貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
61 / 758
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(36)

 婚約式まで後数日に迫ったある日。僕はイエイツ修道士を訪ねていた。
 とうとう望遠鏡が出来上がったので、それを届ける為だ。

 「おお、グレイ! 拙僧は待ちかねたぞ!」

 そわそわして修道院の入り口付近をウロウロしていた彼は、僕の姿を認めるとすぐに近寄って来た。
 使用人に持たせた包みに、まるで誕生日のプレゼントを待つ子供のように忙しなく視線を向けている。
 普段は近寄り難い雰囲気なのに、こういう時は随分と愛嬌がある人だ。
 僕はくすりと笑った。

 「じゃあ早速イエイツの部屋に運ぶから」

 「はよはよう。こっちだ」

 望遠鏡を運び、取り扱いを説明する。マリーの考案した太陽を見る道具も一緒に。
 既にテスト済みなので『太陽神の黒い烏』も観察出来る事は分かっている。

 先月末に望遠鏡と引き換えに内密の依頼がある、秘密厳守だけど引き受けるかと聞いたら、彼は直ぐに食いついた。
 マリーの名を伏せてやって欲しい事とその理由を語ったところ、非常に驚き、それならばと承諾。
 望遠鏡が届くまでの間は歴史を調べておくと言っていた事を思い出しながら、僕は口を開いた。

 「ところで、調べものはどんな感じ?」

 「ああ、今も調べている最中なのだ。教会にある記録だけだが、ざっと書き出してみた限りでは、確かに災いが起こりやすい時期とそうでない時期があるようだ」

 紙束を机の引き出しの中から取り出して渡して来る。そこには年代順に起こった災害が箇条書きで書かれていた。

 「恐らく、少なくとも帝国の時代は太陽神の御加護が強かったのであろう。そして二百年程前は弱かったと思われる。ただ気になる事が一つあるのだ」

 イエイツ修道士は顔を曇らせた。

 「気になる事?」

 「修道院は日々の記録をしておってな。一昨年の冬が非常に厳しかったのだ。思い出して読み返したのだが、『夏が非常に寒かったと北の修道院より便りが来た』という記述もあった。それが一時的なものなのか、そうでないのか。歴史を調べ終えたら修道院の記録も遡る必要がある」

 確かに近年の記録を辿るにはうってつけの資料かも知れない。ただ、修道院の歴史もそれなりに長いのでかなり大変だと思う。

 「……そういう時期が来そうって事かな」

 「その可能性は高い。グレイよ、今一度訊くが、この知識が誰からのものかやはり言えぬのか?」

 真剣な顔で問いかけてくるイエイツ修道士。僕は首を振った。

 「ごめん、それは言えない。絶対に秘密にするって約束したんだ」

 「……そうか。出来ればもっと詳しく話を聞きたかったのであるが」

 やはりと肩を落とされる。

 「ごめんね。太陽観察以外で、世界の秘密を解き明かすのでも何でも望遠鏡は好きに使っていいから。調べもの、引き続きよろしく」

 「引き受けた。また新たな事が分かれば知らせよう」

 「ありがとう」

 礼を言って僕は修道院を後にする。
 そのまま馬車をキャンディ伯爵家に向かわせた。今の話をサイモン様にも報告しておかなければ。


***


 いよいよアールとアナベラ様の婚約式当日。

 結局小説は十数冊のみ出来上がっているものの、残りは多少遅れそうだ。
 マリーの分の豪華装丁版は何とか間に合って良かったと思う。

 今日の彼女は青い薔薇とラベンダーをあしらったドレスを纏っていた。婚約式もラベンダー一色なので、それによく合わせられている。
 それ以上に、装飾に使われている宝石が僕の瞳の色。嬉しさを抑えながら僕は紳士の礼を取った。

 「とても良く似合っているよ。今日も素敵だね、マリー。特にその宝石がね」

 「うふふ、グレイも良く似合ってるわ。特にそのボタンが」

 僕の上着にも同じようにマリーの色である琥珀のボタン。お互いに笑いあった。

 それから彼女と並んで婚約式を見守る。
 一番の懸念はやはり邪魔が入る事だ。特にメイソンの。
 それはアールも思っていたようで、その横顔は警戒と緊張で強張っているように見えた。
 メンデル・ディンブラ大司教が淀みない声で儀式を執り行う。しかし予想に反して、最後まで邪魔が入る事はついぞ無かった。拍子抜けな程に呆気無く儀式は終わった。

 どうもメイソンは諦めたようだ。僕は内心ホッとする。
 これからこの広間は社交の場へと変貌する。招待客達はダンスや食事を楽しみ、また貴族同士の会話が飛び交うのだ。
 商売上挨拶が欠かせない人や繋ぎを取っておきたい人もいる。本当はマリーと二人きりで楽しみたいけどそうもいかないだろう。
 僕は後ろ髪を引かれる思いでマリーに声を掛けた。

 「マリー。悪いんだけど、僕は少し社交をしてくるよ。それまで待っててくれないかな」

 「分かったわ。ちょっと待ってて」

 マリーは素直に頷くと、サイモン様に声を掛けに行った。一言二言会話した後、ややむくれた顔で戻ってくる。
 どうしたのか訊けば、

 「社交は嫌いだから部屋で待ってようと思ったけど、会場近くに居なさいって。人気の少ないあちらのテラスでサリーナとピクニックでもして待ってるわ」

 「なるべく急いで行くよ。ごめんね」

 「ええ」

 彼女を見送った僕は、なるべく早く済ましてしまおうと目当ての人物を探して歩き出した。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」