貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(18)

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 次の日、前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンの父親だという人物が城へやってきた。
 騎士爵ヴァルカー・シーヨク卿だという。確かに面影がよく似ている。

 既にやって来ていたダニエリク司教と交わされた会話から察するに。昨日、ダニエリク司教はヴァルカー卿にマリーが乗る為の白馬の手配を頼んでいた。しかし馬ノ庄には白馬が居なかった為、それが叶わない事を詫びに来たようだった。
 無理もない、と僕は思う。
 白馬――それも全身純白のものは希少だ。滅多に見られない。

 マリーが取り成すように気にしないで欲しいと言うも、ダニエリク司教は何とかならないかと食い下がる。
 その、時だった。

 「伯父者、白馬ならここにおりまする!」

 バタン、と広間の扉が開かれる。その向こうには――何か大きな物を持った、ヨハンとシュテファンの姿。
 布が掛かっていて中身が見えないけれど、きっとヴァルカー卿とダニエリク司教以外はそれが何か察してしまっていたと思う。
 マリーなんか、驚きの余り目をひん剥いていたし。

 布が取り払われると、現れたるは案の定――結婚式で乗った作り物の純白の天馬。

 「我らこそがマリー様の馬」「聖女様の馬は天馬」等と得意気に口にするヨハンとシュテファン。
 マリーはこめかみを押さえ、項垂れてしまっていた。よく見ると、その肩は小刻みに震えている。気持ちはわかる。あれに乗ってパレードにっていうのは流石にちょっと……。
 驚愕の声を上げた司教に、自分達の働きぶりを父と伯父に見て貰う為にこっそりと紛れ込ませていたのだとのたまう二人の聖騎士。

 そう言えば、今朝散歩した時、後発で送られてきた荷物が届いていたのを見たんだっけ。

 やけに大きな木箱があると思ったらあれだったのか、と納得する。わざわざ領地まで持ってくるなんて、余程思い入れがあるのだろうか。
 言葉遣いを取り繕う余裕も無くなった様子のマリーがどうしよう、とちらりと目線で訴えてくる。
 僕は小さく頷いた。

 大丈夫だよ、マリー。
 白馬が居ないからと言って、ダニエリク司教は流石にこれは認めない――

 「何と立派な有翼馬なのだ! 良く出来ている!」

 ――と思っていたのだけれど。

 血は水よりも濃いというか。
 気が付けばダニエリク司教だけではなく、ヴァルカー卿までこの馬を認めてしまっていた。

 「聖女様のお披露目の際はお前達のその雄姿、このヴァルカーがとくと見届けてやろうぞ」

 目の前ではシーヨク家の親子が感極まったように抱き合っている。マリーの馬が決定してしまった瞬間だった。
 真っ白になって燃え尽きている彼女の肩を僕は慰めるように叩く。

 ……どうやらコジー夫人の期待には応えられそうにもない。


***


 聖女とその生家たるキャンディ伯爵家を称える民衆の声。
 両脇を白銀騎士団に囲まれたパレードの中、僕とマリーは轡を並べて進んでいた。
 後ろにはイドゥリースやダニエリク司教、エヴァン修道士、カール、サリーナ、スレイマンといった面々。そして教会関係者達が続いている。サイモン様達は屋敷の玄関で出迎える事になっていた。
 マリーは貼り付けたような笑みでからくり人形のように手を振っている。

 「私一人だけ何で晒し者なのよぉ!」

 ……なんて、出発直前までごねていたからなぁ。
 時折恨みがましい目で僕やリディクトを見ているけど、大丈夫だろうか。
 それと――僕はちらりと背後のイドゥリースを振り返った。
 アヤスラニ帝国の煌びやかな衣装。浅黒い肌、明らかな異国の顔立ち。
 歓声を上げながらも群衆の幾人かは驚いたようにイドゥリースやスレイマンを指差している。王都以上に地方領の民は異国に馴染みが無いのだ。
 実際、パレードの打ち合わせの時も異国人であるイドゥリースを賢者候補として紹介する事に反発があるだろうとの見方が強かった。
 人々に異国人を賢者として認めさせるにはどうすれば最善なのか。
 策を考え出したのは他ならぬマリーだった。

 そんな事を考えている間にもパレードは順調に進み。やがて終着点である新市街の中央広場へ辿り着いていた。
 キーマン商会の支店の方へ視線を向けると群衆に埋もれていて見えない。今日は商魂たくましく聖女関連の商売に勤しんでいる筈。ヤンとシャルマンにはその応援を命じてあった。利益の一割はマリーの取り分なので、後で売り上げを聞かなければ。
 エトムント・サラトガル枢機卿と合流したので、僕は馬を降りてマリーをエスコートした。形式的な挨拶が交わされた後は、打ち合わせ通りにイドゥリースが人々の前に呼び出されて賢者候補として紹介される。その事に驚き騒めく群衆の声が僕の耳を打った。

 「……恐れ入りますが、外国の異教徒の方を賢者様に認定されるのでしょうか?」

 エトムント枢機卿の問いがその寸劇の始まりの合図。
 さて、ここからが正念場だ。僕は緊張でごくりと唾を飲みこむ。
 先日の打ち合わせでのマリーの言葉を思い返していた。

***

 「お前の言う、解決策を聞こう」

 打ち合わせの場。異国人の賢者を如何にして認めさせるか、という問題に解決策があると言ったマリー。
 サイモン様の言葉に、彼女は一つ頷いて口を開く。

 「聖女と賢者候補のお披露目、枢機卿一行の出迎え。領主と教会の威信がかかっているパレードを盛大にやるならきっとお祭り騒ぎになるわ。
 聖女を一目見ようと皆押しかけるでしょうし、一種の興奮状態になると思うのよ。そこを利用して思考誘導しようと思うの」

 「思考誘導?」

 鸚鵡返しに僕は問い返す。
 不穏な響きの言葉。統治や商売の為に噂を流したりはよくやる事だけれど。そう言うと、マリーは「似たようなものね」と頷いた。

 「噂は流れるに任せるんでしょうけれど、私の言うのは積極的に働きかけるの。群衆を集め、熱狂させ、思考を誘導する。前世あちらでは使い古された手法よ。高額商品を売りつける詐欺商売にも使われたわ」

 熱狂した群衆を扇動するやり方。
 戦記などで将軍が兵士達を鼓舞するような、そういう場面を思い出した。
 高額商品を売りつける詐欺商売っていうのが僕としてはちょっと気になる。
 確かに成功したら効果的なんだろうけれど……。

 「……それって一歩間違えたら諸刃の剣にならないかしら?」

 「マリーちゃん、お母様は心配だわ」

 下手をすればマリーに危険が及ぶ。ラトゥ様や義母様の懸念に彼女も認めて頷いた。

 「なりますわ。だからこそ綿密に台本を練らないと」

 ジャルダン様の心配そうな眼差し。
 ダニエリク司教とヴァルカー卿はマリーの策に驚愕の表情を浮かべており、ヨハンやシュテファンは「「マリー様は我らが命に代えてもお守りします!」」と意気込んでいる。
 僕だっていざという時は何を置いてもリディクトにマリーを乗せて城まで逃げ帰る覚悟は決めたけど。

 「でも、そう上手く行くかな?」

 「上手く行かせるのよ。勝算はあるわ。聖女様が、枢機卿猊下が、国王陛下が、領主様が、有名大学を出た偉い学者様が仰るから。だから正しいのだろう、そんな風に愚み……人々は権威に従う心理が働くものなのよ。
 たとえ間違ったことを言っていたとしてもね。興奮状態で思考が奪われていると疑問にも思わなくなるものなの」

 お陰であちらでは色々と鍛えられたわ、と笑うマリー。そういうのが普通にまかり通っている世界……僕なら疑心暗鬼になってしまいそうだ。
 それから色々な意見が飛び交ったけれど、それ以上の策も浮かばず。

 「分かった。責任は私が取るから好きなようにやってみろ」

 サイモン様が最終決定を出した。


***


 「白い肌、黄色い肌、褐色の肌、黒い肌――私達と異国人との違いなど、馬と同じくその程度のものでしかありません。全てが等しく神のご意志に叶っているのです」

 僕の目の前ではマリーが馬の毛色の違いを喩えとして挙げ、人々も肌の色が違っても同じだと伝えている。
 最後に駄目押しとばかりに精神感応能力で「異なる存在や教えすらも寛容して一つの神の道になるのだ」と人々の心に直接伝えた。奇跡を体験した群衆は衝撃に畏怖の声を上げる。
 やがて彼らの中に紛れ込ませていた手の者達が「聖女様万歳」とあちこちで叫び始めると、それに同調する者が現れ。最後にはどっと湧き立つまでに広がって行ったのだった。

 こうも嵌るなんて凄い。僕はある種の感動を覚えていた。マリーの策は、見事に成功したと言えるだろう。
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