貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(72)

 結局、帰宅したのは午後になった。アールが真っ先に声を掛けてくる。

 「心配したぞ、グレイ。随分遅かったが、何があったんだ?」

 祖父エディアールも父ブルックも僕の帰宅をずっと待っていてくれたのか、心配そうにこちらを見ている。

 「実は……」

 かくかくしかじか、僕はカーフィ・モカがやって来て、サイモン様に服従した事を話した。

 「何と……」

 「そ、そんな事が……」

 祖父エディアールが絶句し、兄さんは驚愕している。父ブルックも言葉が出ないようだ。

 「キャンディ伯爵家は敵対者に容赦しませんからねー、あの男はギリギリのところで生き長らえたってとこですー」

 もし伯爵家に助命嘆願しに来るのが遅かったら、カーフィは確実に消されていたとカールは笑う。

 「キャンディ伯爵家というのは、一体……」

 祖父エディアールの問いに、カールは人差し指を唇に当てた。

 「それはまだ秘密ですー。正式に姻族になった後、つまり結婚式の後にならこっそり教えて貰えると思いますよ―」

 「……」

 考え込む父ブルック。しかし祖父やアールの反応を見る限り、皆薄々は察しているのだと思う。
 僕も何となく理解してしまっていた。侯爵家でさえ一目置く、『そういう事が許されている恐るべき家』なのだと。
 ……ちゃんと教えて貰うのが怖いけど、今はまだ深く考えないようにしよう。

 「と、兎に角カーフィ・モカの事は問題無くなったんだよ」

 「あれだけ悩んだ事がこんなにあっさり解決するとはな……」

 拍子抜けしたように息を吐く父。
 同感だと僕も思った時、扉からノックの音。

 「旦那様方、失礼します。エスポワール・ビジューからロベルトが参っております」

 『エスポワール・ビジュー』はアールの管轄の宝飾店の名前だ。恐らく例の試作品の件だろう。



***



 「漸く形になったものがこちらです。姫様が詳しく仕様をお伝え下さっておりましたので随分助かりました」

 ロベルトが持ってきたものはやはり試作品だった。マリーに見せる前の最終確認である。
 飾り気の無い、金属で出来ただけの小物入れと鈴。箱から取り出したロベルトは、興奮したようにそれらを披露した。

 「ご覧下さい、このような美しい音色は未だかつて聞いたことがございません! それに、こちらの魔法の鏡――何とも不思議な現象が起きました」

 鈴を鳴らして見せ、強く窓から差し込む夕日に鏡を反射させる。マリーの言った通り、美しい音色が響き渡り、また壁に投影された光には文字が浮かび上がっていた。

 「はああ……これは、大したものじゃ」

 「三の姫は面白い物を知っているな」

 「勿論、マリーだもの」

 もうそれで全ての説明が出来ると思う。僕が頷くと、ロベルトはうっとりと試作品を撫でた。

 「細工に一手間、一工夫を入れなければいけませんが、材料費そのものはそこまでかかっている訳ではございません。屑宝石を上手く使えば裕福な庶民なら手が届きましょう。勿論如何様にでも高価なものに仕上げる事も可能ですが――これは、良い商売になりますよ」

 「待て、ロベルト。これはマリーの考えた物だ。商売にすると言っても」

 彼女の許可を取らねばならない、とアールが言うのを耳にしながらも。僕の脳内ではそれらを効果的に売り込む方法が目まぐるしく駆け巡っていた。
 多分マリーは許可を出してくれるだろう。だから少し狡いやり方だとは思いながらも、僕はロベルトの耳元に口を寄せた。


***


 数日後、マリーに試作品をお披露目しに行くと合格点を貰えたので良かったと思う。
 優しいマリーは僕と彼女がそうしたように、アールにアナベラ様とのメッセージを交換する事を提案した。
 罪悪感を抱いていたアールは、罪滅ぼしの為に費用を出すと申し出る。マリーは渋ったけれど、僕が口添えをした。作った物やアールの罪を考えれば、これぐらい安い物だ。

 アールとロベルトが退出した後、僕は早速マリーに切り出した。
 マリー達には少しの間不便を強いてしまうけれど、この鈴付き魔法の鏡の小物入れを教皇猊下に贈る――勿論、猊下だけではなく、あの時来ていた方々にも差し上げるのはどうかという提案。

 僕の提案にマリーは快く許可をくれた。そればかりではなく、手紙まで書いてくれるそうだ。

 教皇猊下に差し上げるのはマリーからのメッセージ付きの、一際豪華な特別使用。魔法の鏡が反射するのは太陽神のシンボル。
 聖女であるマリーのメッセージ入りなら付加価値は一層高まるだろう。そしてそれを見た他の聖職者も欲しがるようになるに違いない。
 事後承諾になってしまったけれど、手配は既に終わっている。職人を動員して高位聖職者に相応しい、最高の物を作らせよう。

 今の僕は、まだ聖女マリアージュの婚約者に過ぎない。一目置かれる為には教会にとっても無くてはならない存在にならなければ。
 ソルツァグマ修道院だけではなく、もっと深く教会に食い込み、味方に付ける――それが僕の狙い。

 話もまとまり、ほっとしたところでマリーが紅茶を片手に嬉しそうにこちらを見た。

 「ところでね、グレイ。今日は嬉しい事があったのよ。ヘドヴァンがね、喋ったの!」

 「えっ、喋ったの? 早いね」

 驚きながらも僕もカップを手に取った。少し冷めてしまったけれど、喉を潤すには丁度良い。

 「ええ、『マリーチャン』って! それで、お願いがあるんだけど、時間がある時にグレイも言葉を教えてあげてくれないかしら?」

 「僕が?」

 「ええ。『マリー、愛してるよ』とか『マリー、大好きだよ』って。うふふふふふっ♪」

 何てことを言わせようとしてるんだよ、マリー。危うく紅茶を噴き出す所だった。
 頬が熱を帯びて来る。「勘弁してよ……」と片手で顔半分を覆った。
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