそうだと思い直し、踵を返しかけた瞬間、メイソンがアールに騙されて癇癪持ちの女と結婚させられたと哀れっぽく喚き出した。
真実愛を捧げたいのはマリーだけだとも。
カッと頭に血が上った。人を馬鹿にするのも程がある。
こいつはきっと、キャンディ伯爵家に社交界に出ず世間知らずの娘がいると聞いたに違いない。
だからきっとアナベラ様よりも簡単に騙せると踏んだ。
出鱈目を、と言いかけた時。腕が軽く叩かれた。
「ここは任せて」
それからのマリーは凄かった。
僕は異国の物語にもある程度親しんできたから分かるんだけど、その中で同じような話があったと思う。
その話の中でさえせいぜい一月位の期間だったのに、マリーはその三倍強の九十九日という日数を提示した。
メイソンは女遊びばかりで学問は弱かったのか、何も深く考えずに請け負ってしまった。誓約書まで認めて……。
総額なんて払える筈もない。
生まれながらの貴族の男は無駄にプライドが高いから恐らく途中までは払うだろう。借金までするかも知れない。
支払われた分はマリーのものになるという内容だから、きっと金だけ取られて終わりになる。そんな未来が目に見えるようだ。
自分を甘く見て騙そうと近づいて来た男を逆手に取って、金を毟り取るなんて……。
いつか読んだ、冒険者の手記にある記述が脳裏を過る。異国には花に擬態するカマキリがいるそうだ。
馬鹿な虫が花と勘違いしてうっかり近づくと捕食されてしまうのだろう。メイソンのように。
それでも一応僕は聞いてみた。
「……万一払えちゃったらどうするの?」
「ないない。トラス王国の国家予算を遥かに超えそうだもの。それに結婚を承諾とは言ってないわ。『貴方の求愛を考えても構いませんわ』と言ったのよ?」
言って、彼女は誓約書の一文を指先で叩いている。確かにそう書いてあった。
マリーはやっぱり一筋縄じゃいかない。
***
マリーに頬を突かれていると、アン様と二人の貴族の男性が現れた。
どうも先程のメイソンとの出来事を見られていたらしい。
それぞれ自己紹介をする。一人はアン様の婚約者、ザイン・ウィッタード様。そしてもう一人はウエッジウッド子爵ギャヴィンと名乗った。
このウエッジウッド子爵ギャヴィンは癖のある男だった。
先程メイソンと交わした誓約書を見て、奴が民に重税を課すようになればどうすると問いかけてきたのだ。
マリーはそれにカチンときたらしい。
ギャヴィンはこのトラス王国の民生に関わっているという。ただ、民の事を思うが故の言葉なんだろうけれども、僕はそれをマリーに言ってるあたりがちょっと腑に落ちなかった。
案の定、彼女もそこを突いて、万が一そうなっても責任はメイソンにあるという事を述べる。丁々発止のやり取りにハラハラする。傍から見ていると良く分かる。ギャヴィンは妙に存在感がある。僕の直観が只者ではないと告げていた。
マリーが言葉を紡ぐにつれ、ギャヴィンの目が面白そうに輝きを増す。それを見て僕は少し不安になった。
ザイン様が仲裁に入り、マリーは男の罪が女に問われるのはおかしいと言い捨てて淑女の礼を取ってその場を辞す。そのままかなりの速度で去っていくので僕も慌てて礼をして彼女を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ひとまず落ち着いた方が良いと思って声を掛ける。マリーは僕の言葉にピタリと足を止めた。
大丈夫かと訊けば、体に衝撃が走る。
マリーの腕が僕の背に回され、ぎゅうっと抱きしめられたのだ。
「マリー…?」
もしかして泣いてるのだろうか。どうしようと狼狽して手を彷徨わせていると、彼女は暫くしてから顔を上げた。
社交界には出ないから大丈夫、それより池に蛍を見に行きましょうと言う。
泣いてない事にホッとしながらも、僕は先にそれを渡してしまう事にした。池じゃ強い明かりが無いだろうから。
使用人に出させた豪華装丁版の本をマリーに渡す。彼女は目を丸くしてそれを宝物のようにそっと受け取った。
金文字で箔押しされた題名をそっとなぞり、本を抱え込むようにして開く。
ページをパラパラと捲って中身を改めると、それを閉じ、本当に嬉しそうな笑顔で胸にかき抱いた。
「嬉しい……こんな素晴らしいものが出来上がるなんて。グレイ……大好き」
心臓に矢が突き刺さり、頬が急に熱くなった。マリーの愛の言葉と本気の笑顔は破壊力があり過ぎる。
情けなくもしどろもどろで返事をして何とか取り繕うのが精一杯だ。
「さ、さあ。蛍は池だったよね。行こうか」
「ええ……」
僕は手を伸ばし、マリーの手を取った。
「……さあ参りましょう、向かいましょう。さっさと行きましょう」
二人でもじもじまごまご。なかなか歩き出さないでいると、マリーの侍女のサリーナが痺れを切らしたのか無表情の棒読みで急き立ててくる。
僕達は慌てて足を動かしたのだった。
マリーは気を悪くしてないだろうか。僕は足早に彼女の待つテラスへと向かう。
外に出ると、マリーは誰かと話をしているようだった。男だと思った瞬間、不快な感情を覚える。
牽制の意味も込めて、僕は待たせてごめんとやや声を張り上げながら近づいた。
男が振り向き、彼女の注意もこちらへ向く。
「まあグレイ、やっと来てくれたのね」
男へ向けて謝辞を述べるマリー。僕は内心凍り付いた。その男が他ならぬメイソン・リプトンだったからだ。
すかさずメイソンからマリーを隠すように立ちはだかる。
アナベラ様が駄目だったから今度は僕のマリーという訳か。絶対に手出しはさせない。
「僕の婚約者に何の御用でしょうか?」
睨みつけると、メイソンは見下した眼差しを返してきた。不愉快で堪らない。僕なら簡単に勝てるとでも思ったのだろうか。
と、マリーが後ろから腕を絡めて来た。
「グレイ、私は大丈夫よ」
時間も惜しいから行こうと引っ張られる。確かにそうだと思い直し、踵を返しかけた瞬間、メイソンがアールに騙されて癇癪持ちの女と結婚させられたと哀れっぽく喚き出した。
真実愛を捧げたいのはマリーだけだとも。
カッと頭に血が上った。人を馬鹿にするのも程がある。
こいつはきっと、キャンディ伯爵家に社交界に出ず世間知らずの娘がいると聞いたに違いない。
だからきっとアナベラ様よりも簡単に騙せると踏んだ。
出鱈目を、と言いかけた時。腕が軽く叩かれた。
「ここは任せて」
それからのマリーは凄かった。
僕は異国の物語にもある程度親しんできたから分かるんだけど、その中で同じような話があったと思う。
その話の中でさえせいぜい一月位の期間だったのに、マリーはその三倍強の九十九日という日数を提示した。
メイソンは女遊びばかりで学問は弱かったのか、何も深く考えずに請け負ってしまった。誓約書まで認めて……。
総額なんて払える筈もない。
生まれながらの貴族の男は無駄にプライドが高いから恐らく途中までは払うだろう。借金までするかも知れない。
支払われた分はマリーのものになるという内容だから、きっと金だけ取られて終わりになる。そんな未来が目に見えるようだ。
自分を甘く見て騙そうと近づいて来た男を逆手に取って、金を毟り取るなんて……。
いつか読んだ、冒険者の手記にある記述が脳裏を過る。異国には花に擬態するカマキリがいるそうだ。
馬鹿な虫が花と勘違いしてうっかり近づくと捕食されてしまうのだろう。メイソンのように。
それでも一応僕は聞いてみた。
「……万一払えちゃったらどうするの?」
「ないない。トラス王国の国家予算を遥かに超えそうだもの。それに結婚を承諾とは言ってないわ。『貴方の求愛を考えても構いませんわ』と言ったのよ?」
言って、彼女は誓約書の一文を指先で叩いている。確かにそう書いてあった。
マリーはやっぱり一筋縄じゃいかない。
***
マリーに頬を突かれていると、アン様と二人の貴族の男性が現れた。
どうも先程のメイソンとの出来事を見られていたらしい。
それぞれ自己紹介をする。一人はアン様の婚約者、ザイン・ウィッタード様。そしてもう一人はウエッジウッド子爵ギャヴィンと名乗った。
このウエッジウッド子爵ギャヴィンは癖のある男だった。
先程メイソンと交わした誓約書を見て、奴が民に重税を課すようになればどうすると問いかけてきたのだ。
マリーはそれにカチンときたらしい。
ギャヴィンはこのトラス王国の民生に関わっているという。ただ、民の事を思うが故の言葉なんだろうけれども、僕はそれをマリーに言ってるあたりがちょっと腑に落ちなかった。
案の定、彼女もそこを突いて、万が一そうなっても責任はメイソンにあるという事を述べる。丁々発止のやり取りにハラハラする。傍から見ていると良く分かる。ギャヴィンは妙に存在感がある。僕の直観が只者ではないと告げていた。
マリーが言葉を紡ぐにつれ、ギャヴィンの目が面白そうに輝きを増す。それを見て僕は少し不安になった。
ザイン様が仲裁に入り、マリーは男の罪が女に問われるのはおかしいと言い捨てて淑女の礼を取ってその場を辞す。そのままかなりの速度で去っていくので僕も慌てて礼をして彼女を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ひとまず落ち着いた方が良いと思って声を掛ける。マリーは僕の言葉にピタリと足を止めた。
大丈夫かと訊けば、体に衝撃が走る。
マリーの腕が僕の背に回され、ぎゅうっと抱きしめられたのだ。
「マリー…?」
もしかして泣いてるのだろうか。どうしようと狼狽して手を彷徨わせていると、彼女は暫くしてから顔を上げた。
社交界には出ないから大丈夫、それより池に蛍を見に行きましょうと言う。
泣いてない事にホッとしながらも、僕は先にそれを渡してしまう事にした。池じゃ強い明かりが無いだろうから。
使用人に出させた豪華装丁版の本をマリーに渡す。彼女は目を丸くしてそれを宝物のようにそっと受け取った。
金文字で箔押しされた題名をそっとなぞり、本を抱え込むようにして開く。
ページをパラパラと捲って中身を改めると、それを閉じ、本当に嬉しそうな笑顔で胸にかき抱いた。
「嬉しい……こんな素晴らしいものが出来上がるなんて。グレイ……大好き」
心臓に矢が突き刺さり、頬が急に熱くなった。マリーの愛の言葉と本気の笑顔は破壊力があり過ぎる。
情けなくもしどろもどろで返事をして何とか取り繕うのが精一杯だ。
「さ、さあ。蛍は池だったよね。行こうか」
「ええ……」
僕は手を伸ばし、マリーの手を取った。
「……さあ参りましょう、向かいましょう。さっさと行きましょう」
二人でもじもじまごまご。なかなか歩き出さないでいると、マリーの侍女のサリーナが痺れを切らしたのか無表情の棒読みで急き立ててくる。
僕達は慌てて足を動かしたのだった。
760
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。