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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

天馬幻想。

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 帰宅後三日目――今日は午後からアン姉を訪ねる日である。

 疲れは若干残るもののやっとコンディションを取り戻してきた形だ。
 朝早く起きた私はいつもの勘を取り戻すべく庭へと向かう。昨日の内に、今日は何時も通りにすると通達を出していたのだ。
 向かった先には畏まっている馬の脚共のみ。本体ハリボテの姿が見えない。
 まあ久しぶりだし、持ってくるのを忘れたのかも知れない。私は寛大な心で待つことにした。

 「暫くご無沙汰だったな、馬の脚共――愛馬ハリボテを忘れる事もあるだろう。今日からまた乗馬を始める、待っててやるから馬を引けぃ!」

 パンパンと手を打ち鳴らす。

 「ははっ!」
 「しばしのお待ちを!」

 前脚ヨハン後ろ脚シュテファンは、さささっと建物の影へ向かい――すぐに布で隠された何か大きなものを運んで来た。
 布が取り払われ、その中身を目の当たりにした私は絶句する。

 「……お前達、これは何だ」

 思わず訊いた私は悪くない。馬の脚共は、良くぞ訊いてくれました! とばかりにドヤ顔全開になった。

 「はっ、マリー様が聖女様となられましたので、相応の物に仕上げましてございます!」

 というか、聖地に行く前――聖女の話が出てから、新たにコツコツ作っていたらしい。

 リディクトバージョンとは違い、元の純白で作り上げられたハリボテには、宝石を散りばめた面懸おもがい胸懸むねがい尻懸しりがいといった豪華絢爛な飾りが全身に派手に描かれ、胸のあたりから両サイドにかけて、小ぶりではあるが一対の翼が上向きに付けられていた。

 私が乗ると、丁度翼が盾になるような形である。防御力アップにはなりそうだが……しかし、相変わらず――その目玉たるや、ヘブン状態で上を向いていたのであった。

 祭りさながらの豪華過ぎる姿。内々だけで楽しむのなら良いが、他人に見られると晒し者罰ゲーム感が否めない。
 外から来た客に見られたら一発アウトである。こんなけったいなものが家にある対外的な言い訳を考えておかねばな。

 それにしてもゴテゴテと派手過ぎる。もう少し地味に出来なかったのだろうか。
 こういうふとした瞬間に前世の日本人的感覚が顔を出し、島国と大陸国のセンスの違いをひしひしと感じる。

 とは言え、作ってしまったものは仕方が無い。

 「……ここまでの物を作り上げるのに相当苦労しただろう、礼を言おう。これからも忠勤に励めよ」

 主として馬の脚共の気持ちを無下には出来ない。
 内心は兎も角、私は威厳を以って彼らに礼を言ったのだった。


***


 「愚民共よ――お前達の主、高貴なる女王たるこの私が再びこの地へ帰って来ましたわ! 喜びに咽び泣き、施しを浅ましく争って食らうがよろしいわぁ―――!」

 景気良く餌をぶちまけ、ギャアギャアと騒がしく鳴きながらそれに群がる愚民共を前に、おーっほっほっほっと高笑いをする私。

 ああ、やはり心が満たされていく――習慣とは大事なものだ。
 聖地では猫被りし通しで、このストレス発散が出来なかったからな。

 ……高笑いし過ぎて、過呼吸及び顔の筋肉が攣りかけてヤバくなったのはさておき。

 「何だか、増えてない?」

 鳥達は明らかに増えていた。それに、最後に餌やりした時とは少し顔ぶれが変わっているような気も。
 毎日餌やりをしていたからか、何となく常連は分かるのである。

 私の疑問にサリーナが答える。

 「今の季節、北からの渡り鳥が来ております。逆に南に渡って行った者も居るかと。その所為でしょう。
 それと、マリー様がいらっしゃらない間、イサーク様やメルローズ様が熱心に餌やりをして下さっていたそうですよ」

 成る程、それで増えたり顔ぶれが若干変化したりしたのか。
 弟妹達は二人――餌も私の時より多く撒いたのだろう。愚民共も餌が前より豊富になったと口コミで集まったに違いない。流行に敏感な奴らだ。

 朝食までまだ時間があったので、グレイから貰ったクジャクや鶏達を見に行ってみる。
 ちゃんと暖炉付きの飼育小屋の中でのびのびと過ごしていた。
 精神感応テレパシーを使って『来い』と伝えると、素直にトコトコとこちらへやって来る。ふむ。

 病気とかもしている様子は無く、元気そうで何よりだ。クジャクも春が近づくにつれ、立派な尾羽が生えて来る事だろう。

 朝食の席へ向かい、居間の隅に居るヘドヴァンの様子も窺ってみると――私の顔を見るなり脳震盪を起こさんばかりの凄い勢いで頷き始めた。能力を使ってみると、「マリーチャン!」と口にする。

 「覚えててくれたのね!」

 結構ブランクが開いた筈だけれど、覚えていてくれた事が純粋に嬉しい。
 感動にジーンとしていた、その時。

 「コラッ、マリー! シュクジョラシクシロ!」

 「……」

 この声は――間違いない。

 私はゆっくりと父サイモンの方を振り返った。父はわざとらしく咳払いして目を逸らし、受け取った新聞を広げている。

 最初にイサークが噴き出し――続いてメリーやアナベラ姉、母、祖父母、兄二人の順で笑い出し――居間が爆笑の渦に包まれた。よし、後で般若ハンカチ量産とヘドヴァン再教育だな。

 父よ、束の間の勝利に酔っているが良い。近い内に「サイモン、ハゲ!」と言わせてやる!


***


 忍び笑いが時折上がる朝食を、復讐の小宇宙コスモを燃やしつつ食べ終えた後――私はグレイから手紙を受け取った。

 「何々……」

 手紙を開く。私の体調を気遣う内容と、アン姉訪問に同行するとの事。
 白いクロッカスの花が添えられていて、手紙の締めくくりにマリーに元気を贈ります、とあった。小憎らしい演出に口元が緩む。

 私とカレル兄以外の家族は既にアン姉に会いに行ったらしい。義兄アールとアナベラ姉も一緒に訪問したとの事。
 なので、今日はカレル兄とグレイと私でウィッタード公爵家にお邪魔するのである。


 数時間後。


 「今朝は素敵な元気をありがとう、グレイ。まだちょっと疲れは残ってるけど、この通り元気になったわ」

 「喜んで貰えて良かった。サイモン様は疲れているだけだって仰ったけど、目の前で倒れられたらやっぱり心配になるからね」

 ウィッタード公爵家へ向かう馬車で揺られながら、私達はそんな会話に興じていた。

 「それはそうと……手ぶらで大丈夫かしら?」

 何せ帰るなり知らされた事だったし。どうしようと零すと、カレル兄が今日は要らないだろうと言う。

 「出産までまだまだ先だ。じっくり祝いの品を選べば良い」

 その言葉に、そっか…と思い直す。前世でも懐妊祝いはしない方が良いものだったしな。デリケートな問題だ。


 やがて馬車は何事も無く進み、ウィッタード公爵家の門を潜り抜け、広大な敷地へと入って行く。
 さて、アン姉はどうしてるだろうか。
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